二話
「おーい、島が見えて来たぞ!」
寝室で寝転んでいたアーロンは外から聴こえた声に目を開ける。エネイブル号が旅立ってからはや9日、遂にアーロン達は目的地であるイナニス島が目視できる場所まで来たようだった。
「ワタシちょっと外見て来るね!アーロンはどうする?」
ずっと同じ様な景色を見ていたせいか後半の船旅は魔物に襲われでもしない限りは退屈を噛みしめていたエンリータが意気揚々と外に出る準備をしだす。尤も島が見えたとしてもそうそう簡単に船が到着することはない。それこそ運が悪ければまだ昼過ぎ程度ではあるが着く頃には夕方になっているかもしれない。そうなればすぐに動き出す気にはなれなかった。
「・・・後から行く」
とはいえ、退屈を飼っているのはアーロンも同じだ。そのため、思う所はあれどもエンリータの言に渋々ながらも賛成を示した。
「じゃぁ先に行ってるね!」
そう言ってエンリータは返事を待つことも無く、タンタンタンと床を鳴らしながら小走りに駆けて行った。
(荒海の頃は心が休まらなかった、かといって穏やかになれば心が沈む。面倒なもんだ)
起き上がり、頭を軽く振り、首後ろの辺りを掻く。欠伸を1つかみ殺したアーロンは外套を羽織って部屋を出た。
「あ、アーロン。ほらあっちだよ!」
縁に手を掛けながら遠くを見ていたエンリータがアーロンの足音に反応して振り返る。船の縁は彼女の背丈より高い為に足が浮いていて強く揺れれば飛んで行ってしまいそうだ。尤もそこまで非力でもまぬけでもないだろうが、とアーロンはボンヤリ考えながら近くによる。
アーロンは彼女の横に立って、同じように視線を先に飛ばす。そうすれば遠く、地平線の先にはっきりとは見えないが確かに海から突き出した岩の塊のような物が見える。
「まだ遠いけどホントにこんな短い時間で来られるんだねぇ・・・」
しみじみと言った雰囲気で零れ落ちた言葉にアーロンも返しはしないが内心頷く。もし、これがもっと安定性を高めたうえでコストを下げられればまさに革命的だろう。アーロンには想像がつかないがもっと頭の良い人間ならば随分と夢のある未来が見えているに違いないだろうと思う。
それから暫く外を眺めていたが船の進みがあまり良くなく、島の影が少しずつ大きくなるのを見るだけの作業にも飽きた2人は早々に部屋に戻った。そして、ひと眠りしていると再び、船内が少しずつ慌ただしい音を出し始めたのをきっかけに目が覚める。どうやら上陸が近いようだ。
「エンリータ、荷物を纏めろ。そろそろ降りるはずだ」
そう言うとアーロンは現状を探る為に一度部屋から出て話をしてくれそうな船員を探す。
殆どの船員が慌ただしく駆け回っていたがいつでも暇になる人間は出て来るものでその船員にアーロンは状況を尋ねる。
「あぁ、そうだな。この感じなら夕暮れまでには着くだろうよ。ほらもう港の様子も見えるだろ?」
そう言う船員の指先を追えばなるほど、此方に向かって旗を振っていたり港が慌ただしそうにしているのが見える。それが歓迎なのか軽快なのかまではアーロンには分からない。もっとも定期便でもない他国の船が近づいて来たと考えれば警戒一択だろうが。
「因みになんだが問題なく上陸できるのか?」
アーロンの様な陸の人間に言われるまでも無いとは思うのだが気になって尋ねる。
「おうよ、先に小型の船が行ってるからな」
軽快に返って来た言葉になるほどと思う。どうやら先に少数の人間が用件を伝えに行っていたらしい。であればあの旗は船を停める場所の指示で慌ただしいのは荷卸しなどの指示を出す為なのだろうと納得する。
「降りる時になったら改めて呼びに行くからそれまでは悪いが部屋で持ってくれや」
そう言うと船員は用事が出来たのか別の場所へと小走りに去ってしまう。
「・・・仕方ないか」
此処にいても仕事の邪魔にしかならない事は分かっている為、アーロンは船員の言葉通りに自室へと戻っていくのだった。
キィキィとタラップが揺れる。その上をワルツの様な軽快な足取りで駆けていくエンリータの背をアーロンは追う。眼下ではエネイブルの船員たちが大声で喋りながら荷卸しをしている。少し離れたところではあまり見ない形の大型船故か見物人も居るようだ。
「はぁ、やっぱり土の上、自分の足で大地を踏めるのは安心するよ」
何が楽しいのかエンリータは足元を見つめながらグッグと足で踏みしめている。とはいえ、地に足が着いている、というのは何度船に乗っても下りるたびに思う事でもある。そう言う意味では一生自分は地上を離れることは出来ないなとアーロンは思う。
「そうだ、今日はこれからどうするの?宿に直行?」
振り返ったエンリータに尋ねられ、少しだけ思案する。時間で言えば日暮れには早いが何かするには遅いと言った時間。おまけに1日ばかり速く到着したこともあって少しだけ猶予がある。とはいえ用件を鑑みればゆったりとするのも気が引けはする。
「兎に角、一度船長と話してからだな。俺たちが一方的に振りまわすのも良くない」
そう言えば得心が行ったとでも言いたげに頷く。
そうして、先まで声を張り上げていた船長が落ち着き、パイプを加えて煙を吐きだしたのを見たアーロン達は近づいて行く。
「あぁ、アンタ等か。久しぶりの地上はどうだ?」
船長は一目で海の男と分かる風貌で最初にヘンドリーナに紹介されなければ海賊としか思えなかっただろう。しかし、その腕と指揮能力はこの航海で確りと示された。そんな海の専門家でも地上では非常に気が緩むのかパイプを咥え、煙を吐く姿は酷くリラックスしており、船上での顰め面と怒号が嘘のようだ。
「あぁ、母の腕みたいな安心感だ。それで、アンタ等はどうするんだ?俺たちは取りあえず今日休んで明日はどうするか、と言った所だが」
そうアーロンが聞けば口を曲げて考えるように目を上に向ける。
「俺たちはそうだなぁ・・・・アンタの用事が終わるまでは待機だからよ、そっちに合わせよう。ただ、そうだな、もう一度海に出るには同じ航路なら今日を含めて最低でも5日は休みたいところだな。準備もそうだが、死線を潜ったんだ、船員の英気も養わなきゃならねぇ」
「そうか・・・まぁ、ダメとは言えんな。分かった、どっちにしても俺たちも休んでから行きたいからな、5日間はしっかり休んでくれ。もし何かあればその都度連絡しよう」
そう言って頷き、了承を言い渡せば船長も破顔する。
「話が分かる客は良い客だ。俺たちは港の船乗り向けの宿に居る。街の人間に聞けばわかるだろう。アンタ等は島唯一の宿だろう」
そう言われ首を傾げる。このイナニス島で宿と呼ばれるものは1つしかなかったはずだ。その様子を見て船長も少し不思議そうな顔をしたが直ぐに思い当たったのか得心がいったように頷く。
「あぁ、俺たちが泊まる所は一般的には解放されてないのさ。ほら、船の人間全員を常に泊められるような施設を沢山作るのは大変だからな。だから船乗りは船乗り専用の場所があるんだ。まぁ宿ってよりは空き家だけどな。それに荒くれものも多いからな、一般人との諍いを起こさない様にって分けてあるのさ」
そう言われなるほどとアーロンは思う。イナニスは大きくはないが島故に外からは船で来る。しかし、毎日ではないし、来た時は大人数となる為に宿の経営もそれに依存できない以上大変で、それ故に分けて勝手に使えるように大きな空き家を用意してあるらしい。
(確かに、宿で船乗りたちの姿を見ないのはそう言う理由だったのか)
アーロンがそう納得していると船長も話すことが終わったとでもいうように「じゃぁまたな」と短く告げると船の方に向かって行ってしまった。
「んー結局どうするの?」
2人は並んで宿までの道を歩く。街並みは以前見た時と変わりなく、穏やかな空気が漂う。それこそ、大陸は戦乱で大変な事になっていると言うのにここだけは取り残されたかのように感じられた。街にはあまり人影はなく、各家の明かりが点いていることから既にその日にやるべきことを終えているのだろう。
「そうだな、聞きに行くだけ、とはいっても何が起こるかは分からん。念を込めて明日は準備に充てる」
万が一ではあるが追っているニィスに接触する可能性もある。そうで無くとも何かしらの出来事にそのまま巻き込まれる可能性は十分にあるのだ、準備をしておくことは悪い事では無いとアーロンは判断した。
「そっか、じゃぁ今日は呑んでグッスリだね」
腕を伸ばし、肩周りを解すようにしたエンリータが喜色混じりに呟く。
「まぁ、好きにしろ」
今更何を言っても変わらないだろうと判断したアーロンはため息交じりに溢す。それを分かった様な顔をして頷いているが結局聞き入れることはないだろう。とはいえ最近は翌日が完全に潰れるような事はしなくなっただけマシと言えるかもしれない。
「さ、早く行こうよアーロン!」
そう言って駆け出した彼女の背をアーロンはため息で見送った。
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