一話
話は続いてるけど切りも良いから章を上下に分けます。
快晴、どこまでも突き抜けるような青空が視界一杯に広がる。眼前には空に劣らぬほど青く澄み渡った海が広がる。鼻孔には海特有の香りが抜け、どこかべた付いた風が肌を撫でる。波はまるでこれからの旅を祝福してくれているかのように穏やかで、まさに旅立つには素晴らしい日だった。
「お~い、アーロン!そろそろだって!」
アーロンが港で出港準備を待っている間に海を眺めていると遠くから自身を呼ぶエンリータの声が聞こえてきた。声が聞こえた方に目を向ければこれから乗る船を背景に彼女が手を振っている。その姿は彼女の背丈と相まってはしゃぐ子供のようにも見え、どこか微笑ましさを覚える。尤も彼女自身、年はともかく既に冒険者として中堅に足を踏み入れているのだから子供などと呼べる時期はとうの昔の事だ。
アーロン達は現在、帝国とイリシィオ小国の中間程度にある帝国所属の港に来ていた。ヘンドリーナに提案されたニィスの調査のために天の巫女がいるイナニス島へ行くための手段としてヘンドリーナの奥の手でもあった特殊な船と船員を貸してもらう事になった。それの準備に2日程待たされ、いや、大陸の外でも航海できるほどの船と人材に資材を集めた事を加味すればたった2日でというべきだろう。兎に角、凄まじい速度で用意されたこのエネイブル号とその船員は現在、船の最終点検をしていた。
船は外海でも活動できるように通常の船よりも遥かに大きく、素人目にも相当の金と技術が投資されていることが分かる。
(思い返せば外海には出たことが無い)
アーロンの長い冒険者生活でも外海と言うのには縁が無かった。勿論、そんな所に依頼が出されることも無く、このような伝手も無かったのだから当然だと言える。噂話程度でしか聞いたことはないが大陸の外側に沿うような形で小さな島や遺跡の類がある事は聞いたことはあったがそれでもそこから帰って来た、なんて人間にはついぞ会った事が無い。
(だが噂があるならば可能性としてはあるのかもしれん)
今回の船旅でそこに行くわけでは無い。しかし、もしかしたら全く見たことのないものを目にすることが出来るかもしれないとアーロンはひっそりと心を躍らせているのも事実で、通常なら退屈なだけの船旅も今、ここにあっては冒険者心をくすぐるいい材料だった。
「お~い、置いてっちゃうよ!!」
また、少しだけぼんやりしてしまったのか、それとも思っている以上にこの船旅に期待しているのか、思考に耽ってしまっていたらしい。さっきよりも急かすような声色でエンリータが呼んでいるのが耳に届く。改めて視線を送ればさっきまでしていた最終確認も終わっているようで、最後に乗る船員以外の姿が既にない。エンリータもタラップの中間程でこちらに向けて急ぐように手をこまねいていた。
これ以上待たせてしまっては流石に悪いと思ったアーロンは急いで荷物を担ぐとエンリータに軽く手を振り、小走りで船に近づく。
タラップの所まで来れば待っていてくれた船員が手に持っていた紙に印を打ち、タラップの方を手で示してくれる。船員はどうやらケルタム族らしく、良く鍛え上げられた肉体を惜しみなく晒し、その肌は海の男らしく焼けている。
アーロンは少しばかり遅くなったことを片手で謝りつつ、タラップに足を掛ける。そうして登り切って船に乗ればアーロンに続く様に最後の船員乗りタラップを上げる。
「もう、遅いよ、アーロン」
甲板で腰に手を当てながら怒ってます、とでも言いたげな表情でエンリータが小言を掛けて来る。
「少しばかり、感慨にふけっててな。未知の旅、となれば思う所があるものなんだ」
それにたいして全く悪びれる様子も無く返すとアーロンは船内にある自室へ足を向ける。
「そんな、突然子供みたいにならないでよ・・・船員の人も困っちゃうでしょ」
エンリータのどこか呆れた様な声も今のアーロンには右から左だった。
それから船は最初の3日ほどは大きな出来事も無く、外海に向けて穏やかな海を進んでいた。天気も良く、風も幸運を告げるように追い風で船員たちの顔も朗らかなものだった。しかし、4日目、遂に大陸の外海に出て暫くした時だった。突然、強い風が吹き始めたかと思えば徐々に波が高くなる。そして遂には明らかに上下に動いていると感じられるほどの波に船が揉まれ始めた。
「ワワワ、アーロン、これどうすればいいの!?」
部屋にあった柱にしがみ付いたエンリータが慌てた声を出す。とはいえ、アーロンもここまでのものは経験が無いのだからなんと返答したらいいのか分からなかった。
現在、2人は用意された寝室で柄にもなくワタワタとしていた。とはいえ大騒ぎする程ではないのだが海の上、更に言えば船の上とあっては龍殺しの力も役に立ちそうにない。流石にアーロンであっても此処で海に投げ出されるような事があっては無事に生きて帰られる自信が無かった。
それからアーロン達が乗る船は幾度も嵐と見紛うほどの荒波に揉まれた。操舵室では船長の怒号が飛ばされ、操舵手達が交代しながら死に物狂いで舵を回す。そして航海士が望遠鏡とコンパスへ目を皿にしながら覗き込み、行く先を船長に告げる。帆は風が強すぎるが故に畳まれており、その代わりに船の下部には虫の足のように突き出したオールが一切の乱れなく動いている。オールは2段構造になっており、今は50人ものケルタムの漕ぎ手が嵐を消し飛ばすほどの声を張りながら漕いでいる。その声は自室にいるアーロンにも聴こえる程だった。
幸いにも嵐の様な高波は常では無く、ある程度の時間を置いてであり、外海に出てから3日が経過して気が休まる様な時間こそ無かったものの船が壊れるようなことも無かった。また、外海にも魔物や魔獣の類は生息しているはずだったが襲われるような事は今のところない。しかし、遠目に見かけることはあり、海面を飛び跳ねる魚型の魔獣の群れやそれを追いかける大型の魔獣や鳥獣系の魔物は度々見かけた。また、波が落ち着いていた時に乗っている船よりも遥かに大きな影が海を割る様にして跳び上がった時はたまたま近くで海を眺めていたエンリータと共にポカンと口を開けてしまった。それこそ、足場が船である事と足元からの攻撃というあまり経験のない、それこそ回避することが極めて難しい状況と合わさって正気に戻ってから思わず身震いしてしまう。突然に丸呑みにされる恐怖は何物にも例え難い。エンリータに至ってはその日の夜は全然寝付けなかったようだ。
そして外海に出てから4日、船旅に出てからは7日経った頃、ようやく荒波地帯を乗り越えたのか海が徐々に穏やかなものに成り始める。空の機嫌も癇癪玉から乙女心位には変わり、そうなれば船のエキスパートたちにとっては簡単なものなのか船内の空気は既に緩み始める。勿論、油断など無く、仕事を完璧に成したうえでリラックスしているだけだ。
アーロン達もここ数日の間は凄まじい揺れの中で生活していたためにこの穏やかな海域では揺りかごにいるかのように感じられた。
そうしてリラックスしていると甲板の方から怒号が飛ぶ。
「何かあったのかな?」
ベッドの上で横になっていたエンリータがそれに反応して聞いてくる。船自体に揺れは感じられない為に船や海に問題が有ったわけではなさそうだがドタドタと走る音が増えたのとこちらに向かってくる足音が聞こえる。
「さぁな。だがこっちに来ているようだからな・・・一応武器の用意をしておけ」
船や海に問題が無いとすれば他の外的要因、それこそ魔物の襲撃か同じように外海近辺にいる海賊の可能性が出て来る。もし、この予想があっていれば十中八九戦闘になるだろう。そしてアーロンが思案しながらグレートソードを手にした所で寝室の扉が数回ノックされる。
「すまねぇ、魔物どもが船に乗り込んで来やがった!情けねぇが手伝ってくれ」
扉越しに入室の許可を出せば飛び込むようにして入って来た船員の男が息を切らしながら頭を下げて来る。
「直ぐに行く。数と名前は分かるか?それと甲板だな?」
直ぐに頭の中を戦いのために切り替えて男に問いかけながら準備を進める。
「あぁ、テリービリスだ。数は10前後、今は甲板で仲間が中に入られない様にしてるがいつまで持つか分からん」
テリービリス、海の魔物としては比較的ポピュラーな種類だ。その姿は人の要素を持つ海洋生物と言った風貌で姿形が幅広く、研究も左程進んでいないことも相まって人の要素を持ち、陸でも多少活動できるならテリービリスと言うカテゴリーに入れられる。名前も地方によってそれぞれでテリービリスという名前は冒険者の中で一番多く呼ばれているに過ぎない。
「わかった、直ぐに行く。エンリータ、行けるな?」
「うん、むしろ身体が鈍ってたから丁度いいくらい!」
アーロンが聞けば気持ちのいい返事が返ってくる。それに1つ軽く頷いたアーロンは駆け足で甲板を目指す。
甲板に向かう道中で既に先からは男たちが張り上げる声が聞こえてくる。船員とはいっても特殊な訓練を積んでいる事と元がケルタム族の戦士であることから戦意が薄く、戦えないという事はないのだろう。しかし、それでも戦闘の専門家ではないうえ、何かあった時に船員が怪我をしているのは好ましくない為にアーロンは速度を上げる。
甲板が見えて来ると入り口付近には男たちが密集しており、中に魔物が入れない様に道を塞いでいる。外からも声が聞こえるあたり、帆などが壊されない様にそちらも人員を割いているのだろう。
「道を開けろ!」
押しのけるわけにはいかない為に先んじて大声を出せば後方にいた男がアーロンの方をチラッと確認する様に視線を投げた後、仲間たちにアーロンの到達を告げれば甲板への一本道が開ける。
それを見たアーロンは更に速度を上げ、風のように開いた道を駆け抜けると甲板へ跳びだした。
跳びだした甲板の上には様々な種類のテリービリス達が突然現れたアーロンに群がる様にして寄ってくる。彼らの手には剣や槍などの武器が握られており、その質も悪質には見えないぐらいのものだ。
(数は14か)「エンリータ!お前は最短でマストに向かえ!」
ざっと見たところ大半は船の前方部分に寄っているようで後方と中央のマストがある位置にまで詰め寄っている個体は少ない。そのためにアーロンが最も多い所を担当し、数が少ない方をエンリータに割り振る。その上でマストがある位置は船で一番高度がある為に弓の彼女にとっても都合がいいだろう。最悪、マストに居る船員が前衛を務めてくれるだろうと言う打算もあった。
「了解!」
即座に返ってきた返事を背にアーロンは抜いたグレートソードを後ろに引き絞り、テリービリスへと接近する。
「船を壊さない様にだけしなければな・・・」
アーロンはいつもよりも遥かに力を抑えながら、それこそ古神の加護を得る以前のような力加減で踏み込み、武器を振う。しかし、それであってもアーロンの武の冴えは衰えない。
横一閃、地の代わりに風を砕きながら振るわれた剣閃はテリービリスの鱗も武器も全て纏めて切り捨てる。そこには一切埋めようがない程の力の差があった。しかし、それで怯えるような魔物は居ない。たとえ、一振りで3体屠られようとも気にすることなく迫る。
「悪いが、さっさと死んでくれ」
そう言い放つと酷く冷めた目でアーロンはグレートソードを敵に振るうのだった。
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