二十五話
翌日、しっかりと体を休めたアーロン達は昼頃に再び教会を訪れる。既にヘンドリーナが奥に立っており、此方を待ち構えるようにしていた。
「おはよう、ヘンドリーナさん!」
幾度かの顔合わせを経て、ようやく慣れ切ったエンリータが先んじて挨拶を交わす。それに対して、ヘンドリーナも声を張ることはないが静かに返事をする。
「ウム、元気なようで何よりだ。昨日はあまり話せなかったが汝もまた、成長したな」
そう言って近くまで寄って来てはエンリータの頭を撫でる。
「さて、それではこれからの事を話そう。まずは汝らの希望はあるか?」
そう問われたアーロンは顎に手をやりながら少しばかり考え込む。とはいってもやるべきことがいくつか思いつくだけでやりたい事はあまりない。精々、エンリータを一度ソロで働かせてみたいと思うぐらいだ。
「いや、これと言ってないな。そもそもそこまで余裕のある状況ではないだろう。エンリータ、因みにだがお前はあるか?」
「ワタシ?う~ん、特には思いつかないかなぁ。強いて言えばまた弓の強化位だけど直ぐに出来る事ではないからねぇ・・・」
そう言って首を傾げてしまう。
「そうか、まぁ、此方としてはありがたい限りだが・・・そうだな、まずは神器を預けに行くのだとしてその後、大まかに分かれて3つだな」
そう言ってヘンドリーナは指を立てた。
「1つ目、これはほぼない選択だが今すぐにアウローラに行き、次の帝国軍の進軍を食い止めることだ。尤も、これは汝らにとっても都合が悪く、最悪戦況が長引けば私たちの目標とはかけ離れる可能性が高い。何より闇の者に備えたいのに戦を激化させる理由はない。ただ、上手くいけば両者に発言権を持たせたうえで今後に備えられる可能性が出て来ることだ」
尤も、線は薄く、そうすることで得られるメリットはあまりないがな、とヘンドリーナは付けくわえる。アーロンもそれには同意見なうえ、自身の立ち位置がアウローラ寄りになるのはあまり好ましくない為にどうやっても賛同できない。
「2つ目は変わらずに神器を追う事だ、やる事は変わらない。ただ、次の神器の情報が無く、高確率で使徒との戦闘が視野に入ってくる。今の汝なら問題はないかもしれないが危険度が高く、時間が掛かり過ぎてしまうのがネックか」
シンプル、それゆえの難しさがある。何より、アーロンは物探しはそもそも専門では無い。それはエンリータも同様だ。それならまだ、使徒を殺しに行ってくれ、そう言われた方が頷きやすい。今回2つも集められたのも結局は正確な情報があったからに過ぎない。他にも親衛隊の連中にもかち合う事になる。であれば仕事ならやるが期待を掛けられるのは厳しい、と言った評価だ。
アーロンが無言で渋面を浮かべたのを見て苦笑いを浮かべたヘンドリーナは3つ目の指を折る。
「最後に3つ目、これが本命でニィスの影を追う、だ」
なるほど、確かに簡単な情報だけでもかなり怪しい。特に戦に参戦して海の巫女を連れ去った、というのは間違いなく何かを企んでいるだろう。そして、彼の性質からしても大陸に住まう人にとって良い事とは思えない。
「奴の足跡を追うのは難しい、しかし、奴の目的が巫女であるとすれば他の巫女の居場所を当たれば上手くいくかもしれん。故にもしこの選択肢であれば汝らにはイナニス、天の巫女の居場所に再び行ってもらう事になる」
なるほど、と思う。確かにあの巫女ならば何か知っているかもしれない。次いで天龍もいるのだ、方針としては悪くないだろう。ネックなのも精々時間とあの龍の前に立つ、という事だけだ。それに前者はともかく後者は今のアーロンなら気おくれすることも少ないだろう。
「特に各地に散らしてある私の密偵達からも奴らしき人物の報告が上がって来ている。そのどれもが結果として混乱をまき散らすようなものだ。決定的な事件はまだないが水面下で間違いなく大事が動いている」
そう喋るヘンドリーナの顔は今日一番の苦い顔だ。
「なら、俺たちが動くのが良いだろうな。神器も気がかりではあるが4つ確保できているのならば交渉としては十分な量だろう。それなら一番怪しい奴から止めるのが正解だろうからな」
「ウム、そう言って貰えると有り難い」
「後の問題はどうやって行くかだな」
そう、帝国からイナニスに行くには数々の問題がある。以前、言った様にアウローラとリーベタース連邦を経由して船に乗るならば当然の事だが60日強かかってしまう。おまけに戦地を突っ切る様なもので以前よりも遥かに困難と言えるだろう。帝国側からしてもアウローラ側からしても無所属の高ランクの冒険者がこの時期の戦地にいるとなればさぞ警戒するはずだ。さらに対処を間違えればその時だけならまだしも今後の生活に関わってくるだろう。そしてこれはリーベタース連邦も同じだ。彼らも今は帝国側からの侵攻に備えてピリピリしていても可笑しくはない。冒険者にとっては聖地に近いが戦時中も冒険者の聖地であるとは限らない。何より冒険者同士だからこそ変な諍いが起こることも考えうる。
「ウム、安心するがいい。足はこちらが用意しよう」
アーロンの懸念に対してヘンドリーナが口を開く。
「何かあるの?」
静かにしていたエンリータが聞けばヘンドリーナは頷く。
「現在、帝国がイリシィオ小国までの辺りを制覇したことは言ったとおり。であればそこから船を出そう。なに、たしかに私は反対派ではあるがそれは身動きが取れないことにはならない」
そう語る彼女の声は自信に満ちている。
「そうか、船か。それがあれば確かに一気に行けるだろう。だがリーベタース連邦はどうする?帝国からの船を止めてくれるとは思えないが」
大陸の中央、大きな湖のように外海から流れ込んだ水が溜まった部分、そこを船で行けば大よそ半分の日数どころか運が良ければ3分の1にまで短縮できるだろう。
「そちらも問題ない。船はリーベタース連邦に行かず、一気に大陸の外周を回ってイナニスへ直行させる。これで10日もあれば着くはずだ」
ヘンドリーナが提案した内容に2人は目を丸くする。大陸の外周は基本的には荒海だ。並みの船にそこらの船員では容易く海の藻屑に成りかねない。それこそ、大陸一の海賊として名を馳せているような者達でなければ外周など出ることを考えることはないのだ。
「心配するな、いずれも私が以前より鍛えていた者達だ。こういう形で使う事になるとは思わなかったがな」
そういって軽く息を吐くヘンドリーナには嘘は感じられない。
「・・・ってことは秘匿の情報か?」
「そうだな、以前、外海に出る手段が無くて困った事があってな、それから創り上げていた集団だ。本来とは別の目的だがここぞではあるからな、存分に使うとしよう。あぁ当然だが外部に漏らしてくれるなよ」
そう言って口の端を歪め、片目を閉じ、口に指を当てる。その姿は非常に絵になっていたが余計な秘密を抱え込まされたアーロンの顔は渋い。
「まぁ、いい。それ以上の手段が俺にはないからな・・・」
諦めてため息を吐く。実際、会心の一手なのだ、ここで乗らない手はなかった。
「ウム、それでは暫し準備もある故、2日程待機しておけ」
その言葉を最後にアーロン達の会合は終わった。
「取りあえず2日待機かぁ・・・どうするアーロン?」
用意された家に戻り、居間で一服入れていたエンリータが伺うように聞いてくる。
「そうだな、船上の事は一通り向こうが用意をしてくれるようだからな・・・武具の手入れだけはして体を休めておくのが良いだろうな。後は薬等も足りなければ買い足すのも良いだろう」
完全にリラックスした様子で椅子に座るアーロンは少しばかり思案してから返す。
「あ~そう言えば包帯も少なくなってたなぁ・・・明日買うかなぁ」
自身の荷物を漁るエンリータは1つ1つ確認しながらぼやく。実際、戦闘で大けがはしなくとも小さい傷は只旅をしているだけでもするときはする。それを魔術で治すこともあるが基本的には道具を使って治療をする方が多い。アーロンのようになってしまえばそれほど心配する事ではないがエンリータ位であれば治療に必要な魔力をいざという時の為に使わないと言う選択の方が旅の間においては正しい。回復すると言っても戦闘中に求める量回復するわけでは無い。何より、彼女の戦闘スタイルからも属性を付与することがあるのだから無駄には出来ない。
「なら、明日は市場を回る。武器も簡単なメンテナンスに出すと良いだろう」
一応、隠れている身だ、単独行動は避けたい。
「うん、お願いね、アーロン。そうだ、折角だし、今からご飯買うついでにお酒も買おうよ」
そう言う彼女の顔は喜悦が混じっている。何がせっかくなのかも分からないし、非常事態にも関らず酒を呑もうと言う豪胆な精神は既に呆れすら置き去りにする。
「・・・一応聞くが状況は分かっているよな?」
溜息をグッと抑えてアーロンはエンリータに聞く。
「うん、でもホラ、旅の終わりは終わりだから。アーロンも休みって言ったじゃん?」
少しばかり後ろめたさが混じっているが意地でも呑みたいと言う意志が垣間見える。
(また、大変な旅になるのは事実か・・・)「呑みすぎるなよ」
アーロンがそう言えばエンリータは手を上げて大げさに喜ぶ。
「よっし、そうと決まれば急ごうアーロン!早くしないと夜が来ちゃうよ」
さっきまでの怠そうな感じは何だったのかと思うほどに機敏な動きで荷物をまとめるとエンリータは玄関に向かう。アーロンはその背にやはりため息を吐いて追いかけるのだった。
良ければ評価、ブクマ等していただければ幸いです。




