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アーロン  作者: ラー
一章
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九話

疲れ果てて眠ってしまったエンリータを背に担ぎ、アーロンは塔を出る。陽はまだ中頃を過ぎた程で降り注ぐ熱が顔を焼く。もし、エンリータが無事であるのならば軽く食事をして帝都に帰る予定であったが背と足に浅いとはいえ切り傷があり、本人も疲れからか暫くは起きそうにない。

(ひとまず怪我の治療を済ませておくか)

アーロンは背負ったエンリータを起こしてしまわぬようにたき火跡の近くに横たわらせる。

怪我をした背中はまだ血が滲んでおり、三本のひっかき傷がついているが幸いなことにそこまで深い傷では無く、足も血の量に対しては浅い。

(これなら俺の魔術程度でもすぐ治せるか)

そう判断したアーロンは『水精よ、願うは沈静の泉』と魔術を唱える。そうすると手のひらにぼんやりとした水色の明かりを纏った水球が浮き上がり、それをエンリータの傷口に接触させると水は周囲にじんわりと広がり、肌に吸収されていく。最後には傷口の周りに水泡の様なものができて血を止める。

(これで後は待つだけだな)

じわじわと小さくなっていく水泡を見ながらアーロンは立ち上がる。それからアーロンは再びエンリータを抱き上げ、日陰に移し外套をかけてやる。

(ふむ、毒も受けていない。これなら遅くとも日が沈むまでに起きるだろう。しかし、起きるまでどうするか・・・)

流石にこのまま放置して遠くに行くわけにはいかない。この塔には現在アーロン達しかいないようだが後から他の冒険者が来ないとも限らない。ましてやここは森の中、けして人の領域では無い。魔物が突然来てもなんら可笑しなことはない。

(仕方ない、武器の手入れでもしといてやるか)

アーロンはエンリータのダガーを手に取り、自分の頭陀袋から手入れの道具を取り出す。ダガーは血と脂で汚れており、切れ味が鈍くなっていた。持ち上げ、睨み付けるように刃を見れば多少の刃こぼれもあるようだ。

(やはりダガー1本と言うのは難しいだろう、複数持たせるか?いや、短弓が使えるならやはりそっちの方が良いか?いずれにせよ帝都で本格的に武器と防具を揃えた方が良いだろう)

今後のエンリータの戦い方を考えながら洗浄液で汚れを落とす。次いで持っていた砥石で完全ではないが刃を戻し、油を塗る。本職にはとても敵わないがそこはベテランの冒険者、慣れた手つきで手入れを進める。エンリータの分が終われば今回の遺跡では一度も振るわなかったが自分の獲物の手入れもする。アーロンが使うファルシオンとグレートソードは名が有る武器ではないが何度も死地を潜り抜けた相棒であり、何度も強化してきた大事な武器たちである。

冒険者の武器は基本的に買い替えるのではなく、初期の無強化の武器を鉱石で強化していくことが基本だ。持ち手の成長に合わせて形を変えることはあるが買い替えることはあまりない。あるとすれば遺跡などの宝箱で相当の業物を見つけた時ぐらいなものだ。防具も同じで本人の好みでレザーやフルプレートなどの違いはあるがどれも何らかの素材か鉱石で強化していく。アーロンの武器は一般的な鍛冶屋の最大値まで強化されており、ほとんど欠けることは無く、それこそ岩に思いっきり叩きつけても痛まず、歪みもしない。もっともそうで無ければアーロン自身の適性の仕事など出来ないというのっぴきならない理由もある。防具も同じでチェストアーマーや膝宛なども相当硬く、また魔術による毒や呪い、石化の耐性が付けられている。これらを作るのに相当の時間と金が掛かっており、冒険者が『金無し』と言われる要因の一つにもなっていてアーロンも相当苦労した。エンリータのダガーはまだ強化が一つもされておらず、故にメンディクス程度の骨でも刃こぼれしてしまったのだろう。

武器の事を考えていると金策に跳びまわっていた頃の嫌な思い出を思い出してしまったアーロンはかぶりを振って手入れに集中しなおす。


そうして陽が僅かながらに傾いてきた頃「んん~」という声が聴こえてきた後にガバッと言う音と共にかけられていた外套を撥ね退けながらエンリータが飛び起きる。周囲をキョロキョロと見た後、状況を理解したのかホッと息を吐いている。

「起きたか、一応怪我の手当はしたが痛むところはあるか」

そうアーロンが聞くと自分の身体を動かしながら確認し始める。傍目には問題はなさそうだが隠れた場所に怪我が無いとは限らない。

一通り動かしたところ問題は無かったようで「大丈夫みたい。ちょっと赤い線が残ってるけどね。そうだ治療もだけど外まで連れてきてくれてありがとね」そう言うとタハハと笑いながらアーロンの前までやってくる。

「構わん、今は俺が実質保護者の様なものだ。それと爪で切れている服だが後で縫うか換えるかしておけ」

「あ、そう言えばそうだね・・・はぁ、やっぱり何かいい防具でもつけなきゃだめだよねぇ・・・」

「そうだな、レザーアーマーかそうでなくとも戦闘用の防具は着けておけ。ミクロスが民族衣装を好むのは知っているがそれだけでは心もとないだろう」

そう言えばエンリータは「うーん」と唸るように考えこみ始める。実際に今回の戦闘の傷は防具があれば防げた部分も多い。であれば重要さは身に染みているはずだ。後は本人の戦闘スタイルに合わせればいい。

「考えるのもいいがまずは飯でも食ったらどうだ」

そう言うとエンリータが顔を上げるのと同時に彼女のお腹が鳴った。流石に呑気な彼女でも恥ずかしさが勝るのか頬を赤らめ、ワタワタと自分の食事を取りに行く。


今回の戦闘の内容を反省しながら食事を進める。内容は当然索敵が不十分だった件が主だったが戦闘スタイルにしてもエンリータでは近接を主軸にするには今後を見据えるとどう考えても不向きであり、帝都に戻り次第武器を揃え直す事を提案する。実際この二人で組んで戦うなら前衛はアーロン1人で事足りるうえ、彼女が下手に前でウロウロする方が邪魔になりかねない。本人が得意という短弓も見てみるまでは分からないが、それでも短弓について語る彼女の顔を見る限り、連携の練習さえ積めば何とかなるかも知れない。そうこうしている間に陽が沈み始め、空が赤に染まる。エンリータは多少寝たとはいえ、疲れが抜けきっているわけではないため早めに寝て、明日の早朝からの帰還に備えるように言いつける。既にエンリータの方からは寝息が聴こえており、アーロンも夜に起きていて良い事など無い為、早々に横になる。未だにほんのりと暖かい日の光を感じながらアーロンもゆっくりと夢の世界に旅立つのだった。


真夜中、ふと物音がアーロンの耳に届く。急速に脳が目覚め、目を開き、ほぼ反射でグレートソードを手に立ち上がる。

周囲は暗く、月の光だけが所在なさげに周囲をほのかに照らしている。エンリータはまだ熟睡しているようで身じろぎもせずに寝続けている。物音はどうやら目前の森の中から聴こえてきたようで、今は静かだがアーロンの直感には確かにそこに何かが潜んでいるのが分かった。

(魔物か賊か、感覚的には魔物だが・・・さてどうしたものか)

音の発生した方を注視しながら眠っているエンリータを背後にするような形で待ち構える。後ろは塔がある為、奇襲されるとすれば空しかなく、月明りに浮かぶ影が無い事からその危険性はかなり低い。そうして待っていると暗闇からいくつかの赤と目が合う。

(ループスか、厄介なのが出てきたものだ)

心中で舌打ちをする。ループスは、灰色の毛並みと赤い目をした四足の獣型の魔物だ。夜行性であり、集団で狩りをする習性と合わせて中堅どころの冒険者にとっては脅威になる。足も速く獰猛なうえ、鋭い牙と爪は強化が不十分であれば鉄製の鎧すら貫通してしまう。とはいえ実力から言えばアーロンが負けることは例え10だろうが20いようが問題は無い。しかしエンリータが後ろにいる今、悪い状況と言うには十分であった。

(ひとまず、牽制が必要か・・・それで帰ってくれれば儲けもの。ついでにエンリータも起こせればと言った所か)

そう思考したところでアーロンはグレートソードを両手で後ろに引く。まだ、ループス達に目立った動きは無く、森の中から囲むようにこちらを見ているだけだ。

『風精よ、願うは旋風、断ち切る風』

アーロンがそう唱えると緑色の魔力が剣を中心に竜巻の様に纏わりつく。ギュルギュルと周囲の空気を巻き込みながら唸る風。ループス達もそれを見て、本能的に危機感を感じたのか更に散らばって攻撃に備え始める。しかし、その行動と警戒は無意味に終わる。いかに速く動けると言っても所詮は中堅下位の魔物。アーロンが剣を振る速度にはけして追いつけない。散らばろうとしたその瞬間にはすでにアーロンのグレートソードは振り切られていた。

振られたグレートソードの軌跡から三日月の様な形をした斬撃か横一閃に飛ぶ。魔術が得意では無いとは言ってもそこは上位に名を連ねる冒険者の魔術と剣閃。風を切り、木々すらも存在しないかの様に切りとばしていく。運よく屈んでいるもの、範囲から外れていたものを除き、風の刃が通った後は全てが綺麗に切断されていた。運悪く切られてしまった大多数のループス達は断末魔をあげる暇さえ与えられない。そして切り倒された木々が音を立てて地面に落ちていく。アーロンの後ろからは流石に寝てはいられなかったのかエンリータが「え、な、なになに!?」と驚いた声をあげながら跳び起きる声が聴こえる。

アーロンは短く「敵だ」とだけ告げて、ループス達の観察を続ける。流石に彼らも仲間がただの一振り、おまけに自身の手が届かない所からの攻撃にやられたのは動揺せずにはいられないようで、最初とは打って変わって恐怖や困惑が伝わってくる。

(さて、このまま帰ってくれれば楽なんだがな・・・)

両者向き合いながら睨みあっていると流石に分が悪いと見たか、一匹が吠えるのを皮切りに生き残ったループス達が一斉に森の中に消えていった。彼らが走り去ってからも暫くは厳戒態勢を取ったまま気を張っていたアーロンだったが完全に気配が消え、森の小動物たちの声が戻ってきたことで警戒を解く。息を1つこぼし、後ろでまだオドオドしているエンリータの方へ顔を向ける。

「恐らく、もう大丈夫だろう。一応暫くは俺が警戒しておくからお前は寝ておけ」と声をかける。

エンリータはその言葉にホッと息を吐くと「全然夜襲に気が付かなかったよ・・・ありがとね、アーロン」と少ししょぼくれた顔を浮かべる。

「気にするな、こういった経験は長く冒険者を続けなければ身につかない。そもそもパーティをしっかり組んでいる奴らは普通交代で見張り位はする。今回は俺がいるからそう言ったことをしなかっただけだ。気になるなら今後身に着ければいい。取りあえずお前が今、するべきは睡眠だ。さっさと寝直せ」

そう言うとアーロンは塔を背に座り軽く目を閉じる。エンリータは少し納得していないような雰囲気をしていたものの、結局出来ることはないと判断したのかゴソゴソと外套を被りなおす音が聴こえた。そうして再び静寂が戻る。襲われた直後だったのもあるのかエンリータは直ぐには寝付けてはいなさそうだったが次第に寝息が聞こえるようになった。アーロンはそれから横になる事は無かったが、目を閉じたまま静かに夜明けを待っていた。

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