二十三話
膠着、とはいえ状況は完全にアーロンが優勢に立つ。アーロン達には傷の様なものは1つも無く、一度ぶつかった感触からも押し負けることはないだろう。反対に相手はヴィクトゥスが足を軽く負傷し、アードルフは武器が欠け、魔術師の男は杖が手元から離れた。唯一リオネッタは無傷だが援護が無い状態のただの弓師では到底ひっくりかえせない差が生まれている。
「引くなら、追いはしない。俺たちは確かにエーベルトと対立はしているが殺し合うつもりはない。それはお前達も含む。無論、引くならな」
全力で殺しにかかって来るならば、アーロンは選択としては好ましくないが4人を殺すことにためらいはない。そう言外に、含ませればアードルフや魔術師の男は諦めを顔に浮かばせ、撤退の素振りを見せる。
「クッ!」
血気盛んなリオネッタも口を歪め、悪態こそつくが状況が悪い事ははっきりと分かるからだろう、攻撃の意志は見せない。ヴィクトゥスも以前よりもより感じられる実力差に悔しそうな雰囲気こそ感じられるがケルタムの戦士としての誇りが勝つのか敗者然としている。
「・・・カッカッカ、完敗じゃな。エーベルト様が認めるだけはあるっちゅうことじゃ。格が違う」
そう言って笑いながら背を伸ばしたアードルフが戦斧を地面に立てて右手を参ったとでも言うように振る。
「情けないが逃げ帰るとしよう。見逃してくれるんじゃろ?」
そういってお道化る姿は流石、親衛隊の頭で歴戦の傭兵を思わせる。切り替えと決断が速い。
「あぁ、引くならば追わない」
アーロンも最低限の警戒だけ残した状態で武器から手を離して腕を組む。その後ろでエンリータも矢をしまう。これで意思表示としては十分だろう。
「カッカッカ、勝敗は兵家の常、ほれ、さっさと立って山を下るぞ」
そう仲間に言葉を投げかけるとアードルフは早々に戦斧を背負い直し、部屋を出て行く。
「・・・・」
結局名前が分からないままの魔術師の男はモノクルを直し、杖を拾うとこちらを気難しそうに、眉間に皺を寄せて一瞥してから出て行く。それにヴィクトゥスもやはりこちらに何か含みがありそうな視線を1つ飛ばし続いた。
「・・・次は私達が勝つ」
最後に残ったリオネッタは一番悔しそうに下を向きながらアーロンに宣戦布告するかのように告げる。
「・・・名は?」
続けてそう聞かれ、アーロンは一瞬首を傾げる。恐らく自身の名前なぞ知っていると思うがゆえに理解が少しだけ遅れる。それを無視されたと捉えたのか顔を赤らめたリオネッタが顔を上げて憤った声を出す。
「だから名前だ、名前!人間は耳も遠いのか!?」
そんなに怒ることあるか?という疑問がふっと頭をよぎるがそれでまた無視したと捉えられては面倒だと軽く頭を振ったアーロンは口を開く。
「アーロンだ、こっちはエンリータ。エーベルトから聞いてないのか」
「・・・仲間でもない人間の名前など覚えてないだけだ」
どこかバツが悪そうな顔を浮かべる。恐らく本来の性格もあるのかもしれないがそれ以上に若いエルフ特有の自尊心の高さが傲慢になって出ている。むしろそれを呑み込めるだけ若いエルフの中ではだいぶ素直なのかもしれないとひっそりとアーロンは遠い目をする。
「兎に角、アーロンにエンリータ!次は私達が勝つ、覚悟しておくことね」
此方にビシッと音が鳴りそうなほどに綺麗に指を向け、強い意志を顔に浮かべたリオネッタはそのまま小走りに先に行った仲間の方へと消えて行った。
彼らが去って行った後、アーロン達はその場で念のため後始末、正確には現場検証をする。尤も何か面白い、又は重要な情報が本気であるとはまでは思っておらず、どちらかと言えばすぐに出て行っては先に出て行った4人と鉢合わせしてしまう可能性が会った事が大きい。流石にあの別れ方をしておいて直ぐに再会してはお互いに気まずいと言う次元ではない。
「う~ん・・・流石に何も見つからないねぇ」
部屋の隅まであちこちと見て回って来たエンリータが退屈そうに声を漏らす。
「まぁ、居たのも魔物の類だろうからな。倒した後は気配もぱったりなだけに本当にそれ以外は何も無かったかもしれん」
部屋の端から端まで視界が届き、何ひとつ置かれても無ければ傷の類も特に見当たらず、当然、神器が何故ここにあるのかの痕跡もありはしない。可笑しかったのは敵だけで、その体は全て無くなってしまった。分かるのは魔物のようにして黒煙に成らずに水のように蒸発していった事だけだ。そうなればやはり時間稼ぎに重きが流れ、アーロンも似た様な雰囲気を醸し出してしまう。
「そう言えばそうだね。ん~、でも考えても分からないことは仕方ないよね。そうだ、そろそろ出てもいいんじゃないかな?」
かれこれそれなりに時間は潰した、これで遺跡の外で同じようにキャンプでもされていればどうしようもないが流石にそれはないとアーロンは判断してエンリータの言葉に頷き返す。
「やった!うーん、でもこれでヘンドリーナさんにもいい報告が出来そうだね!」
「あぁ、ここを無事に下りられれば一度教会に顔を出そう」
敵の本拠地のど真ん中、おまけに戦時中ではあるがあの国であれば入れないという事も無いだろう。おまけにエーベルトの性格で言えば帝国に入ったからで攻撃を仕掛けてくるようにも思えない。あれは英雄でもあるのだから、そう言う時は正面からしかるべき場所で仕掛けて来るだろうと想像がつく。勿論、配下はその限りではないだろうが大抵の相手ならばアーロンは力で退けられる。それにヘンドリーナに会えるのであれば多少のリスクは受け入れるべきだろう。
「ほら、アーロン!早く出ようよ」
そう呼ぶエンリータの後にアーロンはゆっくりと続いた。
アーロン達が神器を手に入れた頃、白馬将軍フラッデル率いる帝国軍は再びフォスト・アギオース攻略に出た。今回の侵攻はフラッデルが参加を認めたニィスが作戦の要を務めていた。当初はフラッデルの指示とは言ってもあまりにも得体のしれないニィスの存在に兵たちは当然、将校たちもその力と指示にかなりの不信感を募らせていた。唯一落ち着いていたのはフラッデル自身位のものだった。そしていざ、戦場に辿りつき、以前の侵攻で散々にやられたフォスト・アギオースの湖にいる海王龍の精霊種が現れた時にその評価は大きく変わる。
詳細は誰にも分からなかった。しかし、現れた精霊種に対してニィスが何やら魔術らしきものを唱え、放つと共に紫電が周囲に奔ったかと思えばあれ程強固に帝国兵とその船を散々に打ち砕いた精霊たちが水の泡沫となって消えていく。それは一種、幻想的な光景で船上の帝国兵も港で待ち構えていたフォスト・アギオース兵も数瞬、時を忘れたかのように泡沫を見る。
そうしてすべてが光と宙に溶けた時、フラッデルが兵に対して総攻撃を叫べば背中を押された兵たちは勝鬨の様な声をあげた。それに対してフォスト・アギオース勢の声は悲鳴にも似ていた。当然だろう、もとより精霊種がいたからこそ出来ていた拮抗、それが無くなった今、それは勝ち目が無くなった事と同義なのだから。
それから帝国兵はなだれ込むようにして港から上陸を開始、フォスト・アギオースは僅かな抵抗の後に無条件降伏を出すことでこの戦いは終戦する。時間にして僅か半日にも満たない時間で国が墜ちた事はフラッデルの名声と地位を強固なものにした。またその後、ニィスはフォスト・アギオースにいた海の巫女の身柄を要求し、フラッデルはそれを了承したことで両者の協力も終結した。
フラッデルはそのままフォスト・アギオースに滞在し、次の戦場への準備を始めた。
場所は変わって、アウローラ王国近辺、此方は反対に地に足を着けた地道で確実ともいえる方法で王国を包囲していた。アウローラにすれば絶望的状況であり、敗戦ムードが国内、特に上位に行けば行くほどその空気が漂っていた。それでも未だに抵抗自体は出来ているのだから大国の名は伊達では無い。
ハダクーシス・モルターは必死に抵抗を続けるアウローラ軍を眺めながらけして油断することはなく、兵を進める。そうしてあと少しでアウローラを落としきれると言う盤面になった時に事件が起こった。
堅実な用兵である事と若い将兵にも戦を学ばせる意図をもってハダクーシス自体は最後尾に限りなく近い位置に布陣していた。それをアウローラ王国の若き貴族が周囲にチリジリになっていた兵を纏め上げて強襲したのである。最後尾でそれほど多くないとは言え5000を超える兵で固めていた所、僅か500程度の兵で持って奇襲を掛けたのはアウローラの次期伯爵候補の男で最初の作戦会議でも山越えを懸念していたうちの1人であり、また本人も1人の騎士としてアウローラ国内ではあったものの優秀な人材であると名を馳せた人物だった。
この奇襲は見事成功し、ハダクーシスをあと一歩の所まで追い詰めきる。最終的にはその首を取ることは叶わなかったがハダクーシス本人とその近衛には大きな痛手であり、その報を受けた帝国軍は大きく揺らぐ。
特に新兵や初陣の将校にとってハダクーシスの存在は非常に心強いものだった。それ故に彼が敗走し、行方が分からなくなったことは思いのほか軍を揺らすものだった。そして恐怖というものは一度伝播してしまうと思いのほか収まりがつかず、多くの逃亡兵を出してしまう。その中には嘗てハダクーシスと共に戦場を駆けた者も混じっている辺り、見えない恐怖というものは強い。
そこへ散々に痛めつけられたアウローラの正規兵たちが総大将の公爵に連れられ帝国兵を強打、これにより帝国兵は更にチリジリとなってしまい、大きく後退することになる。
結果、帝国兵はアウローラとの国境付近まで押し込められ、総大将の行方は知らずという思わぬ大損害で持ってバラバラのまま一度帝国へと帰還することになった。
反対にアウローラは思わぬ勝利に湧き上がりこそしたが受けた被害は大きく、正規兵の過半数を失う事に成った。また、領土も当然荒れ、その処理に追われることになる。こうして一回目の衝突は痛み分けに近い形で幕を閉じたのだった。
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