二十二話
アーロンが放った渾身の一撃は今までで一番の衝撃と轟音を部屋に響かせる。アーロンの手にも明確な手ごたえがあり、これで死んでいないならば長期戦になるだろうと素直に思うほどのものだった。
着地と共に後ろへ大きく跳び、敵の挙動を確認する。再び起こってしまった砂煙は敵の大きくなった体をしっかりと隠している。尤も断ち切れたこと自体は確認済みだ、後は再生するか否かでしかない。そしてアーロンが目を凝らしていると左程待たずに砂煙から無数の触手らしき影が伸びて来るのが見える。
(チッ、死なないか)
期待外れ、と言えばそれまでだがもとより植物系、易々とは死んでくれない、そう思ったアーロンがグレートソードを担ぎ、足に力を入れた瞬間、無数に伸びた触手たちが絡み合い、大樹のような見目になったそれは突然、動きを止めて末端から早送りしたかのように塵へと姿を変えていく。
(なんだ・・・?)
余り見たことが無い現象にアーロンは少しばかり目を瞬かせる。最初はそういう形態変化かと考えもしたが自身の直感は終わり、つまり討伐完了を告げている。
塵へと姿を変えていく触手は再び煙の向こうに姿を消す。しかし、煙はもう収まり始めている為、うっすらと先が見え始める。砂煙はどんどん晴れていき、遂に敵の全貌が露わになる。あれほどの数の触手たちは全て塵になったのか既に影すら見えない。粘度の高いヘドロの身体は完全に溶けきっており、端からこれも触手同様煙を立てながら蒸発しているようだ。それは目や歯の部分も例外でなく、子供が泥で造ったものが雨で溶けてしまったような見た目だ。
そしてヘドロたちの中央には両手でちょうど持てそうな程の大きさの断ち切られた黒い結晶の様な物が転がっている。
(あれが弱点だったのか・・・なるほどな。しかし、あんなものは通常の魔物には無い・・・もしや例の魔物の神の子か?)
今は無きエイダンに教えられた魔物の神、パルトゥスの子。もし、そうであればアーロンが見たことが無い化け物であったことも納得できなくはない。それこそ欠陥はこの黒い結晶で長所もこの結晶、そう思えば多少無理はあるかもしれないがそう遠くもなさそうだ。
(まぁいい、それよりも目的の神器だ)
ヘドロは大分姿を無くし、黒い結晶も半分以上塵へと姿を変えた。これならば近づいても大丈夫だろう。そう判断したアーロンはヘドロの中から新たに姿を現した虚妄の耳飾りを手に取る。耳飾りは通常のものより少しばかり大きく、これでは顔が派手でもない限り耳飾りが主役であるかのように見えてしまうだろう。また、飾りの宝石らしきものは暗い青で深い海の底を思わせる色合いだ。そしてその奥には何やら橙色の光も見える。
(見ていると吸い込まれそうだ・・・)
すぐさまアーロンは神器から目を離して専用の入れ物に入れる。これで大丈夫だろう、そう息を1つ入れた時だった。
ドタドタと自分たちが入って来た入り口の方から複数人の走る足音が聞こえ、警戒心が一気に膨れ上がる。同時に現在位置は少しばかり入り口に近すぎるために後ろ、エンリータが居る方向へ目線は切らずに跳ぶ。
足音の主たちはそれからすぐに部屋の中へと踏み入ってくる。入って来たのは4人、というかカロールで見たことがある4人だった。
「あ、あなたたちは!」
先頭に立っているエメラルドを塗したような透き通った緑色の長髪のエルフの女、リオネッタがその端正な顔を忌々しそうに歪めながら指を指してくる。
「カッカッカ、エーベルト様の言う通りじゃったな。やはり歯向かうらしいの」
前も聞いた特徴的な笑いをするドワーフ、アードルフも先走る様に来たリオネッタをゆっくりとだが追って部屋に入って来た。それに続く様にケルタム族の男ヴィクトゥスと名前が分からない人間の気難しそうな男が入ってくる。
「面倒な事になったな」
アーロンはため息を吐く。狙っている物が同じなのだから、こういったことも想定はしていたが出会いたくはないのが本音だった。
「どうするの?」
背後に4人から半身を隠すようにして立ったエンリータが伺うように聞いてくる。
「まぁ、向こう次第だな。素直に通してくれるとは思い難いが・・・」
後ろの3人はアーロンと同じように伺うような雰囲気があるが先頭のリオネッタは結構不服そうだ。
「せっかく、ここは私達に直接任されたと言うのに!」
どうやらエーベルトは此処の捜索を彼らに任せたらしい。となれば親衛隊なのだから気合も入ると言うものだろう。それもリオネッタからのエーベルトに対する信頼、というか信仰じみた感情は他の面子より明らかに強そうだ。
「そこのお前、神器を持っているのは知ってる。それを渡しなさい」
そう言ってリオネッタは矢を番え、此方に向ける。やはり、かなりの激情家で若いエルフらしい傲慢さが出ているようにも思えた。
「・・・それで渡す奴はいないだろう。カロールでのことを忘れたのか?」
そう言えばリオネッタはより歯ぎしりを始める。思う所はあるらしいがそれでも今は使命感と怒りが勝る様だった。
「やれやれ、血気盛んじゃの。どれ、手助けでもするか。恩はあれども敵には変わらんしの」
そう言って見守っていたアードルフが戦斧を抜く。それを聞いたリオネッタは一瞬、何かを口走りりそうになったが堪え、不満そうに口端を歪めた。
(ま、大かた手助けはいらないとか言おうとしたんだろう・・・)
前回、軽くとは言えアーロンが戦う姿を見ている事と、さっきまで戦っていた時の気配も感じたのだろう、いくら勝気でも1人でやるとは言わない冷静さがあった彼女にもあった。
後の2人もどちらかと言えばアードルフに続くような形で各々の戦闘体形を取る。
(ドワーフとケルタムの2人が前衛、エルフと人間が後衛か、鉄板とでも言うべきか)
冷静にアーロンは分析を続けながら後ろ手にエンリータへと合図を出す。どれほどの実力差があるかは掴めてはいないが弱いと言う事はないだろう。何より数が多いと言うのは間違いなく厄介だ。
(おまけに殺せばエーベルトとの間に要らない軋轢が生まれるかもしれん)
実力差で言えばアーロンが頭1つ抜けてはいるがそんなことは敵とて百も承知だろう。それでも挑むと言うのならば余裕はあれども油断は出来ない、そう考えた方がいい。何より弱い人間をエーベルトが傍に置く訳がない。
「さて、それじゃぁ行かせてもらうかの」
その声をきっかけに敵は群で動き始める。まず先頭に立っていたリオネッタを追いこしながらアードルフとヴィクトゥスが前に出る。それを更に追いかけるようにしてリオネッタの矢が放たれ、最後方では3人の陰に隠れるようにして人間の男が杖を掲げ、詠唱を始める。
アーロンの後方でもエンリータが直ぐに番えた矢を放とうとする気配がするがアーロンはまだ動かない。理由は単純に完全に後手に回ってからでも間に合うと、自分の力を信じている事と様子見、特に魔術師の動きが気になっていたからだ。魔術はアーロンにとって小細工と雑魚狩り、加えて言うならば時折生活で使う程度でしかないがそれを専門にする者が使うのならばそれは容易く戦況を変えられる力を持っている。それこそ欠点は詠唱時間とその間、無防備になりやすいことぐらいだ。特にアーロン達が普段使うような短い詠唱では無く、魔力を練り上げ、練り上げた魔力に魔術の完成系のイメージを溶かし込み、詠唱で更に補強して精霊に行使させる、という行為は時間と集中が求められる。勿論、その分もたらされる効果は高く、正しく戦場を変えてしまうのだ。
(使ったのは炎精か・・・?なら攻撃か)
全文は分からない、しかし最初に炎精と口が動いたように見えた。であればとアーロンは遂に目の前にまで来た敵に対して動き出す。
最初に目の前に到達したのはヴィクトゥスだった。滑り込むようにして一気に懐まで潜り込んで来た彼は、引いた左拳をアーロンの胴体に目掛けて抉りこむようにして鋭く、打ち込んでくる。それに対してアーロンは正面から受け止めることを選択する。
(流石に今は避けられん)
後ろには矢を放ったばかりのエンリータがいる以上、簡単に避けた場合、分断されかねない。おまけに拳が届く距離で拳士と弓師が対峙すれば流石に拳士が有利過ぎてしまう。それ故に敵の最初の連撃は正面から受けなければならない。
アーロンは軽く腰を落とすとグレートソードを間に挟み込む。直後に硬いもの同士がぶつかる音が響く。ぶつかり合った拮抗はほんの僅かな間で殴った方のヴィクトゥスが押されるようにして後ろに少し足を滑らせる。反対にアーロンの身体をほんの少しも動かない。しかし、そんなことは分かっていたとばかりに下がった勢いを利用する様にヴィクトゥスは身体を回し、掲げた左足をギロチンのように振り下ろす。それと同時にリオネッタが放った矢が並ぶようにしてアーロンの顔を目掛け飛んできた。
(受けられはする。しかし、そうすると戦斧への対処が少し遅れるか・・・こちらの矢も弾かれたか)
蹴りと矢の連撃、それに少し遅れてアードルフの戦斧が状況に合わせて来るだろう。そしてそれに駄目押しのように魔術が放たれる、ここまでが現在、アーロンが読み切った展開だ。一応、ダメもとではあったがエンリータに魔術師の男に向けて矢を放たせたがそこは敵も分かっていたとばかりに同じ弓師のリオネッタが矢の妨害をした。
(流石だな・・・だが、まだ弱い)
アーロンは迫りくる連撃に向けて自ら足を一歩踏み入れ、左手で回し蹴りを易々と止め、握りこむ。そしてグレートソードを振り上げる動作で矢を弾き、横に回ってから戦斧を横薙ぎにしようとしていたアードルフに向かって振る。
足をガッチリと掴まれたヴィクトゥスは万力に挟まれたかのような痛みにその顔を歪め、戦斧ごと打ち据えられたアードルフはその威力を証明するかのように立ったまま床を滑り、後退していく。また、戦斧は前回、化け物とかしたエイダンの一撃でも欠けなかったにもかかわらず、たったの一撃、アーロンに打ち込まれただけで明らかな切れ込みを刃に映した。そして、アーロンは左手で握ったヴィクトゥスの足を引っ張り、力任せに振り、リオネッタが立っている方に向けて投げ飛ばす。矢を放とうとしていたリオネッタは顔を引きつらせ、矢から手を離すとヴィクトゥスの援護の為か走り出す。
その隙を縫うようにエンリータが魔術師に矢を放つが今度は男が自ら動いて易々と回避されてしまう。流石にこの程度で避けられない程に動揺することはないらしい。そして、遂に魔術が完成したのか急激に杖の先端から魔力が形を成して膨らむ。
先端から真っ赤な炎の華が咲く。その熱は周囲の空気すらも焦がしそうな程で景色が熱で歪む。しかし、周囲にいる彼の仲間は熱そうにもしていない様子からやはりかなりのコントロール力があるらしい。火の華は艶やかさに咲き誇ったかと思うとその無数の花弁を散らし、突然吹いた風に舞いながら嵐となってアーロンに向かってくる。
(俺たちが二人でやるのと同じことを単独、それも更に高い精度と威力だ)
これに呑み込まれれば最低でも全身が炭化してしまうだろう。そう瞬時に見極めたアーロンは向かい討つべく、グレートソードにいつも通り魔力を奔らせ、蹴散らすようにして放つ。アーロンのどこまでも暴力的な魔力の塊は芸術の様な魔術に正面からぶつかり、炎の花弁をより強大な力で力任せに砕いた。砕かれた魔術の先、流石に驚きを隠せなかった魔術師の男の目が開かれるのが見える。そしてアーロンの無茶苦茶に慣れているエンリータは一切、遅れることなく矢を放ち、手に持っていた矢を射抜き、後ろへと飛ばす。これで多少は威力と精度も下がるだろう。
「さて、まだやるか?」
アーロンはグレートソードを杖のようにして、未だに唖然とする4人を感情の見えない瞳で眺めた。
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