二十一話
魔力で出来た火が視界を埋め尽くす。エンリータが放った火が敵を丸ごと包み、火花を散らす。しかし敵はアーロンに切り付けられた時ほどの反応を示さず、薄い煙を体毛から上げながら悠々と火の中から出て来る。注目も変わらずアーロンの方に強く示している為に本当に効果が無かった可能性がある。
(火が効かないのか、火力が足りないのか・・・内部が植物系の触手なら慌てそうなもんだが・・・それとも水系統だったか?)
顔から噴き出した触手はどちらかと言えば植物に似ていた。そこから火が通るか試してみたが効果は薄そうな事にアーロンは眉を顰める。
(兎に角、試してみなければわからんか)
そう判断するとともにエンリータに違う属性で魔術を行使する様に合図を送る。
(4種撃って駄目なら物理に完全に切り替えるか)
そう決めるとアーロンは再び突進の構えを見せる敵に対して合わせるように構えを取る。
一般的に魔術は4元素、火、水、土、風が基盤として成り立ち、特殊な闇と聖の2つを合わせて6属性で構成される。当然相性というものもあり、火は風に風は土に土は水に水は火に強く、同等の威力であれば相性が有利不利を決める。特殊な闇は4元素すべてに効き、聖には効果が半減する。しかし、聖は全ての属性に高い効果を示す。これは今、神々の勢力争いで秩序側が世界の中枢を握っているからだ。それこそ破壊神が復活してエーベルトに手を貸した神々が討ち果たされれば闇と聖は逆転するだろう。
そして相性は当然防御も同じで、魔物や魔獣といったもの中には属性を身に纏い、防御機構としていたり、存在する場所に適した属性を持っていることが多い。その場合は必ず弱点を突く属性を行使するのが基本だ。何故ならば単純に海の魔物や魔獣に水の魔術を当てても一切の効果をもたらさないと言った様に弱点を突かなければ徒労になってしまうからだ。勿論中には属性を持たない者もおり、そう言った敵は満遍なく効き、満遍なく減衰する。
このことから植物に似ているならば風、ないしは土の属性を持っているか無属性、そして闇だろうと当たりをつけ、先程は火の魔術を行使させた。しかし、その結果はほぼ効果なし、であれば火力不足か水かとアーロンは再び仮定して新たな指示をだした。
しかし、その後いくつか魔術を放ってみるもほぼ効果が無く、敵の怒りを無駄に買う結果に終わってしまう。
(チッ、なら最悪闇か。複合魔術が撃てれば話は変わるんだろうが)
そう内心舌打ちをしながらアーロンは跳び、突進を避ける。
アーロンが試行錯誤している間にも敵の突進の速度は上がり、比例するように威力も上がっている。それにも関わらず精密動作は磨きを増しており、100から0への速度変化は敵ながら目を見張るものがある。また、先も見た雷撃もどきに加えて絶叫によるスタン、巨体による地鳴らしやフライングアタックも混ざり、正面からの対処が少しずつ難しくなる。幸いダメージとしては雷撃もどきが精々と言った所で力比べではまだ引けを取らない。
(一度叩ききるか?)
突進をアーロンが踏み込むことで敢えて受け止め、力任せに振り抜いてその巨体を吹き飛ばし、更に自身も飛び退くことで距離を作る。魔術を止めたエンリータの追撃が飛ぶのが見えるがやはり刺さってもそこまで効果がある様には見えない。
ここまでの衝突で分かったことは魔術の効果が薄く、物理も内部が特殊過ぎて効いているのか分かりづらいという事だけだ。であれば一度大技で皮を断ち切ってその内部を覗き見るしかないとアーロンは判断する。
(なら、一度エンリータからは遠いほうがいい)
何が飛び出すか分からない以上、頑丈なアーロンはともかくエンリータは致命傷を受ける可能性がある。幸い、敵との立ち位置はアーロンが部屋の中心で、それを挟むように敵とエンリータが睨みあう構図だ。試すには丁度いいと言えるだろう。
左手で後ろにいるエンリータに様子見の合図を送り、敵が動き出すよりも早くにアーロンは足に力を込め、今出せる最高の速度で駆け抜ける。それと同時に全身に廻った魔力をグレートソードにも乗せる。そうすればグレートソードは不思議な文様を刃に映し、魔力の奔流を迸らせる。それを見た敵は膨大な魔力に反応したのか、それとも大技が来るのを予期したのかは定かでないがその巨躯を震わせ、散々防御にも攻撃にも活用していた角にアーロンと同様に魔力を迸らせる。しかし、間に合わせるつもりはアーロンには無い。
「ウォォォォォオオオオ!!」
地面が割れる程に踏みしめ、更に加速する。空間が振るえるほどの雄叫びを上げて戦意を鼓舞する。踏み入るは死地、しかし躊躇いなど無かった。今更自身の力を疑うようなことはしない。アーロンは敵がどのような事をしようとも己の一撃が先に敵を両断することを確信していた。そしてその考えはアーロン本人が望むか形で証明された。
影すらも置き去りにする加速は敵からすればテレポートの様に映り、気が付けば目の前、デットラインで武器を振り下ろすアーロンをその深淵の瞳に映す。
「ハァァァァァァァ!!」
角による防御もさせない、神速にして山すらも崩すのではないかと思わせる一撃は敵の巨躯を頭部から一直線に臀部まで両断した。
轟音と砂煙が舞い上がる。すぐさまアーロンは視界を塞がれる事の無いようにバックステップを1つ2つと踏んで距離を取る。敵の絶叫は聴こえない。
(手応えは十分・・・あとは何が出て来るか)
目を凝らして砂埃の先を睨む。数瞬、何の反応も無かったために運よく仕留めたのかとアーロンが訝しんだ時だった。何とも形容しがたい音、それこそ何かが犇めくような、擦りあうような音が耳に届く。やはり、あの程度で倒せるわけもない、アーロンは息を短く吐いてグレートソードを構える。
そして砂煙の先で何かが爆ぜる。爆発とは違い、何か圧縮していたものが弾けたような音と衝撃、そしてその勢いは立ち込めていた煙を吹きとばしながら肥大化し、その身を表す。
それは何とも形容しがたいものだった。大きさは先程の数倍は軽くあるだろうか、そこらの家ならば簡単に呑み込まれてしまうだろうと言うほどに大きい。ヘドロの集合体の様であり、体のあちこちから突き出た無数の触手は不規則な動きでグネグネと動き回る。また、頂点には大きな目の様な、それこそさっきまでの身体の時と同じような目が付いている。目の下には左右対称に口らしき部分があり、此方もその巨体に見合った大きさだ。歯は剥き出しで人の奥歯に酷似している為に非常に気味が悪い。目から滴り落ちる黒い液体はヘドロ部分と大半は融合しているが零れ落ちた分は蒸気をあげている。
大よそ生物とは言えない生きたヘドロはその深淵すらも避けて通る様な目でアーロンをジッと見つめて来る。体と目が大きすぎるがゆえにどちらかと言えば勝手に視界に入っているような感じなのだがアーロンはそれでもはっきりと見られていると確信することが出来た。
(なんだ?また、気持ちの悪い形になったもんだ)
敵の変化を事細かく観察しながら敵の初動をしっかりと見極めるために集中は切らさない。敵は先の爆発以降、その場に佇み、ヘドロの身体から粘度の高い液体を垂れ流しているだけで大きな動きは見えない。一応触手や口らしき部分は動いているが何かを仕掛けようとしているようにはアーロンは思えなかった。
(チッ、仕掛けるべきか・・・?)
相変わらず見られていると言う感覚だけが漂い、場が膠着してしまっている。戦闘が長引くのはあまり好ましくはない。そう判断したアーロンは最初と同じようにまずは遠距離攻撃で様子見をしようと決めて魔力を回した瞬間だった。
膨れ上がった魔力に反応したのか、アーロンが魔力を回した瞬間、敵は大きく身震いを始め、次の瞬間には身体から大量の触手が飛び出し、津波のようにアーロンに目がけて押し寄せる。その勢いたるや背後にいるエンリータさえも巻き込むのではないかと思うほどの物量で、外ならばともかく部屋の中では避けることはとてもできそうにない。
「不味いか、だが!」
避けられないことは早くに悟った、であればと覚悟を決めたアーロンはグレートソードに纏わせた魔力を横薙ぎにして放つ。放たれた魔力の刃はいつもよりも幅があり、さながら突然三日月が顕現したかのようにも見えた。そして刃は正面から触手の波とぶつかるとあっさりと波を上下に割り、触手たちは本体との接続を切られたことで慣性が無くなると共に床へと散らばっていく。刃はそれだけでは足らぬとばかりに敵本体に向けて進んでいくが今度はかなり粘性の高いヘドロが敵から噴き出し、その威力を消されてしまった。その間にアーロンは一旦エンリータの方に駆け寄り、言葉を交わす。
「突破口が見えんな・・・ひとまず回避と迎撃に専念する」
今の接触の様子から遠距離はやはり対症療法の域を出ない、かといっていきなり近寄るのは先程と違ってリスクを明確に孕む。何より触手の物量はともかくヘドロの情報がまだ足りない。そのためにアーロンはそうエンリータに告げたが本人は敵を薄目で見ながら自信無さげに唸る。
「う~ん・・・ちょっと自信ないけど、弱点が見えたかもしれない」
そう言う彼女にアーロンは目を瞬かせる。
「加護か、良いだろう言ってみろ」
敵を睨んだまま背中越しにアーロンは返す。エンリータの加護である暗神の加護は階位が上がれば敵の弱点が直感で見破れるようになる。追加で魔術を唱えればその精度はなかなかのものだ。であれば急成長していてアーロンが前衛を張っていた間に彼女が魔術と合わせて弱点を見破ることが出来たとしても違和感はない。そしてそれは初見の相手であっても同様だ。
「え、いいの?かなりぼんやりだし、ほぼ初めてだよ?」
「構わない、お前を信じよう」
再び放たれる触手による攻撃を魔力の刃で捌きながらあっさりと返す。アーロンは龍との戦闘前にエンリータを対等の仲間として認めている。ならば初見でもエンリータの力を信じる事にためらいはなかった。
「そっか・・・。アーロン、目と目の間、眉間の辺りが弱点みたい。只、私の矢だと届かないと思う」
「任せろ、そのための俺だ」
言うが速いかアーロンは再び全身に魔力を回して駆けだす。当然、それを阻むために敵の猛攻が降り注ぐ。2度の攻撃で面制圧系統の攻撃は効果が低いと判断したのか今度は触手を槍のようにして正面、上、左右から走るアーロンに目がけて投げやりのように降り注ぐ。威力は不明だが速度は非常に高く、仮に左程の硬度が無かったとしても当たれば身体に穴位は開いてしまうだろう。それが無数に、時間差をつけて来るのだから厄介と言わざるを得ないだろう。しかし、その死の雨をアーロンは見事な身体捌きと剣術で捌いて行く。顔の横ギリギリを透かすように避けたかと思えば身体をそのまま回転させて追撃を受け流し、避ける空間が無ければグレートソードでこじ開ける。時折、ヘドロが敵の口から吐きだされ、触手と接触することでより不規則に拡散するがそれすらも武器で巻き起こす風圧で職種ごと弾き、その下を一瞬で駆け抜ける。ここまでしても一切走る速度に変化が無いのはもはや一種の芸術、人の限界を踏破した者のみが出来る業だろう。アーロンがやっていることは雨降る空の下、雨粒を一滴も受けずに走り抜けるに等しい。
そして、遂に後、数歩の距離にまで到達したアーロンはエンリータに告げられた弱点部分に目を凝らす。この頃には遂に360度全てから攻撃が降り注ぎ、傍目には安全地帯など無いようにしか見えない。それこそエンリータからすればアーロンは触手とヘドロの檻に閉じ込められている様にしか見えないだろう。しかし、絶え間なくアーロンに吹き飛ばされた残骸が宙に舞うが故にまだアーロンが健在である事が分かる。そして次の瞬間、アーロンは明確な隙を作る為にグレートソードを全力で、やや上、広範囲に魔力を放出する。放たれた魔力の奔流は確かに打ち出された敵の触手とヘドロを薙ぎ払い、本体の表面すらも削る。そして本体はその粘度のある身体を風に押される草木のように後ろへと仰け反らせた。
「これで終いだ」
振り切ったグレートソードを右肩へ戻す。敵は未だ怯んでおり、深淵を湛えた目だけが変わらず透き通った殺意を向けて来る。しかし、何が来てもアーロンは此処できっちりと仕留める覚悟で魔力を刃に乗せて跳び、眉間の前に到達する。
「二度と目覚めないでくれ」
その言葉と共にアーロンは込められた魔力を開放しながら眉間から真っ直ぐ下へと敵を両断した。
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