十九話
アーロン達が2階での戦闘を終えて遺跡の外に出て来る頃には陽が傾き始め、白銀の世界を深紅に染め上げていた。アーロンは周囲の雪で乱反射する光のまぶしさに目を細め、左目の上に手で庇を作る。別の地方であればまだ暖かい季節であろうにも拘らず頬を撫でる風は冷たく、戦闘でほんの少し火照った程度ではむしろ寒いと感じる程であった。
「あぁ~お腹減ったなぁ・・・」
体を伸ばし、欠伸を溢しながら愚痴にも似た事を呟くエンリータは顔に多少の疲労を浮かべている。
「クルトが前準備はしてくれているだろうからな、そこまで待つことはないだろう。それよりまだ警戒を解くな」
彼女の言う事には同意できるが気を抜くには早い。この周辺は魔物が少ないというデータはあるが襲ってこないわけでは無い。クルトもこの辺には対策をしていないだろう。
「っと、そうだね。ごめん。あぁ、矢の補充もしなきゃなぁ」
素直に謝罪をしながらテントに向かう途中で矢筒を確認したエンリータは少しばかり不満げな声を漏らす。今回も往復で最大15日前後の見通しの調査だ、当然今までと違って途中で矢や食料の補給をするのは難しい。その為、いつもより余分に物資を積み込んでいる。当然、クルトにも色々積んでもらっているのでそれなりに持ち込めてはいるが余裕がある訳ではない。であればいつもより神経質になるのは仕方がないと言える。しかし、アーロンとしては無駄にしているわけでは無いし再利用も最大限しているだけに気にしても仕方がないと思いはするがそこは矢を主武器にしたことが無いアーロンでは分からない感覚なのかもしれない。同時にその手の事を厳しく確認と調整する事ではないかと勝手に納得していた。
「おや、お帰りなさい」
2人がテントに戻って来た時、丁度クルトは外に出ており、温めたワインを呑んでいた。近くには簡易なたき火代とそばには鍋を包んでいるのだろうか巻きつけた布の塊が置いてある。
「ただいま!もうお腹ペコペコだよ~」
手を振りながら駆け寄ったエンリータに孫を見るような笑顔でクルトが手を振りかえす。
「戻った。悪いがこれから身支度と明日の準備だけ済ませる。飯の方は頼んでもいいか?」
アーロンがそう言えばクルトは心得たとばかりに頷く。
それから3人は各々のなすべきことをこなし終え、飯の為に集まる事には月明りとたき火の明かりを頼りにしなければならない程に暗くなり始めていた。それに比例する様に空気が澄んでいき、引き締まる様な寒さが肌を突き刺すようになる。
「おお、それなりに慣れたつもりだけど山頂付近は一段と寒いね。あぁ、スープにこんなに感激したのは初めてだよ」
微妙に身体を震わせながらスープを嚥下していくエンリータはしみじみと呟きながら白い息を吐く。飲んでいるスープは事前にスープとして作ったものを水分が無くなるまで煮詰めて固めた物を再び水で解したものだ。これならば場所をそこまで取らずに水と火があれば美味しいスープが呑めるので中々に便利な代物であった。水筒に詰められたものはワイン交じりである為に使い難いがここは周囲に雪があるのだ、溶かせば水には困ることはない。アーロンも無言でスープをすすり、暖を取る。
「さて、明日アーロンさんたちはどうしますか?」
一通り食事も落ち着き、食後の一服をしていた時、卓を囲んでいたクルトがそう切り出す。
「そうだな、出来れば早めに片づけたいが朝は日の出ほど早くなくていい。焦って損じたくはない。日の出後位に朝食を取ってそのまま内部の攻略にかかる。今日の手応えからすれば今日と同じ位には戻れるだろう」
出て来る敵のレベルはそこまで変わることはない、徘徊している魔物も精々もう一種類増える程度だ、であれば相当の失敗でもしない限りは怪我で撤退はないだろう。それこそエンリータがずっと多数に集中砲火でも受ければ話は別だがその可能性は極めて低い上、彼女もアーロンが支援に入るまでなら余裕をもって戦えるはずだ。後は例の奇妙な雰囲気の部屋で何が起こるか次第だが流石に龍クラスは出てこないだろう。もしくは何も起こせなかったが故の撤退位しか思いつくことはない。
「なるほど、では今日の深夜番は私が最後ですね」
そうして話を一通り聞き終えたクルトは明け方の見張りを引き受けると言い出してくれる。
「そうか、それは助かる」
実際、明け方から夜まで起き続けるのはあまり好ましくなかった為にアーロンは素直にその申し出を受ける。
「いえ、これも仕事ですから。あぁ、後片付けもしておくので先に寝る方だけ決めてもらっても良いですか?」
そう言ってクルトは誇らしげに笑う。それに対してアーロンもまた、頷き返すのだった。
翌日、クルトに再び荷物番を任せた2人は遺跡の中に入っていく。遺跡は前日と変わらず、冷たい雰囲気が部屋に広がる。アーロンは軽く異変や見落としが無いか周囲を見渡しながら転移装置に向かう。そのまま前日と同じように5つ数えてから来るようにエンリータに告げてから足を掛ける。それと同時に見慣れた光に身体を包まれて一瞬、意識が飛ぶ。
(さて、何がでてくるか)
直ぐに意識は戻って来てアーロンはその瞬間から思考を回そうとする。アーロン達の今日の大目標は当然、神器の発見、ないしは無い事を知る事だ。あくまでこの遺跡は有力な場所と言うだけで絶対ではない。であれば成否位は絶対に入手する必要がある。遺跡の妖しい雰囲気の部屋はあくまでおまけでもし、目的と大きく違い、時間が掛かるならば場合によっては斥候だけして他の人間に任せることになるだろう。神器は依頼だが部屋の方は依頼では無い、融通はしてもらったが契約したわけでは無い以上見切りは付けなければならない。
そう、アーロンが考えた時の事だった。昨日、魔物を掃討した部屋に辿りついたと言うのに直感ともいえる部分に危険信号が走る。
(なんだ?)
そうアーロンが意識を切り替えて周囲を探ろうとした瞬間、明確な殺意がアーロンを襲う。
「クッ!?」
グレートソードは背中にしまいっぱなしで間に合わない、そう判断したアーロンは腰のファルシオンを勢いよく抜き去り、盾にする。その直後、昨日と同じような衝撃が手に走る。
(攻撃された?昨日掃討したはずだぞ!?)
普通、遺跡で発生した魔物は高々一晩程度で発生し直すことはない。復活には必ず相応の時間が掛かる、それもランクが高ければそれは顕著だ。それにも拘らず今、同じ手応えで攻撃されたことは紛れもなく異常な出来事だ。
力任せに跳ね返しながら少しだけ後ろに跳ぶ。同時に視界が完全に戻ってくる。戻った視界の先、其処には昨日も見たゴエティアダイモン4体が殺意をこちらに向けていた。
「チッ、確実に何か起きてるな」
そうアーロンが悪態を付いた時、同じように転移して来たエンリータが敵との間に現れてしまう。
「不味いか」
そう言うや否やアーロンは直ぐに駆け寄って体を引っ張り、後方に下がる。突然、体を持たれ、引っ張られたエンリータの慌てる声が聞こえるが構ってやる余裕はない。さっきまでエンリータが立っていた場所ではゴエティアダイモンが振ったハルバードが通り過ぎる。
「おい、敵がいる、構えろ」
短く、的確に要件を伝えたアーロンは自身の背後にエンリータを置きながらファルシオンをしまい、グレートソードを引きぬく。
呆けたような返事が聴こえたがそれに反応することなく、御返しとばかりにアーロンは敵中に飛び込み、早速前から順番に一撃で狩りとっていく。2体目に入る頃には完全に意識を戦闘に向けたエンリータの援護も入り、速度が上がる。
それから左程時間を掛けることなく、ゴエティアダイモン達を殲滅したアーロンは息を吐く。疲れも無ければ怪我も無いが少しだけ、驚きで体にゾワゾワとした感覚が這いずり回っている。
「ふぅ・・・大丈夫そうだな」
そう言ってグレートソードを杖のようにして佇む。
「びっくりしたぁ・・・此処って確か昨日全員倒したよね?」
大きく息を吐いたエンリータが周囲を見渡しながら近寄ってくる。
「あぁ、そのはずだ。だがこれで間違いなくここで何か起こっている事が証明されたわけだ」
そうアーロンが言えば確かに、という顔をエンリータも浮かべる。
「じゃぁ、もしかしたら本当に神器もあるかもね」
「あぁ、兎に角気を付けて進むぞ。普段の常識が通用しない可能性がある」
それを最後にアーロンは肩に武器を担ぐと昨日も入った大広間に意気揚々と入っていくのだった。
それから、2人は作業のように部屋に踏み入っては魔物を掃討していく。魔物たちはランクこそ低くはないし、強さも十分なものではあるが今のアーロンにとっては最初の様な完全な奇襲でもない限り押されることはない。エンリータにしても火力が不足気味な事さえ除けばタッグである以上立ち回りで引けを取ることはない。強いて言えばやや、部屋の広さが足りないことぐらいだろう。
そうして2人は3階の大広間を片付けてから息をつく。この部屋は例の誰も居ないのに変な雰囲気のする部屋として話に上がっていた部屋だった。確かに入った瞬間から何かに見られているような、はたまた大きな怪物の開いた口に誤って入ってしまったような、そんな雰囲気が漂っていたと同時にそれに紛れて良く知っている気配が混じっている。ここにいる魔物たちにはそんな変な気配をだしているような個体も異常個体もいない。それこそ、この遺跡に本来出現したことが無い種、ルーナファクトと言うゴースト種の魔物こそいたがランクは周囲と変わらない。何より、全ての魔物を倒して尚、この嫌な気配には一切の変化がない。むしろ少し強まったような気さえする。しかし、アーロンもエンリータもそれ以上のものを発見することは出来ない。
「ん~何だろう・・・確かに何もいないはずなのに何か居るって感じだね?」
気持ちが悪そうな顔を浮かべながら周囲の探索から戻って来たエンリータがそう溢す。
「あぁ、だが、お前も感じるだろう?」
アーロンが神妙な顔を向ければ同じような顔で彼女も頷く。
「間違いなく神器があると思うな。うん、この気配はごまかせない」
そう、2人が組んでから行くども感じた神器の気配がこの部屋には紛れていた。
「なら、何かしらのギミックがあるか。・・・単純に雑魚の掃討か?」
一晩で完全に復活する魔物、雰囲気だけを漂わせる部屋、魔物が全滅するとより雰囲気が強まる。であれば遺跡内に魔物が全滅すれば現れるかもしれないとアーロンは思いつく。
「あぁ、ありそう。ま、やってみようよ」
アーロンの思い付きから同じ結論に至ったのかエンリータも頷き、同意を示した。
「よし、なら転移装置の所で一旦休みを入れてから行くぞ」
敵足りえないとは言っても戦闘は戦闘、集中はするし、時間も思ったより取られている。何より、まだ行けると思ううちに休むことが上手くいく秘訣だ。そう判断したアーロンは休憩を提案する。何より次の階層で一応遺跡は全部だ、その後に休めるか分からないだけにここで休むのは正解と言えるだろう。
その後、しっかりと休息を入れた2人は順調に4階に進み、丁寧に魔物を片付けていく。そして最後の1体を倒した瞬間、あまりにも純粋な鋭い殺意が3階から響いてくる。
「おぉ!?びっくりしたぁ、心臓が止まるかと思ったよ」
アーロンよりも最近は感覚が鋭敏になりつつあるエンリータには実力差もある為かアーロン以上に殺意が響いたのだろう。額から汗がしたたり落ちている。
「合ってたみたいだな・・・だが、思ったよりも強いかもしれん」
龍程では無い。ニィスのように底知れない感じでもない。しかし、明確な怒りからの純粋な殺意は頭の中に警鐘を鳴らさせるには十分と言えた。
「何があるか分からん、ここで最終確認をしておけ」
そう言ってアーロンは自身の装備と体の確認をはじめるのだった。
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