十六話
「よし、装備は確認し終えたか?」
霊峰カエルムの登山道、木で扉のない門を象っただけのものを入り口と呼べるかは微妙な所ではあるがその入り口の前で装備の確認をし終えたアーロンが振り向きエンリータに問いかける。現在のアーロンは真っ赤な分厚い外套に身を包み、耳まで覆える帽子を目深に被っている。中に着こんだものもいつもよりかは分厚いものに変え、手袋も当然嵌める。最後に足裏にはスパイクのついたアイゼンを取り付ける。これで最低限の装備だ。当然、いつもよりは動きにくいがそれこそ龍のような化け物と戦うことが無ければ問題はない。それに戦う事になったならば脱げばいい。他にも飲み物が凍ってしまわない様にいつもより遥かに濃い目に混ぜたワイン、火を使わなくても食べられる物に寝泊りするための道具を借り物のバッグに詰め込み背負う。この装備と借りた物だけで下級から中級の下くらいまでの依頼であれば足が出るだろうというほどだ。道理でこの辺りの冒険者のギルドはよそ者向けに出来ていない訳である。
「これはこれで・・・こうで・・・うん、大丈夫みたい!いつでも行けるよ!」
アーロンとパッと見は同じ様な装備に身を包んだエンリータがいつもと違う体の感覚を確かめながら返事を返してくる。
彼女の場合は主武器が弓である為に大剣のアーロンよりも扱いは繊細さが求められてしまう。それが雪山となればなおの事だろう。特に強い風に悴む手、その上鉄製の弓は堪えるだろう。
「よし。ならガイドの下へ行くぞ。この先の山小屋にいるらしいからな」
今回、アーロンは多少のリスクを冒してでもガイドを頼むことにした。地図や説明を受けた所、道が分かるように案内板や目印が点在してはいるようだがそれでも急激な環境の変化や異常に詳しくないアーロン達では咄嗟に反応できない。そもそも正解の道を正しく知らないのにそんな事にまで気を配る事は難しい。であれば護衛対象が出来ることになるが面倒を大幅に削減してくれるガイドを抱え込む方が遥かに安全で楽だと判断した。
「うん。それにしても実際どの位動けるのかなぁ」
横を歩くエンリータが何気なく聞いてくる。確かに護衛が必須と言う扱いとはいえどの程度の事が出来るのかは気になる事だろう。特に、エンリータには今回、ガイドに張り付いてもらう事になっている。これはアーロンが自由に動けた方が良い事と、護衛の経験を積む目的もある。尤もガイドなのだから山登りが問題ないレベルの身体能力はあるはずだ。人柄については3人で最初に挨拶を交わしたところ、特に嫌な感じを受けなかったために選んだから問題はない。
「まぁ、ここでの生活も長い上、実績も十分だ。それにとっておきのイレギュラーが起きても冷静に対処すればいい。雪崩が来ても俺たちなら避けられるからな。そう言う意味では魔物による奇襲でガイドがやられるパターンに最も注視すればいい」
アーロンは軽くそう言えば、それもそうだとエンリータは少しだけ気負っていたものを外す。
「そうだね。うん、また1つ危険を乗り越えればいいだけ!駄目なら成長すればいい!いつも通りだね!」
そう言ってエンリータは左手と気炎を上げた。
「待たせたな」
山小屋前、申し訳程度に作られた椅子に目的の人物が座っていた。アーロンが声を掛ければ直ぐに反応して立ち上がり、此方に手を振ってくる。
「いえいえ、丁度いい集中時間でした。今日からよろしくお願いします」
嫌味なく、温厚さのにじみ出た表情と共に壮年の男が手を差し出してくる。男はアーロン達と似た様な装備に身を包みながらもその1つ1つが明確に良い品であることと良く使い込まれていることが分かる。顔つきは彫が深く、雪の反射のせいだろうか顔が日焼けしている。目尻にある皺は彼の垂れ下がった目と合わせて柔和さを出しており、落ち着いた彼の声と合わせれば良い年の取り方をしていると言われそうだ。
「こちらこそ」
「よろしくね、クルトさん!」
交代で短く握手と挨拶を終える。そして事前に決めていた予定通りに山登りが出来そうなことがクルトから伝えられた。
「アーロンさんたちは運がいいですよ。これだけ晴れて一歩目を登れるのはあまりないですから」
そう楽しそうに喋りながら先頭を歩くクルトの足取りは軽い。だが彼の言う事を証明する様に冷たさの中に気持ちのいい日差しが降り注いでいる。風も強くなく、積雪もまだ少なく除雪までされている場所、クルトでなくともいい幸先に足が軽くなるのは仕方ないだろう。
「そう言えばクルトさん。この辺の魔物で特に気を付けた方が良い種っている?一応、情報は集めたんだけど出来ればクルトさんにも聞きたいかなって」
まだ、序盤も序盤で尚且つクルトの調子も良さそうなのを見込んだのか、エンリータが世間話のように疑問を口にする。それを聞いたアーロンも情報は多い方が良いと一緒に聞き耳を立てる。
「ん~そうですね・・・お二方の強さ程度であればそこまで警戒する魔物はいないと思いますよ?なにせ、信徒が登れるくらいですから。それに規模は小さくともこの付近に特化した冒険者たちがおりますから。そう言う意味では此処の魔物たちはみんな色が白いので遠くのは見えにくいかもしれません」
「へーじゃぁちょっと目を凝らさないとダメかな・・・」
思案するエンリータを最後尾から眺めるアーロンも同じように思案する。クルトがいう事が正しいのなら近距離より中距離以上の警戒を上げた方が良さそうではある。むしろアーロンからすれば下手に暴れて周囲に被害を出さないことがむしろ肝要だろう。
それから、3人は雑談を交えながら和やかな雰囲気のままに山登りを続ける。その中でアーロンはクルトが話す近況に少しばかり引っかかる部分があった。
「最近、俺たちが向かう遺跡の様子が可笑しいってのは確かなのか?」
「はい、元々あそこは人が入ることは少ないからそこまで問題にはなっていないんですけどね・・・私達の様なガイドは勿論、信徒たちにとってもあそこは只の遺跡で踏み入れる場所ではありません。なにせ山頂付近は行くだけで大変ですから。祈るだけなら中腹で充分なんです。なにより、魔物が元々跋扈していましたから、冒険者が腕試しに向かう程度です」
「そうか・・・で、腕試しに言った連中が報告を上げたってわけだ」
「はい、そうなります。なので 近々一度編成を固めて挑む、なんて話も有ったんですけどね、今回アーロンさんが行くとの事で・・・」
少しばかり最後を言いにくそうにクルトは言う。恐らく、最悪偵察の代わり、もしかしたら解決等もしてくれるかもしれないと言う打算がギルド方にあるのだろう。それも実質ロハで。尤も、アーロンにとってはどうでも良い事だったし、そのお蔭で優秀な案内人と装備を多少とは言え割り引いてもらったのだから文句の言いようが無かった。それに強者としての自負があるのだ、問題解決位ならしてやろうと言う気持ち位はある。
「まぁ、そんな事はどうでもいい。それより、もう少し詳しい情報があれば現地のプロからの目線も交えて欲しい」
アーロンがそう言えば少しだけ目を瞬かせたクルトが顎に手をやりながら少しだけ考え込み、口を動かす。そうしてわかったのは遺跡の内部、魔物の種類が変わった事とその強さ、そして、怪しい気配を感じるのに誰も居ない部屋がある事だった。
魔物の種類が変わる、これはかなり珍しい部類になる。魔物は突然生み出され、命あるものとは大きくその在り方を変えるがそれでも環境に適したような形を取ることが多い。森ならば森の海ならば海に適した形を当然取るのだ。それは場合によっては魔獣と同じような形を取る事は珍しくない。つまり出て来る魔物が変わったと言うのは海中に鳥が出て来るに等しい。であれば間違いなく遺跡内部の環境が大きく変化したのだろう。それも人には感知できないレベルで、だ。そしてその誰も居ないのに気配を感じる部屋だ。こちらは環境が変わったせいでそう感じるのかはたまた恐怖などから生まれる気のせいか分からないが最悪なのはそこが変化の原因である場合だ。この場合は間違いなく何らかのギミックを解決させないといけない場合がある。これが力任せで良いのであれば楽だが現状見ない事には始まらないだろう。だがそれでもアーロンの脳裏には1つの可能性が過る。
(神器か・・・?持ち込まれたか、それとも暴走か)
そう、破壊神の神器由来である可能性がある、という事だ。どちらにせよ確定は出来ないが自身の目星が間違っていなさそうな予感、もしかしたら期待かも知れないが当てがあるのは悪くない。
(ねぇねぇ、もしかしてアレかな?)
エンリータも話を聞いてるうちに思い当たることがあったのか小声で尋ねて来る。
(可能性としては充分だろう。気を引き締めておけ。それにあのエーベルトの部下が来るかもしれんからな)
頭をよぎるのはエーベルトに連れられるあの4人、そのうちのエルフの女は忌々し気にこちらを見ていた。回収が仕事なのもあるだろうがそう簡単にひいてはくれないだろうし、ここに来ていても可笑しくはない。
アーロンの言葉に1つ頷いたエンリータはまた、普段の明るい顔に戻してクルトとの世間話に戻る。まだ、山は登り始め。天気は晴れ渡っていたが、先行きは怪しいものだった。
アウローラ王国がエテルニタス帝国軍に押し込まれている頃、白馬将軍に登用されたフラッデルが西の大国フォスト・アギオース国との国境を越え、難所の攻略に勤しんでいた。フラッデルは数少なくなったアーラ族の1人だ。彼は本来戦にも行く末にも興味はあまりなかった。しかし、日々減っていく同胞、そしてアーラ族の誇りともいえる羽根を狩られるという事に凄まじく悲観に暮れていた。その折、完全実力主義である帝国に力を見出され、改めて己の力を示したことで此度、白馬将軍に登用された経歴を持つ。彼の願いはただ一つ、これが終わり次第、帝国の傘下である事を受け入れてでもその力を背にアーラ族を復興させると言う目的で戦に参戦した。エーベルトはこれを快諾した形になる。
そんな彼は現在目と鼻の先にフォスト・アギオース国を見ながら渋い顔をしていた。西の大国フォスト・アギオース、この国は他の大国と違い、地続きになっておらず、海に繋がる広大な湖の中央にポツリとある大島に国が栄えていた。また、人口は少なく、兵士の数も少ないがこの湖に住んでいる精霊種、これが帝国にとって最大のネックだった。この精霊種、海王龍の力を受けた存在であり、自身の大事な巫女がいる国の人間を襲うことなく、侵略者や魔物の類だけを襲う上、この国に住む巫女の意志を聞く、という特徴がある。姿は不透明な水色で形は馬や蛇、蛸やイカのような形を筆頭に様々な個体が存在する。これらが巫女の声に従い、現在、船で進軍する帝国軍を跳ね返していた。更にたちが悪いのがこの精霊種、物理的な干渉が出来ず、魔力を使った物しか通さない。それに加えて、水で体が構成されている為に水が干上がりでもしない限り死ぬことが無いのが門題だった。
その結果、フラッデルは試行錯誤と足止めを余儀なくされており、一度大きく攻めてみたが一切攻めきれず、兵の損耗こそ少なかったがその顔色は優れなかった。何より、彼はこの国と更に最西端にあるもう一つの国を攻め落とさなければならず、あまりここで時間を食いたくないのが実情だ。そんな彼に一つの方が部下から告げられる。その報告を聞いたフラッデルは心底胡散臭そうにしたが自身が手詰まりな事に目を背けるわけにはいかず、訪れた人物と面会することになった。そして、その数日後に改めてフォスト・アギオースへの大攻勢が兵に伝えられる。フラッデルの横にはあのニィスが妖しい顔で立っていた。
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