十三話
「さぁ、怪我をしたくなければさっさと出しなさい」
場の主導権を持ったリオネッタが再度エイダンに対して圧力をかける。それを受けたエイダンは変わらず仏頂面ではあるがやはり分が悪い事が分かっているだけに身じろぎ一つしない。そうして暫く睨みあった両者であったが先に折れたのはやはりエイダンの方だった。不思議なほどにエイダンの援軍は来ず、解決の糸口が一切なければどうしようもないのだからこの結果は仕方がないだろう。気丈に上げていた顔を下げ、うなだれてしまう。
「・・・分かった、この潤沢の首輪を渡そう」
そう言ってエイダンは懐から箱を取り出し、封を開ける。その瞬間、何度も感じた神器特有の波動をアーロンは頬に感じる。それは相手も同じようで目を細めたりどこか警戒するような姿勢を反射で取る。
「・・・悪いがここまで走った時に足を挫いたらしい。すまんが此処まで取りに来るがいい」
嘘か真か、それとも最後の嫌がらせか、エイダンは俯き続けながらそう告げる。その姿は抵抗を止めた敗者そのものであるにも関わらず、アーロンはどこか寒気がした。まだ何か隠し持った道化のような背中に視線を吸い寄せられる。
(止めるべきか?しかし、今、俺が何を言っても無駄か?)
アーロンが神器を集めていることをエーベルトは知っている。であれば今回の面子もアーロンの事も含めて知っていると見るべきだ。であれば下手に止めても神器回収の邪魔だけでなく横取りに来たと思われ戦闘になる可能性が高い。おまけに敵の戦力なども一切分からず勝てないとまでは思わないが初見殺しの様なものを持っていれば手痛いしっぺ返しを貰う可能性がある。
リオネッタはエイダンの行動を不審には思ったようだが問題なしと判断したのか弓をしまい、ダガーに切り替えてエイダンに近寄る。そしてそれをサポートする様にヴィクトゥスが続き、アーロン達への警戒はモノクルのヒューマンとドワーフのアードルフが引き継いだようでさっきより視線が強まった。どうやら凸凹ではあるもののチームとしての連携まで酷いわけでは無いらしい。尤も先走るリオネッタの介護に慣れている、と言った雰囲気が混じるのは先程からの言動から見ても仕方がない事だろう。
そうこう考えている間にも場面は進み、後2歩の距離にまでリオネッタが近付き、ほんの少し離れたところでヴィクトゥスが止まった時だった。ずっと俯いていたエイダンが顔をバッと上げる。
「馬鹿め!貴様らの様な輩に渡すくらいなら火口に捨てた方がマシよ!」
そう叫ぶと箱から取り出した首輪を振りかざす。その瞬間、今まで静かにしていた神器が光り輝き、周囲一帯を照らした。
「クッ!構えろエンリータ!」
光に埋め尽くされた世界の中で、神器の気配が信じられない速度で膨れ上がる。イリシィオ小国で出合った化け物と同程度の力の放出、間違いなく神器がエイダンの手によって使用された。
目を開ける事は叶わないが何か大きな物が地面に落ちた様な振動が伝わってくる。同時に風を砕くような鈍い風切り音が前方、さっきまでエイダンが立っていた辺りから響いてくる。
(チッ、碌でもない事になったか)
視界に映らずとも何が起こったかが良く分かる。そしてアーロンは瞼の裏に映る光が弱まったのを確認した瞬間、目を開ける。それと同時に龍の様な絶叫が耳を震わせる。
「グギャァッァァアッァァアッァアァ!!!」
エイダンが嘗て立っていた場所、そこには二足で立つ龍の成り損ないの様な化け物が直立していた。化け物は全身が赤く3階建ての家程の高さがあるだろうか。また、立っている姿はまるで人の様だが全身が膨れ上がり、筋骨隆々とした外見をしており、肌はトカゲと龍の間の様な質感をしている。顔はまさに龍と言った風貌で、人間で言う鼻に該当する部分には茶色の角が聳え立つ。鼻筋から後ろ首にかけて鬣の様な物が風に棚引いており、背中には元の身体の名残だろうか、身体に合わせて巨大化した片翼の翼が生えているがそちらはあくまで飾りのように見える。両手は何故か巨大な大剣の刃の部分だけを生やしたような見た目をしており、生えている腕よりも遥かに幅広で分厚い。あれでは切ると言うよりは叩き割るのが関の山、むしろ太くした槍の穂先と言われても納得してしまいそうだった。尤も、これだけの巨体と巨大な刃だ、生半可な相手ならば当たっただけで切れ味に関わらず引きちぎるか粉々にすることが出来るだろう。
元エイダンの足元付近には最初に聴こえた風切り音の犠牲になってしまったのか傷ついたリオネッタとヴィクトゥスが膝をついている。致命傷こそ避けたようだがそれなりのダメージにはなっていそうで戦力としては既に数えられないだろう。後ろで待っていた2人もこの突然の変化に驚愕して、いや、アードルフの方はもう立ち直っているらしい、今にも負傷した仲間のカバーに入ろうとしている。
「なんという事を!生半可な者では神器で力を得られても2度と人には戻れんのだぞ!」
先程までの豪放磊落な雰囲気は既に消えており、焦ったような声で叫ぶ。しかし、当然ながらその言葉に帰ってくるのは化け物になったエイダンの叫び声だけだ。
「エンリータ、割り込むぞ。エイダンはもう無理だがあの4人ならどうとでもなる。援護してくれ」
そう言うとアーロンは返事も待たずに背のグレートソードを引きぬき、その巨大な腕を振りまわそうとするエイダンと4人の間に割り込むために駆け出す。流石に距離がある事と一度回り込む形になる為に加護の力を引き出し、速度を一気に上げて距離を詰める。アードルフは動けない2人を守る為に身の丈程の戦斧を盾のようにしているようだが自由に動けない状態で攻撃を受けるのは厳しいだろう。ましてや弱くはないがアーロンのように壁を越えた程の強さが無いならば尚の事だ。
「1発耐えろ!」
駆け出しはしたが流石に間に合わないと判断したアーロンは叫ぶ。それが聴こえたからかは分からないがアードルフが更に身を固めたのが見える。その直後、振られたエイダンの右腕と戦斧が轟音を立てて衝突する。
「グッ、ヌォォォォォ!!」
アードルフは勢いを殺しきることは出来ず、呻き声を上げながら後ろに滑っては行くが何とか吹き飛ばされず、ギリギリで持ちこたえた。そこへ当然ながら追撃が迫るがその間にようやくアーロンが間に合い、下から打ち合うようにグレートソードをぶつけた。刹那の拮抗、しかし直ぐに力比べはアーロンの方に傾き、跳ね上げられた勢いでエイダンはその巨体を揺らし、たたらを踏んだ。
「今の内に下がれ!あれは俺が受け持つ」
「すまぬ!助かった!」
言うや否やアードルフは傷を負った仲間2人を担ぎ、後方へと全力で駆けていく。あれだけの大物を使うだけあって速度は速くはないが2人と戦斧を一緒に担いで走れるのはドワーフの中でもかなりの力持ちだろう。
力強い風切り音。既に体勢を立て直したエイダンが乱入者であるアーロンに向けて腕を振り下ろす。しかし、先程の巻き直しのようにアーロンは慌てることなく、その一撃をしっかりと受け止めて跳ね返す。
「軽いな」
ボソリと呟く。確かに雰囲気は気持ちが悪い、の一言だがそこまで強さは感じ取れない。いや、アーロンがそれだけ強くなったことが一番の要因だろう。加護こそ使いはすれどもなんのリスクも無い状態で一切押し負けない。それこそキマイラ達レベル程度にしか感じられない。
ビュンビュンビュン、鋭い音がエイダンの頭に目がけて3つ飛ぶ。当然、エンリータの矢だ。そのうち1つは弾かれたが残り2つは見事に刺さる。どうやら腕の大剣部分はそれなりに硬いようだが皮膚も柔らかいらしい。勿論、エンリータの腕と武装が良くなったことも一因だろうがやはり強くない。
「・・・これなら楽に行きそうだな」
そう呟いた時だった。息を吐くような威嚇の音がエイダンの牙の間から漏れたかと思えば矢が刺さった部分に黒煙が発生して傷が塞がっていくのが見える。
「お前も再生するのか・・・」
少しばかり呆れと面倒臭さが入り混じったため息を吐く。今見えた再生能力はイリシィオ小国で見た化け物と酷く似ていた。もしかしたら据え置きの能力なのかとアーロンは訝しむ。
(ま、桁外れの魔力による副次効果ってとこか。俺も似た様な事が出来るからな)
むしろ一定以上の強さがあれば再生は標準能力なのかもしれない。とどこか他人事のように思いながら傷が治すエイダンを見る。アーロンの心に焦りは一切ない。それこそ相当のイレギュラーでも起こらなければ時間が掛かったとしても自身の勝ちが揺らぐとは思えなかった。
「ギャォッォオッォォォオォ!!」
傷の治ったエイダンが吠えるが恐怖はない。アーロンは無表情でグレートソードを後ろに引く。それを見たエイダンは何も考えていない様に駆けだし、その巨腕を振りかぶる。
ビュビュン!先程よりも速く、鋭い矢が今度はエイダンの足に向けて放たれる。矢はちょうど力強く踏み込んだ瞬間に踵の少し上、人間で言えばアキレスの部分に突き刺さる。当然、それだけで倒れるようなことはないがほんの少し、エイダンの体勢がズレた。同格でれば好機とは言い難い程の隙、しかし、それはアーロン程の強者の前では致命傷だった。アーロンはそのズレにしっかりと反応して懐に入り込み、引絞ったグレートソードを振り払う。その刃は持ち主の望む通りにただ真っ直ぐ、愚直に、怪物となったエイダンの右足を一切の抵抗なく切りとばした。
「グギャァッァァアッァァ!!!」
背後で苦悶の絶叫が響く。それと同時にドシンと言う倒れる音と地響きが聴こえる。アーロンはすぐさま振り向き、しかしゆったりと、グレートソードを構え直す。エイダンは地面でもがいており、その様は打ち上げられた魚を彷彿とさせる。そして遠目にはきちんと避難して治療を始めた4人組が見える。エイダンの切りとばされた部分は血の様なものは一切なく、只黒煙がその代わりと主張するように噴き出している。煙自体は臭いが感じられないがどやはりイリシィオ小国の怪物と同じ雰囲気を感じた。恐らく放置していればそのうちに再生してしまうのだろう。
「悪く思うなよ」
そう言うとアーロンはエイダンに近づこうと足を踏み出す。仲が良い訳でも何でもないがついさっきまで話し合っていた元人間だ、悲しみの様なものはないが何も感じないと言う訳でもない。しかし、直す術をアーロンは当然知らない。おまけに今の接触で人らしい感情も知性も感じ取れはしない以上、殺す以外の手立てをアーロンが取ることは出来ない。
アーロンは暴れるエイダンが振るった腕を足と同様に切りとばし、阻むものが一切なくなった瞬間、力強く踏み込むとエイダンの巨木の様な胴体を丸太同様に切り裂いた。傷口からは多量の黒煙が噴き出し、エイダンの身体を包む。そこで少しばかり嫌な予感を感じたアーロンが後方に跳ぶと同時に、エイダンの身体は小規模の爆発を繰り返し始める。そして遂にはその体全てを爆発によって塵と化してしまった。
空間に静寂が訪れる。先程まで絶叫と爆発音が木霊していただけにより一層、静かさを全身で感じる。
「あれは・・・」
武器をしまったアーロンはエイダンが倒れていた付近にキラリと光る物を見つけ、歩み寄って拾い上げる。それはエイダンが持っていた破壊神の神器、潤沢の首輪だった。首輪は相も変わらず嫌な気配を発しており、付けられた装飾達が怪しく光っては次の犠牲者を呼び込んでいるようにも見えた。
「まぁ、これで目的は達成か。後味は悪いが・・・」
そう言ってアーロンは首輪を懐にしまい、庇った4人組の方へと向き直る。
4人組はもう治療も終えており、怪我をした2人も体調は良くなさそうだが既に立てるようだった。彼らの視線は様々な感情が浮かんでおり、一番威勢の良かったリオネッタに至っては親の仇でも見るような目だ。
「さて、一応聞くがお前らはやるのか?」
黙っていても埒が明かない、そう判断したアーロンは右手で頭をガシガシと掻きながら少しばかり威圧感を籠めて尋ねる。
「まずは感謝を。おぬしのお蔭でワシ等はこの通りじゃ」
そう言って武器も手放したアードルフが前に出て来て頭を下げる。その所作は悪く言うつもりはないがドワーフらしくない綺麗な所作だとアーロンは思う。
「構わん。で、どうする?」
「あー流石におぬしとやるのは避けるかの。エーベルト様も否とは言わんじゃろ。目的は達成できずとも生きて居れば何とでもなるしの。それとも渡してくれるのか?」
その言葉にリオネッタはより一層悔しそうに歯噛みしているが怪我をした手前強くは出られないらしい。後の2人はどちらかと言えば納得したような顔つきだ。
「いや、俺は今のエーベルトに思う所があるからな渡せはしない」
そう言いかえせば当然と言ったような表情と相槌が返って来た。
「ま、そうじゃろうな。仕方あるまい、今日の所は帰るとしよう」
そう言ってアードルフが振り返った時だった。カローラの階段から足音聴こえた。
「波動を追って来たがもう決着は付いた様だな、アーロン」
足音の正体はエーベルト・エテルニタスであり、彼は初めてあった時のように威風堂々とした立ち姿を見せ、こちらに向かって歩いてくる。
「よう、アウローラでは世話になった。あんたがいなかったら俺は死んでいた」
一瞬、警戒したがエーベルトからそこまで敵意は感じられない。むしろどこか愉快そうな顔をしている。エーベルトは駆け寄り、頭を下げる4人に軽く手を出すにとどめる。
「お前位の強者にあんな所で死なれるのは俺の目的にそぐわない。それにお前は俺の期待を越えた」
そう言って自身に溢れた顔を浮かべたエーベルトは5歩程度の幅を開けた場所で止まる。
「俺のやり方が気に食わんか?」
腕を組んだエーベルトが訊ねて来る。間違いなく、ここまでの一連の流れを指しての事だろう。
「・・・あぁ、アンタ位の傑物ならもっと手があったんじゃないかと俺は思うからな。アンタが事を起こした理由も行動も理解できる。時間があまりない事も、な。只、納得がいかない。だからアンタに賛同できない」
そう言うと抜きはしないがグレートソードの柄に手を掛けた。
「・・・良いだろう。ならば心行くまで抗うがいい。強者には選択の自由がある。その神器も今は預けよう。お前ならば闇に墜ちることもあるまい」
そう言うとエーベルトはあっさりと武器を構えたアーロンに背を向け、来た道へと翻す。
「・・・だが、お前も分かっている通りにあまり時間はない。最後まで抗うと言うのならばその時は覚悟するがいい」
そう言ってエーベルトは4人を引き連れてカロールを去って行った。
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