十二話
新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
「・・・・なんのことだ?破壊神の神器?すまないが私は聞いたことが無いな」
エイダンはそう言って頭を振る。しかし、アーロンに聞かれた瞬間、間違いなく目は動揺を移し、今も平静を被ってはいるが端々に身じろぎや余計な動作が現れてしまっている。当然、それを見逃してやるわけにはいかない。アーロンたちも遊びでこんなところまで来たわけでは無い。
「悪いがもう調べは付いてるんだ、あんたが持ってるってことはな。ひとまず話だけでも聞いてはくれないか?」
静かに、子供に言って聞かせるようにゆっくりとアーロンは喋る。奪いに来たわけでも脅しに来たのでもない。あくまで交渉をしに来たのだと伝えるように言葉を紡ぐ。
それでも暫くはしらばっくれようとするエイダンに何度も諭すようにしかし、逃がさないように話を詰めて行くと苦虫を噛み潰したような顔でアーロン達を睨みつけながらエイダンはため息を吐く。
「・・・わかった。お前たちが潤沢の首輪について知っていることも私が首輪を所持していることについても認めよう。だが、お前たちにこれを渡すことは出来ない」
先程までの硬い喋り方も崩したエイダンはアーロン達にはっきりとそう告げる。
「その気持ちが分からないとは言わねぇ、だが、危険だって分かってるなら手放した方が良い。何よりエーベルトが今、神器を狙ってる。それはお互いに避けたい、そうだろ?」
そう伝えるがエイダンの顔色は一切変化が無い。それこそまだ何かを隠しているような気さえアーロンは感じた。だが、それを暴くのは非常に難しそうだ。
「ふん、お前らとエーベルトが繋がっていない証拠がない。何よりお前がこの神器を悪用しないと言う保証もない。故にそんな奴には渡せない、それこそ危険な物なのでな」
膝の上で手を組み、顰め面で強固な姿勢を作られてしまう。それを見てアーロンはやはり自分に交渉は向いていないと心の中で悪態を付きながら失敗を悟る。
「でも、帝国軍が来たらどうするの?それこそ強引に持ってかれちゃうかもだよ?そしたらここで強情張るよりもワタシ達に賭けてくれてもいいんじゃない?ワタシはともかくアーロンは名のあるフリーの冒険者だし」
交渉中は割り入って来ることのなかったエンリータが純粋な疑問もあるのかエイダンに疑問交じりに聞く。
「ふん、それこそ余計な心配というものだ。このカロール、建国以来ただの一度も防衛戦で敗北したことはない。初代焔の巫女が作り上げた防衛システムは今尚健在だ」
そう言って鼻で笑うエイダンはその力を何一つ疑っていない。アーロンは記憶を掘り返すがカロールが戦争に巻き込まれたのはアーロンが冒険者になってからはないし、それ以前は調べたことが無い。それ故に真実かどうかまでは分からないがこれだけ自信がある様に見え、尚且つ長命種が言うのであればそれは事実なのかもしれない。何より、ここで嘘をつく理由はない。
そうして、再び喧々諤々と話し合いを続けるがエイダンは柳に風、アーロン達の主張を認めることもしなければ受け入れることも無い。エンリータもあれこれと必死にアピールはしてくれるがそれこそ子どもの言とでも言いたげな態度を取られ続け、実際に拙い弁は押し込まれてしまう。もうこれは意味が無い、諦めて霊峰カエルムの方を進めるべきかと思った瞬間、慌ただしい足音共に扉がノックも無しに開かれる。
「何事だ!今は来客中だぞ!」
先程までの雰囲気をすべて振り払い、神官長としての顔を張り付け直したエイダンが飛び入って来た神官に怒鳴りつける。
「ハァハァ・・・す、すみません!しかしエイダン様、て、敵襲です!!」
息を荒げたままの神官は謝罪もほどほどに、耳を疑う事を言い出した。
「どういう事だ!見張りの連中は何をしていた!そもそもエテルニタスの大軍を見逃すわけが無いだろう!」
その様子から嘘や幻覚の類ではないと判断したエイダンがせっかく張り付けた顔を剥がして、席からも立ち上がり怒鳴りつける。そしてアーロンも自身がカロールに入る際に厳しい審査を受けた事を思い出す。確かにあれだけの検問を敷いているにも関わらず、国境付近での警備が緩いとは思えない。ましてやどれだけ疲れていようとスパイがいようとも全員が大軍を見逃すわけが無い。
「そ、それが、たったの5人です!!」
神官が悲鳴のように絞り出した声は歴戦のアーロンであっても目を開き、言われたことを呑み込むには多少の時間が必要だった。
バルログ山とグルファクシ山、カロールで最も高く、最も活発な双璧の活火山が侵入者の報を受けて一気にその鼓動を速める。そして鼓動に釣られるように片や多量の溶岩が噴き出し、それは意志を持ってこの地を犯す者へと襲い掛かる恐怖の先兵へと姿を変えていく。初代焔の巫女が作り上げた防衛機構の片翼、人工魔物の前身ともいえる存在にして完成形、バルログ山のマグマゴーレムだ。彼らはこの地でしか活動できないと言うデメリットこそあるが活動範囲であればその脅威度は歴史が語る。エイダンが語る様にカロールはただの一度も防衛戦で敗北したことはない。それどころか街への侵入は勿論、防衛ラインも割られたことなど無いのだ。ゴーレムたちは身体が溶岩で構成されているがゆえに溶岩がある場所では死なない。それはカロールと言う活火山があり、常に溶岩が流れ落ちる場所に置いて真の意味で無敵だ。見た目は溶けた巨人と言った風貌でその体はゆうに3階建ての家を呑み込むほどに大きく、明確な意志を持って行動をする。おまけに身体は溶岩なのだから触れれば触れた方がその熱に溶かされてしまう。それが群をなして津波のように押し寄せて来るのだから嘗て、これに挑んだ兵士と国は絶望したに違いない。そもそもゴーレムが歩んだ地面もまた溶岩の通り道、行軍すら不可能だ。そして防衛機構はそれだけでは無い。片方が溶岩を垂れ流し、無敵の軍勢を生み出す傍ら、もう一方のグルファクシ山は空が担当だ。こちらはバルログ山のように何かを生み出すのではなく、岩石を降らす。定期的に怒り狂ったようにその体を震わせては山頂にある火口から凄まじい高温で熱された岩石を流星群のように地上へと降り注ぐ。単純だが空からの攻撃に人はそもそも強くはない。おまけに正面にはそんなものを一切気にしないマグマゴーレムの群れが迫ってくるのだ、気にする余裕などあるはずもない。侵入者に出来るのは自分の頭に降り注がない事を祈って、進むか逃げるかだ。当然、当たれば命は望めない。
聞くだけでどんな名軍師でも攻略方法が思いつかない無敵にして最強の防衛機構、しかし、その伝説は今、崩れそうになっていた。
金色が赤黒く染まった大地を駆ける。いや、よく見ればその後方に4つの人影が見えはするが先頭を走る金色の輝きがあまりに強いせいで見えはするが意識することは叶わない。先頭を走る金色はその鬣にも似た髪を棚引かせ、真っすぐ、この大陸に己が障害とするものは何一つとして無いのだと主張する様に駆け抜ける。
右手には尖った龍の尾の様な穂先とその根元に棘の生えた翼の様な刃を広げた槍を持ち、一見で重たいと分かるほどに重厚な鎧を着こんだ大陸の英雄、エーベルト・エテルニタスがほぼ単騎と言える有様でカロールに迫っていた。
当然、防衛機構であるマグマゴーレムたちはその進行を止めようと溶岩を迸らせながら腕を振り、壁となり、その口から火すらも吹いて見せるが右手の槍、破壊神の神器が1つ、災禍の槍の一振りでその全てを無為に返される。また、どのような理屈なのかは分からないが本来無敵であるはずのゴーレムたちがエーベルトの一撃を受けるとまるで命がある存在であるかのように崩れ落ち、時にはその身を消し飛ばされていくのである。
派手な攻撃は何一つない。それこそアーロンであれば魔力を刃にして飛ばし、延長することもある。そうで無くとも魔術による攻撃などで意図したものではないが結果、派手になってしまう事が多い。おまけに加護の力を引き出せば身体に魔力を纏い、嵐のように暴れることが得意分野なのだから然もありなん。しかし、エーベルトの攻撃にはそんなものが一切ないのだ。只、槍で突き、槍を振い、槍で掃う。それだけで無敵の軍勢が有象無象であると言わんばかりに消えていくのだ。それは一種の作業であり、彼がまぎれもなく本物の最強である事を淡々と証明していた。そして当然だが空から降る恐怖の流星群も英雄の歩みを止めるには至らない。武器を振るその風圧だけで岩石は只の塵へと姿を変え、風を焦がす熱は冷や水をかけられたようにその熱を失わせる。
蹂躙、それ以外の言葉で彼を表現できないのは言葉の限界か英雄の在り方のせいなのか誰にも分からなかった。そして遂に英雄一行はカロールの入口へと踏み入った。
報告を聞いたエイダンがいてもたっても居られぬという雰囲気で執務室を跳び出していく。幸い、アーロンにとっては既に英雄の強さははっきりと認知している。おまけに自身もそちら側に一歩踏み出したのだ、報告内容を聞いても驚愕こそするもののそれは常識外れに驚いただけで少し冷静になった頭で考えれば不可能ではないだろうなと思うと同時に損失を考えればむしろ最善と言える手立てだと思えたのも事実だった。
エーベルトが前線へ出ずに大陸を収められれば、帝国にとって最もいい形で今後を迎えられることは間違いない。しかし、そのせいで兵士が多く減っても困る。今でこそ戦争中だが本来の目的は一丸となって闇に立ち向かう前段階だ。それゆえに難攻不落過ぎるカロールには神器の事も合わせて彼とまだ確認ができてはいないが精鋭の4人だけが攻略班に選ばれたのだろうとアーロンは頭の中で推測を積み重ねる。
「ねぇねぇ、ワタシ達も追っかけた方が良いんじゃない?」
エンリータが思考に沈んでいたアーロンの膝を叩いてエイダンが出て行った先を指さす。報告に来ていた神官も既に姿を消しており、周囲には神殿関係者の姿も無い。
一瞬、このまま探索するのも手かとアーロンの脳裏に過るが火事場泥棒は判明したときに都合が悪すぎる上に目当ての物が見つかる可能性は低い。なにせ、神殿に入ってもイリシィオ小国で感じた様な神器の波動をまだ感じない。長命種たるエイダンが管理しているのならばアーロン達も知らない方法で隠されている可能性もあるがここには無い公算もある以上リスクがメリットを大きく上回る。アーロンは思考を切りかえる。
「そうだな、俺たちも後を追うとしよう。恐らく入り口、階段を上がったあの広場の辺りで接触するはずだ」
そう言うとまずは神殿に入る際に預けた相棒のグレートソードを取りに向かうのだった。
大軍で攻めてこなかったこととエーベルトが直接来たことで戦争は負けがほぼ決まってしまっただろうがごく少数であるがゆえに国民や国そのものに大きな被害が出ることはないだろうとアーロンは目的地に向かって走りながら思う。実際、報を受けたお蔭か街の人間は皆、家に引きこもっているようだが特に被害は見当たらず、兵士や冒険者たちの怒号も剣戟も聴こえない。もしかしたら無敵の軍勢と流星群が早々に、それもたった1人に破られたことで戦う気概も削がれ切ったのかもしれない。精神的支柱が折れれば後は容易い、依存していればなおの事だろう。
そうして万全の態勢でもって目的地である洞窟の様な入り口に辿りついた時には既にエイダンとエーベルトの後ろに居た4人と思わしき集団がいた。そのうちの1人は一度見たことがある姿だ。
お互いに距離が在り、その間には遠目にも剣呑な空気が漂っている。
アーロンは周囲を見渡してみるがエーベルトの姿はなく、どうやら別の事をしているらしい。その事にひとまず息を吐き、アーロン達は剣呑な集団に近づいて行った。
「あなたがエイダンね。死にたくなければ早々に破壊神の神器を渡しなさい」
帝国サイドの先頭に立つエルフの弓使いが矢を番えながらエイダンに宣告する。女は女性にしては背が高く、すらっとした体形でエメラルドを塗したような透き通った緑色の長髪をしている。エルフであるが故に年は分からないが人間であれば18~25以内に見える辺り、少なくとも年寄りではなさそうな事が分かる。そして今もエイダンを睨みながら視界の端で歩み寄っているアーロンをはっきりと捉える鋭い眦と薄い金色の瞳は高貴な鷲を思わせた。
「やれやれ、最近のエルフは名乗ることもしなくなったらしい。所詮は森の番犬だな。どうだ、ここは森の1つも無くて厳しいだろう。茶の1つでもどうかね」
血気盛んなエルフの姿にどこか呆れた様な仕草でエイダンが挑発気味に返すがその表情は決して良くない。そもそも彼の身体はどう見ても戦う者のソレでは無い事から虚勢も良い所だろう。そしてそんなことはこの場の全員が分かっているはずだ。
「カッカッカ、こりゃ正論じゃなリオネッタ。血気盛んなのは良いが礼儀を忘れちゃ獣にも劣る」
リオネッタと呼ばれたエルフの後ろにいたドワーフが特徴的な笑い方をしながら少しだけ前に出て来る。男はドワーフの低身長であることを引いても巨大すぎる大斧を背負っていた。ドワーフにしては珍しく髭を剃っており、赤茶けた肌が丸見えだ。端々には皺があり、それなりに年を取っているのか落ち着いた雰囲気と一流の戦士らしい雰囲気が同居しているようにも感じられ、恐らくエーベルトが居ないときはこの男がまとめ役なのだろうと思わせた。
「黙って、アードルフ。戦場で名乗りなんて意味が無い」
暖簾に腕押し、エルフの女は仲間の言葉も撥ね退けた。見た目と言動からも分かるがかなり気が強いらしい。エルフらしいと言えばそれで終わりだろうが案外見た目通りの年齢なのかもしれないと思わせる程に若さを思わせた。
「・・・俺たちは交渉に来たはずだが?」
嘗て、アウローラに向かう際に喧嘩を売って来たケルタムの男、ヴィクトゥスが閉じていた目を片方開けて面倒くさそうに喋る。初めてあった時と同様にケルタムらしい髪型、左右をそり落として中央部分を逆立てており、変わらない力強い目、相当の修行を積んだと分かる身体をしている。言葉少ないのも変わらないがあの頃より、はっきりと落ち着いた雰囲気をしている。向こうもしっかりアーロンの事を覚えているのだろう、因縁めいた視線がこちらに飛んで来る。
「うるさい!黙ってて!」
エルフの女、リオネッタは変わらない。それを見て、ヴィクトゥスは閉眼し、ずっと黙っている最後方のヒューマンの男は気難しそうな顔の眉間に更に皺を寄せ、右目にモノクルを押し上げている。
(よくもまぁこれだけ個性的な面子を集めたもんだ)
アーロンはひっそりと心の中でゲンナリしてしまう。横にいるエンリータも苦笑いを浮かべていることから思う事は同じらしい。
「動くな!」
そうしてアーロンが心の中でひっそりと悪態を付いていると風切り音と共にアーロンの足元に矢が刺さり警告の声が飛ぶ。別に気にするほどではないが場を余計な荒らし方はしたくないアーロンは指示通り足を止める。
「次に余計な事をすれば穿つ」
そう言うリオネッタは随分と入れ込んでいるようにも見える。弓の威力と仮にもエーベルトに選ばれただけの実力はあるようだがやはり若さが先行し過ぎているようにも見える。そしてそれを押さえる役目だろう他の3人はまだ静観の構えだ。こちらを警戒しているのかはたまた別の思惑があるのかは判断が付かない。しかし、一旦はリオネッタが主導でこの場は進められることになったようだった。
良ければ評価、ブクマ等していただければ幸いです。




