十話
年末アホ忙しいので最悪これが年内最後かも知れない
「まずは一度押し返すぞ。余裕が欲しい」
現在の敵の位置は当初よりも半分ほど山に近づいており、出来れば跳び出した岩の先にまで誘導してからが好ましかった。
『風精よ、願うは息吹、女神の憂鬱』
周囲から重さを持った風が津波の様に流れ込む。そして赤玉に接触するとともにその体を後ろへと押し流していく。これは幾度か攻撃を繰り返した時に気付いたことだが流石に弱い風程度では反応することはなかった。勿論、風に殺傷力を持たせてしまえば反応するが優しく押す程度なら問題はない。
そうして慎重に魔力を制御して山頂の先端ギリギリまで押し流す。このまま飛ばすことも考えたがそれが浮いたまま被害を出さない所まで行く保証はない。ましてや落ちていった場合は考えるだけで頭を抱える事になってしまうだろう。それに本当に自由に宙を舞えるのであれば、わざわざ岩の上では無くアーロン達が行けない空から攻撃を仕掛ければいいはずである。勿論、そこまでの知能がないだけ、という可能性もあるがわざわざ試すことはないだろう。
「良し、勝負は此処からだ。エンリータ、お前は周囲の警戒だ。俺はあいつの攻撃の遮断と可能な限り押し返す。あとは流れだ」
「了解!あ、ちょうど上!」
その声に反応してアーロンはエンリータの身体を即座に抱え込むと後ろに跳ぶ。その直後、もう幾度も聞きなれた爆発音が響く。それに呼応する様に赤玉はその体を1つ大きくする。そして耐久戦が幕を開いた。
「エンリータ!!俺の後ろに入れ!」
後ろを見る余裕もなく、大声で叫びながら全力で体内の魔力をグレートソードに纏わせ、放つことで壁にする。熱風に反応した炎精が壁のない側面から爆発の前兆を見せる。それだけでなくほぼ四方から連鎖した炎精が歓喜した観衆のように爆発のうねりを上げる。
実験にも似た耐久戦は佳境に入りつつあった。当初はゆっくりと言うほどではないが余裕のある速度でその体を大きくしていた赤玉は人の頭部程の大きさから既に直径がアーロンの身長を越える程に大きくなってしまった。また、大きくなるほどに小さな太陽かと思うほどに熱気を増していき、只そこにあるだけで空気が歪み、水分を干からびさせる。赤玉は心臓のように鼓動を繰り返し、最初は感覚が長かったがそれも徐々に短くなり、その度に弱い熱波を飛ばす。既にユラユラと風に舞う綿毛のような動きはなく、悠然とそこにあり、己こそが山の主であると主張するかのようだった。
轟音、赤玉の熱に見せられ、集まった炎精達が爆発し、それが幾重にも連鎖する。その爆風の中、アーロンは背後のエンリータを掴みながら切り抜ける。一歩間違えれば一気に山を下る事になる。魔術で空が飛べると言ってもあまり体験したい事ではない。
「アツッ!熱い熱い熱い!アーロン、ワタシの髪焼けてない!?」
切り抜け、距離を取った先、抱えられたエンリータが腕の中で頭を抑えながら喚く。どうやら避け損ねたらしい、帽子が焦げ、穴が空いてしまった。体は炎精の加護を付与したクロースのお蔭か火傷は見当たらない。
「禿げてないから安心しろ。それより早く下がれ」
腕の中のエンリータを地面に下ろしながらアーロンは呆れた声を出す。一見、危機的状況ではあるが熱いだけで2人の心はまだ余裕がある。それこそ龍の息吹の方が怖かった位だ。攻撃の頻度も上がり、此方は攻撃が出来ないストレスはあるがそれだけ回避に注視できる。
「全く、乙女の髪を何だと思ってるの・・・で、これいつまで続くのかなぁ」
大分膨らんだ赤玉を見ながらエンリータが愚痴のように溢す。
「さぁな、だが肥大化は大分収まって来た。見ろ、鼓動は早いが大きさは変わらん」
「あ、ホントだ。どうする?突いてみる?」
「やめとけ、今したら巻き込まれる。最低でも空に飛んでからだ」
赤玉は予想よりも大きくなった。サイズ比から爆発は恐らく山頂の全部が巻き込まれるだろう。となれば空に飛んでから突く以外ない。
「でも思ったより単調で良かったね?」
慣れた動きで炎精の爆発を避けながらエンリータが言う。実際、赤玉のやる事はずっと単調でむしろそれに引き寄せられた炎精の誘爆の方がずっと厄介だった。少しばかり拍子抜けではある、アーロンはそう思ったがその直後、山の山頂を1つ吹き飛ばす威力を持った爆弾であることを思い出し、感覚が歪んでいることを認識する。今対峙しているのは充分に厄介だ。
そうしてアーロンが頭を振った瞬間だった。激しく鼓動を繰り返していた赤玉はピタリと動きを止める。嫌な予感が頭をよぎり、目を見開いて1つも見逃すまいと睨む。同時に緊急回避の手段として魔力を回し、いつでも飛び立てるように準備を進める。変化は突然だった。一度止まった鼓動が今度は身震いする様に振動する。それに合わせるように回りの温度が上昇を始め、空気に火の粉が鱗粉のように舞い始める。アーロンは今度こそ危機感が全身を回り、耐えきれないと言わんばかりに魔術を唱え、エンリータをひっつかむ。幸いにもエンリータも同じ感覚を共有しているのかスムーズに身体を寄せて来る。
『風精よ、願うは天翼、孤高の大鷲!!』
悲鳴をあげるように呪文を唱え、空に飛ぶ。その直後、山頂は大火事のように爆発と爆炎に巻き込まれた。
「グッ、クソッタレが!」
間一髪、空に飛ぶことで直接のダメージを避ける事には成功した。しかし、山頂すべてを呑み込む様な勢いはその余波だけでもアーロン達に冷や汗を掻かすには充分だった。幸い木々の様なものは生えていない活火山であったために延焼した様子もない。周囲には未だ火の粉が舞っており、先程までの事を知らなければ幻想的と言えたのかもしれない。
「今ので終わりか?すこし釈然としないが」
吹き荒れた風も止み、安定して滞空することが出来たアーロンは、爆心地に焦点を当てて周囲を見渡すが先程までの忌々しい赤玉の姿はない。本当にいなくなったのならば好都合ではある。
「ひゃぁ・・・すっごい威力だね?山も形変わっちゃったし・・・思ったより危なかったのかな?」
抱えられたまま眼下を眺めるエンリータが唖然とした顔を浮かべる。実際、あのまま攻撃を続けていれば疲弊し、対処出来なくなった所を大きくなったアレの爆発に巻き込まれただろう。逃げたのだとしても余計な被害を多々出しかねない。そう言う意味では機動力と発想力にかける人材では倒せない特殊な敵だろう。
「取りあえず降りて確認するぞ」
そう言うとアーロンは、奇襲を気にしながらゆっくりと降りて行く。降りた先、崩れて平たくなってしまった山頂は未だ熱を持ったまま所々燻っており、少しばかり臭う。眼下に湖のように鎮座する火口には表面上変化はないがあれほどの衝撃の後だ、運しだいにはなるが少しばかり噴火してしまうかもしれない。尤も、噴き出すまではいかないだろうが。
「うーん、何も残ってないかなぁ・・・何かあった?」
「いや、特には見当たらない。もう少し探したら切り上げるぞ」
ぐるりと周囲を駆け足で見渡してきたエンリータだが特に見つからなかったらしい。少しばかり異質な魔物だったこともあって何か情報が欲しい所だがどうやら叶いそうにない。
それから2人で暫く周囲を再度探してみたが赤玉の痕跡は山頂の爆発痕以外何一つ見つかることはなく、骨折り損で終わってしまう。
「駄目だな、エンリータ!引き上げるぞ」
「ハーイ!」
既に若干の飽きを見せていたエンリータはアーロンが呼びかけると同時にタッタカ走ってくる。
「んー結局何だったんだろうね?あまり見たことが無い雰囲気だったけど」
下山途中、周囲に気を配りながら前を歩くエンリータが視線はそのままに尋ねる。
「さぁな・・・可能性としては希少種の魔物、ないしは人工の魔物って線だな」
アーロンの記憶に近縁種が思い当たらない以上、現状ではこの答え位しか浮かんでこない。
「希少種は分かるけど人工の魔物ってどうゆう事?」
初めて聞いた単語だったのか表情は見えないが声には強い疑問が感じられる。
「正確には魔獣にかなり近い生き物だ。魔物は知っての通り突然発生するのが基本だ。そして想像もつかないような能力を生まれつき持っていることが多いだろ?それこそ俺たち人間や魔獣では考えられない生態だ。それを人工的に生み出せないかって研究が昔からある」
平均的な兵士よりも強く従順で魔物のように限なく生み出せるというのであればそれは間違いなく時代を変えることが出来る。それ故に各国で魔物や魔獣の研究が進められる中、人間に都合のよいものを生み出してしまおうと考えるのは必然と言えるだろう。そしてその過程で生まれたのが人工魔獣だ。
「まだ、表にはまともな形での人工魔獣は発表されていない。しかし、裏ではどうか分からない。そして今回のそれがたまたま実験に使っていた、という可能性があるってわけだ」
尤も、それが事実なら警備が無いのは奇妙だ。また、自国の実験なら依頼は出ないし、他国であれば何故、今、リスクを冒してここで実験するのかが分からない。おまけに本体の適正がこの場所に適し過ぎているのも気になる所だった。
「ふーん・・・確かに怪しい感じはするけどね。最初、一緒にいた男の人も合わせて」
「あぁ、だが確定させる材料がない。兎に角、そこらもまとめて報告だ」
そう言いながらアーロンは足取りを少しだけ速める。心残りはあるが今は時間が足りない。もやもやする感触が胸に残る。
フラルゴ山での出来事からまた2日程経ち、2人はカロールのギルドに帰って来ていた。ちょうどガレスは席を外しており、代わりの職員に言伝をして椅子に座って待つ。ギルド内部は相も変わらず静かで、時折ここ所属の冒険者たちが報告に来るくらいで活気は感じられない。しかし、緊張感が数日前よりも明確に高まっているようにも感じられ、どうにも居心地がいいとは言えない状況だった。
「おーい!すまん、待たせたな!こっちだ」
休憩から戻って来たのだろうガレスがカウンター横の入り口から声を掛けて来た。
「やっとか、行くぞ」
アーロン達はこれ幸いと言いたげな動きでそそくさとホールを後にする。そして同じ個室に腰を落ち着けると同時に息を吐く。
「悪いな、これと言った動きは無いみたいなんだが無ければ無いで神経質になっちまう。さて、早速で悪いが報告を聞こうか」
そう言われ、アーロンは淡々とフラルゴ山であった事を話していく。ガレスはそれに対して時折、相槌を打ちながら紙にメモを取っていく。そうしてアーロンが一通りの出来事を話し終えると軽く唸り、腕を組んで首を傾げる。
「何か分からない事でもあったか?」
報告中、特に聞き返すようなことはなかったが何か抜けた、もしくは伝えきれなかった部分があったかとアーロンは尋ねる。
「いや、お前の報告は分かり易くて助かってる。だが、想像してたよりも根が深そうだからな。何より確定材料が全く見つからないのはどうしたもんかと思ってな。まぁ、後日、改めて調査隊は送ることになるからそれはいいんだが。そうだ、お嬢ちゃんは何かあるか?」
「え、ワタシ?ん~そうだなぁ・・・あぁでもワタシはあまり生き物っぽくないなぁって思ったかな」
「生き物っぽくないか・・・聞いても?」
突然に話しを振られたエンリータは少し慌てながらも直ぐに取り繕い、所感を話す。
「えっとね、魔獣は勿論なんだけど魔物もさ、生物として当たり前だけど生きることが前提、っていえばいいのかな?兎に角、生きている事、もしくは生きるための構造をしてるでしょ。でも、今回遭遇したのは何かが当たれば爆発して、放置してたらどんどん大きくなって自爆しちゃったでしょ?それって実質自殺じゃない?なんか生き物っぽくないなぁって。それこそアーロンが言ってたみたいに人口魔物の兵器版?みたいな印象があるっていうか・・・」
それを聞いてアーロンはなるほどと思う。確かに死に向かうのが当然の様な形は生物らしくない。それは面白い観点だったと思う。
「なるほどなぁ・・・てなるとやっぱり何か人の手が入ってるか。よし、ここからは俺たちと調査隊の報告が帰ってくるのを待った方が良いな」
どこか納得したような顔つきでメモを取り終えたガレスが顔を上げる。
「さて、ここからは報酬の話しだ。お前たちの活躍はこれから俺たちギルドが神殿に伝えとおこう。そのついでに神官長に会えないかの交渉もしておく。尤もこっちは確定とは言い難いがな」
そういってガレスは頭の後ろを掻く。
「いや、可能性があるだけマシだ。何かあれば宿に言づけてくれ」
「あいよ、それじゃ、今日はお開きだ。金はカウンターで頼むぜ」
そう言うとガレスは仕事が立て込んでいるとため息を吐き、顔を一気に老けさせながら先に部屋を出て行った。
「さて、それじゃ、俺たちも戻るぞ。運が良ければ近日中に来るかもしれんからな」
「そうだね!う~ん、今日のご飯はなにかなぁ」
ガレスの姿とは対照的に2人は1仕事終えた充足感に包まれながら部屋を出るのだった。
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