三話
「ん~良い事があったわけでは無いんだけど改めて来るとなんだか不思議な懐かしさがあるね!あ、でもアーロンと会えたんだから結果は良い事だったのかな?」
今、2人は出会った森の入り口に立っていた。実際、出会った場所はもう少し離れているし、森から出た場所も大きく違う、それでもこの森は確かに初めましての場所だ。アーロンもここから転がる様に人生が変わっていったのだから少しばかり感慨深いものがあった。
「・・・最近は人のいない場所が多かったせいか騒がしいな」
視線の先にはアーロン達にとっては珍しく、他の冒険者たちの姿がある。まだまだ新人らしい装備を身に着けた少年たちが少しばかり緊張したような顔つきで森の前で話し合っていたり、奥に向かって歩いて行く姿があった。しかし、防具のほとんどを外してしまっていても上位の雰囲気は消せないのか疑問を孕んだ訝しむ目がアーロン達には向けられていた。尤も何か話しかけてくるようなのは居ないだろうが。
(ま、そりゃ不思議か)
溜息を1つこぼすとアーロンは横でソワソワしているエンリータに目を向ける。
「ん?どしたの、アーロン?もう行く?危険な事も殆どないと思うけどミーティングでもするの?」
気負った様子もなく、これから会いに行く英雄の父に興味津々のエンリータは今にも駆け出してしまいそうだった。
「いや、ここに危険な魔物はまずいない。とっとと行くぞ」
そう言うとアーロンは初級冒険者の流れに沿って森の中に踏み入って行くのだった。
森の中は正規ルートから入ったこともあり、道もよく踏み鳴らされていた。少し外れればしっかりと森になってこそいるがそれでも手入れがされているのか光がしっかりと差しこんでいる為に見通しは悪くない。アーロン達は今、一応目の届く範囲で初級の冒険者に挟まれるような形になっており、時折こちらを気にするような視線が飛んで来る以外は気になることはない。
それからしばらく進んでいると前にいる集団は道を逸れていき、後方の集団も飛び出してきた魔物の相手をしている間に別れた。
「ん~なんか凄く長閑に感じるなぁ。ちょっと前まではこんな感じじゃなかったのに」
前を歩くエンリータが欠伸混じりに溢す。
「そりゃ、今までが可笑しかったんだ。普通の、それも初級者向けならこんなもんだろう」
そう言うアーロンもいつもより幾分雰囲気が柔らかく。ここだけまるで街の中の様に落ち着いた空気が流れていた。とはいえ、初級者にとっては充分に危険な場所だ。魔物は当然、道を外れれば獣道しかなく、事故で怪我をしてしまう事もある。それだけでなく人攫い、や野盗の類が弱い人間を狙ってここに来ることも少なくはない。また、状態異常を引き起こす野草も当然ある為に安全とは程遠いと言えるだろう。それこそ、数日毎には死人が運ばれるし、行方不明も依頼で出るくらいだ。つまるところ最低限の武力、知力に仲間、そして運が無ければならない。
それから2人は地図に従い、いくつもの分かれ道を過ごしながら奥へ奥へとその歩みを進めていく。道中下級の魔物も出はしたものの鎧袖一触、エンリータの矢に、或いはアーロンのグレートソードに砕かれていった。そして10を超える分かれ道の先、遂には一本道が暫く続いた後に途中でアーロンは何もない方向へと足を止め、顔を向ける。
「どうしたの?そっちは何もないけど・・・」
そのまま足を進めようとしたアーロンに対して、エンリータが首を傾げて問うように声をかける。
「あ?何って・・・ここが分かれ道だ」
問われた意味が一瞬、理解できずにアーロンも首を傾げる。しかし、依然としてエンリータも理解が出来ないとでも言いたげに首を傾げるだけだ。
「・・・、あぁなるほどな。おい、手を出せ」
少しばかり、頭の中を疑問で埋めてしまったが直ぐに思い当たる。ヘンドリーナは確かに一定以上の強さが無ければ見つけられないと。そしてこれがその横道であるがゆえにまだ、実力が足りていないエンリータには見破れなかったのだと。
「あぁ!!あの結界ってやつだね!」
エンリータも思い至ったのか、柏手を打ち、手を差し出してくる。その手を掴んだままにアーロンは見えない道がある方向へと足を踏み入れた。瞬間、ぐにゃりとしたスライムの様な柔らかい水を通りぬけた感触を全身に感じる。思いがけない感覚に少しだけ怯みながらも手を放すことなく引っ張り、突き抜ける。気持ちの悪い感覚は直ぐに終わり、最後に弾かれるような感覚を背に受け、アーロン達は跳び出し、たたらを踏まされる。
「ワァ、ホントに道だったんだね!あ、こっちからは普通に見える!」
エンリータは手を繋いだまま後ろを振り返り、楽しそうな声で指を向ける。そう言われ振り返ってみるがアーロンからすれば元々見えていたのだからエンリータの不思議な事に出会った、という感想には付き合えそうにない。
「・・・楽しそうなのは良いが俺には元々見えていたからな。さて、さっさと行くぞ。結界があるってことは誰かが抜けて来たことも術者には分かる事だ。変に警戒されるわけにもいかん」
「あ、そっか。ごめんごめん」
繋いでいた手を離して、アーロンはスタスタと奥へと足を向け、エンリータはそうだったと言わんばかりの顔を浮かべながら軽快な足取りでその背に続く。
結界の先はそれなりに整備された道であり、今まで通って来た、人が通ったから出来た道とは一目で違いが分かった。どうやらここの住人はそれなりに綺麗好きなようだ。道のりも左程長さは無く、走ればすぐ、と言った距離感の場所に木造の一軒家が見える。近くまで来てみれば家の周囲は芝の絨毯が敷かれており、隅の方には名前は分からないが色とりどりの花々が咲いているのが見える。家は森の中にぽっかりと開いた隙間に生えた様な建てられ方をしており、木造なのと合わさって、柔らかい印象を受ける。上からはちょうどいい具合に日が差しこみ、緑と茶色の空間を黄金に染める。家自体は特に珍しいものは当たらず、田舎の一軒家といった風貌で横に広い一階建てだ。
「ワァ、ここが目的地なのかな?」
芝生に踏み入ったエンリータが楽し気に周囲を見渡す。
「あぁ、そのはずだ。家主がいればいいんだが・・・」
結界を抜け、家の前まで来たが特にこれと言った人の雰囲気が感じられない。それこそ、家そのものも忘れ去られたような雰囲気を滲ませている為に暖かさの中に物悲しさがある。取りあえず、玄関口を叩いてみるかとアーロンが家に近づいた瞬間、その扉がバタンと中から開けられる。空間を壊すような物音に思わず警戒心が高まり、一瞬、身構えてしまう。そして、中から出てきたのはゆったりとした薄緑色を基調とした上品ながらも簡素なローブを身に纏った眉目秀麗な男?だった。もし、英雄の父、という前情報が無ければ思わずどちらか首を傾げてしまったかもしれない。しかし、それ以上に若い、という印象を受ける。それこそ、人によってはアーロンよりも遥かに若く見えることもあるだろう。顔立ちは柔らかく、全体的に線が細い。耳は通常のエルフよりも尖っているだろうか。兎に角、見る者を穏やかな気持ちにさせるような人だとアーロンは率直に思った。
「おや、知り合いかと思ったのですが初めましてですね。立ち話も何でしょうから、どうぞ中へお入りください」
男はこれまた雰囲気に良く合う低くも軽さを感じさせる柔らかい声と穏やかな顔で初見のはずのアーロン達を招いて家に戻ってしまった。思わず呆気に取られてしまうが首を振って気を取り直す。良くは分からないが警戒されているわけでは無いらしい、という事だけは分かる。それはそれで微妙な気持ちにはなるが戦いに来たわけでもない為に悪い事ではないだろうと気を取り直す。
「良く分からないが招いてくれるらしい・・・行くぞ」
直ぐ近くで目をパチクリさせていたエンリータの頭を軽く叩き、アーロンは招かれた家の扉を開き、ほんの少しだけ警戒しながら踏み入っていった。
入った先、其処はホールの様に広く、生活感の一切ない部屋だった。薄暗く、外から入る光が唯一中を照らしている。しかし、部屋の中央に大掛かりな・・・何だろうか?良く分からない幾何学模様の何かが床に置いてある台座の様なものの上に描かれており、更にそこから光とも魔力とも言えない何かがヴェールの様に立ち昇っていた。ヴェールは透明な青と白が混じった色をしており、発光しているように見えるにもかかわらず周囲を照らしたりはしていない。総じて分かるのは意味が分からない、という事だけだった。
「さぁ、此方です。直ぐにお茶を用意しますよ」
暫く呆けてしまったが故か当然に声をかけられたときの様に動揺してしまったがどうやら目的は此処ではないらしい。左側にある扉から身体半分出していた家主が手招きをしている。
「あぁ、済まん。おい、エンリータ」
同じように良く分からない装置を眺めていたエンリータの顔の前に手を翳して意識を覚ましてやると2人は連れたって左側の奥に入っていく。
入って左側の部屋は先の部屋と比べると酷く生活感に溢れており、且つ品の良い佇まいをしている。高めに付けられた小窓からは柔らかな日差しが入り込み、中央に置かれた丸テーブルを優しく照らす。隅に置かれた本棚や調度品の数々もすべて木製で自作なのだろうか、そうで無くとも同じ人間の手で造られているのかお互いが調和しあっている。テーブルに置かれているのは3つのカップ、湯気が立っており、紅茶の甘い、いい香りがする。
「さぁ、どうぞどうぞ。お座りください。なにぶん、滅多に人なんて来ないものですから」
ニコニコとは取れないがうっすらと柔らかい笑みを浮かべる家主にお互いの顔を見合わせたアーロン達は取りあえず、と言った雰囲気で席に着く。
「まずはようこそと言いましょうか。あぁ、自己紹介がまだでしたね。私はオーレウスと言います」
敵意は一切感じない。むしろ孫と会った爺婆のような雰囲気すら感じる。もっともかの英雄の父で長生きしているエルフだ、何をされても大丈夫だと言う余裕もあるのかもしれないがアーロンは警戒するだけ無意味だと悟る。
「あぁ、俺はアーロン。こっちがエンリータだ」「よろしくね、オーレウスさん!」
アーロンがそう言えばエンリータが彼女らしい溌剌とした雰囲気でオーレウスに向かって挨拶をする。それを見たオーレウスはこれまた本当に爺婆の様に軽く頷きながら細い目の眦を下げる。
「元気があるのは良い事ですね。最近じゃ子供たちも大人になって此処にめっきり来なくなってしまいました」
そう言ってしょんぼりしたような顔を見せるがこれが本心かどうかまでは分からない。そもそも英雄の父であると言うのならば英雄は既に170歳前後なのだから子供の時期は最近とは言わない。おまけにあの英雄が親に甘える姿は一切想像に付かなかった。
「ふふ、前置きはこの辺にしておきましょうか。それでアーロン、今回はどのような話があって来たのでしょうか?ひょっとして破壊神の神器についてですか?」
微笑んだかと思えば空気を一切変えずにこちらの要件について切り出される。神器も今は封を施されている為に気配はないはずだがそれも意味がないらしい。
「ふふ、その封の仕方は私があの子に教えた事ですからね」
此方の考えていることがまるで筒抜けの様に話を進められ、埋めようのない年の甲を見せつけられた様な気分になる。
「ん?あの子ってヘンドリーナさんの事?」
言い方が気になったのかエンリータが訊ねる。
「えぇ、ヘンドリーナは私が嘗て森に捨てられていたのを見かねて拾ったのです。お転婆な娘でしたねぇ」
思いがけない情報である。彼女の喋り方から家族とは想像が付かなかったがなるほど、ならば信頼に足りうるとはこういう意味かと納得もいく。
「さて、あの娘が此処に人をやるくらいですから火急の用事、なのでしょうね。ここにいると外の事には疎いので、良ければ外で何が起こったのか教えてもらえますか」
そう言われアーロンは外でエーベルトが起こしたこととヘンドリーナに頼まれた用事に付いて一つ一つ話していく。そしてすべてを聞き終えたオーレウスは一度目を閉じ、頷きながら再び目を開く。
「破壊神の神器に闇の勢力、クーデターに宣戦布告ですか・・・、あの子たちも相変わらずやんちゃと言うかなんというか・・・兎に角、うちの子たちがすみませんね」
そう言ってオーレウスはぺこりと頭を下げる。が、特に気に留めているような感じはなく、かといって呆れているわけでもなく変わらない、という印象を覚える。とはいえ、彼に何か罪がある訳でもないし、何か出来た訳でもないのだからアーロンも気に留めるようなことはしない。
「いや、アンタのせいじゃないだろうよ」
短くそう返せば横のエンリータも頻りに頷く。
「そう言って貰えると有り難いですね。元々あの子、エーベルトは手が掛からない子でしてね。あっという間にここを跳び出して英雄なんて呼ばれるようになってしまいましたからね。親としては嬉しいやら寂しいやら」
そう言って上品な笑みを浮かべる。
「兎に角、この大陸に再び戦乱と闇が迫っているようですね。良いでしょう、我が子が起こしたことでもありますし、神器の方は私が預かっておきましょう。あの子が此処に来ても私なら少しは交渉に付けるでしょうから。そうだ、折角ですし他にも何かありますか」
立ち上がり、お茶のお代わりを用意しながらそう尋ねられる。
「あぁ、なら1つ聞きたい事がある」
手で礼をしながらアーロンは自身が新たに得た古神の加護の事について尋ねる。
「へぇ、古神の加護、ですか。また懐かしい名前が出てきましたね・・・道理でなんだか懐かしい気配がしたんですね」
アーロンの方をまじまじと見ながらどこか納得がいったようにオーレウスは柏手を打った。それと共にアーロンは古神と出会った所から今まで使ったことまでを簡潔に説明する。
「なるほど、相変わらず神らしいと言うべきか。厄介と嘆くべきか判断に悩みますね。おまけに暴神ですか」
そう言って愉快そうに顎に手を槍ながら上を少しだけ見やる。それを見て、何かあるのかと尋ねてみれば苦笑したオーレウスは顔の前で手を振る。
「あぁいえ、なんと言いますかきっと身に加護を宿している貴方ほど知っていることはないんですよ。暴神は、と言うよりも古神自体シンプルな神ですからね。もし、今、分からないことがあってもより馴染んで行けば分かる事でしょうし、其方の方が誤解がないでしょうし」
そう言われ、落胆が無かった、と言えばウソにはなるがそれが単純であるが故、となれば話は変わりそうだった。
「暴神はですね、そのまま争いや戦い、と言った事が大好きで、その上で人が壁にぶつかり超えるのが好き、というある意味本当に神らしい神でして。でもって、一見多くの権能を持っているように感じられたと思うんですけども、でもそれ自体は個神の趣味のようなもので実際の権能だけで見たら暴走だけ、なんです。それで今の主流の神は色々な権能を持ち合わせていますけど加護の力の出力、という意味では古神に劣るでしょう?何故ならば神は単純で古い方が強いんですよ。勿論、加護を受け止められるだけの器も必要ですけどね。それこそあなたが受けた試練の様に」
そう言われ、加護を身に受け入れきった時と同じように納得感が浮かぶ。
「だから、古神とは、だとか加護がどうこうと頭で理解するよりも魂そのもので感じ取ると良いですよ。あぁ、分かっているとは思いますが代償には気を付けてくださいね。古神は強すぎるが故に人の身では耐えられない部分もあるでしょうし、生贄、という概念を有してもいるでしょうからね」
そう言われ、試練で戦ったあの成れの果てを思い浮かべる。なるほど、確かにああは成りたくない。もっとも遅いかもしれないが。
「あまり力になれなくてすみません。代わり、と言っては何ですが他に何かありますか?」
「あ!そうだねぇねぇ、もしよかったらなんだけど弓とかって教えてもらえたりしますか?」
ずっと話を聞いていたエンリータがここぞとばかりに手を上げそう主張する。
「弓、ですか・・・えぇ、一応できますよ。と言っても私は魔術師ですから嗜みの様なものですが」
少しばかり予想外だったのか目をパチクリとオーレウスはさせる。
「ホント!?わーい!」
兎にも角にも教えてもらえるとあってエンリータは大げさに喜ぶ。今まで、悩んでいる姿は見かけてはいたもののアーロンでは弓は教えてやれなかっただけにこれは純粋に助かる事だった。何より彼は嗜み、と言っていたが100年単位でやっているは間違いない。ならばそれはエルフやドワーフのような長命種でもなければ嗜みとは言えないレベルに達しているだろう。仮に当てが外れてしまっても魔術師なら後衛、エンリータとポジションが被る。それだけでも改めて学べるのならば大きな成果だった。
「ふふ、それでは恥ずかしながらお教えしましょう。なんだか懐かしいですねぇ」
そうして2人は親子の様に連れだって外に行くのだった。
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