十六話
繋ぎなので短いです
「ハァァァァ・・・これで終わりか」
アーロンは静かになった空間を見つめながら深いため息を吐き、加護によって底上げしていた力も完全に緩める。瞬間、ありえないほどの虚脱感に襲われ、思わずグレートソードを杖にして膝をつく。続いて傷ついた体の内部が悲鳴をあげているのか罅割れていくような痛みに全身に走り、思わず顔を歪めてしまう。魔術を使った副作用で似た様な経験がある為にある意味では慣れた痛みではあるがそれでも痛みは痛みだ、簡単に耐えられる物でもない。黒くなっていた空も徐々に晴れ間が見えはじめ、夕刻の空に変わり始めたようだ。
「アーロン!!」
遠くからエンリータが大声で名前を呼びながら走ってくるのを痛みで閉じていた目をうっすらと開けて視界に入れる。途中からは完全にマルヴァースに意識が向いていたために状況は分からなかったが幸いな事に魔法にもドラゴンブレスにも当たる事は無かったようで服こそ汚れてはいるが元気そうである。
「アーロン、お疲れさま!怪我はない、ってことはないだろうけど大丈夫?薬あるけど取りあえず飲む?」
傍まで来た彼女は荷物を漁りながらアーロンの前にいくつかの薬の蓋を開けた状態で並べだす。
「あぁ、何とかな・・・お前も怪我はないか?」
立っているのもしんどくなり、地面に腰を落ち着けたアーロンは出された薬を呑み干しながらそう尋ねる。
「うん、ワタシは避けて出来たかすり傷位だから大丈夫。それよりも動けるの?」
包帯なども出しながら改めて尋ねられ、アーロンは自身の調子を感覚で確かめながら苦い顔を浮かべる。
「・・・何とも言えんな、薬も直ぐには効かないだろう。魔術でも使えれば多少は早まるだろうが魔力も上手く回せそうにない。兎に角、少し休んで痛み止めが効き次第だな」
疲れも痛みもかなり重なっている。おまけに少しとは言えカースの影響もあるのだ、そう簡単に回復はしないだろう。
アーロンは流石に寝るわけにはいかないと思い、グレートソードをエンリータに地へ刺してもらうとそれを背もたれにして足を伸ばす。
「じゃぁ、次は手当も済ませちゃおっか?どうする?ワタシがやろうか?」
治療の準備を終えたエンリータにそう尋ねられる。
「悪いが適当に巻いてくれ、応急処置でいい」
そう言ってアーロンが重い腰を少し浮かして服を脱ごうとした時だった。パチパチパチと手を叩くような音が上から聴こえてくる。落ち着き始めていた意識が急速に冷え、戦闘時のものへと一瞬で切り替わる。しかし、体は着いて来られないのか重く、立ち上がる事は出来なかった。仕方なしに視線だけを細め、宙に居るだろう敵を睨む。
「いやぁ、流石お兄さんだね!完全体じゃないって言っても結構手を入れてたのに」
宙にはやはりニィスがいつもの様に微笑を浮かべながらこちらを愉快気な雰囲気で見下ろしている。しかし、感じられる気配はそれだけでその表情や立ち振る舞いから彼がこの状況をどう思っているのかはよく分からなかった。
「フフ、そんなに警戒しないでほしいなぁ。ボクは戦う気はないし、そんな意志も最初から持ち合わせていないからね」
左手で口元を隠しながら右手で面白そうに腹を抑えて上品に笑うその姿は庶民が思う貴族の夫人の様だがやはりどこか歪さを感じるのは彼の在り方が関係しているのかもしれない。兎にも角にもアーロンには彼の言葉も態度も何一つ警戒を緩める材料にはならなかった。
「フフ、まぁいいやボクは願いを叶えて結末を見られただけでも満足だからね。あぁ、でも何かを成したら報酬が無くっちゃね」
そう言うとニィスはマルヴァースが消えた辺りを指さし、アーロンもニィスを視界に収めたままではあるが視線を指の先へずらす。
「もしかしたら察しているかもしれないけどボクが彼に使ったのは此処に落ちていた破壊神の神器だよ。確かお兄さんたちも集めていたよね。うん、それをお兄さんにあげるよ、ボクにとってはおもちゃみたいなものだしね」
そう言われ、目が思わずそちらに引き寄せられそうになるがここでの最もな脅威はニィスだ、グッと堪え、視線は動かさず睨み続ける。
「フフ、酷いなぁ。ま、言いたい事はそれだけだからさ、ボクはもう行くよ。それじゃ、また会おうね、お兄さん」
そう言うと強風が吹き抜け、目を閉じた一瞬の隙にニィスはその姿を消してしまい、空間には再び静寂が戻る。
「相変わらず不気味な野郎だ・・・エンリータ、悪いが神器を探してきてくれるか?」
いまだ矢を番え、周囲を同じように警戒していたエンリータにそう声をかける。
「・・・うん、わかった。ちょっと待ってて」
そう言うと弓矢をしまい、エンリータは爆発跡に向かって走っていく。暫く、地面を探る様にしていたがようやく目当ての物が見つかったのか摘みあげ、泥を払うようにした後、此方に持ってきた指輪を渡してもらう。
「・・・確かに嫌な雰囲気はするが弱いか?」
持ってきてもらった指輪は嘗てイリシィオ小国で感じた気配と比べると聊か弱いように感じる。流石に槍の時は敵が強大過ぎてこれもたよくわからなかったがこの指輪は明確に気配が弱っているようにも感じられた。
「確か『叡智の指輪』だったか、聞いている限りじゃ無限の知恵を渡す代わりに正気を無くすって効果が有ったはずだが・・・そんな雰囲気は受けなかったな」
闘ったマルヴァースにそんな効果が出来ようされていたようには思えない、とはいえアーロン自身は神器について詳しい訳ではない為にその理由までは思いつかない。
「ま、神器ってだけで本来とは違う使い方でも強大な力が生まれても不思議はないか・・・兎に角、これで依頼は完遂だ。そろそろ動くか」
そう言うと指輪を懐にしまってグレートソードとエンリータの手を借りながらアーロンは立ち上がる。
「大丈夫なの?もししんどいならワタシが此処に荷物持って来ようか?拓けてはいるけど泊まる事は出来るだろうし、魔物も寄ってこないんじゃない?」
エンリータがボロボロのアーロンを見てそう提案してくる。悪くはないが龍がいなくなった今、もしそれをいち早く感知した敵がいた場合、拓けたここは都合が悪い。特に飛べるようなのは今のアーロンにとって苦戦は免れない。それなら多少身体は引きずっても隠れられる拠点の方が幾分か安心に思えた。
「悪くなないがキャンプ地の方が万が一に備えられる。だから戻るぞ。それと悪いが先導してくれ、流石に疲労が強い」
そう言ってグレートソードを杖にしたままアーロンは歩き出し、エンリータも遅れて歩き出すと言われた通りに先へ立ち、斥候作業を始めるのだった。
アーロンはゆったりと進んでいくエンリータにこれまたゆっくりとした速度で体を引きずる様に洞窟を進む。息は荒く、軋む身体はいう事を聞いてはくれないが痛み止めが少しは効いているのか最低限の行動が出来ると言った様相であった。前準備としてここに生息していた魔獣たちは狩りきっていたお蔭でアーロン達が歩く音と剣先が地面にカツンカツンと当たる音が良く響く。前を行くエンリータは心配そうに幾度も振り返りはするもののその度に顎で先を示し、斥候に集中させる。心配させる自身が悪いのは事実だがボロボロでも現状であれば最低限の抵抗も仕事も出来るくらいの余裕と心構え位はあるのだから余計とは言わないが要らぬ世話だとアーロンは思っていた。勿論、エンリータもそれぐらいは分かっているが毎回強敵との戦闘後、いつもアーロンが死にかけるのだから心配は当然とも言えるだろう。結果、子を心配する母と意地を張る子供の様な奇妙な図が出来ていた。尤も外から見れば大男に怯える幼子にしか見えなかった。
無事にキャンプ地に戻ってこられた2人は敵襲に対する備えだけ済ませると緊張が一気に解けた様に地面にへたり込んだ。アーロンに至っては項垂れていると形容できそうなほどに力が抜けてしまっていた。
「悪いが先に寝ていいか?ここに来るだけで思ったより消耗した」
いつもなら選択権を渡していたが相棒に昇格したことと疲れからエンリータにそう尋ねる。
「あ、そうだよね。それは勿論いいよ!もう寝る?それとも何か食べてから?」
快諾した彼女にそう問われるが今は何よりも早く眠ってしまいたかった。
「いや、今は食べるのも面倒だ。そうだな俺は寝てから胃に入れるさ。お前もそこら辺は好きにしてくれ」
そう言うや否や返事を待つこともなくアーロンは身体を横にして直ぐに寝息を立ててしまった。
深夜、アーロンは身体が揺らされて目が覚める。
「あ、起きた?ごめんね、もう少し寝かしてあげたかったんだけどワタシも眠くて・・・」
欠伸をしながら目を擦るエンリータの顔を見て少しずつ意識が覚醒していく。
「く、かなり寝ていたか・・・すまん、直ぐに代わる」
焦らなくていいよ~と言う彼女の声を背に受けながらアーロンは恐る恐る身体を起こす。未だ鈍い痛みが全身に走ってはいるがだいぶマシになったのか起き上がれないほどではない。魔力も僅かではあるが回復し始めており、そのお蔭か身体が普通の人よりも遥かに速い速度で治って来ているのだろう。少しばかり人外じみた自身の身体に呆れかえりながらも内心助かったとホッとする。流石にここから帝都に戻る際に戦闘が無いとはとても思えない。そもそも渓谷内の強力な魔物たちをエンリータ1人に処理させるわけにもいかない。かといって治るまで待機するわけにもいかないのだからこの丈夫な体と加護には頭が上がりそうにない。
それからアーロンは寝ているエンリータを起こさない様に静かに荷物から出した携帯食料を大分酸っぱくなったワインで解しながら月夜を眺めて朝を待つのだった。
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