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アーロン  作者: ラー
一章
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六話

「ハァハァ」

エンリータの荒い息遣いだけが部屋の中で響く。アーロンは入り口近くの壁に寄りかかりながら、膝に手をつき、討伐を終えたエンリータを見る。結果で言えば床を転げまわった際のかすり傷のみ。実質無傷に近い形でほぼ同格の魔物3体の討伐。もっとも内容自体は最初こそ奇襲で1体狩れたところまでは良かったが後は綱渡りの様な戦闘だった。

とはいえ思い切りの良さは悪くなく、ギリギリで及第点と言った所かと内心で採点する。しかし、アーロンの目には遠距離武器を持っていないからミクロスにしては珍しく近距離が得意なのかと思っていたがどことなく不慣れな雰囲気を感じた。

(ひとまず労ってやるか)

まだ呼吸を整えているエンリータに近づく。

「まぁ、及第点ってところだな。水でも飲め」

そう言って水筒を差し出す。

「アハハ・・・ありがとう」

エンリータは少し苦笑いをしながら水筒を受け取り、水を飲む。一息ついた所でアーロンは戦闘中に感じた違和感について尋ねる。

「近接戦闘は苦手か?慣れた使い方には見えないが」

そう言うとエンリータは頭に手をやり、掻きながら「ワタシはもともと短弓が主武器だったんだけどね、1人になってからはどうにも上手くいかなくてダガーにしたんだよね。だからまだあんまり慣れてないんだ~」と恥ずかしそうに話す。

アーロンはそれを聞いて納得する。恐らく保護者がいる時は完全に後衛だったのだろう。だからダガーの使い方があまりにも大振りなうえ、格闘術も碌に使ったことが無い、いわゆる喧嘩殺法だったのだろう。

そうして少し考える。今回の依頼中は仕方ないが今後のことを考えるならば、アーロンとのコンビで戦うため短弓に戻すか、ダガーのままいくかしっかりと考えなくてはいけない。反面、このままエンリータを上位ランクにさせるにはどちらも必要となる。近距離で身を守れないのでは必ず致命的な事態に陥ってしまう。ならば短弓とダガーの両立が必要だろうと思いなおし、次の戦いまでに簡単にダガーの振り方だけでも教えておこうとアーロンは決めた。倒したメンディクス達は既に黒い煙となって消えており、彼らの爪を回収したのちにその場で暫しの休息を取る。まだ、この階層には数匹のメンディクスが残っているはずだ。


エンリータが落ち着いたところで一旦エントランスに戻る。隊列は再びエンリータを先頭にして進んでいく。

(これなら今日中に一層は終わらせられるだろう)

そう考えながら後ろからエンリータを見やる。暗神の加護のお蔭もあるだろうが斥候としての能力自体は悪くない。幼いころから狩りの手伝いをしていたと休憩中に彼女自身が言っていたことは事実のようで基礎は知識としても、行動としても問題なく出来ている。

そうして何事もなくエントランスまでは戻ってくることが出来た。アーロンの目から見ても特にエントランスは変わりなく、他のメンディクス達は先程と同じように固まって行動しているようだ。

エンリータは床を見ながら腕を組み、険しい顔をしながら次の行先を考えている。そうして暫し考えた後、正面玄関から見て左の行き止まりに繋がる道を選んだ。足音は立てない様に、そして周囲に目を配りながら左の道に近づく。廊下はここからではやはり薄暗く見渡せない。エンリータは一度、扉から少し離れた所で深呼吸をし、武器を構えながら廊下に踏み入っていった。アーロンも気配を消すようにしながらそれに続く。エンリータとは違い、武神の加護と言う物理戦闘に特化してはいる加護ではあるものの、そこは高ランクにしてベテランの冒険者、隠形も中堅の斥候よりも高いレベルでこなせる。

そうして出た廊下は完全に石造りで出来た廊下だった。先程と違い、どこか冷たく、物悲しい雰囲気が漂う。光量も同じだけあるはずだが木と石では思ったよりも温かみとでも言うべきものが違う。また木造の場所は軋む音すらしなかったのに比べ、こちらは僅かにコツコツと足音がエンリータから聴こえる。本人も気にしているようだが靴のせいもあるのか完全には無くならないようだ。

(すこし肩に力が入りすぎだな・・・)

実際、音が鳴るのは靴の問題や慣れもあるだろうが本人も知らないうちに肩に力が入ってしまっているからだ。こういった所も要練習させなければなと思いエンリータの背に続く。

そうして部屋の入り口に立つ。先程と違い、僅かながらにも扉が残っており、下半分にだけ大穴が開いているようだ。その扉の前でエンリータは再び、考える素振りをしたが普通に扉を開けて入る選択をしたようでドアノブに手をかけてゆっくりと開く。大きな音ではないが錆びた蝶番が引き攣る様な音を立てる。微妙にエンリータの顔が歪むが、本人は身体を扉の間に割り込ませる形で中に入っていった。アーロンもそれに続き部屋に入る。

部屋も廊下と同じで全体が石造りで出来ており、どことなくジメッとした空気と饐えた様な匂いが漂う。コケが部屋の壁に所々生えており、どこを切り取っても今までの部屋と違い、廃墟感が強い。横幅が狭く大の大人なら3人も広がったら手がぶつかるだろう。反面、奥行きがあり、両側には壺やそれを置く棚が設置されている。床には落ちて割れた破片が飛び散っており、先程の様に転がってしまえば怪我は免れないだろう。奥には簡素な木の机と椅子が物悲しそうに設置されている。机の上は雑多としており、何かの管理部屋か、研究室と言った様相にも見えた。

前にいるエンリータはきょろきょろと部屋を見渡しているがどうやら敵の姿は無く、はずれの様だ。実際、ここで遭えば先程よりも苦戦するだろうと言うのは予想するに難しくないことを思えば好都合だったかも知れない。

エンリータも敵がいないことを確認し終えたらしくホッと息を吐いている。するとなにか見つけたのか幾分か足取り軽く、奥に小走りで向かう。アーロンも近寄ってみるとそこには木製の宝箱が置かれており、その前でエンリータがしゃがみこんでいた。エンリータはアーロンの方に振り向くと「ねぇねぇ、これって遺跡で湧くタイプの宝箱だよね?」と興味深そうな顔で聞いてくる。

遺跡にはこういった形で突然宝箱が湧き出ることがある。大半はそこらの店で買えるようなものしか入っていないが極まれに正しく宝と呼べるものが出て来ることがある。時には宝箱よりも大きいものが出てくることもあるが、そう言ったものが低ランクの遺跡で出ることは無いうえ、解錠は非常に難しく、罠も必ずと言っていいほど仕掛けられている。

どうやら今、2人の前にあるのはまさに低ランクの宝箱といった見た目でアーロンはちょうどいいとばかりにエンリータに解錠してみろと促す。エンリータは好奇心を隠せない顔のまま1つ頷くと懐からピッキング用の道具を取り出すと鍵穴に道具を差し込み、慎重に道具を動かす。

(さて、見た目からすれば大した罠は仕掛けられてはいないとは思うが・・・)

もし罠がある場合、失敗すると高確率で酷い目に遭う。毒やしびれ罠、と言ったバットコンディションを起こすもの、爆発や隠し矢などの直接ダメージを与えて来るもの、そして宝箱特有の魔物が出現する場合があり、古今東西宝箱で死んだ冒険者の数は多い。過去にアーロンも酷い目に遭い、死にかけた苦い記憶が頭をよぎる。この宝箱は低ランクゆえに失敗してもそこまで害はないだろうが、それでも隠し矢、毒ガスの類は充分に可能性として存在する。それを知ってかエンリータの顔にも緊張からか汗が頬を伝っている。

そうして少しするとカチッという音と共に宝箱が開いた。エンリータも思わずと言った感じで大きく息を宙に吐いている。開けられた宝箱から取り出されたのはどうやら指輪だった。シンプルなシルバーリングで台座に赤い極少の宝石がつけられている。

「火精の指輪だな。低ランクの中では比較的当たりだ、良かったな」

アーロンがそう声をかける。火精の指輪は1回という制限がついてはいるが指に装備している者が火属性の攻撃を受けた時に僅かながら軽減してくれる効果がある。

「へぇ~じゃあ運が良かったんだね!いやぁ緊張したよ!そう言えばこの指輪どうする?」

「お前が開けた宝箱だ、お前が使えばいい。それより一層の討伐を済まさないと明日に持ち越しになるぞ」

「あ、そうだね。じゃぁこれはありがたくもらっておくよ!それじゃ行こうか」

そう言うとエンリータは指輪を仕舞、幾分浮かれた様子で出口の方に歩いて行く。

廊下に戻り、エントランスを目指していると不意に先から鳴き声がアーロンの耳に届いた。それは前を歩いていたエンリータにも聴こえたようで足が止まる。先程、少し緩んだ雰囲気が再び締められ、エンリータは足音に気を配りながらエントランスの入り口に近づく。エントランスからは鳴き声がまだ聴こえてくる。間違いなくメンディクスだろう。エンリータは武器の確認をすると少し屈んだ状態でエントランスに踏み入る。

中に入るとエントランスの中央にメンディクスがまた3匹集まっていた。しきりに宙に鼻を鳴らしており、何かを探しているようだ。するとそのうちの一匹が何かに気づいた様子で動きを止めるとアーロン達の方に勢いよく振り向く。メンディクス以外の匂いが残っていたのだろう、彼らはアーロン達を探していたらしい。他の2匹もこちらに気づき、毛を逆立てながら威嚇している。

(さて、エンリータはどうするか・・・先程の様に奇襲からと言う訳にはいかなくなったが)

そう思案しているとエンリータは、魔術を唱え始める。『闇精よ、願うは幻惑の鏡』そうするとエンリータの身体の周りに赤と黒が混じったようなオーラが纏わりつく。

幻覚魔術、どうやら相手に幻覚を見せて有利に立ち回ろうと言う算段らしい。先程の戦闘を踏まえて準備だけはしていたのだろう、素早く魔術を練り上げていく。幻覚魔術は上位の魔術使いが使えばかなりの広範囲の敵に幻を見せることが出来る。故に戦場や集団戦闘においてかなりの有用性を持ち、味方への誤射も考えなくて良い為、使い勝手もいい。メンディクス達は魔術耐性もほぼなく、エンリータ位の使い手でも十分に効果を期待できるだろう。

エンリータは身体に魔術を纏わせながら大胆にもメンディクス達に正面から突っ込んでいった。恐らくはそんなに長い時間身体に纏わせ続けるのは難しい故の短期決戦。そして相手と接触するかという所で一度バックステップを踏む。そうするとアーロンの目には後ろに跳ぶエンリータと彼女の姿を模した影の様なものが前に進むのが見えた。その分、エンリータに纏わりつく赤黒い魔力が減ったがメンディクス達はまるで後ろに跳んだエンリータが目に入っていないかの様な動きで影の方へと跳びかかる。影は敵の爪に引っ掻かれ、噛みつかれと言った感じではあるが所詮は実体のない幻である。攻撃はすべて通り抜けていく。そうして出来た明確な隙に本体のエンリータは再びメンディクスに近づきダガーを振るう。ダガーは1匹の胴体を深々と切り裂き、致命傷を与える。それと同時に許容量を超えて攻撃された影が消えていく。エンリータは振るったダガーを手元に引き寄せ、今度は突き刺す構えをとる。残った2匹も影が消えたことで本物のエンリータの姿とやられた仲間を認識するが内1匹は突き出されたダガーによって心臓に当たる部分を貫かれる。最後の1匹はそれを見てエンリータに噛みつこうとするが素早くダガーから手を離したエンリータはそれを難なく避ける。そうしてもう一度エンリータから影がメンディクスに向かって走り出す。メンディクスはそれが幻である事にはやはり気付くことは出来ず、その場所から後方に向かって跳び上がるが影はそれを追跡するようにメンディクスに向かって走りはじめ、エンリータ自身はダガーを抜き取り、回り込むようにして走り出す。

恐れなど知らぬと向かってくる影に対して腹を立てたのか、はたまた焦ったかは定かでないがメンディクスは正面から影を向かい討とうとした、その瞬間だった。回り込んできたエンリータがメンディクスに向かってダガーを刺し込む。幻覚に惑わされ、自分が刺された事に遅れて気付いた敵はギュウ~・・・と苦しそうな声をあげて急速に床に倒れ込んでいく。メンディクスが見た最後の光景は、正面にいたはずの敵がなぜか横からダガーを己の身体に差し込む姿だった。

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