十一話
明確に保護者としての立場を捨て、横に立つ者同士と言う立場になりはしたが大きく何かが変わることはない。しいて言うならばより信じるようになった、といった所である。そのまま2人は互いに見た龍の情報を広げ、考えられる敵の戦力表を書き出して戦略を練る。とはいえ奇抜な事をするには土地が悪い。ならば正面突破、これは変わらない。ついでに言うならアーロンが前に出ることも同じだ。むしろ目まぐるしく役割が変わるのはエンリータのほうだろう。彼女は火力という面ではまだ龍に対抗するのは難しい。そのために基本的にはアーロンのサポートになる。ただこれだけならばいつもと同じだが今回は決戦と言っても過言ではない為に普段の矢と魔術の援護に加えて道具による支援と他に邪魔者が来ない様にする役目と全体の観察が追加された。戦闘は激戦が予想されるためにアーロンは龍以外に気を向けられない可能性が高い。それ故に戦闘以外をエンリータに振った。とはいえ、細かく割り振ると目まぐるしくなってしまうが要は矢や魔術、そして道具でアーロンの隙や準備をカバーし、斥候としての能力で乱入と敵や周囲の変化を見つけて伝えるのが彼女の役割だ。勿論、ある程度は自己判断にはなるが絶対に欲しいものがある時はサインを出すことになる。
そうして夜の帳がしっかりと落ちるまで2人は作戦会議を続けるのだった。
翌日、昨夜が遅くなっただけに少しばかり遅くに起き出し、朝食を取りながら最終確認を済ませる。そして体の調子を整えるために各々で体をほぐし終える頃には太陽は中天に昇っていた。準備が整うたびに目には見えないが空気が少しずつ張り詰め、決戦前特有のピリピリとした雰囲気が漂う。しかし、緊張から来るものでは無く、困難に立ち向かうからこそ生まれる物である為か嫌な雰囲気ではない。
アーロンは武装をしっかり整え、首を1つ、2つと回すと既に準備を終えて空を眺めていたエンリータに声をかける。
「行くぞ」
その声には確かな自信と覇気が纏われていた。
無人の洞窟にカツンカツンと足音を鳴らしながら進む。もし、取りこぼしが居た際、これに引きずられてくれれば憂いが消える。そんな事を考え、あえて足音を鳴らすが音は綺麗に洞窟内を反響するだけで他の音は聞こえない。そして半分を過ぎ始めた頃に少しずつ、龍の気配が魔力と共に流れ込んでくるが気炎に満ちた心身は空気と同様に流す。それはエンリータも同様らしく、今までに見たことが無い程に綺麗な姿勢でただ真っすぐに前を見ていた。そうして2人は遂に出口に辿りつき、広場に足を踏み入れた。
ほんのわずかな間とは言え、薄暗い洞窟に居たせいか日光が目にまぶしい。しかし、何が起こるか分からない領域に既に踏み込んだのだ、龍から目を離すことはない。そして自然とアーロンが瞬きをした瞬間だった。視線の先、龍の遺骸の前に誰かがこちらに背を向けて立っている。頭で誰何と問う前に異常な現象に心臓がうるさくなり、全身に血が巡る様な感覚と同時に一気に戦闘態勢になる。反対に頭は凄まじい勢いで冷え、こうしている間にも情報を掻き集め、現状の把握に努めようとする。まだ遠い、しかし、その姿は嘗て一度見たことがある。忘れようにも不気味な感覚と共に脳に張り付いた姿だ。服装はやや灰色がかった白い道服のような見た目で端は黄色で縁取られている。あの時は着けていなかったが四角い帽子をかぶり、長い髪をその中に纏めているようだ。低い背丈と華奢な身体は龍の遺骸の前ではより貧相に、今にも折れてしまいそうにも見える。
ニィス、イナニスに向かう船でアーロンに話しかけてきた妖しい少年が今再びその姿を見せた。
「・・・誰?」
横に立つエンリータがそう疑問を溢す。彼女はあの少年と会った事もない為にその疑問も一入だろう。
「俺も詳しくは知らん。だがニィスと言う名前だったはずだ。・・・気を付けろ、こんな場面で出て来て何もないってことは考えづらい」
そう言うと未だこちらに背を向け、不動のままのニィスを睨む。
暫く膠着状態が続いていたがこのままでは埒が明かない。そう考えたアーロンは警戒を最大にしたままゆっくりと近づいて行く。途中、広場の中ほどでサポートがメインのエンリータとは別れ、単独で更に歩を進める。そして、お互いの顔もしっかりと見える、そんな位置に来た瞬間、クスクスとあの時と同じように中性的でどこか淫靡な声でニィスが笑う声が聞こえる。
「フフ、久しぶりだね、お兄さん」
そう言いながらこちらに振り向いたニィスはその酷く整った綺麗な顔を愉快そうに、しかし悪意も善意も感じられないような微笑みを浮かべる。
「酷いよ、アウローラでも会いに来てくれないし、今もそんなに警戒しちゃってさ。ボク何かしたかな?」
そうは言うものの、全く困ったような表情では無く、やはり愉快そうにとしか言いようがない表情を浮かべ続けるニィスにアーロンはどこかうすら寒さを感じる。
「・・・生憎と忙しいんでな。それに胡散臭いのに理由もなく近づく程聖人じゃない」
ぶっきらぼうに、余計な情報を与えないようにアーロンは言葉少なめに返事をする。
「ふ~ん、確かにお兄さんの質が変わったのは本当みたいだね。フフ、なら確かにつれないのも仕方ないか。まぁ、お兄さんに頼もうと思ってたことは別の人がやってくれたから良いんだけどね」
そう言うとニィスは踊る様に手を広げて回る。それに合わせて彼が付けている香水だろうかユリの様な香りがフワリと漂ってきた。
「・・・で、お前はなんの用事でここに来た?そんなことを話に来たんじゃないだろう?」
「フフ!そうだね、でもその前にボクの事について教えてあげる。ボクがここに来た理由そのものだからね」
そう言ってニィスは変わらぬ微笑を張り付けたままワルツのステップの様に語りだす。
「もしかしたら気付いているかもしれないけどボクは人ではないよ。でも魔物でも使徒でもなければ神でもない。そう言う意味では何者でもない、只のニィスという存在さ。そしてボクはある日、この大陸に目覚めた。かなり昔の事でまだ人が服も着ていなかったような頃から生きているのさ」
何でもない様に語られる話は素直に受け止めるには現実感がない。しかし、彼の独特な雰囲気が合わさればなる程とも思える。アーロンは無言で続きを待つ。
「さて、そうして生まれたボクだけどボクには最初からやらなければならないことがあった。と言うよりもその為だけに生み出されたと言っても良いね。お兄さん、ボクはね、誰かの願いを叶えるために存在するんだ」
そう言って少し口角を上げたニィスを見ながらアーロンは頭の中で情報を整理していく。
「それで、そのお前の宿命がなんの関係があって此処にいるんだ?願いとやらをかなえて欲しい奴はそこら中に居るだろうよ」
そう返してやれば何一つ変わらない様子でニィスは微笑を浮かべ続ける。
「うん、でもボクは願いを叶える装置であってただ無償でどんな願いも叶えるわけでは無いんだ。ボクが叶えるのは多くの人の願いが集まった時とか一際強い願いが無ければ叶えてあげられない。そして、ここに来たのはそんな強い意志が漂っていたからさ」
そう言ってニィスは身体半分振り返ると龍の遺骸に手を当てる。
「この龍は死の間際、凄まじい恨みを持っていた。まぁ邪龍って言っても龍は龍。神の代弁者は伊達じゃない。その念が魔力に混じってこの辺り一面に流れ続けた。そしてその膨大な念交じりの魔力は龍を死んだままに生かしたってわけ。だから厳密にはこの龍はアンデッドじゃない。生きているとも言い難いけどね。で、当然それだけ強い存在の願いをボクが分からないわけが無い。でも同時にこの龍に死んでいてほしいと願う人の存在もあったから安易な蘇生はボクの存在意義には合わない」
淡々と、語られる話にアーロンは胃の底から底冷えするような予感がせり上がるのを感じる。今すぐ攻撃をするべきなんじゃないのか、そんな思考が頭をよぎるが体が重りを背負わされたかのように動かない。
「そこにお兄さんが現れた。人に殺され、その恨みを果たしたい龍と龍を殺しに来た人。だからその両者の願いを叶えるためにボクは此処に来たんだ!」
そう言うとニィスはどこからともなく左手で指輪の様なものを取りだすと龍の方に投げた。指輪は吸い込まれる様に龍へと向かって行くと徐々に輝きだし、龍に接触する頃には昼間にも拘らず、目も開けてはいられないほどに輝き、アーロンは反射的に目を瞑ってしまった。
閉じていた目を開ければ龍が居たところは不可思議な黒煙に覆われ、その中央からは紫色の雷が迸っていた。同時にその中央からは身の毛もよだつような圧力が周囲を重苦しい空気で圧迫しているようだ。そうして凄まじい発光と雷の轟音が鳴り響いた後、黒煙が終息すると同時に跳び出すように巨大な姿が現れた。
邪龍、マルヴァース。完全体ではないのだろう、遺骸として横たわっていた時と見た目に差はない。しかし、纏う魔力の圧力も龍として威圧も虚像とはとても思えない。腐り落ちた様な眼光には暗い紫色の光が灯り、口からは腐ったような液体が流れ落ちている。全身からも視認できるほどに濃い紫色の魔力が迸っている。
「ガァァァァァァァアッァッァァァァァァァァァ!!!!!」
この世全ての怒りをと恨みを込めた様な咆哮が天に放たれ、先程まで晴れ渡っていたはずの空が曇り始める。
「アハハハハハ!さぁ、お兄さん!これで舞台は整ったよ!それじゃぁまた会おうね」
ニィスは腹を抱えて、それでも不自然なほどに上品な雰囲気のまま笑い声をあげた後、自らも先程の黒煙の様なものを纏ったかと思えばどこかへ消えてしまう。残されたのは龍とアーロン達だけだ。
「・・・最悪だな。だが逃げることも出来ないか」
逃げればどれほどの被害が出るか分からない。ましてやイレギュラーはあれどもこの事態を引き起こしたのはアーロンにも一因位はあるだろう。ならば責任は取らなければならない。
「エンリータ!!行くぞ!!」
振り返りはしない。対等な相棒としてここに立った彼女ならば必ず着いて来られる、そう信じてアーロンは龍を見据えたままに全身に魔力を回す。そうすればアーロンの全身にも龍と同じように赤黒い魔力の奔流が噴き出し、グレートソードにも同様に亀の甲羅の様な赤いラインが走り、最後に左目も同色の炎が灯る。余裕を持って、そんな戦いはもう期待できない。アーロンは古神の加護を使い、普段の限界をちょうど超えた程の力を漲らせた。まだ、命は削らない程度。しかし、出せるギリギリのライン、その力を纏ったアーロンは再び咆哮を上げる邪龍マルヴァースに向かって全力で駆けだすのだった。
良ければ評価、ブクマ等していただければ幸いです。




