十話
ファルシオンを出て来た敵に向かって振り続ける。あれから全ての横穴に押し入っては武器を振り、時には体術で持って撃破していく。予想通りと言うべきか強い力を持った種族の姿はなく、いずれも3~4程度のランクに収まっており、アーロンが苦戦することはなかった。魔術の類も最初の横穴以降使うことはなく、これなら本番に向けて良い準備日になったと思うくらいだった。
そして今、最後の魔獣の脳天にファルシオンを突き刺し、息の根を止める。同時に周囲へ警戒を飛ばすが隠れている様子もなく、多少熱くなった息を吐いてファルシオンの血を拭う。
「これで終わりだね!」
同じようにダガーを振っていたエンリータが近付き、楽しそうに話す。当初は後ろの警戒を厳とするために彼女には戦闘には加わらずにいてもらったが2つ目の横穴が終わった時点で大した敵はおらず、それなりに音を出しているにも関わらず索敵の1つもしてこない事からここにいるのは縄張り意識が高く、引きこもりか夜行性の魔獣と判断して少し開けた場所であれば彼女にも戦闘に加わる様にアーロンは指示をだした。勿論、怪我をされてはたまらないが今の彼女であれば同格からやや下までは問題なく戦えると判断したのも一因だ。
「あぁ、後は龍の遺骸と神器がこの辺にあるかの調査だな。この辺にあれば儲けものだが」
そう言って龍がいる方向を睨む。
ヘンドリーナの話しではこの渓谷の辺りに神器の反応があるという事でその調査も含まれているが実際探すのは運が良くなければ困難であるのは明白だろう。もしゾンビになった理由が神器であれば戦力は見直さなければならないが探す手間は大いに省ける。反面、神器が関係なければ討伐後にこの一帯を神器の気配を頼りに歩き回る必要がある。アーロンとしてはどちらも勘弁、と言った所ではあるがどちらかと言えば神器が関係ない方が喜ばしい。
「そっか、神器もそうだったね。そう言えばどんな神器なの?」
顎に人差し指を当てながらエンリータは首を傾げる。
「さぁな、そこまでは俺も分からん。兎に角神器の気配はあるらしい。俺には此処にいても分からないが」
ヘンドリーナが言っていただけでアーロンには情報の真偽は分からない。そもそもそう言った目に見えないものを掴むのは不得手だった。
「まぁ、そりゃそうだよね。ワタシもまだ分からないし」
エンリータもイリシィオ小国で見たことはあるが当時は力も弱く、逃げるのに必死だったために記憶はすでに薄くなっている。
「なに、目で見えるくらい近ければすぐに分かる。それよりも遺骸のある広場に行くぞ。それなりに時間が掛かったはずだ」
敵は強くはなかったが洞窟自体は広く、雑魚も群れれば立派な脅威だ。当然昼食は当の前に食べており、そろそろ夕飯に差し掛かる頃だと腹が告げている。
それからアーロン達は中央の道に戻り、最奥へと足を向けた。そして近づくにつれてここまで感じられなかった特殊な空気、いや気配とでも言うべきか兎に角、重く、思わず眉を顰めるような風の流れを全身で感じる。しかし、イリシィオ小国で感じた神器の雰囲気とは明確に違う事がアーロンには分かる。
(これは邪龍の出す魔力の残滓か?それとも気か・・・難しいが天龍よりかは弱い。だが死してこれとはさすがは龍か)
口には出さない。しかし、ひっそりと敵に対して感嘆の息を溢す。まだ邪龍の出すものとは決まってはいないが十中八九そうだと感じる。だが同時にアーロンは勝てなくはないと確かに思う。後は実際に動いた所でどうかと言った所ではあるが予想で言うならばそれこそ死ぬ気で戦えば5分には持ち込める、そう思える時点で悪い戦いではない。むしろ戦意がフツフツと沸いてくるのを感じる。もしかしたら暴神の加護のせいかもしれないが怯えるよりかは自信と僅かな緊張感に支配されているほうがずっといい。
「ん、結構重くなってきたなぁ・・・」
アーロンの後ろに居るエンリータはアーロンとは反対に少しばかり気圧され始めたらしい。とはいっても無理もない事ではある。むしろそれでもしっかりと着いて来られるだけ賞賛されるべきだとアーロンは思う。それこそ自分が彼女と同じくらいの時に同じ目に遭えば逃げ出しているだろう。
「気にするな、とは言えないが俺の後ろに入れば何とかしてやる。今は耐えてくれ」
そう言えば少し考えるような素振りをするが直ぐにこちらに向けて不敵にエンリータは笑う。
「ううん、大丈夫だよ!うん、自分で行くって決めたんだもん、簡単には尻尾撒くことなんてしない!だから行こうよ、アーロン!」
そう言われ、アーロンは本当に気丈で良い冒険者だと彼女の評価を改める。ここでこうも啖呵を切れるならば下手な心配はむしろ失礼だろう。そう思うほどに。
「よし、ならさっさと遺骸まで行く。少し時間を使い過ぎたからな」
そう言うと今度は更に足を速めて広場に向かうのだった。
2人は無人になった洞窟を進み、遂に出口、龍の遺骸がある広場の入り口に立つ。広場はちょうど屋根に当たる部分が無いのか暗いこちら側へ光が差しこんでいる。それに加えて魔力の圧が一段と上がる。とはいえ既に覚悟は決めている、アーロンは一度エンリータへ顔を向けて頷き、頷き返されると顔を覗かせる。
強い日差し、既に赤みが差し始めた光はカーテンの様に広場に降り注ぐ。広場は不自然なほどに平らで、元々ドームの様な物が有ったのではないかと思うほどに整えられている印象を受けた。そして視線の先、こちらから見て対角線上の奥には地面がいくらか盛りあがっており、それが3段程重なっている。それはまるで祭壇に捧げる生贄を置く場所の様にも見えた。そしてその一番上段、其処に龍はこちらへ背を向けるような形で横たわっていた。
アーロンは一目見てまずはその大きさに眉を顰める。真っすぐに寝ている為に立ち上がったら多少は小さくなるかもしれないがそれでも平均家屋3、4階建て程の体長だ。そこに龍であることも合わされば力押しの類は通らなくなる可能性が極めて高い。まぁ、これは分かっていた事だとアーロンはため息を呑み込みながら少しでも情報を集めようと更に視線を動かす。アーロンの下からは同じように顔を出しているエンリータも同じように視線を回している。
胴体の主な部分は青味がかっており、青い灰とでも表現するほかない色身をしている。背面は頭部から尻尾にかけては黄色と緑が混じったような配色で更にくすんでおり、どこか不浄なものを感じさせる配色だ。頭部、人で言えば髪に当たる部分から背中、そして尻尾の付け根辺りまで大きく、太い棘が杭の様に連なって生えており、今は萎んでいるようにも見えるがそれであってもそこから攻撃を通すには不安が勝る。尻尾はトカゲの様にはなっておらず、どちらかと言えば楕円を引き伸ばしたようなフォルムだ。しかし、尻尾も太い杭の様な棘が規則正しく並んでいる為にあれで殴られれば大盾でもない限り防ぎきれないかもしれない。尤も生半可な盾では貫かれて終わりだろうが。龍翼は黄色がほんの少し混じっているだろうかと言った灰色で広げれば片翼でも本人の全長よりも大きそうだ。しかし、翼は最も損傷が激しい様で骨に沿った部分が残っているだけで膜が実質ない状態だ。これでは翼としての役目は果たされないだろう。それでも骨はしっかりと残っている為に振りまわされれば脅威だろうし、簡易的な盾としては扱えるようにも思える。尤も、これに関しては飛行能力が無くなっているか最低でも半減以下であると判断できるだけマシ、でこちらに有利といえる。そして四肢はその巨体に見合うだけの物が付いているように見える。只、こちらからは龍の身体が壁になってしまっている為に正確な姿が見えない。アーロンの心情的には基本的な攻撃手段の手が見えないのは嬉しくない。とはいえこればかりは仕方がない事と割り切る。
次いで改めて戦場になる広場の観察をする。最初に見た通りに不自然なほどに慣らされた地面に綺麗にくり抜かれた壁、突き抜けた天井とまさしくここは闘技場のようだ。今、龍が寝ている所も盛り上がっているだけに観客席の様に思えてくる。身を隠せそうなものは何一つとしてなく、パッと見で分かる様な罠の類も見当たりはしない。つまるところ正面衝突は避けられないうえ、地の利も今一無く、純粋な力比べが想定できるだろう。そうなるとエンリータを何処に配置するか、どう動いてもらうかでアーロン自身の立ち回りを大きく変えなければならない。
そう考えているうちにアーロンは1つの疑問が浮かぶ。
(そういえば、この龍は知能が残っているのか?)
一般的に龍程の存在になれば喋る事は難しくない。尤も口を開くわけでは無く、頭に直接語りかける、という形を取るが会話が成立する。それは邪龍であっても変わらない。むしろ人間と話したことが多いのは邪龍だ。彼らを崇める教団もあるうえ、供物を求めることも多いのだから然もありなん。更に人を自らの方に引き込む逸話が良く残っていることからこれは確実だろう。だが今は一度討ち果たされ、ヘンドリーナ曰くゾンビ状態、つまりどこまで知能があるかで今回の戦い方は大きく変わる。
(流石に確かめるのは無理だ・・・兎に角、このことは後で確りと打ち合わせする必要があるな)
そう頭で考えながらアーロン達はじっくりと観察を続けた。
2人は夕暮れが深まり、夜空が追ってくるのがハッキリと分かるまで観察をした後、アーロンが一息吐き、それを合図にするかのように身を翻すとエンリータもそれに続き、2人は無言で来た道を引き返す。半分程戻ったところでアーロンはようやく口を開く。
「・・・細部まで、とはいかないがそれでも得た情報を纏めて会議だ」
心無し気が張った声が出る。しかし、それを気にすることなくエンリータから努めて明るい声で短く返事が返ってくる。
「それと一応だが聞いておく。引くつもりはないな?」
アーロンはそんな彼女に念のため、そう言った感情を多分に、序に覚悟を問う様に、立ち止まり、顔を見てそう聞く。
「うん!まぁ、ちょっぴり恐怖も登って来たけど大丈夫!ワタシは冒険者、危険に立ち向かわなくてその名は名乗れない。それに本物の英雄譚に足を突っ込んだの!なら後は飛び続けるだけだよ、アーロン!」
本当に、見違えるような強い人の顔を浮かべたエンリータにアーロンは思わず口角がほんの少し緩む。
「そうだな、俺たちは冒険者だ。やはり愚問だったか。良し、分かった。もう2度とお前に覚悟を問う事はしない。約束だ」
そう言うとアーロンは右手を握りこみ、腕を出すと肘を曲げる。ちょうど空いても同じようにすれば交叉して組むことが出来る様に。それを見たエンリータは目を丸くして瞬きを素早くする。そうして少しした後にハッとしたような顔をすると慌てた様に右手を出すとアーロンと同じようにして腕を組む。身長差がある為に大分アーロンが屈む必要があり、少しばかり不格好だがそれを見る人もいない。そして腕を組むと綱引きのように少しだけ引っ張り、ピンと張ったところで力を抜いて拳の甲で軽く相手のデコを叩く。無言で、淡々と作業の様に、しかし確かな誓いを込めて。
この動作は冒険者が互いを認めあった時、つまるところ互いの命を預かる友であると誓う時にする儀式のようなものだ。
目線を合わせ、お互いの腕を正面から絡めるのは対等の証、互いの腕を引くのは持っている力が確かなものであると伝える為、最後に拳を相手の額に当てるのは己の誇りを相手に伝えるためだ。冒険者にとって手は誇りそのものだ。勿論身体すべてが資本と言うのは間違いではないがその中で特に手は人物そのものを映す鏡だ。手を見ればその人物がどういった生き方をしてきたかが分かる。アーロンであれば重いグレートソードを握りこみ振り回すのだから全体的にゴツゴツとしており、肉厚で分厚い手のひらだ。甲にしたって骨の部分は明らかに厚く、木を殴ったって薄皮一枚剥けはしないだろう。総じて戦士らしい戦う事に特化した者の手だ。つまり、その人物の軌跡が詰まった手を相手の額に当てることで相手にその誇りを託すと同時に託されると言う意味がある。
アーロンは未熟ではあるが確かに冒険者らしい手に成って来た若獅子の拳を額に受け、改めてエンリータを庇護する対象では無く、背を預ける仲間として認めた。もう彼女の強さを心配することもその覚悟を問う事はしない。急ではあるだろうが彼女も意味が分かっていてやったのだからそういう事だ。
「よし、早く戻って飯と作戦会議だ。頼むぞ、相棒」
そう言って、驚いたようにこちらを見上げるエンリータの瞳に薄く笑うのだった。
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