五話
「で、どうするの?」
大岩の陰に隠れながらエンリータが微妙な表情をしながら尋ねて来る。
「・・・問題は地形と数だな。取りあえず地図を見ろ」
そう言ってアーロンは取り出した地図を地面に広げて指を指す。
「まず、この先は見た通り開けた場所だ。道は一本の主要の通りとそこからいくつかに枝分かれしている道だな」
アーロンが示す先をエンリータは頷きながら目で追う。
「そして、俺たちの次の目的地はこの主要の道を通る必要がある」
現在、2人がいる場所をタップした後に、蛇の通った後の様に曲がりくねった、最も太い道を指でなぞる。そして最後に森の絵が描かれた場所に辿りつく。
「一番、奥なんだね・・・因みにさ、途中のこの道から目的地の洞窟って行けないの?多少回り道でもここで戦うよりはましな気がするけど」
そう言ってエンリータは此処から最も近い枝分かれした道を指す。
「その道はこの谷底に続いているだけだから難しいな・・・かなり深い上にどんな魔物がいるか調査も進んでいない。最悪魔力だまりになってダンジョンの様になっている可能性もある。それなら行かない方がいいだろう。それに魔術で谷底から登るのも魔物に見つからない訳でもないし、飛ぶ魔物がいても可笑しくない。
第一、キマイラも飛べるからな、と付け加えながらアーロンはその意見に反論する。
「そっかぁ、じゃぁもう一個先は?」
納得した彼女は続けてもう一つを指す。
「そっちはこの渓谷の外周、元々山だった場所を登ることになる。下に比べればマシだが道のりはかなり険しくなるうえ、山にも魔物は沢山いるだろう。なら、より条件が悪くなりやすい。休めるポイントも0から発見する必要がある」
やはり、難しい道であるし、そもそも楽なら先にそちらを選んでいる。
「まっ、ワタシが思いつくことなら先にアーロンが分かってるよね~」
そう言いながら気の抜けた顔を浮かべる。
「いや、俺が見落としている可能性は十分にある。だからお前の疑問は正しい。それに言われるだけでなく、自分で考えて、分からなければ質問を投げる。よくないがしろにされがちだが重要なことだ」
そう言ってアーロンは再び地図に目を落とす。
「さて、問題はこの道を進む場合、この地帯に踏み入れれば敵に間違いなく感づかれて襲われること、変に一撃を貰えば谷底に落ち、加えて最悪四方八方から攻撃が飛んでくることだ」
地図で見れば曲がりくねった道でしかないが実際は坂道であり、正面で戦っている敵以外に上と横から攻撃が飛んできてしまう可能性が高い。また、キマイラの様に飛べれば地形の不利を受けずに行動できる。他にもこちらの手が届かないのを良い事に遠距離から攻撃を仕掛ける者も多いだろう。
そうなればアーロンでも捌ききれない可能性は高いし、最悪谷底に一旦落とされてエンリータとはぐれてしまうかもしれない。
「ひとまず、簡単に取れる手立ては3つだな。1つ目は俺がさっきと同じように前線に飛び出て、強化した力で一気に押し込む作戦だ」
これのメリットはヘイトをアーロンだけに固められることと加護の力と魔力を使うために火力が非常に高くなることだ。デメリットは勿論、消費が多い事と万が一失敗した際にどうしようもなくなってしまう事だろう。
「2つ目は俺がお前を背負って最速でここを駆け抜けて森で戦う事だ」
力を開放することは先の作戦と同じだが上手く駆け抜けられれば戦闘時は楽な平地になる為、戦闘だけならより有利が取れる事だ。デメリット同じように多少は少なくなるが消費が多い事とエンリータを連れていくので被弾の可能性と森から魔物が出てきた際についてきた魔物と挟まれてしまう事だろう。これは空を飛んでも変わらない。
「最後がここに来た時と同じように釣り出して個別に撃破する作戦だ」
これも単純に囮が上手く少数を引き連れてくるだけでアーロン達にとって有利に戦闘を進められる。更に消費する力も最も少なく出来るために今後を考えるならば十分に選択肢だろう。加えて数によってはエンリータの経験値にもなる為に都合はいい。デメリットは釣り出しに失敗した場合に乱戦を避けられないという事と釣り出せるのは結局のところ現在地に近い敵だけであることだ。ついでに時間が他の2つと比べてかかる。
「うーん、結局上手い作戦なんてこの状況じゃ難しいよねぇ・・・」
一通り作戦を聞いたエンリータが腕を組んで唸る。実際、発言したアーロンからしてもどれも良いとは言い難いものしかない。
「兎に角、日暮れまでにここは越えておきたい。この辺りは休むには少し難しいからな。森まで行ければ隠れる場所があるはずだ」
既に陽は天辺を過ぎてしまっている。もし陽が先に陰ってしまえば寝ることも難しくなる。
「うん、そうだね。なら手前、出来る限界までは釣り出そうよ。で、中盤の入り口位のこの曲がった部分、少なくとも横から攻撃されることはない場所で向かってくるのを一掃するのはどう?ここならワタシも壁を背に出来るしね」
そう言ってエンリータが示したのは最初の枝分かれの先、唯一崖に接触した場所だった。
「なるほどな、確かにここなら待ち構えられるか」
流石にキマイラの火炎のような攻撃は的確に潰す必要があるがそれでもほぼ正面からしか敵が攻撃してこられないのは確かに魅力だ。
「でしょ!これならアーロンの魔力も多少は温存できるし、ワタシも戦えるからね。何時までもアーロンにおんぶ抱っこじゃ冒険者なんて名乗れないよ!」
そういってエンリータは強い意志を目に宿らせてアーロンに不敵に笑う。
「ダメそうなら引くからな?その時は大人しく従え」
アーロンはそう言って口角を少し上にあげる。
「うん!よーし、頑張ろうね!アーロン!」
そう言ってエンリータは笑うのだった。
「交代だ!」
そう言ってアーロンはエンリータが釣り出した魔物の勢いを受け止める。そのままグレートソードを翻し、魔物の体勢を崩して更に切りかかる。
「ブモォォォォ!!」
2足歩行の牛頭、ミノタウロスは胸から血を、口から苦悶を吐きだしながらも自身に傷をつけたアーロンを怒りの眼で睨み続ける。
ミノタウロス、魔力が濃い場所にしか発生しない魔物でアーロンの倍から3倍程度の大きさだ。そして牛の頭に巨大な2本の角が前に向かって生えているのが特徴といえるだろう。首から下の胴体は鍛え上げられた人間の様な見た目で下半身も脹脛から下と蹄以外は人に似通っている。手にはその巨体に見合った戦斧や大剣などを生まれた時から所持しており、時には殺した冒険者の武装を持っていることもある。非常にタフで好戦的な性格をしており、ひとたび見つければ己か敵が死ぬまで追ってくる。反面、知性は高くなく、武術の様な技術も持ち合わせていない。
ミノタウロスは切られた傷も顧みることなく、自慢の膂力を存分に発揮して戦斧を振りまわす。周囲は嵐が通ったかのように荒れ果て、砕かれた岩がアーロンの身を狙う。
しかし、アーロンは慌てることなく戦斧を受け流し、ミノタウロスの腕を伸びきらせたところを上段からグレートソードを振り下ろし、腕を切りとばす。
「ブモォォ!?」
丸太のような太い腕が切られたことで体勢を崩し、しりもちを突くような形で倒れたミノタウロスは痛みと驚愕が混じった悲鳴をあげる。
バシュン!そこへ狙い済まされたエンリータの矢がミノタウロスの目を貫く。そうなればミノタウロスは立て続けに訪れた痛みと見えなくなった目に残った左手を当て、更にパニックを起こしてしまう。
「ハァ!」
そうなってしまえば既に敵にはなりえない。アーロンは素早くミノタウロスの首元に駆け寄るとトドメの一撃を放った。
「ふう、こんなものか」
グレートソードを地に突き刺したアーロンは額に僅かに浮いた汗を手の甲でぬぐい取る。辺りは連戦に続く連戦でさらに荒れ果て、見るも無残な事になっている。
「お疲れ、アーロン。うん、流石にもう届かないと思うよ」
駆け寄って来たエンリータが先を見ながらそう返事をする。
2人はあれから合計で10を超える魔物を狩った。いずれもランク5以上であり、それぞれが個別に依頼を出される強さではあったがアーロンは完全に捌ききった。また、そのお蔭か強くなった己の力を大分コントロールできるようになったと言っていいだろう。
「よし、ここからは一気に押し込むことになる。一度小休止を挟んだら後は終わるまで休めない。お前も最終確認だけはしておけよ」
「うん、了解!」
休憩後、突入後の立ち回りも含めて話し合いを終えた2人は静かに突入ポイントで先を覗く。
「少し、広がったか・・・まぁ、作戦に支障はない。行くぞ」
魔物たちは少なくなった分、それぞれの間隔が空いたがそれでも過密と言える位には数が揃っている。
そして、アーロンの合図とともに2人は狭い通路に身を躍らせて全力で駆けだす。
「グギャァゥァウ!!」
すぐさま、空いたスペースに入り込んでいたコカトリスが天に向かって首を絞められたような掠れ声の絶叫を上げるがひるむことなく駆け続ける。
スパン!鋭い弓の音がアーロンの背後から放たれ、コカトリスの胴体に突き刺さるが大したダメージにはならないのか敵はこちらを睨み付け、鶏冠を膨らませる。
コカトリスはミノタウロスよりは小さいがそれでも人間よりは遥かに大きい図体で顔こそ大きい雄鶏なのだが首から下、胴体となっている部分が2足のトカゲのような見た目をしている。緑色の身体をしているのも合わさって別々の魔物を切り離して付けたみたいだと評され、キマイラと同じような分類と考えられている。首の付け根辺りからは3本指の鉤爪がついた短い腕を持ち、足は丸太よりも太く、此方も3本指の鉤爪が先端についている。尻尾は先端が真っ赤な羽毛で風に棚引くさまは炎のようにも見える。羽根は持っていないがその強靭な足は絶壁すらも爪を引っ掛けて易々と登る。そして最大の特徴は視線と吐息にある。コカトリスの視線は石化の呪いが含まれ、長時間眺められると身体が石に変えられてしまう。吐息の方は霧状の物が射程距離こそ狭いが拡散性は高い猛毒の霧で一度吸い込めば口だけでなく全身から血を吐きだすことになる。それ故に近接職には嫌われている魔物でそうで無くともしっかりとした対策を用意できなければ適正ランクでは一方的に殺されてしまう可能性がある魔物だ。
「ハァァァ!!」
アーロンは威嚇した姿勢から毒を吐こうと嘴を開いたコカトリスに急接近すると突き出された顔の横をグレートソードの腹で振りかぶる。
瞬間、凄まじい音がコカトリスの頭から楽器の様に奏でられ、その衝撃で毒霧は中断される。
それに続く様に後方から数本の矢が連射され、顔周辺を撃ち抜いて行く。
しかし、その程度で倒れるのならばこのランクに足を入れることはない。コカトリスは体勢を整えるためか足でこちらに向かって土砂をまき散らしながら後方に跳ぶ。
流石に土砂を掻き分ける気のないアーロンも後退を余儀なくされ、それから迂回する様にコカトリスに迫る。
コカトリスは既に体勢を整え、殴りつけられて歪んだ顔に憤怒を浮かべているようだ。実際、鶏冠は今にも破裂しそうなほどに膨らんでいる。
(チッ、もう集まって来たか)
アーロンの視界の端には遠くからコカトリスの声を聞いた他の魔物が集まってくるのが目に映る。まだ、目的地までは僅かに遠く、ここに乱入されては先行きが曇ってしまう。
「死ぬ気で付いて来い!」
後ろに居るはずのエンリータを振り向くことなく呼びつけるとアーロンは魔力を開放して全身を強化させる。
瞬間、アーロンは石化と猛毒を再び撒き散らそうとするコカトリスの正面に一足飛びで立ち、側面に回り込む。視界の先にはコカトリスがこちらをガラス玉のような目で見つめる。そのまま、アーロンは反応が追い付かないコカトリスの太い胴体と頭の付け根の辺りに向けてグレートソードを振り下ろす。処刑人の如く落とされた刃は所持者の導くままに鶏部分とトカゲ部分を切り分ける。同時にその切れ目からは紫色の血が噴き出し、アーロンに降りかかるがもう一度後方に下がる事で確りと回避する。
コカトリスの血には口から噴き出されるものと同程度の毒が含まれているがゆえに受けるわけにはいかないのだ。
「わ、わわ」
突然、目の前に下がって来たアーロンにエンリータが驚くが気にしてやる暇はない。今この瞬間にも他の魔物たちがアーロン達を目掛けて迫って来ている。
「少し我慢しろ」
そう言うとアーロンはエンリータを左手で脇に抱え込むと跳び上がり、まき散らされた毒を避ける形で目的地へ一目散に駆け抜けた。
「け、結局こんなになるなんて・・・」
なんだががっかりしたような声をだすエンリータに心の中で謝りながらも2人はなんとか無事に背後が壁に守られた目的地に着くのだった。
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