三話
「グオォッォォオ!!」
早速、アーロンが挑発するために姿を見せただけでオーガは怒り狂ったかのような声をあげながら地を鳴らして駆けてくる。オーガは非常に好戦的な性格をしている為に、敵対勢力、特に魔物ではない勢力には殊更強い反応を見せる。
幸いにもオーガが吠えるのは常である為か、遠くに見える他の2種は特に反応を見せず、それぞれが気ままに過ごしているようだ。
「出来るだけ、遠くに釣るぞ!」
先を走っているエンリータに攻撃が及ばない様に上手く速度を変えながらアーロンはそう呼びかける。
そうして残りの2種からは大岩が邪魔になって確実に見えない場所まで釣った後、アーロンは初めて足を止めて振り返り、グレートソードを掲げる様にして盾にする。
瞬間、風を切り裂きながら、大砲の弾も比べものにならない程の轟音と衝撃が空間に響き渡る。音の正体は当然オーガが無造作に握った拳を振り下ろした結果だ。アーロンを中心として、大地は地割れとまではいかないがひび割れ、風に煽られて砂埃が舞う。オーガはそのまま押し込もうとするが一歩も動かないアーロンにしびれを切らしたのか、拮抗する右腕を軸にするように左の腕をフック気味に打ち込む。
「ハァ!」
それを見たアーロンは余裕を持ったまま、拮抗している右腕はグレートソードで力任せに撥ね退けて体勢を崩させ、自身は後ろに跳ぶことで、横から来る拳を軽く避ける。避けられた拳は周囲の地形を削り取り、破片を飛び散らせた。
ビュン、聞きなれた、しかし、今までよりも力強い風切り音をさせながら2本の矢がオーガの顔に向けて放たれる。それぞれ、目を狙ったようだがオーガは凄まじい自身のスペックを使い、容易く避けて硬い他の外皮に当てることでほぼ無傷で矢の奇襲を躱す。
それを見たアーロンは、今度は自ら踏み込んでグレートソードを真っ直ぐ、縦に振り下ろす。
「グォォォゥォ!!」
オーガは先程拮抗した、何なら力負けしたにも関らずに臆することなく拳を固め、グレートソードに正面から打ち付ける様に放つ。
グシャリ、肉がつぶれ、骨が砕け散る音がする。発生源は当然、オーガの右腕からだ。
「グギャァァウァウ!!」
中指は完全に千切れ、手首を越えて真っ二つに右腕は切り裂かれる。砕けた骨が槍のように内側から跳び出し、濃く、ドロドロとした血が黒煙を上げながら宙へと消えていく。
バヒュン!さっきよりもより力強く、風を纏った矢が螺旋を描きながら痛みに悶えるオーガの左目に深々と突き刺さる。
「ガァァッァァ!!」
激痛に悶えていた時に追撃を急所に喰らったことでオーガは半狂乱に悶える。そして、元々無かった知性を更に無くしたのか残った左腕で駄々を捏ねるかの様に振りまわし、地面を太鼓に暴れ回る。身体に描かれた文様は真っ赤に発行して、彼の怒りを表しているかのようだった。
「暴れるな」
しかし、彼の暴走も長くは続かない。アーロンは振りまわされる腕を冷静に避けながら近づくと一閃、グレートソードを横薙ぎにすれば丸太よりも遥かに太いオーガの左腕が宙を舞う。
「■■■■■■!!」
遂には声にもならない叫びをあげて前かがみになるオーガに向けてアーロンは処刑人の様にグレートソードを振り下ろした。
「ふぅ、これで一匹」
魔物が煙に成り果てたのを見届けてからグレートソードを肩に担ぎ直して一息吐く。
(やはり、凄まじい力が底なしに湧き上がる)
空いた自身の手をまじまじと見ながらアーロンは戦闘を振り返る。
古神の加護を得るまでは少なくともオーガの一撃を正面から受け止めるなどという事は絶対に出来なかった。グレートソードがいくら良い物であってもオーガの丸太以上に太い腕を一撃で切り落とすなど考えるだけでも馬鹿馬鹿しい事だ。しかし、いずれもアーロンは正面から、何一つ小細工することなくオーガを切りとばす事が出来た。
アーロンは軽く目を閉じて、この全能感に酔ってしまわぬように心をなだめる。
「ふぅう・・・次だ、行くぞ」
此方に近づいてくるエンリータにそう声をかける。
「うん、アーロンは大丈夫なの?」
目を閉じて息を吐いていたのを心配されたのか伺うような視線がアーロンに刺さる。
「あぁ、加護のせいか心が高ぶるだけだ。なに、この程度抑え込んで、いや飼いならす。だからお前は自分のことに集中すればいい。今度はデュラハンだ。さっき言った通り、相手が抱えた頭部の視線には気を付けろよ」
「うん。ま、ワタシも集中しなきゃ役に立てそうにもないし、頑張らなきゃ!弓も新調したしね」
そう言って弓を持ったままエンリータは胸の前でグッと気合を入れるような仕草をする。
今、彼女が言った様に彼女の弓はアーロンのグレートソードが修理されている間に同じように改良が施されていた。鉄製の弓に親指の爪程の大きさの結晶が4つ、新たに埋め込まれている。これは精霊の力を矢に乗せるために取り付けられたパーツだ。通常、矢に属性を乗せようとすればその度にエンチャントの魔術を唱えて矢に属性を付与する必要がある。しかし、この結晶、精霊結晶がありさえすれば自分の魔力を吸わせる事で矢に対して手軽に属性を付与することが出来る。手順も簡単であらかじめ付与したい属性の結晶に触れさえすれば自動的に結晶側が魔力を吸って、番えられた矢に弓を通して属性を付与してくれる。本来ならば1つだけでも驚く程の値段がするのだがヘンドリーナが餞別代りにエンリータにくれたものを最大に活用した。お蔭でエンリータの矢は選択の幅と火力を上げた。勿論、欠点もあり、与えられる属性の強さは一定にしかならない。つまりいくら魔力を込めても属性による最大威力は変わらない、という事だ。それでも今のエンリータであれば十分すぎる程に便利な道具だし、ベテランでも使い方によってはいくらでも活用法があるだろう。
そして、2人は手早く、武具の確認を終えると、再びアーロンが囮になる形でデュラハンを釣りだす。
「――――」
デュラハンは喋る器官が存在しない為にキマイラや他の魔物を引き寄せてしまう可能性は低いが時間を掛けられる相手でもない。
デュラハンは馬と自身の首から青白い炎を揺らしながら大岩の上から釣りだされた拓けた場を見下ろしている。何を考えているのかは分からないがその佇まいは本物の騎士のようにも見えた。
「――――」
馬が身体を持ち上げて嘶く様にして仰け反った直後、デュラハンは一直線にアーロンへ向かって右手に持ったその身の丈に合った大きさの長剣を翼の様に広げ、左手に抱えた頭部を大事な荷物の様に抱き込み、さりとて胸を張り、威風堂々と駆けてくる。そしてその人並み外れた体躯から放たれる剣の一撃は並みの戦士なら何の抵抗も出来ず切られてしまっただろう。
しかし、アーロンは迫りくる一撃をしっかりと受け止め、横に受け流す。手には馬による加速に高い所から振られた剣の重さ、そしてしっかりとした技術が乗せられた一撃の衝撃が来るがアーロンは一歩も下がることはなかった。
「――――」
受け流された後、馬を足だけで操作してその身を翻したデュラハンは手の中で長剣を回しながら自身の一撃が受け止められたと言うのにどこか満足げに見えた。
「魔物でも騎士は騎士ってか」
アーロンはどこか鼻で笑う様にしながら今度は自ら敵の懐に入る様に走りだす。当然、迎撃するためにデュラハンも今度は止まったまま、しかし、馬をしっかりと乗りこなしながら長剣を振り下ろす。
ガキン、重たい音が響き、両者の間で火花が飛び散る。が、拮抗することなく、アーロンは魔力を全身に回しながら下から相手の体勢を崩させるように長剣を弾く。しかし、デュラハンもさるもの、アーロンの一撃に押し負けると分かった瞬間に上手く力を逃がして被害を最小限に留めて見せた。
ビュン、小さくとも隙は隙、元からその予定だったとでも主張するかのようにエンリータの水属性が付与された矢がデュラハンの馬の首の根元に刺さる。
「――――」
悲鳴が上がることはないが突然の攻撃に馬が驚き、暴れる。流石にこれは堪らないと思ったのか後ろに下がろうとする意志を見せるがアーロンはその行動を咎めるようにグレートソードを左から右下へと馬を両断する様に振り抜いた。
肉が裂けるような感覚はせず、不思議な手ごたえをグレートソード越しに感じ、終わる頃には胴体が2つに別れた馬と、最後の力を振り絞ったのか馬が仰け反ったことで振り下ろされる形で生きのび、地面を転がったデュラハンの姿があった。
バビュン、其処へ追撃の矢が飛ぶが直ぐに体勢を整えたデュラハンは迫る矢を捌き、更に距離をとる。
アーロンはグレートソードを肩に担ぐと睨むようにしてデュラハンを見つめ、デュラハンも落ち着いたのかエンリータとアーロン、両方を視界に入れる様にして構える。
一瞬の膠着、先に動いたのはやはりアーロンだった。そもそも明確な実力差がこの場に居る全員にはっきりと感じられ、ならば攻め込まない理由はないとばかりに歩を進めてグレートソードを袈裟切りに振るう。
一合、二合とデュラハンも必死に長剣で受けるが、力で完全に負けるのかアーロンのグレートソードを受け止めるだけで精いっぱい、といった具合で更に隙間を縫うようにして放たれるエンリータの矢にも鎧を貫かれた。左手に持つ自身の顔による呪いを振り撒こうともするがそれだけはさせまいと迫るアーロンの圧力に押され、使う事すら出来ない。そして遂に耐えきれなくなったところを上からまっすぐ振り下ろされたグレートソードに長剣ごと鎧を2つに砕かれ、デュラハンは黒煙となって風に消えるのだった。
「これで、後は一匹か」
黒煙を見届けたアーロンはグレートソードを肩に担ぎ直し、先に居るだろうキマイラを睨む。
(かなり順調だ。やはり古神の加護というのは凄まじい。嘗て大陸を支配していたと言うのもうなずける)
使うたびに身体に馴染んでくる加護の力にますます感心してしまう。
本来ならばアーロンとは言えども先の2体はソロを前提に十全な準備を重ねて、死を覚悟しながら挑むものだ。そもそも魔物に対して純粋な力で勝れると言うだけでもかなりのアドバンテージだ。魔物対人間で最もネックな身体能力の差を無くせる、それだけでこれほど変わるのかとアーロンは思わずにいられなかった。
「これで後はキマイラだけだね。どうする?同じ形で行くの?」
矢を回収して来たエンリータがそう尋ねて来る。
「そうだな・・・いや、今度はこっちから攻めよう。流石にそれなりに音を出した、他からここに来る奴がいないとは言えないからな」
出来るだけ最小限に抑えたつもりではあるがそれでも音はしたのは間違いない。キマイラが来るだけならともかく、関係のない所から戦闘中に乱入されるのは望ましくない。それゆえに今度は釣らず、攻め込むことを選択した。
そうして2人はキマイラが居た方向、というより実質1本道である為に道なりに歩いて行く。やることは変わらず、辿りつくまでアーロンが岩陰などに他の魔物が居ないか探りながら進み、後方からは渓谷へ下ってくる魔物や飛行する魔物が居ないかをエンリータが確認する。
どうやら戦っていた間に少しばかり奥の方へ行ってしまったのかキマイラの姿は未だ目にする事が出来ない。
(先に行っただけならまだしも隠れていたら事だ)
面倒を感じながらもアーロンは少し進んでは陰になっている所を探り、奇襲される可能性を徹底的に潰して回る。一応、探索用の魔術も無くはないが発見は同時に魔力で体を構成している魔物相手、特に高位であればあるほどこちらの存在を知らせてしまうためにアーロンの心情的には使いたくない。戦いは奇襲から始め、策で追い込み、弱ったところを確実に締める。長い冒険者生活の中で染みついた行動は強くなって尚、失われることはない。この一種の臆病さと慎重さはアーロンが此処まで生き延びた理由の一部だ。
そして、確実に歩を進めて平地の倍近い時間が経った後、アーロンは遂に視線の先にキマイラを捉える。
(居た、だが増えたか)
普段はその強さと気質から同じエリアに住みはしても群れることの少ないキマイラだがどうやらアーロンが他の2匹の相手をしている間に他の個体と合流したらしく、現在は2匹増え、3匹もの大所帯になってしまっている。
3匹は特に争う様子もなく、仲良さげにじゃれ合っているようだ。もしかしたら長年、ここに住んでいる個体同士が彼らなりの条件の下に集ったのかもしれない。
「どうするのアーロン?取りあえず後方はワタシが見た限り大丈夫だけど・・・」
アーロンの背中越しにエンリータが先を見ながらそう尋ねて来る。
「・・・流石に3匹に突っ込むのは愚策。だが待っていたら日が暮れる。そう言う意味では手詰まりだな」
眉間に思わず皺が寄ってしまう。
今までの2匹は確かに上手くいった。キマイラも1匹なら純粋に戦闘能力の勝るアーロンがいるために優勢を取り続けられる。しかし、3匹となると話が変わる。なぜなら火力と手数が変わると言うのもあるがアーロンを無視してエンリータを狙われる可能性が非常に高い、という事だ。
魔物は決して馬鹿な奴らしかいないわけでは無い。ましてやキマイラは目立った弱点が無いタイプ、つまるところ頭も良く回る。となれば最初の一撃でアーロンが殺しきれなければ先に弱いエンリータから殺そうとするのは明白だろう。そのまま、逃げられでもすれば本格的な敗北だ。そうで無くとも重傷だって負いたくはないのがこちらの理想。そう言った意味でこの盤面はかなり面倒であった。
「せめて一匹でも減るだけで話が違うんだがなぁ」
そうぼやいてみるがキマイラたちはこちらの事情など知った事かと言いたげに3匹仲良くかたまったままだ。
「う~ん、因みにアーロンはワタシが見つからなければ3匹でも大丈夫なの?」
そう問われ、少し思案する。
「・・・そうだな、リスクはあるが今の俺なら倒せないという事はないだろう。勿論、愚策ではあるがな」
「なら、ワタシは魔術も使って完全に隠れて様子見てるからさ、愚策でも暴れてみたら?このままここにいても良い事は無さそうだよ?駄目だったら一回思いっきり逃げたっていいんだしさ」
エンリータらしい能天気と言うべきか大胆と言うべきか判断につかない取りあえずやってみて駄目だった時に改めて考えてみると言う行き当たりばったり作戦が提案された。
「・・・時々、お前の豪胆さには感心させられるな。だが他に上手い安全策が思いつかない俺が反論するわけにもいかんか・・・」
実際、アーロンは出来ることは何でもして安全に倒す事がポリシーではあるが根は只の冒険家で戦士だ。であるならばここに来るまでに発揮され続けた臆病さと慎重さ、奇襲から始まり、策で追い込み、弱ったところを確実に仕留めるというポリシーを投げ捨てる豪快さも持ち合わせていた。
「良いだろう、お前の策に乗ってやる。だからお前は確実に隠れられる場所をまず見つけろ」
そう言うとアーロンはキマイラたちを監視したままエンリータにそう告げるのだった。
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