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アーロン  作者: ラー
一章
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五話

2日程街道をのんびりと行き、3日目に街道を外れて森を突っ切った先にようやくエレゲイアの塔がその姿を2人の前に表した。森の中にぽっかりと空いた空間に塔は鎮座しており、外周はさほど大きくはない。それに加えて森の木もなかなかの高さがあるのにも関わらず、それらよりも遥かに高く、見上げると首を痛めてしまいそうだった。

「はえぇ~すごく高いね、何階位あるんだろう?」

思わずと言った感じでエンリータが言葉をもらす。

「見た目は高いが実際は10階層しかない。それよりも中も見た目よりもはるかに広い。どうやら魔術で中の空間を広げてあるらしい。理由は知らんがな」

アーロンが荷物を下しながら返す。

「え、そうなの?やっぱり遺跡ってすごいなぁ。そうだ、今日はどうするの?休憩したらすぐに入る?」

「そうだな、予定通り来られてはいるがのんびりは出来ないからな・・・理想では今日中に一層位は片づけておきたい。取りあえず、飯でも食いながら今回の依頼について再確認をするぞ。準備を怠る奴は長生きできない」

そう言いながら昼食の準備を始め、エンリータもアーロンの近くで腰を下ろす。

「まず、今回の依頼で何か分かっている範囲で良い、言って見ろ」

アーロンがそう促す。

「えっと、塔の一層と二層にいるメンディクスの討伐だよね?で、確か塔には階段がないから転移装置で移動する必要があって、2階へは入って真っすぐ道なりに部屋を通っていけばいいんだよね?」

エンリータが腕を組みながら目を上に向けつつ答える。

「そうだ、付け加えるなら下層は集団が暮らす大型の家のエントランスロビーのようになっている。壊れた家具などが散乱していて、中央付近はそうでもないが端の方は足場が多少悪い。お前の体格だと充分に致命傷となる可能性があるな」

とはいえエンリータ自身は暗神の加護がある為、そこら辺は直感で理解できてしまうかも知れないが、と付け足しながらアーロンは補足する。

「後は、メンディクス自体の事は知っているか?」

討伐は文字通り相手を倒さなければいけない。そのためには魔物の情報と言うのは生命線だ。基本的に人は魔物には勝てない。それこそ、きちんと武術を学んでいたり、冒険者として活動して加護を高めていたりしなければ一般市民では到底倒すことなどできない。

「え~と確か大型の鼠みたいな奴だよね?で爪と牙、体格を生かした体当たりに、集団行動をするんだったっけ?でも、皮膚が柔らかいから低ランクの武器でも十分倒せる・・・だったよね?」

「そうだ、あとは稀にだが牙と爪に微弱な毒を持っている場合がある。まぁ基本的にはこれだけ覚えておけばいい。速さも十分に目で追えるはずだ」

再びアーロンが補足しながら説明を続ける。

「兎にも角にも所詮は低ランク御用達の魔物だ。基礎さえ押さえておけば負けはない。危なくなったら俺が出るが基本はお前自身が前に出てやってみろ。見せてほしいのは斥候としての技術と現時点での戦闘技術だ」

エンリータの元気な返事を聞きながら終わった食事の後片付けをする。エンリータ自身、いまだ知識は未熟で中堅にも手が届かないが素直で何事にも興味を持って聞いてくる。ここまでの旅路でもしばしば興味を惹かれてはアーロンに質問を重ねてきた。すこしおっちょこちょいなとこもあるが飲み込みも良いため時間さえかけられればいい冒険者にもなれるだろうとアーロンは思う。望んだ関係ではなく、今は神器の回収と言う依頼もあるが今はこの小さな冒険者をしっかりと教育していこうとアーロンは気を改めた。


食事と依頼の確認を終わらせた2人は改めて装備の確認をして塔の入り口に立つ。扉は木製でアーロンの背よりも高く、楕円を半分に割ったような形状で中央には取手が付いているだけの非常に簡素なものだった。そもそも塔自体がきれいに切られた石材を積み重ねただけとしか言えないような見た目で、窓も最上層の階に一つあるだけなのだ。いつから建っているかも分からない。見た目も簡素、作られた目的も正確なことはまだ分かってはいない。そして、エンリータは扉の前で目を閉じ、深呼吸を1つする。そして取手に手をかけ開いた。


扉はその見た目からは想像できないくらい軽く開き、エンリータは少し驚く。そして扉を潜って、再び扉が勝手に閉まっていく音を聞きながら塔の中に目を凝らす。2人が入った先はギルドで見た地図の様に広く、閑散としたエントランスロビーの様だった。空気は少し湿っており、埃っぽい匂いが漂う。床は他の冒険者や研究者が来るからだろう、説明された様に、それぞれの部屋に続く道と中央は物が除けられて外周の方に寄せられている。多くは壊れた家具の様で人がここに住んでいたのは間違いないように見える。ボロボロでくすんだ赤色のカーペットの様なものが敷かれており、全盛期ならば貴族が住んでいるような華やかさがあったのだろう。そこでふとエンリータは気付く。床が木製で造られているのだ。顔を見上げてみると壁もなぜか木製であり、外から見た時とまるっきり内装が違う。また窓の類もランプの様なものも見受けられないのに部屋が見渡せる位には明るいのだ。流石に生活するには暗いと思うがそれでもここが外とは違う異空間で、確かに遺跡であることをひしひしと伝えて来るのをエンリータは感じる。後ろにいるアーロンはジッとしており、入る前に言っていた通り、ここでの行動はエンリータに一任する構えの様だ。

もう一度前に向き直し、腰に佩いていたダガーを抜いていつでも使えるようにしておく。エンリータは暗神の加護で強化された五感を頼りに周囲へ目をやりながら慎重に進んでいく。床は依頼者である研究者がいたせいだろうか、あまり埃が溜まっているようには見えない。また同じ人のものだろう比較的新しめの人の靴底の跡が残っている。それに混じって最大で3分の2程の大きさの獣の足跡が残っている。前足の跡と思われる4本指でその先に鋭利なもので床を傷つけた様な跡と5本指で人間よりも広く、しかし細い踵の跡がくっきりと残っていた。エンリータは足跡を見ながらおおよその数を割り出しにかかる。周囲への気配りを忘れずにしながら数えているとふと過去の生活を思い出す。特別都会に住んでいるのでなければ山や野に出て食料の確保に出るのはどの地域でも同じで、エンリータも好奇心の強いミクロスらしく良く狩りについて行くことがあった。獣の追い方、避け方、どちらにしても足跡と言うのは大事な要因だ。

エンリータは昔、学んだ事を記憶から引き出しながら足跡を丁寧に調べていく。そうしてしばし時間が経った後、どうやら6匹は最低でもこの一帯を縄張りとして活動している事が分かった。しかし、この部屋が中央の為か、多くの足跡が重なり合っているせいで、どの方角の方に現在いるかまでは掴むことは出来なかった。入って来た方を除けば行先は4つ。正面の2階層への転移装置へとつながる道、右手の行き止まりになる道と正面との間にある5階層へとつながる転移装置がある道、左手のこちらも行き止まりになる道。どれも扉は壊れており、見通す事が出来ない薄暗い廊下がほんのわずかな恐怖を胸に宿らせる。再び深呼吸をして一番出入りの跡が激しい右手側の行き止まりに繋がる道へと足を進める。

廊下に出ると先程いたエントランスよりも内装の痛みが少なく、壊れた家具なども無いため足元の自由が利く。そしてこの廊下も完全に木製で歩くたびに木を叩く音がする。感触も幻覚の類ではなく、はっきりと木製であることを訴えかけてくる。また、不思議な事にエントランスからだと薄暗く見渡すことなどできそうにも無かったにも関わらず、廊下に立つとエントランスと同じくらいの光量がある。逆にこちらからエントランスを見ると先程と真逆でエントランスが薄暗く、見通せなくなっていた。

(不思議・・・どうなってるんだろう?)

見れば見るほど不思議な光景だとエンリータは思う。そんな時だった、加護で強化された耳に何かが動く音が聴こえる。音は廊下の先の方に見える壊れた扉の先だった。一瞬で緊張感が頭と体を駆け上り、持っているダガーにも力が入る。先程よりも慎重に足を動かし、音の聞こえた部屋へと進む。部屋はまだ暗く、廊下から中の様子を窺う事はできない。ただ何か物を漁るような音が微かに聴こえるだけだ。後ろにいるアーロンが特に反応を示さずに着いてきていることから危険な魔物などでは無く、討伐対象のメンディクスであるのだろうと察しがつく。

そうしてようやく部屋の前に立つ。扉の類はかつては有ったのだろうが既になくなっており、只部屋と廊下の境で明暗が分かれている。エンリータは覚悟を静かに決め、部屋へと一歩を踏み入れる。


中もエントランス同様に人が居住していた跡が多く残っていた。大き目の部屋にはボロボロのカーペットが敷かれており、天蓋がついたベッド、散乱した本と半壊している本棚などの家具が無造作に横たわっている。そして入って来た場所からちょうど対角線上の部家の隅にそれはいた。

大きさはエンリータ自身よりも一回り位小さいがずんぐりとしていて、尖った三角形の耳が頭頂部についている。毛並みは灰色だろうか、少し汚れてくすんでおり不衛生さを増長させる。手足は短いが何か手に持っており、一心不乱に手に持ったものを齧っているようだ。一見すれば大きな鼠だが人間の子供より大きいとなれば十分に恐怖の対象と言えるだろう。数は3匹で円を組んでいて、まだこちらには気づいていないようだ。

エンリータは手のダガーをもう一度しっかりと握り、構えを取る。彼我の距離は全力で走れば足元の悪さを考慮しても十分に奇襲を成功させることが出来るだろう。メンディクス達はいまだに食事に夢中になっており、こちらを見向きもしない。グッと足に力をいれ、エンリータは駆け出す。そうするとさすがに敵も気付いたのか全員が顔を上げ、エンリータの方へと向ける。鼠に表情と言うものがあるかは分からないがエンリータから見た顔は驚いたようにも見えた。慌てふためきながらメンディクス達は逃げようとするが既にダガーの射程圏内に敵を収めたエンリータは勢いよく一番手前のメンディクスに向かってダガーを横に振り切った。予め得た情報で皮膚が柔らかい事は分かっていたが予想よりもすんなりと刃はメンディクスの首を半ば程まで両断した。まだ絶命には至っていないが致命傷には違いなく、すんなりと一匹目を瀕死に追いやった。

エンリータは自分の心臓が激しく動いているように感じる。エンリータ自身、狩りをしたことがあるし、魔物の討伐自体は初めてではないが一人で戦う経験はほぼなく、事実初心者といっても間違いではない。そもそもミクロスは種族的に戦闘に向いていないため、基本は支援か遠距離を選ぶ者が多い。エンリータも元々は短弓の方が得意なのだが弓は金が掛かりやすいうえ、ソロには向いていない。故に一緒にいた保護者が死んでしまってからは今のようにダガーに切り替えていた。もちろん何度かダガーでも狩りはしたが数えるほどで慣れているとは言い難い。距離も近く、手に直接相手の肉を裂く感覚が絡み付く。そんな事を考えながら他の二匹に目を戻す。仲間をやられ、食事を邪魔されたからだろう丸い目は大きく吊りあがり、毛が逆立っている。エンリータから見て左側にいたメンディクスが跳び上がり噛みつこうとしてくる。それと同時にもう一匹はエンリータを中心にして回るように動き始めた。集団で生活するメンディクスは当然のように連携を組んで狩りをする。それは外も遺跡も変わらない。

(とりあえず囲まれるのだけは避けなきゃ!)

エンリータは2匹のメンディクスを視界に収めつつ、攻撃を避けるために自身も横に跳ぶ。連携されるのは確かに厄介だが、速度自体はそこまで速くなく、暗神の加護で五感が強化されているエンリータからすれば十分に目で追う事が出来た。そうして正面から跳んできたメンディクスを避け、横に走っているもう一匹を中心に視界に捉え続ける。

(もう一匹!)

エンリータは再び足に力を入れ、踏み込むと自分がもともと立っていた場所に着地してきたメンディクスに今度はダガーを突き刺す。しかし着地した敵はその勢いのまま走り抜けてしまい、背中を僅かに切る程度に収まってしまった。その瞬間を隙と捉えたのか、走り回っていたもう一匹が爪を伸ばし、ダガーを突き出したままのエンリータに跳びつく。エンリータは慌てて地面に跳びこみ、それを回避しようと床をゴロゴロと転がる。片膝を立てた状態で前を見やるともうすでに敵はこちらに走って来ており、エンリータの脳に焦りが溢れ、無我夢中で持っていたダガーを横に振るう。すると運よくメンディクスの鼻の辺りに当たり、血しぶきをあげながらメンディクスが弾かれる様に横に吹っ飛んでいく。致命傷とは言えないまでも今、この瞬間に置いてはあまりにも幸運な時間稼ぎになった。

残る無傷なメンディクスは仲間が二匹やられたからか少し遠くの場所で動きを止め、エンリータをジッと見つめる。エンリータ自身もまだ無傷ではあるが息が多少乱れており、心臓の鼓動も強く胸を叩く。

(ふう・・・今は運が良かっただけ。集中しろ!)

目を逸らさぬように、呼吸を整えながらゆっくりと立ち上がり、右手の武器をしっかりと構え直す。切られた方の敵も床で暫くジタバタとしていたが痛みよりも怒りが勝ったのか先程よりも目を吊り上げ、こちらを見ながらいつでも跳びかかれる姿勢を取った。

互いの間に暫しの硬直が生まれ、空間に緊張が張り詰める。先に動いたのは怪我をしたメンディクスだった。正面から攻撃して失敗したからか、今度は横に一度跳び、部屋の隅にあった家具の上に乗る。それを見て無傷のメンディクスは逆側の方へと駆けだす。先程も見たように彼らはエンリータを軸に前後左右から攻撃を仕掛けようとする。エンリータも立ち止まっているわけにはいかず、今度は無傷の方のメンディクスへ向かって勢いよく走りだす。

(ワタシの技術じゃカウンターは難しい・・・なら!)

エンリータ自身カウンター等を狙うには経験的に不安があり、それを狙うならいっそのこと部屋の中央、物が少ない場所に駆けた方を一気に片づけてから最後の手負いに挑もうと考えたのだ。無傷のメンディクスはエンリータが思っていたよりも勢いよく自身の方に突っ込んできたからか、その対処のため急ブレーキをかけ、体を丸めるようにしてエンリータの方に跳びかかろうとした。しかしエンリータは一切の躊躇いなくメンディクスに向かって逆手に持ち替えたダガーを振り下ろす。ダガーはちょうど跳び上がろうとしたメンディクスの頭に吸い込まれる様に突き刺ささり、ゴリッという音と共にメンディクスの身体を地面に落とす。そのままエンリータは突き刺したダガーから手を放し、前方に走り抜けて、少し跳び跳ねるようにして後ろを振り返る。そこには家具から飛び降り、こちらに走ってくるメンディクスの姿があった。しかし、エンリータの思い切った突撃の恩恵もあり、少しの猶予があった。また、顔の先にある鼻からの出血で視界にも影響があるのか動きに精彩を欠いているようだ。すでに何度目かは分からないがエンリータも足に力を籠め、体の半身を前にして覚悟を決める。

(一か八か!)

そうしてあと一歩で届くか否かの場所でメンディクスもエンリータの顔を目掛けて口を大きく開き、牙での攻撃を仕掛けると同時にエンリータ自身もメンディクスに向かって捨て身としか思えないような体当りをした。確かにミクロスであるエンリータは小さい。体重もほぼないだろう。しかし流石に自身よりもいくらか小さい鼠よりかは重い。おまけに相手は地面から足を離して跳びかかって来ているのだ。ぶつかった瞬間、ドン!という音と共にエンリータにも少なくない衝撃が肩から全身に伝わったが吹き飛んだのはメンディクスの方だった。

そのまま敵は再び床を跳ねるようにして転がっていく。それを見たエンリータは衝撃で痛む身体に鞭を打ち、刺さりっぱなしのダガーに向けて走る。柄に手をかけてから足を死体の身体に乗せ、引き抜く。頭を貫通していた割にはすんなりと抜け、エンリータの手にダガーが戻ってくる。敵は切られた鼻にもう一度強い衝撃を与えられたせいからか、キュウキュウと鳴きながら床に這いつくばっている。エンリータは躊躇うことなく、しかし冷静に、逸る心臓の音を聞きながら最後の一匹に向かってダガーを振り下ろした。メンディクスは首を刺されたにも拘らず暫く抵抗する素振りを見せるが既に血を失い、首に体重の乗った刃物で押さえつけられては抵抗も虚しく、動きを止めた。

良ければ評価、ブクマ等していただければ幸いです。

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