十五話
「ハァ・・・ハァ・・・」
荒い呼吸音が空間に響く。既に魔力の奔流は消えており、グレートソードを地に突き刺した状態で辛うじてアーロンは立っていた。
宙に浮いていた月は敵の消滅と共に消え去り、今は空間自体がうっすらと光って、何とか視界を保てているような状況だった。
それから息が整い終わった後、アーロンは大きく深呼吸を繰り返すと再び自身の中の魔力を全身に回す。すると傷だらけだった全身が異常な速度で治癒を始める。そして数秒後には疲れこそあるものの完全に完治してしまった。
「・・・凄まじい力だな」
傷が有った場所を見ながら思わずつぶやく。
アーロンは力を支配下に置いてから何となくではあったが新しい力の使い方が分かっていた。それこそ頭の中にまだ歯抜けはあるものの直接説明書を書かれた様な感覚と共に力の使い方が流れ込んでくる。先程、死の檻から抜け出せたのも傷が治せたのもこのお蔭だった。
(暴走とそれに付随する限界突破、それがこの力の本質なのだろう)
アーロンは力について思いを馳せながら敵を倒した後に突如として開いた壁の穴に向かって歩き出す。
暴走、一口に言えばあまりいい意味では使われない言葉だ。だが、見方を変えれば火事場の馬鹿力の様なものも暴走と言えるだろう。つまるところこの力の本質は自身の限界は当然、加えて種としての限界、更には現実の限界すらも無理やりに超えうる力だ。分かりやすく言えば筋力や魔力などを筆頭に本人が望むままに、不可能だとしても引き出し行使するという事だ。そしてアーロンはこの力を行使して、死の檻は死の概念を打ち破る力を無理やりに引き出して突破し、扱いの上手くなかった魔力を暴走させて爆発させることで空を飛び、自己治癒能力を暴走させることで傷を治したということだ。
(今回は何とかうまくいったが代償は軽くはないだろう)
自身の限界を引きだし種の限界を引き出す、これだけならば今後この力に慣れればそれほど代償を支払うことはない。しかし現実、それこそ先の様な決まった死を超えるような真似は緩やかであるが間違いなく寿命を削ると確信があった。
開かれた穴の先、そこはこじんまりとした空間だった。大人が5人もいれば一杯一杯になってしまいそうなほどで中央には石碑が置かれている。石碑には何やら古代文字のような記号が描かれ何を意味しているかは定かではないがこれまでの経験から暴、ないしはそれに準ずる何かを表しているのだろうとアーロンは思った。
「さて、これに触れればいいんだったな」
巫女に言われたことを思い出しながらアーロンは警戒しつつも石碑に触れる。
すると石碑は発光し始め、次第に空間を染め上げる程に輝く。しかし、脅威は感じられず、今のアーロンにとってはむしろ心地よいとすら思えた。
次第に光はアーロンの胸程の高さに収縮し、1つの青白い光球になる。そのまま光球は吸い込まれる様にしてアーロンの胸に飛び込み、消える。
一瞬、身構えてしまうがパチリと欠けていたピースが嵌る様に身体に吸収された。同時に今までにないほどに身体の奥から力が溢れ、高揚感を覚えると同時にこの力についてアーロンは完全に理解する。
(そうか、これが古神の加護か)
どこか腑に落ちた様な感覚で全てを理解したアーロンは息を吐く。
古神は今、一般的に人々が信仰し、加護を得るような神々よりも遥か昔に嘗てこの世界を支配していた神々だ。あまりにも原始的でしかし原始的故に曖昧なままに多くの権能を有するがゆえに強力なものが多い。尤もその代わりに今回のアーロンの様に試練が課される場合や魂の適正問題が浮上しやすい。この暴神も同様に暴から連想されるすべての権能を有するが故に今回の様に暴走をコントロールできるか、そして限界を越えられるかの試練が課されたのだ。
アーロンがそう納得し、息を吐くと今度はアーロンの身体が光りだす。そして転移される感覚と共に意識が途切れていく。その際に、どこか豪快な男の笑い声が聴こえたような気がした。
一瞬の浮遊感の後に地に足が着く感覚が戻り、目を開ける。そこは飛ばされる前の場所と同じ所に帰された様で近くには自身の荷物とエンリータの荷物が置いてある。
「ん?あいつはどこに行ったんだ?」
飛ばされる前にはいたエンリータの姿が見つからず、周囲を見渡す。その時、横穴の外からヒュンという風切り音が聴こえる。
「外にいるのか」
アーロンが消えていた間に魔物でも近寄って来たのかどうやら外で弓を撃っているらしい。アーロンは帰ってきたことを伝えるために横穴の入り口に向かう。
外に出るとすぐ近くにエンリータは弓を構えたまま立っていた。アーロンの記憶よりも幾分汚れが目立ち、ボロボロになっている。彼女はこちらに気付いていないのか遠くを見据えたままだ。
「ッツ!!」
そして再び矢を放ち、遠くからこちらに迫っていた魔物に命中したのが見える。
(なんだ?妙な違和感があるな。兎に角話しかけるか)
「おい、手を貸すか?」
アーロンが後ろから声をかけると驚いた猫もかくやと言わんばかりにエンリータは飛び上がり、声にならない悲鳴をあげた。
「―――ッ!?え、えぇー!?アーロン!?え、何?今帰って来たの!?」
此方を向いた彼女の顔はそれこそ何日か戦い続けたかのように汚れており、少しばかり頬に血がにじんだような跡もある。よく見れば服にも所々血が滲んでいるのが分かる。
「あぁ、だが・・・もしかしてかなり時間が経っていたのか?」
アーロンの体感からすれば半日どころか更にその半分も経っていない感覚だ。だがエンリータを見れば数日は此処で過ごしていそうに見える。
「う、うん。アーロンが消えてから4日目かな・・・はぁ、でも無事そうで良かったよ!そうだ、お帰りアーロン」
弓を下したエンリータはこちらに向き直る。
「そんなにか・・・兎に角、一度話す必要があるか。それと面倒を掛けたな、ありがとう」
考え事でもするかのように目を瞑り、予定を練りながらアーロンが帰ってくるまでここを守り抜いてくれた彼女に礼をする。
そうして入った横穴の中でお互いに何が有ったのか話し合う。彼女の話によれば目の前で突然アーロンが消えたかと思えば紋章が付いた不思議な魔法陣が宙に発生したらしい。触ってみるも特に意味もなく、暫く暇をしていたらしいが2日目から頻度は高くないが魔物が横穴の方に迫ってくる事があり、その対処をしながらアーロンが帰ってくるのを待っていたらしい。4日、拠点があり、ほぼ一方向からしか来ない防衛戦とはいえその難易度は推して知るべきだろう。
「そうか、やはり随分と面倒を掛けていたらしい。改めて感謝する」
話を聞き終わったアーロンはそう言って頭を下げた。
「ううん、いつもはワタシが助けられてばかりだったからね、御返しって事で。それに良い経験だったよ!それにアーロンもすっごく強くなったんでしょ?」
疲れているだろうに嫌な顔一つせずにエンリータは楽しそうに笑う。
「あぁ、慣れるのには時間がもう少し掛かるだろうが、そうだな前回の異空間での敵ぐらいなら手古摺る事はないだろう」
「ほへぇ、それは凄いね!」
まるで自分の事かの様に彼女は両手を上げて喜ぶ。
そうして一通りあった事を話し終えた辺りでエンリータが眠そうに欠伸をした。
「あぁ、俺が見張りをしておくから一度寝ると良い。それからここを出るとしよう」
「え、でもアーロンも疲れてるんじゃないの?」
「いや、まだしばらくは問題ないはずだ。流石にお前の体力が回復する時間位は問題ない」
「そう?じゃぁ少しだけ寝かせてもらうね」
そう言うと大きな欠伸を1つしてエンリータは横になると気絶するかのように眠ってしまった。
(4日、一人で魔物の巣窟で過ごしたんだ、仕方あるまい)
最後に相方の顔を横目に見ながらアーロンは横穴の外に出て行った。
それからエンリータがしっかりと眠って起きるまで待ってから2人は地上を目指す。帰りも同様に魔物が迫りくるが行きと違って今のアーロンは文字通り桁が違う。今までは当然の事だがグレートソードの届く範囲までが有効打だったが新たに得た加護により全体の能力の底上げは勿論の事、魔力の扱いが圧倒的に強化された事により攻撃の範囲すらも変わった。具体的に言えばあの信者の成れの果ての爪と同じように振るったグレートソードから黒い魔力を刃として伸ばして使う事で純粋な攻撃範囲が広がり、圧倒的な殲滅力を得るに至った。また、元が自身の魔力なだけにそれなりに自由度が高く、遠距離攻撃として飛ばすことも竜巻の様に吹かすことも出来る。傍目にはアーロンが剣を振ればあちらでは空間ごと断ち切ったと思わせ、こちらでは嵐を起こした様に見えるだろう。それに加えて凄まじい密度の魔力を纏いながら本人が流星の様に動くのだから並みの敵では話にもならない。
「ははは、なんか思わず笑えるね・・・」
エンリータはアーロンに背負われながら力なく笑う。
そう、現在アーロンはエンリータも荷物もすべてを背負いながらダンジョンを全力で駆け抜けていた。ゆっくり行く選択肢も無くはなかったがアーロンが不在だった間に食料の類はほぼ切れてしまっていた。それゆえにアーロンの新たな力便りの強硬突破作戦に出たのだった。
「舌は噛むなよ、それとそろそろ出口だ」
特に疲れた様子もなくアーロンはそう言うと更に速度を上げてダンジョンから跳び出していった。
外に出ると太陽は西へ沈みかけており、空を深紅に染め上げていた。大地も上品なカーペットの様に夕日色に染められて廃墟的な美しさを感じさせる。頬を撫でる風はまだ暖かさを保ち、洞窟から出た身には心地が良い。
「はぁ~久しぶりの外だぁ~ ん、気持ちいい!」
アーロンの背から飛び降りたエンリータは一度グイッと背を逸らし、開放感に酔いしれる。
「夕方か、やはりここでもう一泊だな」
荷物を完全に下したアーロンは周りを見渡しながらそう呟く。
そして、どんどん沈む夕日に急かされる様に2人は泊まりの準備をする。アーロンの感覚からすればそう時間は立っていないが現実はダンジョンに入ってから6日は過ぎている。それゆえにここまで来るために借りてきて放置されていたアルカの面倒も見なければならない。おまけに予定よりも長くダンジョンに居たために食料の類は若干心もとない。慌ただしいがなんとしても陽が沈むまでにやらなければならないことは山積みだった。
「フゥ~おなか一杯。やっぱりご飯はしっかりしたのを食べなきゃね。後はエールが有れば完璧なのに」
食い倒れた様に仰向けになったエンリータはそんなことをしみじみと呟く。
「元気になったならいいが油断だけはやめろよ。一応、ここも安全ではないからな」
片付けを終えたアーロンもたき火を挟んでエンリータの前に座る。
「大丈夫、待ってた間に敵の気配を掴めるようになってきたから!むしろいい練習かも」
嘘か真か、されど本人談なら確かに一人で4日間生き延びたのだ、案外本当の事かも知れない。
「そうか」
アーロンは短く相槌を打つだけにして直ぐに横になる準備を始める。一応、加護の力で身体の調子は悪くないが流石に体感1日、現実時間4日起きっぱなしなのだ、流石に眠らなければ何らかの揺り戻しがあるかもしれない。そうで無くとも寝ておくべきだ。
「あ、もう寝るの?じゃぁお休み!」
体を起こしたエンリータに就寝の挨拶だけを告げてアーロンはさっそく眠るのだった。
翌朝、まだ肌寒い風が吹く砂漠を2人は速足に駆けていく。前日の時点で水すらも怪しくなり、このままでは最も近い補給場所まで持たないと判断した故の駆け足だった。エンリータはアルカの上にまたがり、アーロンはその速度に合わせる。
「そう言えば、次はまたアウローラで良いんだよね?」
「一旦、アルカを返す必要があるからな。だが長居するかは分からん」
頭にはあの時出会ったニィスの事も気になる。直感、というよりは出会いからしても間違いなく厄ネタの気配がする。加えて力が欲しいか問われて当時は迷ったが今は新しい力はそれほど求めていない。それならば避けるのも一つの手段に思えた。
「何はともあれ、アウローラ王国に行くのは確定だ。そしたら風呂に入って酒でも呑むか!」
停滞していた自分の力を伸ばし、憂いが一つ無くなったアーロンはいつもよりは心が晴れていた。
「ん~ん、アーロンが乗り気なのは珍しいね!うん、早くアウローラに行って打ち上げだ!」
それにつられテンションを上げたエンリータはアルカの尻に鞭を入れて先を急かす。
そうして2人は軽い足取りのままアウローラを目指すのだった。
三章も終わりです。また切りの良さそうなところまで書き留めたら投稿します。
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