四話
依頼を受けた後、ヘンドリーナに神器の詳しい形状や名前を聞く。全てで10個あるらしく、使徒も同じだけ存在する。使徒のうち1人は協力者で残りは休眠中か、身を隠しているらしく所在不明。神器も使徒が必ずしも持っているわけでは無いらしく、大陸に散らばっているようだ。また、通常の神器と違い、誰でも使えるようになっているようで良く今まで大きな被害が出ていないものだと呆れ混じりにため息を吐く。
現時点では完全に後手に回っており、被害が出てからでないと動くのは難しい。一応、近くに神器があれば独特な波動が感じられるらしいが、その感覚を知らないアーロンではそれを頼りに動くのは難しいだろう。
一応3つは目星がついており『崩壊の王冠』はイリシィオ小国に、『狂乱の籠手』は考古学者が、『叡智の指輪』は邪龍の渓谷にあると言う話だったがどれも可能性の範囲内であり、回収は酷く難しい。一見、古代学者が最も簡単に見えるが、噂によれば大陸中を歩き回っているらしく、会う事がそもそも難しい。イリシィオ小国にしても現在は閉鎖されているため入れず、邪龍の渓谷に至っては戦いの余波と龍の死骸が発する魔力により魔物も強く、そもそもの範囲も広いため探索は絶望的だろう。一応、適宜手伝いをしてくれるとは言っていたが随分難しい依頼になってしまったと頭を抱えたくなるが何も分からないよりはマシであると考え、教会から宿に向かう。
もう陽は落ちかけており、思ったよりも長い時間話し込んでいたようだ。エンリータも突然こんな話に巻き込まれた疲れでぐったりしているかと思えば意外にも顔には疲れはなく、僅かながら笑みを浮かべている。
「意外にも元気そうだな。いや、それよりもこんな依頼になってしまったがお前はどうする?どう考えても危険だ。パーティを解散するか?」
エンリータはまだランクが2であるため、お互いにとっても良くない。すくなくとも現時点において彼女は紛れもない足手まといであるし、何かあればアーロン自身の為に見捨てなければならなくなる。
「ん~とねワタシは、もしアーロンが良いならついて行きたいなぁって思うんだぁ」
すこし困ったような、我儘を我慢する子供の様な顔と声でエンリータは言う。
「ワタシ、全部は理解できてないし、すごく危険なことしかわからないよ。それにアーロンの邪魔になっちゃうだろうなぁって思うんだけどね、同時になんだかとてもワクワクしているの!だってあの英雄様も関わっている話だよ!それに世界の危機に挑むなんてまるで昔読んだ英雄譚見たいだもん!」
エンリータは笑顔で楽しそうに続ける。
「それに、歌と踊りに祭、何よりも冒険を愛するミクロス族としてはこんな面白そうな冒険、意地でも付いて行きたくなっちゃう!」
両手をあげ、跳ねまわりながら言った。そう言われてアーロンは思い出す。ミクロス族が子供らしい外見であると同時に大人になっても精神が他種族と比べて幼いままである事、何よりも冒険と浪漫を種族単位で好きで、集落すら持たず旅を続けるような性質がある事を思い出す。昔知り合ったミクロス族の冒険者も年齢が50を過ぎていたのに15歳くらいにしか見えず、伴侶も子供も放って一人旅をしていた。
こうやって興味を持つと変に離してもこっそりついてくるだろうと思い、ため息交じりに旅についてくることを許可するしかなかった。
「だとすれば神器探しとお前の階位とランクを上げる必要があるな・・・お前の加護と階位はなんだ?」
加護は生きていれば誰でも授かれるもので一生町から出ない人間であってもたいていは持っているものだ。適当な教会で神に祈れば加護は得られ、後は得た加護を何かしらで強化していく。普通に生活しているだけでは加護の強化は微々たるもので滅多に階位は上がらないが冒険者であれば魔物との戦いや仕事の達成などでも強化される。例えばアーロンならば戦神の加護があり、強靭な筋力や頑丈な身体になりやすくなる。反面、魔術の伸びは悪く、アーロンは上級クラスの魔術まで使えるが威力などは低く、見た目の派手さと比べて効果は微々たるものである。
「ワタシは暗神だよ、階位は1だけどもうちょっとで2なら行けなくもないと思うよ」
どうしても前衛は向いてないしねぇと苦笑いしながらエンリータは言う。暗神の加護は五感の強化と危機察知や相手の弱点探し等の第六感の強化がされる。反面、戦闘に必要な筋力や魔力は軒並み低く、パーティを組む際は斥候役や鍵の解除役をすることが多い。しかし階位が高ければ相手の急所が直感で分かるため火力役としても重宝される。とはいえエンリータはミクロス族のため斥候の役割がメインにはなるだろう。
「なら、暫くはこの帝都付近で階位を上げるとするか。うまくいけば例の野盗集団の情報も入るだろう。そこからイリシィオ小国の情報も入れば儲けものだ」
そうして当面の予定を決めながら2人は宿に帰るのだった。
翌日2人は宿を引き払い、ギルド近くの鍛冶屋を目指す。近くまで来ると帝都の喧騒に紛れて鉄を打つ音が聴こえてくる。扉を開け、中に入ると昼間だと言うのに薄暗く、洞窟を思わせるような鬱屈とした雰囲気を醸し出している。奥からは鉄を打つ音と炉の熱が漏れ出しているのか異様な熱さが空気の淀みを増しており、お世辞にも過ごし易いとは言えない空間だった。壁には一通りの武器や防具が掛けられており、床に置かれた墫などにも商品が乱雑に入れられている。奥には取りあえずと言った感じにカウンターが置かれており、一人のドワーフの男が客と取引をしているのが見える。他にもちらほら武器を見ている同業者もいるがいずれも若手のようだ。実際ベテランになるにつれて店に置かれている武器等を見ることはなくなる。何故ならば使っているものを採取した鉱石等で強化していくのが通常であるからだ。その為、武器を見ているのは総じて若手の冒険者が大半である。アーロンとエンリータはちょうど取引が終わって空いたカウンターに進む。
「預けていた装備を引き取りたい」
そういいながら注文票を渡す。そうするとカウンターのドワーフは注文票とにらめっこしながら奥に行き、幾何もしないうちに装備を抱えて戻って来た。
「ほらよ、状態を確かめてくれ。もし試し切りなんかがしたければ奥だ。場所は分かるな?」
そう言うと椅子に座りなおし、こちらをジッと見つめて来る。アーロンは預けていたグレートソードにファルシオンと防具一式を、エンリータはダガーナイフを持って状態を見る。パッと見は問題なく、防具のほつれも綺麗にされていた。流石は帝都のギルド併設だなと思い、奥の部屋を借りて装備品を身に着けていく。変な歪みも無く、軽く動いて問題ない事を確認し終えるとカウンターに戻り、金を払う。エンリータの方も特に問題ないようで腰にナイフを佩いていた。
受付のドワーフに感謝を告げた後、ギルドに向かい早速エンリータにちょうどいい依頼が無いか探す。依頼はクエストボードに貼られたものから選ぶかカウンターでギルド職員に見繕ってもらうかの二択が基本だ。ボードの方は早い者勝ちで緊急性のものと常駐の依頼が多い。
緊急性の高い依頼は依頼者の意向で元々の期日が近いものか突発性の依頼で急いで人を集めたい場合が基本だ。もしくは受ける人がたまたま居らず、期限が迫ってしまったものになる。基本的に報酬が高くなりやすく、金に困っている冒険者は少なくない為、競争率は高い。もちろん難易度は上がるため、受注時に成功の見込みがないと判断されると弾かれてしまう。
常駐の依頼は帝都の中や日帰りできる距離の依頼が主で低ランクの者に好まれており、朝早くから行かなければ依頼の枠が無くなってしまう。当然アーロン達が来たときにはすでに終わっており、残りは依頼の期日が迫っているものがいくつか残っているだけだった。
エンリータはランクが2であり、どちらかと言えば常駐の依頼が良いのだが今はランク7のアーロンが一緒の事もあり、ギルド職員に見繕ってもらう事にして、カウンターに向かう。受付に声をかけ、2人のギルドカードを渡して依頼を探してもらう。
ギルドカードには今までこなした依頼の情報が入っており、それを元にギルド職員は依頼を提案してくれる。今回は取りあえずエンリータ自身の戦闘力を知りたかったためランク2~3相当の討伐任務を受けたい旨を伝えて待つ。
暫くすると受付は3枚の依頼書を持ってきた。
「こちらが今回お勧めする依頼ですね。1つがサビオ森林でエデルの討伐、2つ目がスィピオの泉でニードルプランツの討伐、最後がエレゲイアの塔でメンディクスの討伐ですね。どうしますか?」
「エンリータ、一応お前の依頼だ。お前の意見を優先させたい。希望はあるか?」
そう尋ねるとエンリータは腕を組み、首を少し傾けながら考え込むポーズを取る。
「ん~ワタシ的にはエデルは戦ったことがあるからメンディクスの方がいいかなぁ、ニードルプランツは厳しい気がするし・・・」
眉間に皺を寄せ、頬に指を指しながらアーロンに言葉を返す。アーロン自身、口には出さなかったがその選択が正しいと思い、了解を告げてギルド員にメンディクスの討伐依頼を受ける事を伝える。
「では、依頼内容を伝えますね」
依頼書をこちらに見せながらギルド職員は説明を始める。
「内容は帝都から3日ほど北西の方に行ったところにあるエレゲイアの塔下層。そこでメンディクスが暴れているみたいですね。依頼者は帝都の遺跡研究員で調査中に襲われたらしく下層の1階と2階の討伐をしてほしいとの事です。期間は今から10日、報酬は見ての通りです」
説明を受け、特におかしなところが無いか確認した後、受領手続きをする。今後のことも考え手続きをエンリータ自身にさせながらアーロンは頭の中で予定を組み上げる。
今回の依頼で向かうエレゲイアの塔は少しばかり特殊な場所だ。見た目は只、大きい円筒状の塔なのだが内部は塔にも関わらず階段のようなものが一切ない。その代わりに簡易な転移装置があり、その上に乗ると違う場所に跳んでいけると言うものだ。また、階層ごとに出て来る魔物に差があり、下層なら今回のように低ランクの者でも何ら問題はないが中層からはパーティか最低でもランク4以上が適正とされる。
(ひとまず、野営で使うものの補充と荷物の分散、ルート確認だな)
そう考え事をしている間に手続きは終わったようだ。
少し急ぎ足でギルドを出て市場に向かう。陽はそろそろ頂点に差し掛かろうかという所でこれから旅に出るには少し遅い。しかし、一応猶予こそあるが依頼は何が起こるか分からない。そのため出来るだけ早く塔に辿りついておきたい。アーロンは市場まで来るとエンリータに一週間分の旅の準備を買い付けて来るように伝える。とは言っても共有して使えそうな物はたいていアーロンが持っているために個人の食事と水類などが主だ。体格や強さ的にはアーロンが持ってもいい。しかし、それこそ離れ離れなどになってしまっては彼女にとって厳しい環境に追い込まれてしまう。何より買い物や荷造り等の準備は冒険者として必須の技術だ。後で答え合わせ位はするが自分で考えて経験した方が成長する。アーロン自身も今では鼻歌交じりで出来るが昔は詐欺にもあったし、旅の途中で食材や水を腐らせることや、不足させてしまったこともある。そんな事を思い出しながら自分の為の買い物を手早く済ませていく。
準備を終わらせて城門で待っていると人波からエンリータがこちらに向かって走ってくるのが見えた。背負っている荷物はさほど大きくなく、足取りから重量も問題はなさそうに見え、ホッとする。旅慣れていない新人は不安からかバックパック一杯に詰め込んでくることがある。ちゃんとパーティを組んで、ポーターや馬がいるのであればそれでもいいが冒険者ならば出来る限り軽装な事が基本だ。
「何を買ったか見せて見ろ」
そう言いアーロンはエンリータに手を出す。
「うん、いいよ」
エンリータは背中の荷物を下し、口を開けてアーロンに手渡す。
(取りあえず最低限必要なものは入っているな)
袋の中には数日分の保存食に水とワインの皮袋、武器の手入れ道具に着替えが一式入っていた。
「これなら問題はないな」
「ふふ~ん、ワタシも旅はしていたからね!」
少し胸を張りながらエンリータが自慢げにいう。最初の夜にも感じたがやはり旅慣れはしているようだ。保護者が生きている時に基礎位は教わっていたのだろうと当たりをつけ、荷物を返すと2人並んで城門をくぐる。
今回は入って来た時と真逆の門から出て、西の方に歩を進める。まだ人通りが多い道の為、しっかりと踏みしめられ歩きやすい道を行く。
「そういえばお前はエレゲイアの塔は初めてか?」
なんの気なしにアーロンが歩きながら問いかける。
「うん、ワタシは基本的にカッシさんに付いて行く旅がメインだったから依頼も手紙配達とか都市間の商品輸送位しかやったことがないんだ。それも付き添いみたいな感じだったしね。だからそういった遺跡なんかは行ったことが無いや」
エンリータは口元に指を当て、上を向きながらそう口にする。
「なら必要なのは討伐依頼と遺跡の知識だな。それさえ積み重ねられればランクも加護の階位もあげられるだろう」
そう言うと何やら自信ありげな顔で「頑張るぞ~」とエンリータは張り切り、片手をあげる。それを横目にアーロンは周囲を一応警戒しながら進む。帝都近くとはいえ時々、魔物がすり抜けて来ることもある。おまけに悪事をなす奴らはそこかしこにいる。アーロン自身は雰囲気と見た目で野盗の類は狙いに来ないことが多いが今はエンリータもいる。実際、さほど離れていないザビオ森林で怪しい野盗がいたこともあり、別の野盗に此処から尾行されて夜襲をかけられないとも限らない。幸いにも今はそう言った雰囲気はないが護衛依頼の時と同じ感覚で行くことを決め、2人はエレゲイアの塔を目指していった。
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