四話
そうして、特に大きな事件を引き起こすことなく3人はリーベタース連邦の中枢カリステオンに到着した。平坦な道のりとは言っても旅は旅。着ているものは汚れが隠し切れず、自分では気づけないが臭いもそれなりだろう。最も周囲の同じように旅をしてきたような人間で大概似た様な物故に気にするものは1人もいない。
「ふぅ、ようやく着いたね~」
出会ってからたくましくなったエンリータは一息吐き、周囲を見ながら体を上に伸ばす。
「はぁ、疲れました・・・旅ってやっぱり大変なんですね」
これだけ長距離の旅は初めてなのだろうマリアベルは膝に手を着いて項垂れる。アーティファクトの効果のお蔭で重さを感じることはほぼないのだろうがそれでも少女には厳しいのが現実だ。それでもちゃんと着いて来られたあたり立派だろう。そして、出発したころには新品に見えたマリアベルの武装も傷はないが所有者の精神を表すかのように草臥れた様な色を出している。
「まぁ、良く着いてきたな。ほら行くぞ」
リーベタース連邦は自由都市国家群でもあり、冒険者の国でもある。故に出入りに制限はない。正確に言うならば国の中で特定の場所に入らなければどんな出自や経歴でも入れてしまう。当然のように検問もないため3人はスルスルと都市の門を潜り抜けていく。
大橋を渡り、都市に踏み入ればまずボロボロの煉瓦造りの家がひしめく地帯が広がる。住む人たちの身なりはあまり良いとは言えず、帝都や王国と比べれば何枚か生活の基準が落ちているだろう。しかし、陰気な雰囲気はあまりなく、むしろ熱量に溢れる若人やどこか胆の太そうな女が子供の手を引いて歩いている姿が散見する。道端で屯する集団も仕事の帰りなのだろうか擦り切れた作業着を羽織って語り合う姿は楽しそうにも思える。
「なんか、スラムかと思いましたけどそうでもないのでしょうか?」
マリアベルは周囲をキョロキョロと物珍しそうに眺めながら首を傾げる。
「いや、スラムで間違いない。カリステオンは連邦の中枢で最も人が集まる。特にダンジョンに夢を見る若者で賑わう。だが当然上手くいかない者の方が多い。それで金もないから宿には泊まれず、毎日危険なダンジョンに潜っては金を稼ぐ。というサイクルを重ねるうちに少しでも面倒な移動をしなくて済むように門の近くに寝泊りする様になったのがここの始まりだ。最初は小さなテントだったが次第に家が建ち、商人も寄り付きと肥大化していき、今じゃ冒険者の最初の住居として扱われるようになった。因みにギルドが国と連係してある程度管理しているからそこまで治安は悪くない」
「なるほど・・・だからそんなに暗い感じがしなかったのですね」
納得したのか改めてマリアベルとエンリータはアーロンのやや前を2人で会話しながら進んでいく。
アーロンが此処に初めて来たときは既に中堅として地盤がしっかりしていたこともあって住んだことはないが依頼でダンジョンに行くときのメンバー集めや情報収集のために駆け回ったことがある。見るたびに形を変える面倒臭さは有るが住む人も合わせてどこか親しさを感じさせるこのスラムは嫌いではない。・・・もちろんスラムで冒険者と言う荒くれもの集団が住む街である前提を忘れなければだが。
そうしてスラムを抜けると一気に街全体が綺麗になる。道を行く人たちも身なりが幾分良くなり、それに紛れる同業者たちも装備の質が整っている者が大半になる。家も同じ煉瓦造りではあるが当然大きく壊れているような場所はなく、それこそ他の大都市と比べても遜色ない。足元にも敷きつめられた煉瓦は馬車の移動も容易くさせ、道の中央部はそれ用の車道すらもある。遠くにはこの街の名物の1つでもある大きな鐘楼が街を見下ろしている。また、街の中心部の方には円形の大きなコロッセオが鎮座しており、上部には色とりどりの大旗が風に棚引き、コロッセオを彩る。
「そう言えば、宿ってどうするの?もしかして宿泊難しくない?」
突然思いついたのかエンリータがこちらを振り返りながら聞いてくる。
「いや、問題ない。ここは冒険者の街だ、当然それに合わせて宿も沢山ある。スラムに居るのは宿代が長期払えない奴らが住むだけだ」
そう言いながら2人を追いこして宿屋に足を向ける。
それから宿屋が乱立している通りに3人は出て、軒先に空きがある印を出している宿屋に流れ込む。この街は通りごとに宿屋のランクが決められている為に、同じ通りならば質に差が無い。値段もほぼ変わらない為に選ぶ手間が要らないのは楽な事だった。
手早く部屋を取り、体を清める。今回選んだのは良くも悪くも平均的な宿の為に宿の裏手で桶に水を汲んで全身を拭く。そうして身ぎれいにした後、洗濯だけは割高になっても3人纏めて宿屋に任す。自分で洗うのも良いが今回は長旅でかなり汚れが染みついている。ならば任せた方がまだいいと言うものだろう。ついでにこの宿は解れが有れば直してくれるのもあって押し付けることにした。
その後、諸々の準備を終えて、3人は気楽な格好で食堂に下りる。外も夕刻が迫り、風も冷たくなってきた頃合いだろう。実際、宿の客も増えてきたのか従業員はあちこちで忙しそうに動き回っている。
「あぁ~お腹空いたぁ~そしてお酒がワタシを呼んでいる~」
明日は休養にあてることが確定している為に完全に気を抜かしているエンリータは怠惰が極まったような事を口にしながら火に集まる虫の様にフラフラと食堂の席に寄って椅子に身を完全に任せて座る。
「アハハ、でも私も疲れがどっと出て、お腹も空きましたね。温かい物が食べたいです」
苦笑を浮かべながらも気持ちは分かるだけにマリアベルも特に反論することなく席に座る。
「・・・明日は休みと言ったが呑みすぎるなよ」
念の為、そう忠言するがどうせ聞きはしないだろうとため息を吐く。少なくともアーロンが出会ってから彼女が酒をセーブしたことはない。しいて言えばミクロスゆえに比較的総量が少ないのは救いと言えるだろう。
「まぁ、いいじゃん!旅を終えたら楽しく呑む!依頼を終えた時も、新しい出会いや悲しい別れも全部酒を呑んで〆るのが冒険者だよ!」
どうしてこうなったのかと思いたくなるほどにアホな理論を口にする。とはいえ、大半の冒険者は同じ思考をしている為に間違っていないのが悲しい現実だ。仕事で金が入れば呑んで、賭けて、女を買う。それはどこまでも破落戸な冒険者の浪漫ある生活だった。
アーロンが遠い目をしているとエンリータが早速とばかりに給仕を呼びつけて酒と食い物を注文していく。遠慮などと言う言葉はそこには無く、酒精もまだのはずだが理性を既に感じさせない。
「え~とね、エール3つとそれに合うお肉ってある?うん、ソーセージかぁ、じゃぁ焼いた方が嬉しいかな。そう言えば温かい物だっけ?スープも1つお願い!。それとマッシュポテトもたっぷりね。あ、アーロンは何か他にいる?」
「・・・いや、それでいい。既に気がめいるな」
「アハハ・・・」
矢継ぎ早に頼み終えたエンリータは宙に浮いた足を楽し気に振り、肘を着いた手の上に顎を乗せ、鼻歌を歌う。そしてすぐさまエールが運び込まれる。
「それじゃぁ~到着を祝して乾杯!」
「・・・乾杯」
「か、乾杯!」
そうして酒飲みの音頭で食事は始まる。
「プハァ、いやぁ~今回は結構楽な道だったね。マリアは大丈夫だった?ここまで長い旅は初めてって言ってたけど」
早速半分ほど呑み干しながらエンリータは雑談を始める。
「そうですね、もともと外で農業や牧畜に剣の稽古もしていましたから体力的にはなんとかって感じだったんですけど、慣れない事ばかりでしたから精神的に疲れましたね」
「あ、そっかぁ。ワタシは体力が無かったけど旅は好きだったから逆だねぇ、でも・・・」
2人はそのまま姦しく意味のない会話を続ける。エンリータ自体はそれほど気にはしていないだろうが同性で近い年齢の人と長く一緒にいるのはマリアベルと旅をし始めてからだ。それに彼女自身聞き上手な事もあってエンリータも楽しいのだろう。会話が尽きることはない。アーロン自身は自分から話すことは少なく、こういった会話は苦手とする分、勝手に騒ぐ分には有り難かった。
そうして全員が2杯目のエールを呑んでいる際に今日のメインが運ばれてくる。大皿には両手の親指と人差し指で造った円形ほどもあるでかいソーセージにかなりスパイシーな香りのするソースが上から塗りたくられ、湯気を上げている。その匂いは右手に持つエールとの相性の良さを確信させるものだった。唯一マリアベルの下には追加でスープも来ているがタイミングが悪い、これでは誰でも肉に目が行くだろう。
「ワッ!凄く美味しそう!切り分けちゃうね!」
意気揚々と供えられたナイフで厚切りに切り分けていく。断面からは肉汁が弾ける様に跳びだし、粗挽きの肉が姿を見せる。そうして分けられた肉を前に誰かが唾を飲み込んだのを最後に3人は誰に合わせるわけでもなく同時に口に入れる。瞬間、あれほど零れたと言うのにも関わらず、噛めば噛むほどに旨味が口いっぱいに零れだす。そして良く練り込まれた香草が鼻を突きぬけ、辛みのある香辛料がピリリと味を引き締める。粗挽きの肉も食いごたえと抜群の食感で飽きさせず顎を止められない。そうしてたっぷりと楽しみ、油と香りだけが残った口内に苦みの強いエールを流し込んでやれば熱く、脂ぎった口内がリセットされ、次の一口へと手が動く。あれほど騒いでいた2人もアーロンと同じように無心で肉を食ってはエールで流し込んでいる。
ようやくまともに喋られるようになったのは4杯目のエールを流し込み切った後だった。
「ふぅ、旅先で最初に食う飯がいつだって最高に旨い。特にこの国のソーセージは大陸1だな」
思わず興が乗った口調で独り言を漏らす。
「うん、本当に美味しいね!あ、ポテトに脂が染みてこれも美味しいなぁ。う~ん幸せ!」
「えぇ、思わず無言になってしまいました・・・」
その独り言に便乗する様に2人も続く。
そうして楽しく、温かいまともな食事を終える頃にはエンリータは机に突っ伏し、マリアベルも首を落として船を漕ぐ。
「やっぱりこうなるか・・・」
アーロン自身も多少は顔に赤みが有るがしっかりとした足取りで立ち上がり、支払いを終えてため息をつく。マリアベルは仕方ないとはいえ、せめてエンリータだけでも自身の足で部屋までは帰ってくれないだろうかと思いながら2人を肩に担ぎ、部屋に戻ると布団に投げ込み、自身も転がり目を閉じる。そうして3人の夜は更けていくのだった。




