二話
少年が走り去ってしまってからアーロンとエンリータは魔物が死体に集まる、ないしは死体が魔物になってしまわない様に手早く見聞を済ませて処理を終わらせた。その頃には陽が大きく傾き始めており、そろそろ休む場所の確保をしなければならない。
「さて、面倒だが近場に村がある。今日はそこを目指すぞ」
いくらかルートからも外れてしまうがこのだだっ広い草原で眠る気にはならない。ましてや結局詳細は分からなかったが暗殺教団の様なものがいた場所だ、安全とは言い難い。
「りょうか~い。でも何だったんだろうね、あの子」
エンリータが荷物を肩に掛けながら疑問をこぼす。
「さぁな、ただ、これから行く村がある方向に逃げていった。ならそこで何かあるかもしれん。やや危険だが踏み込む価値がある」
場合によってはギルドへの報告等もしなければ商隊や若手の冒険者等にも被害が出る可能性がある。ベテランとしては今更気にしないと言うのも気が引けた。
それから2人はやや速足で目的地の村に辿りつく。国境付近では最も大きな村で商人たちの出入りもある為か他の村よりも大きな簡易門が取り付けられており護衛もやや身なりが良い。もう月が登り、陽が半分ほど大地に消えているにも関わらず門を開けているのは流石と言えるだろう。
手早く冒険者の資格を見せて中に入ると以前にここを利用した時よりも松明の数が多く、中央広場のある方から祭の様な喧騒が聴こえてくる。
「ん、珍しいな」
思わず感想を溢せば不思議に思ったのかエンリータが首を傾げてこちらを見上げて来る。
「いや、何度か使った事があるがこの時期に祭を開いているのは初めてだ。何よりそれなりに大きい村とはいえ祭の規模もでかいから不自然でな」
「そうなんだ。何だろうね、行ってみようよ!」ミクロス族の血でも騒ぐのかエンリータは少し駆け足気味に先に行く。
彼女に引っ張られる様にして中央広場に向かえば外周を屋台がずらりと並び、それに群がる様にして酒を呑む大人たちが思い思いに談笑を楽しんでいるようだ。子供たちも楽しそうに走り回り、時に吟遊詩人の歌に聞き入っている。それは実に牧歌的な祭の姿だった。
広場の中央には大人の男よりも大きな石造りの台座が鎮座しており、そこには幅広の大剣が突き刺さっていた。大剣の厚みは一般的なものよりは薄くされているがそれでもかなりの重量だろう。何やら宗教的な文様が描かれていることもあり、儀式剣のようにも思える。長さも一般的な女性位あり、アーロンでも使うのは疲れてしまいそうだ。
「はえ~凄い賑わってるね!いい匂いもするし!」
エンリータは周囲をキョロキョロと眺めながら楽しそうな表情を浮かべる。
「あまりキョロキョロするな。一応、人を追ってきたんだ。警戒はしろ」
思わずため息を吐きながら不自然にならない程度にアーロンも周囲を見やる。
「ん、何だ?」
すると台座の前に少しばかり上等な敷物がされており、周囲を囲むようにして年配の人間が人を囲んでいるようだった。少しばかり注視してみればその中には1人の少女が座っており、代わる代わる訪れる人の相手をしているようだった。
少女は何故か頭以外にプレートアーマーを着込んでおり、賑わう祭の雰囲気の中ではやや浮いている。それにアーマーの上からでも分かる、というよりはアーマーを着込むにはやや細身の印象も相まって似つかわしくない。実際、汚れやへこみの類は見られず、まるで新品の様に思える。また、彼女自身は整った容姿はしているが童顔でややたれ目なのも相まって小動物の様な印象を抱かせる。唯一、夕日を閉じ込めたかのように真っ赤な肩ほどで切りそろえられた髪が彼女を偉大なものとして際立たせているようにも思えた。
「随分めかし込んだ奴がいるな」
そう呟くとエンリータもアーロンの視線の先を確認して肯定する。
「本当だね、旅立ちかなぁ?でも変な感じだね?」
若者の旅立ちを祝うという風習も無くはないがそれにしては豪勢で個人に向けられるにしては盛大すぎる。
「まぁ、俺たちには関係ない話だ。それよりも・・・」
今日の宿を、そう言おうとした瞬間、祭の外側、やや暗い場所に追ってきた男の姿が目に映る。男は祭の中心に居る赤髪の少女を何処か優し気な表情で見守る様に、しかしどこか哀愁の混じった顔で見ていた。
「おい、居たぞ」
視線を男の方に向けながら小声でエンリータに声をかける。そうすれば彼女も少しばかり緩んだ雰囲気を締めてアーロンの視線を追って目標を見つける。
「どうするの?」
小声で尋ねられるが村の住人に被害を出せば大騒ぎになってしまう。それゆえにあまり大事にはしたくない。
「そうだな、取りあえずゆっくり近づいて接触しよう。武器にも手を掛けるな」
言うや否やアーロンは早速、人波に紛れて歩き始める。
それから半分程近づいた時に男はこちらに気付いたのか突然に視線を彷徨わせるとアーロン達と視線が合う。そしてそのままどこか焦ったような表情で村の外れに向かって消えて行ってしまう。
「ちっ、面倒だな」
そう愚痴を溢すとアーロンもそれを追う様に駆けだす。
そうして追って行った先に有ったのは嫌に大きい聖堂の様な建物があった。特に飾りがある訳でもないが村の集会場と言うには立派過ぎる。
「ここに入っていったのかなぁ?どうするの?」
エンリータが弓に手を掛けて周囲を警戒しながら聞いてくる。
「・・・面倒だが踏み込むぞ。幸いにも祭で人気もない」
アーロンも腰のファルシオンを抜いて闇に眼をこらしながら聖堂の中に踏み入る。
カツンカツンと2人分の足音が空間に響く。聖堂らしく建物自体が良く音が響くような造りになっているようだ。その上、不思議な事に足音が勝手に鳴ってしまう。たとえ床が響きやすい造りでもアーロンは勿論、エンリータでもこの程度鳴らさないで歩けるはずなのに響いてしまう。
「厄介な床だな。だがこれでまともではないと分かっただけましか」
少しばかりため息をつきたくなるが暫定敵地でそこまで気を緩めることは出来ない。アーロンは不満を顔に張り付けるにとどめる。
そうして長い廊下を抜けて、開けた場所に出る。床には敷物がされており、上からは月明りが内部を薄く照らす。石造りなのと相まってある意味では幻想的にも思える。
「ん~でも誰も居ないね」
周囲を見渡したエンリータが不思議そうに声をもらす。実際、ここが行き止まりであり、傍目には怪しい場所は見当たらない。最も、ここが暗殺教団の潜伏場所であるのならば分かりやすいはずもないが。
「仕方あるまい、一度出るぞ。これ以上深入りするのは難しそうだ」
調査するには人員と時間、知識が明らかに足りていない。ならば変に頑張るよりかはギルドに調査の依頼をする方が建設的だろう。
そうして振り返り、出口に戻ろうとした瞬間、2人が辿って来た道からあの仮面と格好をした人間が2人、迫って来ている姿が映る。同時に背後からは魔力の揺らぎと共に小さな足音が聴こえ、囲まれた事が分かった。
「罠か・・・任せるぞ」
小声で背を向け合っているエンリータに声をかけてアーロンはファルシオンを手に駆け出す。
背後では既に弓が弾ける音と刃物がぶつかる様な音が聴こえ、アーロンもまた敵との接触ラインに踏み込んだ。
声や息遣いの1つ漏らさず、足音もさせない無音の暗殺者たちは手慣れたコンビネーションでアーロンをめがけて短剣を左右から振り抜く。感情の様なものは一切感じられず、ただ人を殺す為だけに磨かれた技術は一種の芸術のようにも思える。仮面で表情が分からないことも相まってその姿は正しく暗殺者であった。
「フッ!」
息を軽く吐き捨ててアーロンは寸分たがわず自身の首と足を狙いにくる短剣を捌きにかかる。ファルシオンを間に差しこみ、自慢の剛腕で首狙いの短剣を強引に弾き、自身の足首を狙う短剣を踏み込むために軽く上げた足で相手の手ごと踏み抜く。カランと乾いた金属音と骨が砕ける音が足元から聴こえる。そうして出来た相手の明確な隙を逃すわけもなく、弾いて上に掲げた剣で体勢を崩した敵を切り捨て、足元の敵を蹴りとばす。そのまま転がした敵を追いかけて動き出す前にしっかりととどめをさす。よく訓練された暗殺者はそれこそ殺すか殺されるまで動いてしまう。おまけにどうしてもだめなら自爆する可能性もある為に一切の手心を加えることは出来ない。最も殺しに来た暗殺者に慈悲を見せるものなど存在しないだろうが。
「さて」
刃の血を拭い、エンリータの加勢をするべきかと振り返ればちょうど彼女も終わったのか足元には切られた骸があり、短剣を振り抜いたような姿勢で周囲を警戒していた。
「怪我はしていないな」
傍目には無傷に見えるが確認の意を込めてそう尋ねる。
「うん、大丈夫だよ。でもどうしようか・・・?」
周囲には遺体が4つ転がり、血の池が出来てしまっている。ここが教団の物ならこのままでも良いが村の敷地でもある為に若干判断が難しい。
「仕方ない、片すぞ」
これで先に村人が見つければ怪しいのはアーロン達である。変なもめ事は勘弁したい。小さくため息を吐き、ゴソゴソと死体を片付けるのだった。




