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アーロン  作者: ラー
二章

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32/255

十五話

「グガァァァァァァッ!!」

全身から蒸気と暴れる魔力を迸らせながらアーロンは前に出る。敵も既に目前、爪を高々と掲げ、アーロンに向けて振り下ろそうとする。普段であれば当然回避を選択せざるを得ないが今のアーロンであれば受け止めることも可能だ。回避すると言う思考が出てこないというのもあるだろうが。

風を砕き、音を立てながら左右から少しずつタイミングがずらされた致死の乱打が振り下ろされる。しかしアーロンは何一つ恐れることなく、更に跳びこむように敵に肉薄していく。頭上に下りてくる爪を強引に大剣で振り落とし、時には受け止め、跳ね返す。接触するたびに凄まじい轟音が空を引き裂き、衝撃が地を揺らすがそんなことは些事とばかりに幾重にもぶつかる。

触手たちもアーロンに伸ばされるが大剣を握っていない左手と両足によって枯れ葉のように千切れる。

「――――ッ!!」

本能的な恐怖を感じたのか怒り交じりの絶叫と共にアーロンを近寄らせないために敵は身体を捻り、旋回する挙動を取る。その間、ほんのわずかだが爪の雨が止み、アーロンは確実に敵の胴体に攻撃を当てられる位置にまで踏み入る。同時に敵も旋回を始め、まず伸ばされた爪がアーロンの側面に打ち込まれる。

「アァァァァァァッ!!」

既に人とは思えぬほどの絶叫をあげながらアーロンは迫りくる爪に対して大剣の側面を打ち返すようにして薙ぐ。すると街の一角が爆発したのかと思うほどの轟音が周囲に響き、ブチブチと何か肉が弾けるような音がする。

「――――ッ!!」

そして敵の絶叫がそれに続き、ゴトンと離れた場所で何かが落ちた音。それは敵の爪だった。恐ろしく硬く、強靭な爪が無理やりに引きちぎられたかの様に痛々しい姿で横たわっている。敵も本来向かうはずだった方向と逆側に押され、たたらを踏んでおり、隙を晒す。

アーロンは自身の何倍もの巨体を跳ね返したにも関らず、その場から1歩も下がっていない。地が割れる程に踏みしめ、体勢を崩している敵の正面に立ち、両手でグレートソードを握ると甲羅に向かって咆哮と共に振り下ろす。

爪を打った時と同じような音、そしてバキバキと硬いものが砕ける音が空気を震わす。

「――――!!」

最初に甲羅を切った時とは違い、間違いなく敵の胴体を巻き込んでの攻撃、敵も今まで以上に暴れ始め、残った爪と触手を振り乱す。アーロンはそんな敵も目に入らないのか更に追撃を加えようと降り注ぐ爪を弾きながら再び大剣を振り落とす。流石にこれは不味いと感じたのか敵は2撃目を受けた瞬間に初めて後退する。

「ガァァァァ!!」

それを暴走状態のアーロンがみすみす逃すわけもなく追いかける。敵は半狂乱になりながらもなんとかアーロンを近づけさせまいと牽制を振りながら全速力で後退するが両者の距離はけして離れない。むしろ少しずつ距離が縮まっている。

そしてバキン、という音と共に残っていた爪が更に捥がれ、宙を舞う。しかし、いくら追い詰められようがこの空間の魔物の意地かそれとも更に腕が捥がれたことで逆に冷静さを取り戻したのか敵は再び旋回を始める。今度は流石に初動を止めるには僅かながら距離があり、遠心力を纏った渾身の尾が鞭のようにしなりアーロンに迫る。当然、アーロンは獣の様な叫びをあげながらグレートソードをぶつけるが流石に体重の差も大きく、ダメージこそ受けることはなかったが軽く吹き飛ばされ、距離を取られてしまった。


「――――!!」

己の手ごたえと少し距離が離れたことで落ち着きを取り戻した敵は自身が一度、追い詰められたことに激昂の叫びをあげる。その証左に叫び声1つで地が震え、僅かながらに亀裂が走る。

「ウォォォォォォ!!」

しかし恐れる感情も消え去ったアーロンは答える様に叫びを返す。現在の所、押し込んでいるのはアーロンの方だ。相手の爪を2つ捥ぎとり、触手も相手にすることはない。唯一十分に旋回した後の尾は脅威だがそれも防ぐことは容易い。しかし損傷具合であればアーロンの方が圧倒的に不利を強いられている。あらかじめ怪我をしてしまった左腕にわき腹の骨折、そして自身の魔術によって起こされる自壊。当然相手の攻撃も無理やり返したダメージがもろに入っており、皮膚を破って全身から血を流し満身創痍としか言えない状態だ。もし短期で決着を付けることが出来なければ、いやそれこそ後いくら持つのかと思える程に厳しい。理性が吹き飛び、目の前の敵を殺す以外に意識を向けられないが故に戦えている状態と言えるだろう。


アーロンが大地を蹴り、離された距離を詰めに掛かる。踏み出すごとに足からブチブチと肉が裂けるような音が響き、足跡は赤く大地を染める。しかし、今度は敵が行動の方針を変えてアーロンを迎え撃つ。半分になった爪と足止めにもならない程度ではあるが触手を振り回し、更に自身は後退しながら距離を必死に開け続ける。

その戦い方はアーロンの状態に気が付いているとしか思えず、そしてあまりにも堅実な戦い方にアーロンは攻めているのにも関わらず少しずつ追い詰められる。

何度かは肉薄しきれるがやはりその度に回られ吹き飛ばされてしまう。

(グガ・・・クソガ、足りねぇか)

三度離された後、体の限界か、はたまた魔術が切れ始めたのか途切れ途切れに思考力が戻り始め自身の身体から力が薄れ始めるのを感じる。痛まない場所など無く、自殺してしまいそうなほどの激痛が全身に湧き上がるのを感じる。

(チクショウ・・・俺もここまでか)

諦めが足元からじわりじわりと身体を飲み込むようにして這い上がる。そしてまだ魔術が辛うじて効いているにも関らず膝を下りそうになった時だった。

ピュンという音の後にカツンとここ最近で聞きなれた弓の音がアーロンの耳に入る。

「ハァハァ・・・諦めないでよ、アーロン!!」

後方から最近聞きなれた少女の声が響く。

「冒険者は諦めない!絶望の中でも生きて帰る事を諦めない、そうでしょ!」

どう考えても虚勢を張ったような震えた声色だった。しかしその声はアーロンの折れかけた心にはよく響く。

(そうだったな、たかがこの程度の絶望で膝を折るのは格好もつかない・・・)

「俺も年を取ったもんだ」

8割ほど戻って来た理性で言葉をはく。

「行くぞ、エンリータ。やることは同じ、俺に加速の魔術を掛けてお前は弓を打つ。いいな」

もはや感触が無い足を立たせ最初と同じ言葉を並べながら敵を睨む。

幸運な事に未だ警戒からこちらに近づくこと無く佇む敵を睨む。

『闇精よ、願うは獣の王、』

そして震える口で消えかけとはいえ効果の残る身体にも関わらず魔術を唱え始める。


通常、魔術は効果が切れない限り2つ発動することは出来ない。何故ならば2つ以上魔術を重ねてしまうと術式が干渉しあって必ず暴走してしまうからだ。一応位の高い魔術師であれば2つの属性を重ねて魔術を行使することは出来るがそれは2つの属性で1つの魔術として扱うからに過ぎない。ましてや当然ながらアーロンにそれは出来ない。


『悟性を対価に血塗られた牙と爪』

(暴走程度なんの問題があると言うのか、もとより肉体を暴走させ強化する魔術。なら問題など無い)

静かな内心とは裏腹に明らかに本人の制御を離れた魔力の奔流が荒れ狂う。当然、全身に凄まじい衝撃と痛みが激流となって頭に流れ込む。しかし、精神が肉体を超越して覚悟を決めたアーロンの行動を妨げるには至らない。

『矮小なる身に撃滅の力を与えん』

魔力の渦は周囲を削り、空間も軋ませる。そのあまりの凄惨さに敵もたじろぎ、近づこうとも動くことが出来ない。

『我こそは破滅を歩む者なり、我が名はベルセルク!』

詠唱が終わり、吹き荒れた魔力がアーロンの身体を中心に固まり一瞬の静寂が生まれる。直後、山でも崩れたのかというほどの轟音と衝撃が巻き散らかされる。

そして土煙が風に流された後、アーロンが立っていた場所はクレーターを作り残留した魔力が周囲を電撃のように爆ぜる。中央には上半身の鎧が弾け、半身を晒したアーロンがグレートソードを杖のようにして携えて立っている。

爆発の影響だろうか全身から血を流し、怪我をしていない箇所を探す方が困難と言える様相。傍から見ていたエンリータが思わず死んでしまったのではないかと思うほどの見た目であり、とても戦えるようには見えなかった。

「アーロン・・・?」

思わず零れ落ちる様にしてエンリータが名前を呼んだ瞬間、アーロンは目を開き、今まで一番の咆哮をあげる。とても人の物とは思えないその咆哮が響いたと同時にアーロンが敵に向かって踏み込んだ。それは駆けると言うにはあまりにも速く、まるで流星のような速度でアーロンは一直線に敵に接近する。

「――――

」敵も目に追えなかったのだろう唖然とでも言うべき声をあげた直後、魔物の甲羅の前部分が切られ、吹き飛ぶ。敵は慌て、我武者羅に爪を振るうがアーロンがそこに手を置けば威力を完全に殺され、止まってしまう。己の理解の範疇を越えてしまったのだろうか敵はアーロンが前にいるにもかかわらず動きを止めてしまった。

「     」

もはや人語ではない声をあげながらアーロンはグレートソードを両手でしっかりと持つと先程切りとばし、露わになった胴体に目掛けて棒でも振るかのように振る。教会の大鐘を叩いてもこれほどの音はしないだろうと言うほどの音が両者の間から響き、敵はその巨体ごと宙に浮かされる。アーロンはそれを見ると自身も追撃するかのように地に足を踏ん張らせ身を屈める。その瞬間ようやく呆けていた時間から戻ったのであろうエンリータの強化魔術が付与される。傍目にはあまりにも微妙な強化ではあるがそれでも確かに強化されたその足でアーロンも宙に向かって跳ぶ。そして吹き飛ばされた敵よりも少しだけ高く跳んだアーロンは無様にも腹を上に向け、抵抗することが出来ない敵の腹にグレートソードを力強く叩きつけ、身を切りながら落下する。

「――――!!」

「    」

両者の絶叫を周囲に響かせながら凄まじい速度で地にぶつかり再び土煙を撒き散らし、そして静寂が訪れた。


「アーロン・・・?」

戦闘に参加するなどとは考えることも出来ず、遠くから魔術を掛けた後、見守っていたエンリータは未だに晴れない土煙に向かって声をかける。

(どうなったの?)

エンリータには気配を読むことや土煙でも見通すような技量はない為に結末がまだ分からない。

「行かなくちゃ・・・」

自身の限界まで魔力を振り絞り魔術を行使した結果、未だに震える足と直撃こそないが吹き飛ばされ、打ち付けた全身を引きずりながらエンリータは落下地点に向かう。


エンリータが落下地点に何とかたどり着いた頃にようやく土煙が晴れる。地面は落下の衝撃のせいで削られ、魔力の残滓が僅かに残るのが目に見える。そしてクレーターの中央、最も破損が酷い部分にアーロンは立っていた。全身を赤、いや黒に染めて蒸気を身体から噴出させ、グレートソードを振り下ろした形で硬直している。もはや立っている事が奇跡と言ってもいいだろうという容貌で両足とグレートソードでたまたま支えられていると言った感じであった。

「アーロン!!」

エンリータはアーロンの状態に身体の痛みも忘れて駆け寄る。敵は既にその姿を消しており、恐らく最後の激突で死んだのだろうという事は分かるがアーロンもまた死んでしまったのではないかとエンリータの胸中を不安に染め上げる。

「アーロン!死んでないよね!?」

必死に声をかけ、彼の腰のあたりを掴んで揺する。

「・・・・なん、とかな」

虫の羽音よりも細く、死に際の老人の様な声でアーロンはエンリータに声を返した。

「よ、良かった~、いや駄目?と、とにかく治療しないと」

エンリータは慌ててそう言うが道具の入った頭陀袋は無く、身に着けていた薬なども瓶が破損するなどで手元にはまともなものが一つもない。

「あ、な、なにもないや・・・ど、どうしよう!?」

焦燥ばかりが募るが当然、求める物も手立ても出て来ることはない。

「あわ・・・てるな」

途切れ途切れの声でアーロンはエンリータに声をかけると力が抜けたのか地面に倒れ込む。

「で、でもこのままじゃ・・・」

歯がゆいのだろういつもの陽気な雰囲気の一切も無く悔しそうな顔をエンリータは浮かべる。

「俺、達は・・・やるべき、事はした・・・なら、待つだけだ」

アーロンはエンリータにそう声をかけると目をつぶる。

(頼むぞ、英雄様よ)

より悲壮感に溢れる慌てたエンリータの声を最後にアーロンはその意識を闇に落としていった。



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