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アーロン  作者: ラー
一章
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三話

翌日、空調の為に付いている小窓から帝都の喧騒が聴こえて目が覚める。シーツの下の藁をガサガサと音をさせながら体を起こし、身体を伸ばす。箱の中に藁を敷いてシーツを被せているだけとはいえ、土の上で周囲に気を張りながら眠るのと比べれば格段に目覚めが良く、心身共に調子がいいと感じる。エンリータはまだ寝ており、もう少し寝かしておくことに決めて出かける準備をしておく。昨日の食事の後、エンリータは行くとこも帰る所も無い為に暫くアーロンについて行きたいと言った。長い事1人で冒険者をしていたアーロンとしては面倒とは思う。しかし成り行きとはいえ拾った身ではあるし、自分も低ランクだった頃に先達に助けてもらったことも多く、またギルドの方でも低ランクの者を高ランクの者が手助けするのは推奨されているため共に行動することに決めた。


今日は、ギルドで指名依頼の内容と、先日遭遇した野盗と周囲の情勢を聞かねばならない。そのうえ、装備品も一通り鍛冶屋に見てもらうために出向かわなければならない。簡単に衣服を整え、エンリータを起こす。

「おい、そろそろ起きろ。俺は先に食堂に下りているから早くこいよ」

そう声をかけるば「ふわぁい」と眠たげな声で返事が返ってきたため、ドアの近くに鍵を掛けておき、食堂に向かう。思ったよりも遅くに起きてしまったせいか食堂は閑散としており、昨日と同じ従業員が暇そうにカウンターに肘をかけていた。

「あれ、アーロン随分とゆっくりな起床ね」

「あぁ思ったよりも疲れていたらしい。この様子なら外で食べた方がよさそうだな」

「うん、さすがに朝はもうないよ」

女が苦笑しながらそう言ってくる。取りあえずエールだけ頼み、エンリータが来るのを待つ。


暫くすると目をこすりながらエンリータが階段を下りてきた。

「おはようアーロン」

欠伸混じりにそう言う彼女に外へ飯を食いに行くことを伝え、エールを呑み切ると連れだって外へ行く。

「一旦、軽く胃に入れてから俺はギルドに行くがお前はどうする?やりたい事があれば別行動でも良いぞ」

「ん~特にないから着いてくよ」

会話をしながら帝都の入り口の方にある屋台通りに向かって行く。屋台通りは相変わらず人が多く、通りの左側では食べ物の屋台が軒並んでおり、肉や魚が焼ける匂いや大釜で煮られているシチューの香りが漂ってくる。アーロン達は1つの屋台の下に近づく。そこはアーロンの身長より大きい円形状の網の上に肉や魚が所狭しに置かれ、下から炭で焼く大きな装置が置かれている屋台だった。

「店主、鳥肉メインに適当に頼む」

「あ、ワタシは豚!」

調理中の店主に声をかけて金を渡し、屋台の椅子に腰かける。店主は気風のいい声で返事をした後、木皿に料理を盛り付けていく。渡された木皿の上には蒸かした芋をつぶしたものと鳥の腿肉が骨付きで焼かれたものが盛り付けてあり、鶏肉は様々なハーブと香辛料がまぶされ、皮はパリパリで漏れ出した油が黄金色に輝いている。アーロンは手で鶏肉をつかむと勢いよく齧り付く。パリパリの皮が口の中で良い音をたて、身は噛んだ瞬間に旨味を含んだ油と濃い目につけられた味が口の中で弾け、噛めば噛むほどその味が広がり多幸感が広がる。続けざまに芋を口に運ぶ。こちらは逆に味は強くなく、芋本来の素朴な味がさっきまでの暴力的な味と混ざり、落ち着きをくれる。そうして交互に口に運びながら食事を終え、木皿を店主に返し、来た道を戻りギルドに向かう。


ギルドの扉を開け、カウンターに向かう。朝一番の忙しい時間を抜けている為、比較的空いており、カウンターにいる職員にカードを渡し、昨日の依頼の話を聞くための手続きをすると2階に通された。部屋に入り、座って待っていると資料を抱えたギルド職員が入って来た。

「お待たせしました、それでは説明しますね」

職員は持っていた資料を机に広げながら話し始めた る。

「今回はアーロンさんに指名依頼ですね。依頼者は、ヘンドリーナ、内容は物品の収集ですね」

「物品の収集?」

「はい。ただ、どういったものかは直接話したいとの事です。あ、でも特に違法性とかはないと思いますよ。依頼主のヘンドリーナさん帝国所属のランク8冒険者さんですし」

アーロンはその言葉に少し驚いたように目を大きくした後、顔に困惑を浮かべ聞き返す。

「は?俺よりもランクが高い冒険者がなぜ俺に依頼を出す?自分で出来るだろうに」

ランク8の冒険者、それは災厄を退ける程の力を持った者にしか与えられない階級だ。大陸全土で見ても5人程しかおらず、ヘンドリーナもかつて邪龍を単独で退け、倒した人物だ。それはランク7であるアーロンからしてもどっちが化け物か分からないとしか言いようがない。

「さぁ、そこまでは分かりません。でもヘンドリーナさんはこの帝国ギルドと契約していますからね。あまり遠くに本人が行くのはギルドとしても難しいでしょうし、その関係ではないでしょうか。まぁ、強制ではないですし興味があれば集団墓地の近くにある精霊教会まで来てほしいらしいです」

実際依頼の資料も簡単な事しか書いておらず、今伝えられたことに加えて教会にいる時間帯が書かれているだけだった。

「まぁ、分かった。こっちで確認後にギルドに伝えよう。それと別件で聞きたい事がある」

「良いですけど、なんです?」

「帝都付近のサビオ森林の浅いとこにイリシィオ小国の騎士崩れらしき人物が野盗に混じっていた。あの国は戦争の後、長い間首都の門を閉じきって出ることも出来なかったはずだ。なにか動きがあるのか?」

回収した剣を出しながらアーロンが尋ねるとギルド職員は眉間にしわを寄せ、手を口に当て考え込む。

「確かにイリシィオ小国の軍刀に似ていますね・・・それに野盗に騎士が混じっていた・・・それと関係があるかはまだ分かりませんがここ暫く帝国の地方でヒューマンを中心に年頃の子供が誘拐されたと言う情報が増えています。前からイリシィオ付近では人が消えることが多いとの情報もありますので、もしかしたらまた、あの国が何か起こそうとしているのかもしれませんね。ただギルドとしては依頼が無ければ動けないですし、そう言ったのは基本的にそれぞれの国の管轄ですしねぇ」

そう言うとやや眉を下げ困ったような表情をする。

(ふむ、ギルドでも大して情報は無さそうか?それとも上が止めているのか・・・)

やはり、少々きな臭い。今後、この近辺で仕事をするなら気を付けなければないと心に留める。

「分かった、まぁ何かあれば俺の方からもギルドの方に情報を渡そう。新人が狙われることもあるだろう。それに勢い余って突っ込んでいくやつもいるかもしれないからな」

アーロンは立ち上がりながら言う。ギルド職員も立ち上がると一礼して「えぇ、その時はぜひよろしくお願いします」と微笑を浮かべながらアーロン達が出て行くのを見送った。


アーロン達はそのままギルドの横に併設されている鍛冶屋に武器と防具の手入れを依頼し、精霊教会に向かう。教会は帝都市街の右端の方にあり、道中は良く整備された山道の様になっていて帝都の喧騒も聞こえず、風で木々が擦れる音がするだけだった。墓所の近くという事もあってか人通りもほぼなく穏やかさと一抹の寂しさが混じりあったような雰囲気だった。

「ねぇねぇ、ヘンドリーナさんってどういう人なの?」

歩くのにも飽きたのかエンリータが何気なく聞いてくる。

「そうだな、名前の通り女でな、俺も会うのはこれが初めてだから詳しい事はあまりしらん。だが間違いなく人外に片足は突っ込んでいるだろうな」

「ほへー、アーロンも会った事ないんだねぇ。確か帝都に来た邪龍を倒したんだよね?」

「あぁ、それでランクが8になった。帝都から7日位の所に邪龍の渓谷があるだろう。あそこは、その時の戦いで出来た様なものだ」

「え、それ本当に人が出来る事なの?」

すこし引き攣ったような顔をエンリータは浮かべる。

「だからランク8なのさ」


そうして話しながら暫く歩くと分かれ道に行きあたり、アーロン達は左に曲がる。そこには厳かな雰囲気のする白を基調とした建物があった。正面には大きな扉があり、その上には赤青茶緑白黒の6色で構成された円形のステンドガラスがあり、精霊教会の建物である事を示していた。扉を開け、中に入ると天井は通常の建物の倍以上の高さがあり、4方向に設置されている窓から光が差し込んでいる。椅子の様なものはなく、絨毯が敷かれているだけで簡素なものだった。奥は少し高くなっており、その壁には彼らの信仰する精霊神の絵が描かれている。教会の中は無人で人の気配は感じられず、アーロン達は周りを見渡し、ヘンドリーナを探すがどうやらいないようだ。

「ふむ、時間的にはいるはずだが」

「そうだね、ん~どうする?一旦引き上げる?」

エンリータが小首をかしげながらアーロンに聞いてくる。アーロンがそれに返事をしようとした時だった。

「待たせたな、アーロン殿」

突然、教会の奥から女の声が聴こえてきた。アーロンとエンリータは驚き、声のした方を振り向きつつ思わず警戒させられる。そこには一人の女が立っていた。背丈は平均よりも高く、金色の髪を無造作に下し、パッと見は貴族のお嬢さんがお忍びで街に来たような恰好だったが腰に佩かれた二振りの剣と服の上からでも分かるほどに引き締められ、鍛え上げられた身体に周囲の空気が歪んで見えるほどの気配。まるで獰猛な捕食者がこちらを見ているような圧倒的強者の雰囲気がアーロン達を襲う。こちらの名前を呼んだことと台詞からこの女がヘンドリーナであることは推測がつく。しかしその強者の気がアーロンに警戒を緩めさせることを拒否する。エンリータは完全に怯えてしまい、震えながらアーロンの外套を掴み、後ろに隠れてしまっている。思わず額から冷や汗を流しながらなんとか言葉をかける。

「あんたが依頼者のヘンドリーナ、であっているか?」

「いかにも、私が汝に依頼した者だ。ここに来たという事は依頼を受ける気、とみていいか?」

「それは、あんたの話を聞いてからだ。生憎と今は1人ではないのでね、あとその気を静めてくれ。エンリータが怯えきって話にならん」

生物の原始的な恐れを飲み込み、噛まないよう慎重に言葉を紡ぐ。そう言うとヘンドリーナは軽く頷き、気を静めると何事も無かったかのように依頼の詳細を語り始める。

「汝に依頼したいのは神器の回収、正確に言えば破壊神の神器だ」

「破壊神の神器?」

収まった気に一息吐きながらアーロンは聞き覚えのない言葉に聞き返す。神器は文字通り神が作った物であり、基本は神が気に入った人物へ渡され、その生が続く限り効果をなす道具だ。授かったものが死ぬ、もしくは授けた神自身に剥奪されると神器も消えてしまう上、本人しか使用できない代物であり、別人が回収出来たとしても本人が自在に出し入れできるため意味が無い。帝国の英雄も所持しており、その強さは大陸に住まうものは皆知る所だ。また、所持していればその力から知れ渡らないはずが無く、破壊神の神器と言うのならば何かしらの被害が出ていなければおかしい。また、破壊神は英雄によって100年以上前に討たれ、休眠中のはずであり、その神器があるのは違和感がある。アーロンが思案しているとヘンドリーナは話を続けた。

「破壊神は確かに英雄によって討ち果たされた、しかし神はそもそも不滅であり、それぞれが世界の役割を司っている。ゆえに討たれても長い休眠のあと必ず復活する。そして、本来ならばまだ休眠しているはずだが破壊神の使徒たちが復活を企んでいるようだ」

「破壊神の復活、そんなことができるのか?確かに昔から神の降臨、復活をやろうとする輩は多いが成功したことはないはずだ」

アーロンは訝しみながら疑問を口にする。

「確かに成功したことはない。しかし破壊神の使徒とその神器がそろった上で儀式を行えば破壊神の本体は無理であろうが分け御霊を憑依させるだけならば可能だ」

もっとも、簡単ではないようだがな、とヘンドリーナはため息交じりにつぶやく。

「ちなみに、あんたはそれを何処で聞いた?」

アーロンも冒険者として長く活動しているため、それこそ情報と言うのは沢山集まってくる。高位の冒険者ともなればギルドも好意的なため、それは普通の範囲に収まるものではない。しかし今回のヘンドリーナの依頼の話は聞いたことが欠片もない話ばかりだ。いっそのことヘンドリーナ自身が破壊神をあがめている集団か使徒の手下と言う方がまだ理解できる話であった。

「ふむ、破壊神の使徒といっても一枚岩ではなく、中には破壊神の復活を阻止したい使徒がいる。私はその者と知り合いでな。今回の事を知ったというだけだ、ついでに言えばこの帝国の英雄殿もな」

ヘンドリーナのその言葉に思わず目を見開く。確かにランク8、そして帝国のギルド所属という形をとっているヘンドリーナであれば相手が国であっても影響力はかなり大きい。ましてや帝国の英雄も冒険者であり、ランクは最高ランクの9。縁があってもおかしくない。

「・・・なにか証拠となるものはあるか?あればあんたの話を信じてもいい」

「ふむ、これでいいかな」

ヘンドリーナは懐から一枚の羊皮紙を取り出す。そこには英雄と帝国両方の証が刻まれており、今回の話が本当である事と、その事に対する裁量権を渡す事を証明するものだった。やっと落ち着いたのかエンリータも後ろから顔を出し、羊皮紙に書かれたものを見て目を丸くしている。

「いいだろう、ヘンドリーナあんたの話を一旦、信じよう。ついでに俺に依頼を頼む理由はなんだ?これならあんた自身が動いてもいいはずだ」

「単純だ、汝がどこにも所属していない高ランク冒険者である事と汝がランク7の中では戦闘力で1,2を争う実力者だったからだ。私が動かないのはこの帝国で守りに着く様に依頼を受けていると言うだけだ」

(思ったよりは簡単な理由だったな・・・だが、なるほど自由に動き回れて、魔物に詳しく、最悪死んでも被害を押さえやすい人物って事か)

実際、アーロンは何処にも所属はしておらず、旅人に近い冒険者だ。多くの冒険者は故郷が有り、名声や富が多少あればどこかの国のギルドに所属してホームを構えることも多い。何よりその方がギルドも管理が楽で、冒険者にとっても様々な恩恵が得やすく、生活が安定しやすい。欠点はヘンドリーナの様に強くなりすぎると遠出が難しくなることと政治によって時折立ち寄りにくい国が出来ることぐらいだろう。その点、確かにアーロンは何処にも所属しておらず、死んでもそれぞれの国にとってはさして問題は出ない。

(まぁ、報酬は悪くない。名声には興味ないがこの冒険には興味が湧く)

結局、アーロン自身どこにも所属しないのも冒険を楽しむためでもある。そして今、目の前に普通なら知りようがない冒険への扉があるとすれば危険をおしてでも見てみたい気持ちが勝った。

「分かった、その依頼受けよう」

アーロンは覚悟を決めた顔でヘンドリーナにそう返すのだった。

良ければ評価、ブクマ等していただければ幸いです。

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