十二話
2人が坂を駆けあがった先、やや広場のように開けた場所にその男は立っていた。
周囲の輝きにも劣らない豊かな金色の髪を棚引かせ、右手に簡素ながら良く鍛えられた槍を地に突き立て、その巨躯を覆い隠すような重厚な鎧を纏った英雄エーベルト・エテルニタスがこちらに背を向けていた。
周囲には破壊された建造物の破片が飛び散り、絶命した直後の魔物が転がっていた。こちらに背を向けている状態だと言うのにも重く、膝をつきそうな威圧感に身を包まれる。敵意は感じない、されどもこの雰囲気のせいか知らずの内に額から汗が流れる。
「やはり、お前たちも来たか」
背中越しでも分かっていたのだろうエーベルトはこちらに身体を向け、アーロン達に言葉を掛ける。
「あぁ・・・アンタも来ていたんだな」
1つ、息を吐いてからアーロンは言葉を返す。
「廃城から奇妙な報告が上がり、もしやと思い来てみたが当たりだったようだ」
武器をしまいながらエーベルトはこちらに寄ってくる。
「そうか・・・すまないがこの場所も含めて説明してもらってもいいか?ナニブン初めての事なんでな」
すこし、おどける様にアーロンが言うと「良いだろう、それとここから先は俺に付いて来い」と彼でなければ傲慢にも取れる発言をするがこの状況下ではアーロン達にとってはありがたい話であった。
その後、休息も兼ねて現在居る場所や敵の情報を教えてもらう。
現在、3人が居る場所は破壊神の使徒、ウェルテクスの城らしく、この場所は彼の魔力によって出来た異空間であるらしかった。あまりの規模の大きな話に眉間にしわが寄る。
「そんな事が可能なのか?」
アーロンは思わず口から言葉を溢す。
「使徒はそもそも破壊神が直々に創った存在だ。いわば神の分け御霊、もしくは亜神とでも言うべきだろう。それゆえに可能なのだ。そもそも奴らは人の様に魔力を精霊や術式に当てはめて使うのではなく魔力そのものを操作する。膨大な魔力を限度はあるが想像したように使う事によってこのような異空間を作り上げているのだ。特にウェルテクスは使徒の中でも上位の存在、この程度ならばなんという事もないのだろう」
それを聞き、途方もない存在と下手をすればアーロンとエンリータのみで当たる可能性があった事に気付き、肝を冷やす。
「だが安心するがいい。ウェルテクスは俺が相手をする。流石にお前達には荷が重いだろうからな」
腕を組み、仁王立ちで事もなげにエーベルトは言ってのける。
「そりゃ、有り難いな」
アーロンも流石にこうも実力差がありそうであれば冒険だとか依頼などとは口が裂けても言えない。素直にエーベルトに感謝を告げて次を促す。
「恐らく奴は最上階に居るはずだ」
指をエーベルトは城の頂点を指す。
「そこで、俺が戦っている間、お前たちは周囲の警戒と魔物等が出た場合はそちらの対処をしろ。恐らく大したものは出ないだろう。奴は敵ではあるが誇り高い男だ」
最後の発言にアーロンは少し反応する。
「会った事があるのか?」
確かにエーベルトはかつて破壊神を退けた男だ。それゆえに顔見知りでもおかしくはない。
「あぁ、嘗て俺が殺しきれなかった使徒の1人だ」
少し空を見上げ、過去にでも思いを馳せているのか遠い目を浮かべる。
「殺せなかった・・・?」
この英雄が殺せなかったとは余りにも耳を疑う様な話であった。
「あぁ、とはいえ俺も若かった頃だ。今ならば問題はなかろう。破壊神も眠っている」
そう言うと話を打ち切る様に背をこちらに向けた。
その後、エーベルトの背に続く形でアーロンとエンリータは城への坂道を登っていく。道中に幾度か魔物も出現していたがエーベルトが槍を一振りすれば魔物が風に千切れる雲のごとく蹴散らされ、ほぼ棒立ちの様な形で見守る事となった。アーロンとしては無駄な消耗をすることなく安全に進める事に利益を感じていた上、あの英雄が戦う姿を雑魚が相手とはいえ見ることが出来てひっそりと感動していた。
長く冒険者として活動し、名もあるとはいえ、憧れともいえる存在の背はまばゆい。一方、エンリータもアーロンとは同じように感動する部分もあるのだが実力に開きがあり過ぎてまるで主婦が掃き掃除でもしているようにしか見えてはいなかった。
そうして3人は何事もなく城の正門に辿りつく。
「はぇ~遠くから見て分かってたけど大きいねぇ」
大分気の抜けた雰囲気でエンリータは身の上に手で庇を作りながら感想を溢す。正門は一体何が入る事を想定しているのかと思うほどに高く、鉄製なのだろうか酷く重そうな見た目をしている。取手すらもアーロンの背では届かない、というよりも巨人用なのではと思うほどに高い場所に位置しており、大きさも巨大な城の門にふさわしいと思えた。装飾は華美では無く質実剛健といった感じで城の主の性格が反映されているのだろう。
「さて、準備は出来ているな」
エーベルトが半身でこちらに問いかける。
「うん!ワタシは大丈夫だよ!」
エンリータが右手を元気よく上げながら返事を返す。
「俺も問題ない」
結局、最後までエーベルトが梅雨払いをしてくれたおかげでアーロンも一切の被害が無かった。
「だがどうするんだ?とても開きそうには見えないが」
山の様にして聳え立つ正門を前にアーロンは疑問を投げかける。
「問題ない」
そう言うとエーベルトは顔を前に戻すと巨大な扉に両手を掛ける。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
奮起の声をあげるとエーベルトは両手で正門の出っ張りを掴み、引っ張った。そんな姿に思わず怪訝な顔を浮かべているとズズッという何か引きずる様な音が彼の足元から聴こえ、地面が微震を始める。そして彼が更に力を入れるような動きで引っ張るとどうゆう事だろうかあの巨大な正門が僅かながらに開いた。
「えぇ・・・」
あまりにも非現実的な光景と力技が極まった姿に隣に立っていたエンリータがひいたような声を漏らす。アーロンも目を丸くし、口が開き、唖然とした表情を浮かべてしまう。声を漏らさなかったのは幸運だったと言えるだろう。
「さて、行くぞ」
人が十分に通れるだけの隙間を開いた本人は何事もなかったかの様に城の内部へと入っていく。
「やっぱり、英雄って何か可笑しいんだね・・・」
力なくつぶやかれたエンリータの声がアーロンの耳に響いた。
そうして2人も中に入るとあの正門からは想像がつかないほどに幻想的な光景が広がっていた。外からは壁にしか見えなかったにも関らず壁は一面にステンドグラスが貼り付けられ、室内を七色に照らす。それぞれ宗教画の様な物が描かれており、しかし少なくとも今まで入ったいずれの聖堂では見たこともない絵だった。右側には人に良く似た美男美女が映し出され、絵だと言うにも関らず吸い込まれてしまいそうなほど美しい姿をしている。反対に左側には見るも悍ましい姿をした異形達が描かれる。液体の様な身体に愉悦を浮かべた人の顔、豆の様な形に幾重の触手が生えた緑色の群体、大きな薄汚い毛玉の様なものに包まれた猫の様な顔に疲れ切り血走った眼をした魔物、異常なほどにひん曲がった背骨に皮膚を剥がしたような顔をした異常に長い手足を持つ青い老婆等、通常なら考えられないような者の絵が描かれていた。そして正面、豪奢な階段の上には一際大きいステンドガラスがあり、そこにも当然絵が描かれている。パッと見はグールのように剥がされた皮膚の様な見た目だろうか、しかし各所に大小の赤い目玉が浮き出ており、こちらのすべてを見透かすようにも感じられる。全身は暗い青で手は6つ、そのうち4本は何を意味しているのかはさっぱりと分からないが何かを象っているようだ。残った2本は腹に向かっており、自身の腹を開いている。開かれた腹は人の口を縦にしたような造形をしておりそこだけが黒く、深淵を思わせる。歯の様なものが無いのもそれを助長させるのだろう。背後には黒い太陽の様なものを背負っており、少なくともまともな存在では無い事だけがひしひしと伝わってくる。
「これは・・・一体?」
絵を見つめながらアーロンが溢す。
「これらは使徒の絵だ」
答える様にエーベルトが話す。
「破壊神の使徒、この大陸に混沌と狂気をもたらす先鋒達だ。とはいっても半分ほどは以前の大戦で眠りについたがな」
大戦とはエーベルトが破壊神と戦ったときの事だろう。
「そしてここの主はあれだ」
そう言うと右側にある絵を指さす。
そこには灰色の短髪を後ろに撫でつける様にして纏めた1人の壮年の男が描かれている。深紅の目は猛禽類の様に鋭く、つり上がっており、やや眉間に皺が寄る様にしている為か不機嫌そうな顔にも見える。鼻は高く筋が際立ち、薄い唇は血の気が無い。エルフほどではないが耳も少し尖っている。やや細身の甲冑を纏っており、右手には龍の尾の様な穂先が付けられ、根元には龍の翼を小さくした刃が付いた槍を持っている。
「ウェルテクス、使徒の中でも武闘派で名が通っている。誇り高く、他の使徒よりも話が通じ、闇討ちの様な真似はしない。そして俺が遭遇した中でも神を除けば1,2を争うだろう」
エーベルトは何かを確かめる様にして説明をする。
「・・・大丈夫なんだな?」
英雄は信じているが今の話を改めて聞けば少しばかり不安になる。何よりエーベルトは大戦のおりに使っていた槍を神と相討つ形で失っている。
「言ったはずだ、破壊神の力が弱まっている今ならば問題はない。何より俺が負けることなど無い。たとえ運命が邪魔をしようともだ」
そう言うとエーベルトはゆっくりと上層へと続く階段に向かう。
「ワタシたちも行こうよ、大丈夫だって、きっと」
エンリータがアーロンの前で励ますように言う。
「そうだな、今更引き返せん。行くぞ」
そう言うとアーロンも英雄の背に続いた。
階段はどうやら目的地まで直通になっているようで他の階をわざわざ寄ることもなく3人は無言で歩く。どうやら内部に魔物は居ないのか静寂だけが周囲を包み、それぞれの武器や防具、足音だけが空間に響く。
(それにしても見れば見る程見事な造りだな)
気を抜くわけでは無いが延々と階段を登り続ける作業に気も揺れ、視界に映る城の装飾に目を奪われる。
城はどこを見ても外からの光が黄金の内部を照らす。しかし、嫌味な感じはせず、敵地にも関らずどこか暖か味の様な物すら感じる。それこそ、このような状況でさえなければ何日か掛けてでも観て回りたいと思うほどだ。
「ふぅ・・・」
エンリータも無言で登る作業に疲れているのか時折不満げに息を漏らすが口には出さない。
そうして漸くと言った所で3人の前に扉が現れる。周囲と比べれば地味な扉で大きさも一般的な範囲に収まっている。その扉をエーベルトが開き、続く形で2人も続くとそこは屋上とでも言えばいいのか酷く開かれた場所に出た。
「わぁ・・・すっごい綺麗」
エンリータが思わずと言った感じで溢す。下から見た時と同じように果てしなく続く青空、陽に照らされ燦々と輝く建造物たち。いずれも人間が住む場所ではあり得ない程に美しい景色が広がる。高い所に居るからか風がやや強いがちょうどいい温度で心地が良い。
「まるで浮島だな」
果てを見ながらアーロンも感想を漏らす。どうやら外れまで行くと切れ目があり、パッと見た感じでは雲の上にこの城が建っているようにも見えた。
「呆けている暇はないぞ」
エーベルトの声が背後から聴こえ、慌てて振り向く。彼は既に屋上の中央に位置する城の方に足を向けており、無表情のままこちらに語りかけてくる。
「すまんな、直ぐに行く」
怒っているわけでは無いだろうが彼の言う通り観光に来たわけでは無い。既に歩き直している彼の背に小走りで駆け寄り、気を引き締め直すと城の天辺に向けて目を向けるのだった。
扉の前に立つ。
「ねぇ、これってもしかしてだけど・・・」
エンリータが顔を引きつらせながらアーロンに尋ねる。
「まぁ、似たようなものだろうな」
アーロンも思うところがあるのか渋い顔を浮かべながら答える。
「なにか問題でもあるのか?」
顔だけをこちらに向けながらエーベルトは疑問を口にした。
「いや、少しな。ここに来るまでに似た様なもので酷い目に遭った」
3人の眼前にあるのは扉と言うよりかは転移門である。この空間に来る前に入ったものよりかはしっかりとした造りに見えるのがまだ救いだろうか。
転移門は四角く区切られたボロボロの石材で出来ていた。中央には向かって渦巻く赤、黒、青の色が混じりあう様にして蠢いており、この先の展望を暗く見せる。原理は分からないが周囲は小石などが宙に浮いており、上下に軽く揺れている。
「ならば俺の肩に手でも置くがいい」
事もなげにエーベルトはそう言うと再び前に向いてしまう。大よそ転移酔いの事だろうとは想像はつくが肩に手を置く理由が今一理解できない。
(とはいえ意味のない事は言うまい)
アーロンはそう考えるとエーベルトの右肩に手を掛け、エンリータは背が足りない為に腰の下あたりの鎧を掴む。
「行くぞ」
短くエーベルトが声をかけたのを最後に3人は門の中を潜っていくのだった。




