十一話
遅くなりました
「ふぅ・・・」
息を吐き、アーロンは武器をしまって警戒を緩める。
(奇妙な敵だった。少なくとも既存のゴーストとも魔物とも違いそうだな)
戦った敵の情報を頭で整理するもアーロンにとっても未知であったことから情報が足りず、少なくとも数回は戦って見ない事には全貌は掴めそうにもない。
(だが、倒せない敵ではない。ならばなんとかなるか)
エンチャントを強いられるものの有効打が有る事が分かっただけでもマシである。そこまで考えて後ろを振り返り、エンリータに声をかける。
「おい、無事か」
エンリータはアーロンが忠告を飛ばした際にちゃんと指示に従っていたようで足場の端にしっかりと武器を握ったまま立っていた。
「うん、ワタシは大丈夫だよ。でも変な敵だったね・・・?」
少しばかり首を傾げて彼女はこちらを見る。
「そうだな、しかしこんな場所に居る敵だ、常識の外の存在、ということだろう」
魔術に酷似した攻撃に異形の姿、そしてその死に様と可笑しな点は多い。
「それもそっか。うん、気合入れなきゃ」
納得し切れたわけでは無いだろうが考えても仕方がない事だと切り替えたのか、自身の頬を軽く叩くと胸の前で力を入れる様なポーズを取る。
「問題が無ければ早く行くとしよう。ここにいても良い事は無さそうだ。そう言えばお前はエンチャントか聖魔術、何でもいいがゴーストに対しての有効打は持っているか?」
今後、ゴーストしか出ないとは思えないが今と同じように遭遇してしまう事は確実だろう。
「ううん、ワタシは出来ないなぁ、ごめんね?」
肩を落とし、申し訳なさそうな声色で彼女は項垂れる。
「いや、構わん。もとより加護と階位的にも難しい。ならゴーストは俺が基本当たる。それ以外なら共闘だ」
項垂れる彼女に気にしないと言った風で答え、ひとまずの対処方法を決めて、伝える。
「うん!よーし、頑張るぞ~!」
右手を掲げて張り切る彼女を後目にアーロンは再び唯一の道に身体を向け歩き出した。
その後、2人は淡々と歩を進める。足場がある所以外は黒く、見渡せないが足場がある所は見渡す事が出来る為に迷うという事はない。確かに枝分かれする場所は多いが行き止まりかどうかは直ぐに判断できるようになっており、実質一本道と言える。何より、最初は気が付かなかったが遠くの一番高い足場に何やら闇が渦巻く様にして周辺を固めているのが見える。その周辺だけは夕焼けよりも赤く、血の様な色合いをしている為、良く目立ち、少なくとも何かしらの手がかりがある様に思えた。
「ふん」
その場所を目指しながらアーロンはグレートソードを振るい、敵を狩る。最初は敵の姿も見えず、思ったよりも楽に辿りつきそうに見えたがどうやら新しい足場に移るとどこからともなく魔物が足場や空間から這い出して2人の行く道を妨害する。
ピュンとエンリータが撃ちだした矢が敵のグールの額を撃ち抜き、現在の足場に静寂が訪れる。
「ふう~いや、しつこいねぇ・・・手が攣ってきちゃった」
エンリータが左手をプラプラと振るいながら疲れた表情を浮かべる。
「そうだな、少し休息を入れよう」
アーロンも床に腰を下ろしながらため息をつく。最初の地点からそれなりに進み、目的地の中頃まで来ただろうか、そのお陰で大分全貌が見えてきた。
ここまでの道中は最初に遭ったゴーストを始め、グールやゾンビ等のアンデッドが中心であった。
グールは毛のない人型でつるつるとした肌で全身が覆われており、血管の様なものが全身に浮き出て脈打ち、触ると意外にも筋肉質な体つきをしている。手足の先には尖った長い爪が付いており、俊敏に飛び跳ねながら攻撃をしてくる。
反対にゾンビは全身が腐った果実としか形容できないような黒をベースに緑や赤が入り混じった見かけをしている。グール同様人型だが動きは緩慢な個体が多い。知能も高くなく、動くものや音に反応を示しているだけで静かにしていれば見つからない。しかし、力が非常に強く、痛覚も当然持ち合わせない為に怯むことが無い。過去には龍に匹敵する大型の個体が存在していたと文献にも書かれており、侮りがたいと言えるだろう。幸いにもここに出現するのは小型の為に完全にバラバラにさえしてしまえば手間だが対処は難しくない。しかし、いずれにしても群れを成すためにここまでの連戦でアーロンも消耗していた。
「あぁ、矢も減ってきちゃったなぁ」
休憩中、矢筒を見たエンリータがため息をつく。放った矢の回収は出来る限りしてはいるが何本かは虚空に消えていってしまったために元の3分の2程にまで減っている。
「仕方ない事だ。もし、心配ならダガーも使っておけ」
本音を言えば最後まで弓矢の方が彼女にとって安全ではあるだろうが矢が無くては荷物にしかならない為に今後は節約もしなくてはならないだろう。この空間がどこまであるかはアーロンにも検討はつかない。
「そうだね、数が多く無い時はワタシも前に出るよ・・・」
若干肩を落としながらエンリータは力なく答える。
休憩と食事を終えて2人は再び歩き出す。結局、エンリータも弓よりもダガーを主武器に切り替えたようでアーロンが敵の注目を集めているうちに後ろから近づき、敵の足などを切り付けるなどで支援をメインに戦う。所々危ない場面こそあったがそこはアーロンが敵との間に割り込むなどして何とか無傷のまま2人は目的地出会った足場に辿りつく。
「ふぅ、何とかたどり着いたね!それにしても何というか・・・禍々しいね?」
エンリータが周囲をキョロキョロしながら呟く。
「あぁ、だが魔物の気配はないな・・・恐らく純粋に通路だろうな」
アーロンも周囲を警戒するも見た目以外には可笑しなところは見当たらない。
足場の中心には周囲を取り込むようにして渦巻く入り口らしきものがあるだけだ。
「これに入ればいいのかなぁ?ちょっと怖いかも・・・」
繁々と渦を見ながら彼女はそう言うが目はどちらかといえば好奇心が勝っているようにも見える。
「近づきすぎるなよ、何が有るか分からん」
一旦、休憩も兼ねてアーロンは荷物を置きながら注意を飛ばす。
「序だ、今の内に武器の確認をやり直しておけ。それとこいつも持ってろ」
そう言うとアーロンは荷物から小袋を渡す。
「ん?なにこれ?」
袋を受け取ったエンリータは口を開きながら尋ねる。
「お前の分の薬だ。いいか、緑が止血、赤が解毒で青が魔力剤だ」
丁寧に色で分けられた瓶を指さしながら彼女に説明する。
「この空間の先に居るような奴だ、俺の手が及ばんこともあるだろう。念のために持っておけ。分かっているとは思うがどれも1回分だ。使い時を誤るなよ」
そう言うとアーロンも自身の荷と武器を確認する作業に入った。
一通りの確認と休憩を終えて気力も戻ったのを確認した後、2人は渦の前に立つ。
「先に俺が入る。問題が無さそうならばお前も続け」
アーロンはそう告げ、エンリータが頷いたのを見てから顔を引き締めて渦に向かって1歩を踏み出す。すると急激に身体を引っ張られるような感覚に襲われる。視点はひっくり返り、内臓がひっくり返るかのような衝撃、突然嵐にでも巻き込まれたかと思うほどの揺れに意識を飛ばしそうになる。
(グッ、これは厳しいな)
歯を食いしばりながら目を瞑り、この時間が一刻も速く終わる事を願う。そして遂に意識が強制的に切られるかのような感覚を最後にアーロンは闇に落ちていった。
ズシン、という衝撃を受けてアーロンは目を覚ます。
「クッ、酷いもんだ。死んだかと思ったぞ」
先の衝撃からどうやら倒れ込んだか、少し上から落とされたかと考えながらまだ気怠さの残る身体を引き起こす。
「それにしてもここは・・・」
そのまま言葉を紡ごうとしたアーロンは見えた景色に絶句してしまう。
そこはさっきまでと違い、光に溢れた空間だった。朝焼けの様な光が降り注ぎ、突き抜けるかのような青空が天を覆う。柔らかく、軽そうな雲が風にゆったりと流され、陽にあたる部分は黄金色に輝いている。視線の先には継ぎ目の1つも無い象牙の様な色をしたタレットが乱立しており、その1つ1つが著名な芸術家が作ったかのように美しい造形をしている。中には折れてしまっているものや、欠けているものもあるが、それもそのように作ったと言われてしまえば納得してしまいそうだった。よく見れば見たこともない大旗が掲げられており、ボロボロな姿のまま風に棚引いている。タレット群の中央には何十、いや何百の人が歩いても混まないだろうと思えるほどの大通りが広がっており、そのスケールの大きさに圧倒されてしまいそうだった。更にその先には山と見紛うほどの城が鎮座しており、その城を取り囲むように雑多な建築物が城に続くうねった道に沿って乱立して一見針の山の様になっている。
タレット、門、墓所の様な物、まるで子供のおもちゃ箱のようでそれらは陽によって輝き、並みの宝石ではこの輝きを前にしてはくすんでしまうだろうと思わせる。そして巨大な四角い城の基盤の上には更に煌びやかで、遠目に見ても分かるほどに凝られた意匠が散りばめられた円形の屋根をした塔が建っていた。
「なんだ、あれは・・・」
見たことがない景色に思わず口から言葉が漏れ出す。
「本当にとんでもない所に来てしまったらしい」
目の前の景色に心を奪われていたが少しずつ落ち着きが出始めると空気の違いにも気付く。
「重たいな・・・」
空間全体がアーロンの身体に圧し掛かるかのように纏わりつくような感覚が身を襲う。
(この先に居る者の仕業なのか・・・?だとすれば前回などとは比べものにもならない)
正確な事は分からないが少なくとも自身よりも相当に格が高い何かが居るのは間違いないだろう。自身の頬を叩き、足に気力を持たせ立ち上がる。気を入れなおしたおかげか少しばかり重圧が減った様な感覚がするがそれでも僅かに感じる重みに顔を渋くさせる。
(そういえばエンリータはどこだ?)
思い出し、周囲を見渡せば自身よりも少しばかり離れたところに彼女の倒れている姿が見つかる。
(僥倖だな、ひとまず起こしに行くか)
そうしてアーロンはエンリータの近くまで寄るのだった。
倒れていたエンリータを引き起こし、自身と似た様な反応を繰り返す彼女を宥め、2人は暫しの時間を使って一応の落ち着きを取り戻す。
「いやぁ、渦の中に入ったらすっごく気持ち悪くなっちゃってさ!で、気絶したと思ったらこれでしょ?なんか現実感がないや」
若干目を虚ろにしたままエンリータが早口でまくしたてる。騒ぎはしないがまだ混乱からは抜けきっていないようで正気を取り戻すにはもう少しかかるのだろう。しかし、ここが安全である保障もないためアーロンは彼女を引っ張る様な形で城を目指して大通りを行く。
「それにしても凄い所だよね。エグレイジ大聖堂よりも迫力があるよ」
エグレイジ大聖堂は大陸の北に位置する宗教施設で龍を祀っている場所だ。国ではないが大聖堂の周辺を熱心な信徒やそれを相手にする商人などであふれている為に実質国の様な様相をしている。アーロンも過去に訪れたことがあるが彼女の言う通り、今いる場所はそれよりも豪奢で一種の聖域のようにも思えた。
そんなエンリータの言葉を聞き流しながらアーロンは周囲を警戒しながら進む。
(魔物は居ないのか?しかし、明らかに戦闘を行ったような跡がある。それも最近出来たかのような傷だ)
建築物たちは確かに古くなった事によって壊れた様に思える部分も多いがその中には明らかに何らかの手立てで破壊されたような痕跡が残っている。そうして警戒しつつ城に近づき、城の麓の坂に差し掛かろうかという時だった。
ドカン!!という衝撃音が道の先から聴こえてくる。
「え、な、何かな!?」
今の音で完全に目が覚めたのかエンリータは驚き、周囲をキョロキョロと見渡す。音は未だ継続的に聴こえており、どうやら誰かが戦っているような音が行く先で起こる。
「行くぞ、何かは分からんが手掛かりにはなるはずだ」
そう言うとアーロンは背のグレートソードを引き抜き、いつでも振るう事が出来る様にして駆け出す。
「あ、待ってぇ!!」
背後からエンリータの慌てる声と足音が追従してくるのを聴きながらアーロンは音のする方向へ駆けていくのだった。




