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アーロン  作者: ラー
二章

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九話

朝日が帳の落ちた森を照らすよりも早くにアーロンは目を覚まし、見張りをしていたエンリータと共に洞から出る。魔物が来ないように火を使わずに食べられる物をワインで流し込み、そのまま早々に目的地へ歩き出す。

森は未だに夜露に濡れて深い緑と濡れた土の匂いが鼻につく。森の中にはようやく朧げに陽が差し込み始めている為に歩く分には問題ない。エンリータは昨夜、後半の番だった為に今はアーロンが先陣を切りながら目的地に向かって進む。エンリータも森の中では静かにしながら時折、周囲を見渡しつつアーロンの背を追っている。

そうして幾度か休憩と戦闘を挟みながら陽が頂点に差し掛かる頃、アーロンは突然に足を止める。それに気が付いたエンリータも止まり、少し周囲を見渡して敵がいないことを素早く確認した後、怪訝そうに顔を見上げて「どうしたの、アーロン?」と小声で尋ねて来る。

「あぁ、ここからは森が少し開けるようになる。見ろ」

先の方を指さしながらエンリータの方へ半身振り向く。指の先には確かに深い森の切れ目があり、僅かに獣道の様なものが森の間に上り坂をうねる様にして敷かれている。

「ホントだ。でもそれがどうしたの?」

上り坂ではあるが今まで歩いてきた森の中よりも遥かに歩きやすそうでエンリータ的には歓迎である。それを聞いたアーロンは1つため息を吐きながら喋りだす。

「いいか、確かに歩きやすくはなるが魔物も当然こちらを見つけやすくなる。何より面倒なのが空だ」

そういって今度は指を上に向ける。

「空?」

木々の間を縫うようにしてエンリータが上に目を向けると突き抜けるような空がただ広がっている。

「そうだ、この先は空を飛ぶ魔物が増える。つまり今までよりも警戒する範囲が広がるという事だ」

それを聞いて「あぁ!」と納得したような声をあげる。

「ひとまずいつでも弓を放てるようにだけはしておけ」

そう言うとアーロンは再び進路の方に身体を向けると獣道に踏み出す。

森から出るとやや強めの日差しが顔を照りつける。ずっと木々の陰にいたせいか、いつもよりまぶしさを感じるがジッとするわけにもいかず、ズンズンと坂を登っていく。

そうして暫し歩いた頃だろうか、前を歩くアーロンの耳に何か羽ばたく音が届く。右の手のひらを後ろに出してエンリータに合図を送るとともに背のグレートソードを引き抜く。羽ばたく音はどんどん2人に近づいてきており、遂にその姿を現す。

現れたのは3匹の鳥のようなものだった。人型であり、手に当たる部分が完全に羽になっており、新緑色をしている。そして広げられた羽は伸ばせば大人の男2人分は優にありそうだ。長くうねった茶色の薄汚れた髪を後ろに棚引かせており、風貌は人の様にも見えるがかっぴらかれた瞳に、のこぎりの様な尖った歯を持っている為にそれらが悍ましさを駆り立てる。胸の辺りまでは人のような肌と構造で女性の様に乳房の様なものがあるがそこを境に鳥の様な肉体に変わり、羽と同じ新緑色の毛に全身が覆われている。足は猛禽類の様な大きな鉤爪が付いており、人1人なら容易に掴み去ってしまうだろう。そして何よりも彼らが目の前に現れてから醜悪な臭いが周囲に広がる。全身の毛も不潔さを感じさせるほどに汚れており、臭いから分かる様に血や糞尿が混じったような色が付着している。

ハルピュイア、山岳地帯などの山周辺に住まう魔物で見た目は完全に化け物だが獣神由来の魔物である。

「う、」

アーロンの後ろでややえずく声がする。

(なるほど、会うのは初めてか)

ハルピュイアの臭いを初めて嗅いだのならばえずくのも仕方ないと心の中で思う。しかし、今は敵が前におり、目を爛々と輝かせて獲物たる2人に向けて狙いを定めている。

「おい、少し我慢しろ。直ぐにくるぞ」

そう言うや否や呪文を唱え始める。

『風精よ、願うは旋風、断ち切る風』

アーロンの剣に風が纏わりつく。それを見たハルピュイア達は喉がつぶれた様な耳障りな叫び声をあげながら滑空し、それぞれが足をアーロンに向けて来る。まずは牽制とばかりに風が纏わりついた剣を横に薙ぐ。その軌跡をなぞる様に模られた風の刃が獲物を切り裂かんと飛んでいくが羽を持ち、空を自由に飛ぶハルピュイア達は姿勢を翻し、踊る様に避けて再度滑空する。しかし、そのお蔭で攻撃に時間差が生まれ、敵も密集からばらけさせることに成功する。アーロンは振った大剣を構え直し、一番速く襲い掛かる1匹に向き合う。振り下ろされる鉤爪に身体を横にずらすことで避け切り、それに合わせて大剣を相手の腹をめがけて振り抜く。

流石にここまで接近した刃は避け切ることが出来ず、切られた個体は血と臓物を撒き散らしながら地面に叩きつけられ、勢いのままに転がっていく。それを見ても他の2匹は引かず、まるで仲間の死など目に入らない様子でアーロンの背と左側から同じように鉤爪を伸ばす。攻撃の直後とはいえ、そんな直線的な攻撃が通る訳もなくアーロンは容易く避けていく。攻撃が避けられた2匹は地上すれすれで身体を翻し、両翼で力強く羽ばたくと再び宙へ飛ぶ。

羽ばたく際に生じた砂が目に入らない様にやや薄目にしながらアーロンは空を睨む。その時、後ろからやや間隔をあけて2本の矢がハルピュイア達を目掛けて飛ぶ。

「おえぇ、気持ち悪い・・・」

どうやらエンリータが吐き気をこらえながら追撃を仕掛けたようだった。しかし、状態も視界も優れない中放たれた矢は力が弱く、容易く避けられて山なりに消えていく。

「続けろ、ついでに臭くても離れるなよ。庇いきれん」

肩にグレートソードを掛け、視線は外さないまま声をかける。

「分かった・・・でも後でちょっと時間ちょうだい・・・」

力ない返事が返って来たがどうやらやる気は僅かながらにあるようだ。

ハルピュイア達は矢を射られたことでエンリータの方にも視線がいく。そして先程よりも醜悪な笑みと声で叫ぶと今度はアーロンでは無く、彼女に狙いを定めたようだ。自身を容易く殺せる敵より、弱っている者から狙うのは正しいだろう。実際、エンリータが1人なら即座に捕まるか殺されて彼らの食事に変わり果てるのが結末だ。

アーロンはすぐさまエンリータを庇う位置に付くことでハルピュイアたちを牽制する。反対にハルピュイア達は2人の頭上で様子を伺うように円を描きながら回り始める。

「少し、ジッとしていろ」

そう言うとアーロンは腰を落とし、大剣を引く。それを見た敵の内、1匹が回転を止めてアーロン達に向かって風を送る様にして両羽を羽ばたかせる。瞬間、突風が巻き起こるとアーロン達に向かって吹きつけ、その風に乗ったもう1匹が不規則な動きで滑空を始める。

「うぅっ!!」

後ろでエンリータが臭いに限界を迎えて吐き出す声と地に手を付いた音がしたが気にすることなく迫る敵に照準合わせ続ける。敵はアーロンを中心に回りながら滑空して、その鉤爪を向けて来るがもう少しで射程圏内という所で自身の羽でもう一度羽ばたくと凄まじい勢いで身体を翻し、アーロンの背後、エンリータの方に飛び、足を伸ばした。しかし、そんな事は分かっていたアーロンはしっかりと身体を回し、その遠心力で持って大剣を大きく振る。幸いエンリータが屈んでいたことで難なく、彼女の頭上を通り過ぎ、大剣は飛びかかる姿勢をとっていたハルピュイアの腹にぶつかる。血が掛かると面倒なために刃ではなく、腹で鈍器のように打ち据えられた敵は肉や骨が潰れ、砕ける音を撒き散らしながら砲弾の様にして弾き飛ばされていき、そのまま幾度か木にぶつかり、枝をへし折りながら森に消えていった。

そして最後に残った1匹は分が悪いと感じたのか、忌々しそうな表情と声を吐きながら滑空して最初にアーロンが切りとばした個体の身体を掴むと来た方向に飛び去って行く。

「ふぅ・・・」

小さく息を吐きながら消えていく背と周囲を警戒しながらアーロンは武器をしまう。

「オエェ・・・」

自身の足元ではまだエンリータが地面に手を付きながら吐いていた。

「はぁ・・・」

理解は出来るがそのあまりにもみっともない姿を見てアーロンは先程よりも重いため息をつくのだった。

「ご、ごめんね・・・」

這いつくばるエンリータをなんとか宥め、ハルピュイアの血の匂いがする場所を背負ったまま離れてから休憩を挟み、何とか落ち着いてきた彼女が力なく謝罪を口にする。

「気にするな。俺も初めてあった時は吐いた」

木の陰に腰を下ろしたアーロンが慰める様に言葉を口にする。獣神が生み出した魔物は基本的に動物や人と変わらない。つまるところ食事もすれば睡眠や排泄もする。ただ人は当然後片付けや様々な事に気を遣うがハルピュイア達はそんな事に気を使わない。本人たちの気の荒さと不浄をそのままにして、時にはそれすらも武器やマーキングに使う以上不快な臭いがするのは当たり前だ。

「だが今後を考えるなら慣れる様に努力しろ。せめて吐かないぐらいにな」

ワインで口を潤しながらうんざりした顔をするエンリータに投げかける。

「はぁ、厳しいなぁ・・・」

しなければいけない理由は分かるものの遠い目をしてエンリータは空を仰ぐ。

エンリータの調子が戻ってから再び2人は獣道を延々と登っていく。幸いにもあれ以来、ハルピュイアには出会わず、地を這う魔物にしか会わなかった為、後れを取り戻す様にしてアーロンが前線で大剣を振りながら敵を殲滅していく。そして何とか予定していた地点に日が暮れる迄にたどり着く。

「よし、この辺で良いだろう。今日はここで泊まる」

大きな茸が群生している辺りでアーロンは足を止めて後ろにいるエンリータに声をかける。

「ふう、結構登ったねぇ。疲れたぁ!」

茸の傘の下で身を投げ出しながらエンリータは呟く。無理もない事だろう、ただでさえ登りであるのに魔物との遭遇は増えていく一方で大半はアーロンが刈り取ったものの彼女も弓を撃ち続けたのだ。当然指や胸筋を中心に全身が疲れ果てているに違いない。

「仕方あるまい。あぁだが安心しろ、この先は廃城まで魔物が減る」

「え、そうなの!?」

アーロンの言葉に彼女の死んだ目に光が戻る。廃城自体には魔物がいるが、何故か森の魔物は廃城には近づきたがらない。故に近くに寄るほどに魔物は減少していく。今や誰も住んでいなければ何も無いはずなのに廃城周辺だけを避ける様にして魔物は徘徊するのだ。それこそ自分たちの持ち場は森なのだと主張する様に。

「だから、今日は火を使う」

そう言うとアーロンは鍋を用意して食事を作り出す。

「え、ホント!?わぁ~楽しみだなぁ!」

寝ていた身体を起こしてエンリータがこちらに近づいてくる。それを横目にアーロンは道中で拾った薪を組み立てながら簡易の竈を作り、その上に鍋を置く。鍋の中にそろそろ腐る可能性の高い水を入れ、適当に干し肉や穀物などを突っ込み、火をつける。つまるところいつも通りの鍋である。それでも旅をする内に温かいものを食べられると言うのは間違いなく贅沢であり、癒しだ。実際、エンリータは疲れをどこかに追いやったかの様に気分を上げ、実に楽しそうにアーロンのかき混ぜる鍋の中を覗いている。

そうして出来上がった鍋を2人して胃に掻きこみながら明日の事を話す。

「いいか、明日の昼頃には廃城に着く。そこからは一切の気を緩めるなよ」

楽しそうに食事をするエンリータに釘を刺すようにしてアーロンは忠告する。

「うん、大丈夫だよ。流石のワタシでもそんなことはしない」

すこしむくれた様にしながらエンリータは言い返す。

「付け加えるなら俺からは絶対に離れるな。前回と違い、俺と共に危険域に入る。当然、空気もやることも大きく変わる。約束できるな」

いつもより真剣な表情で念を押す。

「うん、分かってる」

それを見たエンリータも一瞬、動揺は見せるが持っていた皿を置き、至極まっとうな顔をして答える。

「ならいい」

アーロンもその言葉とまだ1年足らずの仲間とはいえ信じることにして短く言葉を返す。廃城への突入前夜はそうして静かに過ぎていくのだった。

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