八話
翌日、2日酔いに呻くエンリータを引きずりながら鍛冶屋で武器を受け取り、彼女の矢を補充する。
「うぅ、頭が・・・」
「自業自得だ。ほら、次は薬品だ」
昼を過ぎても頭を抱えるエンリータにため息を吐きながらここまで来るのに失った物品を露天や店で買い足すために市街をぐるぐると歩き回る。途中で昼飯を済ませた辺りからエンリータも回復し始めたため、何と陽が傾くまでには買い物を終える。
「まぁこんなものか」
持っていた頭陀袋をやや膨らませてアーロンは一息つく。
「はぁ、疲れたぁ~」
道の縁に腰かけながらエンリータは肩を落とし、萎びる。彼女も荷物を膨らませ、本人の状態もあって疲労が顔に出ている。
「休日だからと言って呑みすぎるからだ」
アーロンの苦言に苦笑いを返す彼女を見て再びため息を溢す。買物を済ませて宿に戻り荷物を置いた後、2人は食事を済ませ次第に直ぐに寝る。
そして翌日、2人はギルドの前にいた。
「そう言えばメルクリオさんってどんな人だったの?」
まだ会った事がないエンリータが聞いてくる。
「そうだな、お前と同じミクロス族の男だ」
「へぇ~そうなんだワタシが言うのもなんだけど珍しいね」
実際ミクロス族は一か所に留まり続ける事はしない場合が多い為そんな感想を溢す。
「潜入の様なものだからな、見た目以上に楽しんでるんだろ。行くぞ」
そう言うや否やギルドの門を潜り、カウンターに向かう。カウンターには丁度メルクリオが座っており、声をかける。
「おい、メル、今いいか」
するとカウンターで頬杖をついていたメルクリオは目をパチクリと開きアーロンを見上げる。
「おぉ、アーロンさんか。今日はどうしたんだい?」と身体を伸ばしながら聞いてくる。
「例の件とこいつの紹介だ」
エンリータの頭に手を置きながら答えると「おぉ、なるほどね。じゃ上に行こうか」と言われそのまま先日と同じ部屋に入る。
「ささ、座って。それとそっちのお嬢さんは初めましてだね。ボクはメルクリオ、メルって呼んでおくれ」
「ワタシはエンリータ、よろしくねメル」
簡単に自己紹介を済ませて本題に入る。
「でだ、廃城に付いてはある程度聞いたが新しい情報はないよな?」
流石にないだろうと思うが確認のために聞く。
「流石にねぇ、ないかなぁ。まぁエンリータさんはまだ聞いてないだろうから確認も込めてもう一度説明するよ」
そう言うと廃城の地図を出しながらメルクリオは説明を始める。
「まず、原因不明の黒い煙は廃城の中にのみ発生する。場所や時間は結構ランダムみたいで特に決まっていないみたいだ。で、うちの派遣した冒険者が言うにはどこか別の空間に繋がっている可能性が高い」
地図には至る所に赤い丸が発生地点に書いてあり、確かに出現場所はばらけている。しいて言えば廃城の入り口が多いだろうか。
「あと、廃城で発生している魔物も特に変化はないって話だけど異空間、それもこんな怪しい場所と繋がっているからこちら側に何かが来るかもしれない。この情報ももう7日以上前だから気を付けてね」
廃城は死んだ使徒の影響かやや強い魔物が闊歩する。もし、煙から新しい魔物の出現や既存の魔物が強化されるのはギルドとしても困るだろう。
「因みに廃城の魔物は狩った方がいいか?」
一冒険者として聞いておく。
「うん。でもこれは余裕がありそうならで構わない。出来るだけ所属の冒険者に狩らせたいしね」
軽い口調でメルクリオが返す。それならそれでいいとアーロンは無言で頷き続きを促す。
「で、肝心の入った後なのだけど、基本は君に任せるよ。こちらから指示されても困るだろうしね。勿論報告はして欲しいけども・・・因みにアーロンさんは転移を使える?」
首を傾げながらメルクリオは聞いてくる。
「あぁ、一応な。遠くは無理だが、何故だ?」
転移魔術は意外にもランクで言うならば高くなく4階位もあれば使える。ただ精々10数歩が限界であり、使い道は少ない。アーロンも使えはするがわざわざ唱えるくらいなら走った方が速い。
「いや、脱出のために必要かも知れないらしくてね。ほら、都合よく戻れる入り口がある保証はないからね」
言われればなるほどと思う。普段ならば10数歩が限界だが代償を払いさえすれば異空間からの脱出も可能だろう。特に見知った場所に移動するのは可能か不可能かで語るならば可能だ。
「なるほどな、分かった。胸にしまっておこう」と返事をした時「あの、ワタシは出来ないんだけど・・・」とここまで静観していたエンリータが申し訳なさそうに左手をあげながら主張してくる。
「それなら俺が運ぼう。2人で出るだけなら何とかなるはずだ」
難易度は格段に上がるだろうが恐らく許容範囲。精々一時的に魔力が枯渇する程度で済むだろう。
「うんうん、ならこれで大丈夫だね。それで何かほかに聞きたいことはあるかい?」
一通り打ち合わせが終わり、最終確認をメルクリオはしてくる。
「いや、問題ない。後は俺たちで決めるべきだ。なにより俺たちは冒険者、危険に飛びこんでこそだろう」そう言ってアーロンは立ち上がる。
「そうかい、なら無事を祈っているよ」
その言葉を背に受けてアーロンとエンリータはギルドから出て行った。
ギルドを出てから最後の打ち合わせと準備を終わらせて翌日を迎える。既に宿は引き払っており、2人とも旅装の姿で門をくぐる。
「そう言えばアーロンは廃城に入った事あるの?」
ミヌスの森へ続く道を進みながらエンリータは世間話を始める。
「あぁ、何度か討伐の依頼で入った事がある」
「へぇ、因みにどんな感じなの?結構城の跡が残ってるの?」
「そうだな・・・天井、というよりは上の階層は完全に崩れて1階部分の壁と地下が辛うじてと言った所か」
過去の記憶を思い出しながらアーロンは語る。
「そうなんだ。ちょっぴり残念」
それほど残念そうな口ぶりではないがエンリータが興味を失った様に前を向き直す。
そのまま、適当な会話をしながら1日目は歩き通しでミヌスの森まで歩き、2日目からは森の中を行く。
「いいか、この先は魔物が頻繁に出現する。けして注意を逸らすなよ」
森に入る前にアーロンはエンリータに注意を促す。ミヌスの森はアウローラ王国の近くにある森ではあるが開発は一切進んでいない。理由としてはかつて廃城があったことも原因だがそれ以上に魔物が多く生息しているからだ。廃城まではここから3日も歩けばたどり着くだろうがその間に一体どれだけ遭遇するかは検討もつかない。特に魔物は人を見かければ必ずと言ってもいいほど襲ってくる習性がある為、見つかれば交戦は免れないだろう。おまけに森というフィールドの事もあり、人にとっては厳しい環境だ。付け加えて言うのであれば夜に火を焚くことも出来なければ昼間でも騒ごうものならすぐさま集まってきてしまうだろう。
「うん、大丈夫。流石に怪我はしたくないからね」
普段のエンリータからすれば想像できない位集中した顔で弓を片手にしたまま彼女は返事をする。
「何より結局前の時もおんぶに抱っこだったしね」
どうやら前回の神器の際、自身の力が足りなかった為に潜入はおろか国境付近での魔物との戦闘で後れを取ったのを気にしていたらしい。アーロンからすれば魔物との戦闘は自身のミスであり、潜入もエンリータが役立たずだと思ったことはない。そもそも彼女はまだ若く、冒険者としてのランクも2である。本来であれば都市などからあまり離れていない場所で簡単な討伐や採取をしている時期だ。しかし、本人が強くなりたい、そう思って気合を入れているのに水を差すのも良くないと思いアーロンは無言で返す。どれだけ才能が有ろうが本当に成長できるかは本人のやる気次第だ。それならば見守るのも先達の仕事だろう。そうして2人は森の中に踏み入って行った。
極力足音を立てない様にして森の中を進んでいく。現在はエンリータが斥候として前を歩いており、足跡や木の幹に付いた傷が無いか、或いは最近のものではないか等、調べながら進んでいる。周囲は冬に近づいているせいかやや緑が減って木の葉も減り始めており、視界は悪くない。ただそれは魔物にも同じことが言える。どれだけ注意をしていても遭遇は避けられない。
歩き始めて一回休憩を挟んだ頃、遂に魔物と遭遇してしまう。前を歩いていたエンリータが左手をあげてアーロンに合図を送る。やや、遠い所にヒェロナハスタが4匹屯している。
ヒェロナハスタは全身が薄緑色をしており、背中にカメの甲羅の様なものを背負っている魔物だ。顔は口の部分が尖って嘴の様な形をしており、その中間部分には鼻の様な穴が開いている。目は丸く、毛の様なものは全身どこを見渡しても見受けることは出来ない。2足歩行であり、いくらか長生きした個体や冒険者を殺したことがある個体ならば武器をほぼ確実に持っており、特に槍などの長物を持っているならば魔物特有の膂力と合わせて注意が必要だ。
迂回出来るならばしたいところだが彼らはちょうど獣道の真ん中に位置しており避けるのは難しい。地形も道を外れてしまえば道を挟むようにしてある坂や倒れた倒木、下に落ちた枯れ葉等ばれてしまった場合こちらにとって不利な要因が多い。特に大柄なアーロンでは葉が少ないこの時期、身を隠すのは難しいだろう。
「俺が正面から向かう。お前は坂の上に回って弓で先制しろ」
小声でエンリータにそう告げる。ヒェロナハスタはアーロンからすれば格下だがエンリータにとっては明確な格上。正面衝突は避けながら彼女の経験を積める形を取ろうとアーロンは作戦を告げていく。それを聞いたエンリータは小さく頷くと相手に有利が取れる坂の上に登っていく。アーロンも敵に近づきながらエンリータが奇襲をかけるのを身を隠しながら待つ。
そうして暫し待った後、ヒュン、という短い風切り音がした後、ヒェロナハスタの群れに向かって矢が飛ぶ音が聴こえる。その瞬間、アーロンは隠れていた場所から彼らの前に姿を現す。アーロンの目に映ったのは脳天に矢が刺さった個体とそれに驚く3匹のヒェロナハスタ達の姿だった。
それを見たアーロンは既に抜き終わっていたグレートソードを肩に掛けたまま彼らに近づき、大胆に横に薙ぐ。それなりに力強く薙ぎ払われた一撃は一番近くにいたヒェロナハスタを彼ら自慢の甲羅ごと断ち切った。
突然仲間の2匹が別方向から攻撃されたことで流石に動揺したような動きを見せる。しかし、流石は魔物と言うべきか頭に矢が刺さった個体も含めて目に映るアーロンを目掛けて手にした武器を各自構える。
(流石に頭に軽く刺さった程度では止まらんか)
エンリータの矢に頭を貫かれた個体もダメージこそあるものの、それを気にすることなくアーロンを睨みながら持っていた槍を向けて来る。
魔物は確かに何かしらの生物をモチーフにしたものも多い、だからと言って生物の弱点が致命になるとは限らない。なぜならば魔物の神に生み出された彼らはそもそも人間のように内臓がある訳でもない。彼らが死ぬ条件は自身の許容量以上のダメージを受けた時だけである。
切り払ったアーロンが一歩下がると先程と同じ方向から矢がもう1つ放たれ同じ個体の頭を穿つがやはり倒れない。ヒェロナハスタ達は手にした武器を持ったまま、まずは目の前のアーロンに向かって攻撃を始める。それを見たアーロンは敵の槍を弾き、剣を受け流しながら少し後退していく。当然その間にもエンリータからの援護射撃は飛んできているが敵は意に介することはない。どうやら鬱陶しく思ってはいるが致命傷にならない為に彼らは無視を決め込むようだ。
(なら少し小突いてやるか)
アーロンはグレートソードを後ろに引き、剣先を相手に真っすぐ向ける。そして追撃を仕掛けようとする一番近い敵に対して強力な突きを放つ。突き出された剣先は風を切り裂きながら胸の中央に吸い込まれていく。肉を裂く感触と突き抜けて相手の甲羅を砕く音がして、敵が苦悶の声をあげながらアーロンの一撃に踏ん張ることが出来ずに後ろに吹き飛ぶ。当然、後ろにいた2匹を巻き込み、地面に転がす事に成功する。直接攻撃を受けた敵は既に息絶え、死体に押しつぶされている2匹はそのまま起き上がろうともがく。しかし、そこに再びエンリータの矢が飛び、ついに彼女も1匹を絶命させた。それを見届けたアーロンはまだ無傷な敵にとどめを刺すべく近づいてグレートソードを振りかぶり身体を両断する。敵の絶叫を最後に周囲は沈黙に包まれた。
アーロンが周囲を警戒しながらゆっくりと背に武器を収めていると坂上からエンリータが下りてくる。
「ふう、結構しぶといね・・・」
集中していたせいか額に汗が浮かんでおり、それを拭いながら彼女は感想を溢す。
「お前の適正ではないからな。だがよくやった。1匹は間違いなくお前の手柄だ」
そう素直に彼女をほめる。
「そうかな・・・?まぁそれもそっか。うん、やったぁ!」
最初は自信なさげではあったが納得したのか両手を上げて飛び跳ねる。
「さぁ、早くここを離れるぞ」
敵が絶命する瞬間に叫んだ事によって他の魔物が寄ってきてしまう可能性が高い。そうでなくともそれなりに派手な音を立てている。その言葉にエンリータも慌てて矢を回収し、2人は足早に現場を離れる。
それから幾度か戦闘を繰り返し、身を隠すのにちょうどいい木の洞に入り込み、夜を過ごす。周囲は高い木に囲まれている為に月明りさえも届かず、視界はかなり悪い。流石にこの状況での戦闘はしたくない為に息を潜める。エンリータは先に寝ており、静かな寝息を立てている。
(さて、何事も無ければいいが)
闇の先を睨み付けるようにしてアーロンは見張りを続ける。
魔物には睡眠が必要ない個体が多い。そのために夜をいかに過ごすのかというのは冒険者として必要な技能だ。魔物は基本的に人よりも視覚や嗅覚に優れている。昼間に討伐したヒェロナハスタであれば嗅覚は大したことはないが視覚は良く、集団で動くため範囲が広い。他にも過去に遭ったループスの様な魔物は嗅覚、視覚ともに犬よりも良く、夜目も優れるため非常に厄介と言えるだろう。
念の為に衣服などは泥や土で汚してある為、薄くなっているはずだが油断は出来ない。そうしてある程度時間が経った後、エンリータを起こして見張りを変わる。
「いいか、なにかあればすぐに起こせ。絶対に1人で行動をするな」
小声で強く念押しをする。魔物は勿論、トイレも1人で行くわけにはいかない。意外に思うかもしれないが1人でトイレに行って無防備な所を狙われて殺される若い冒険者は少なくない。魔物もけして馬鹿ではない。不意打ちは基本、先手は必ずとる、周りにあるものは何でも使う。そこは魔物も人も変わらない。アーロンの忠告に無言で頷くエンリータを信用してアーロンは横になる。深く眠る事はないが睡眠はしなければならない。やや不安な気持ちのままアーロンは微睡に身をゆだねた。




