七話
翌日、窓から差し込む光に目が覚める。昨日の酒の影響と久しぶりにベッドで寝た影響か幾分か重い体を揺らしながら少しずつ起こす。
欠伸を1つこぼして周囲を見渡せば、エンリータはまだ眠っているようで小さな寝息が聞こえる。今日は事前に伝えた通り休暇に当てている為、起こすような真似はせずに装備を整えた後、物音を立てずに部屋を出る。
遅めの時間の為か部屋の周辺は静かで他の宿泊客は既に外に出たかエンリータと同じように惰眠を貪っているのだろう。そのまま1階に下りて閑散とした食堂を通りぬけて外に出る。扉を開けた瞬間、天辺に座す陽がアーロンの顔を照り付け、額に庇を作り、雲一つない空を見上げる。
「飯でも食いに行くか・・・」
思わず独り言を溢しながら静かな街並みをのんびりと歩く。
一通り武具を鍛冶屋に預けて最低限の武装だけになった後、賑やかな露天広場を抜けてアウローラ王国の西側に向かう。
アウローラは中央に王族の城があり、その周囲を守り固める為か貴族街が円を描く様にして配置されている。東にはカジノや風呂屋等の観光や娯楽のための区画があり、南はアーロン達が入って来た門と旅人や冒険者、商人たちの為の施設が並ぶ。北は基本的には軍事施設や研究施設になっており、関係者以外は入る事が出来ない。そしてこれから向かう西は多くの国民が住まう様に出来ており、よそから来た人用のものと比べると華やかではないが土地に住まう人向けの店が多く、より牧歌的ともいえる雰囲気が流れている。
アーロンは穏やかな街並みを抜け、更に西に向けて足を進める。すると次第に昼にも関らずどこか薄暗い雰囲気が漂い始め、街並みも退廃的な要望へと変化していく。街を行く人たちの格好も汚れやボロが目立ち、街を行く子供も少しばかり痩せている。
「久しぶりに来たがここも変わらんな・・・」
誰に聞かせるわけでもなくつぶやく。今、アーロンが来たのはスラム街だった。どの国でもどうしても出来てしまうあぶれ者や落伍者のたまり場。それは大国アウローラでも変わらない。とはいえアウローラも少しずつ対応は進めている為に外程治安が悪いという事はない。少なくとも突然に意味もなく殺されかけることは少ない、位の治安ではあるだろうが。
明らかによそ者と分かるアーロンに対して堂々とではないが周囲から怪訝な目を向けられる。しかし、それらを気にすることなくアーロンは更に奥の方へと歩いて行く。
記憶を辿りながらいくつかの路地を回りながら行くと少し開けた道に出る。それなりに奥まったところまで来たためか家屋はボロボロなものが多く、かろうじて家の形を保っている家々が連なり、最奥に周囲よりも大きい建物が主張する様にして建っている。周囲はそれなりに賑わっており、奥の建物からは笑い声が聞こえてくる。近づいて行くと目当ての男の声も混じっており、どうやら運良くいてくれたようだ。立て付けの悪い扉を開き、中に入る。瞬間、一般的な酒場よりもキツイ煙草とアルコールの匂いが鼻につく。店内は薄暗く、屋根に付けたのだろう木の板の窓代わりにした場所から差し込む陽の光が頼りなさげに店内を照らす。そして各所に置かれた大樽や木に板を付けたものを机代わりにして人々が酒や煙草を呑みながら談笑している。壁や周囲の物で綺麗なものは一切なく傷だらけで大喧嘩でもしたのかと勘違いする程雑多としているがその雰囲気とは反対に空気は穏やかなものだ。
スラムの人間にとって酒場は重要な娯楽であると同時に情報を交換し合ったりする場所であり、スラムらしく安価で商品がある為、意外に多くの人間が屯している。入った瞬間に少しばかり注目を集めるが直ぐに興味なさげに逸らされ、空気は元に戻る。酒場の中を見渡し、目当ての男を見つけ、人の間を通りぬけながら近づいて行く。
「また、ずいぶんと呑んでいるな」
アーロンが男に声をかける。
「んぁ?ってアーロンじゃないか!久しぶりだなぁ!まぁ座れよ、今ちょうど一人になっちまったんだ」
声をかけられた男は惚けた返事をして振り向くとアーロンに気付き大げさに喜ぶ。年は30を超えているだろうか、しかしこのスラムには似合わないほど端正で野性味に溢れた顔つきをしている。体格もしっかりとしており、アーロン程ではないが鍛えてあるのが見て取れる。身なりも綺麗ではないが少なくとも中流以上の人間の格好をしている。
「ははは、お前が此処に来るのなんて何時ぶりだ?もう1年以上か。あ、おーい、ワインと適当に食えるもん持ってきてくれ!」
男は楽し気に喋りながら店員に注文を飛ばす。
「相変わらずだなヴェイン」
椅子に座りながら何一つと変わらない男に呆れ交じりのため息を吐く。
「おうよ、それが俺様の良いところだからな!よし乾杯と行こう」
そうして運ばれたワインを片手に乾杯する。
「それにしてもどうしたんだ?お前が此処に来るなんてよ」
会わなかった期間の話を適当にしながら食事をして、腹もくちくなった頃、ヴェインがそう切り出す。
「あぁ、詳細は言えないが今、依頼でここに来てな。ミヌスの森の廃城で起こる怪現象について何か知ってはいないか?」と切り出す。
「ミヌスの廃城ね・・・知ってはいるが」とどこか勿体ぶったような顔でヴェインは顎を撫でるが「代は持ってやる」そう言えばニヒルな笑みを口にして「そう来なくっちゃな!よし話してやろう!あ、ワインお代わり!」そう言って煙草を咥え、煙を吹いたヴェインは廃城に付いて話し出す。
「まず、そうだなぁ、今から結構前になるか。ギルドの方に廃城で黒い煙の塊を見たって報告が入ったんだ。報告した冒険者は気にはなったものの触れることはせず遠巻きに見ただけらしいがな。で、暫くすると消えたらしい」
その時のことでも思い出しているのか眉を歪め、上を見ながらヴェインは言葉を続ける。
「それだけなら見間違いか、はたまたウーノ系の魔物かって話だが、報告してきたのはランク5の冒険者だっただけにギルドも簡単には流せなかった」
ウーノ系と呼ばれる魔物は大陸のどこにでも発生する煙の魔物だ。基本的には自身の中心に向かって流動的に動く煙と言った見た目をしており、体の中心には目の様な器官が付いている。ランクはピンキリで大きいもの程強く、また遺跡の宝箱などのトラップに潜んでいることも多い魔物だ。攻撃手段は物理などには乏しいが煙を吸い込むと麻痺や石化、呪い等の厄介な状態異常を受けてしまう。その上で煙によって酸欠などを起こす為、近距離で戦う戦士には相性が悪い。幸い、移動速度は速くない為、逃げ切る事は難しくないだろう。
「それで、ギルド側は調査したのか?」
「あぁ、もちろん何回か冒険者を派遣させて調べさせたさ」
運ばれてきたワインをなめるように呑みながらどこか楽しそうにヴェインは話す。
「だが、詳しい事は何も分からなかったらしい」
「何もか?」
ギルドがこう言った派遣を出すときは当然その手の調査が得意なものに依頼する。それでも分からないならそれこそ今、アーロンが受けているような神器や使徒に関わるものである可能性がグッと高まる。
「そうだ。とはいっても流石に近づきはしてないからな。遠くから物を投げたり、魔術を行使してみたりしてみたが効果は無かったらしい。しいて言えば『まるで吸い込まれた』っつてたな」
「吸い込まれたか・・・なるほどそれならギルドも簡単には手出しできんか・・・因みにそれが最新か?」
アーロンが頭で情報を精査しながら聞き返すとヴェインはひ一際大きい笑みを浮かべた後、身を乗り出してアーロンに秘密の話をするかのように耳に手と顔を寄せる。
「ここだけの話だが、最近廃墟近くでエーベルト・エテルニタスらしき姿を見たって話もある」
その言葉を聞き、アーロンは目を丸くさせる。
「それは本当か?」
確かに一度自身の前にも現れた経験こそあるが簡単に信じることは出来ない。ましてやエーベルトは冒険者でもあるがここはアウローラの管轄、そう簡単に他国の重鎮が来ると言うのも体面が良くないだろう。
「まぁ、噂みたいなもんだ」
椅子に座り直し、足を机の上で組んで煙草をふかし直すヴェインは半笑いでアーロンを見やる。
「火のないところにはなんとやらか・・・分かった、感謝する」
そう言ってアーロンは机に金を置くと席を立つ。
「お、もう行くのかい?」
「あぁ、今は他に相方がいるんでな」
「へぇそりゃ。てっきりお前はずっとソロなんだと思ってたよ」
意外そうな顔をするヴェインに「俺もそう思う」と適当に返事を返し、店の出口に向かう。
「また呑もうぜ!」
そう声をかけて来るヴェインに後ろ手で返事をして外に出る。
外に出ると陽はやや傾き始めたかと言った具合で宿に戻っても良いが勿体ないと感じさせる。
(休日も久しぶりだと何をしたらいいものか)
ヴェインにもスムーズに会えてしまったため想像よりも時間が空いている。
「ギルドにでも行くか・・・」
先程聞いた情報とは別の情報をメルクリオという職員から聞けるかもしれない。そう考えたアーロンはアウローラのギルドに向けて歩き出した。
アウローラのギルドはアーロン達が最初に通った門近くの繁華街に居を構えている。帝国の様に酒場が併設されていないためにやや小さいがそれでも大人数が入れる位には大きく、3階建てである為にスペースは充分だ。アーロンは中に入り暇そうにしている受付に声をかける。
「悪いがメルクリオと言う男はいるか?」
「メルクリオに用事か?おーいメル!こっちに来てくれ!」
男は席を立ち、カウンターの後ろに声をかける。
「ハイハイ、何です・・・」
すると奥から面倒くさそうにミクロスの男が顔を出す。
「お前に客だ」
そう言って受付をしてくれた男は別の空いている席に座り直してしまった。
「はぁ、でなんのご用事ですか?」
赤錆色の短い髪を掻きながらメルクリオはアーロンの前に座り、眠たげな眼をしたまま要件を促す。
「ヘンドリーナに言われてきた。お前がメルクリオでいいんだな?」
確認も込めて念の為に名前を確認する。ヘンドリーナの名を聞いた瞬間、メルクリオはややビクリと肩を揺らし目をパチクリさせながらアーロンを見やる。
「てことはアンタがアーロンさんか?」
その言葉に頷く。
「なるほどな、いやボクもここに派遣されたばかりなのに客?と思ったけどそういう事か。よし、なら上に行こう」
先程までの気だるげな雰囲気を霧散させながら席を飛び降り、こちらに出て来る。
「着いて来てくれ」
そう言われアーロンは階段を登り2階の個室に入る。
「さて、改めて自己紹介しよう!ボクはメルクリオ。メルって呼んでおくれ」
そう言って手を伸ばしてくる。
「アーロンだ。もう1人連れがいるが今は羽を伸ばしに行っている」
握手を返して席に座る。
「うん、よろしく。で、ミヌスの廃城についてでいいのかな?」
「あぁ、原因不明の煙と神器の可能性について聞きたい」
「よし、じゃぁ説明しよう」
そうしてメルは先程ヴェインに聞いた情報と大まかには同じことを話す。
「てな具合かな。申し訳ないんだけど流石に煙に接触させるのはリスクが高くてね・・・あ、でも多分触れても死ぬようなことはないと思うよ」
軽い口調で話す。
「理由は有るのか?」
不思議に思いアーロンは聞き返す。
「う~ん、一応ランク5の冒険者で魔神の加護6階位の人に調べてもらったからね。見た感じ別の空間に繋がっているらしいよ」
肩を竦めながらメルは返事を返す。
「なるほどな、ならそれなりに信ぴょう性はあるか・・・」
加護の6階位となればかなり高位に位置する。現在分かっているだけで12階位までしか確認されていないことから6なら十分誇るに値する。アーロンでは戦神の加護の為、代価無しでは4階位が限界でそれ以上は代価を支払う文言を含まなければ発動しない。
「そういう事さ、でだ、出来ればアーロンには中に入ってみて欲しいんだよね。まぁ何かあるなら中だろうしね」
事もなげに言い除ける。
「それはギルドとしてか?」
今の所、リスクが先立ち入りたいと言う気持ちが湧かない為につっけんどんに返す。
「いや、神器の依頼の為さ。確証はないけど場所が場所だけにね。どうせヘンドリーナ様の依頼で行くんだろう?ほら、一応報酬は上乗せするからさ、頼むよ!」
顔の前で手を合わせてこちらにウインクをする。アーロンの心情としては面倒だが依頼の事を言われてはどうしようもなく、ため息を吐き渋々了承の返事を返すのだった。
ギルドでの話し合いが終わった後、適当に露天広場をうろつきながら商品を眺め、安売りされていた布などを購入し、序に買い食いをして楽しむ。久しぶりの1人の時間を楽しみ、夕刻が近づいてきたのを肌で感じて宿に戻る。部屋に入るがエンリータの姿は無く、どうやらまだ遊んでいるらしい。とはいえ彼女も1人で物事を考えられない訳ではない為、アーロンは特に気にすることなく風呂に入りに行く。受付で昨日預けた服を受け取って風呂を済ます。そうしてゆったりと時間を使った後、部屋に戻るとホクホクとしたエンリータがベッドの上で足を揺らしていた。
「あ、アーロンお帰り!」
入って来たアーロンに手を振りながら声をかけて来る。
「あぁ、随分遊んでいたな」
荷物を置きながらアーロンが返事をする。
「うん!もうすっごく楽しくってさ!」
よっぽど楽しかったらしい彼女は身ぶり手ぶりでその時の状況を語る。
「はぁ、聞いてやるから食堂に行くぞ」
呆れ混じ入りにそう言うと2人は食堂に座る。それからアーロンは飯と酒を口にしながらエンリータの話を延々と聞かされる。どうやらカジノで上手く行ったらしく小金持ちになった彼女は実に鼻高々に話をする。おまけにいつもより酔っているため話がループするため3回転もする頃にはアーロンもかなり話を聞き逃していた。そうして話し終えた彼女は机に突っ伏してしまい嵐が過ぎ去ったアーロンは無言でジョッキを傾ける。
(ようやく終わったか・・・)
せっかくの休日だったと言うのに最後に要らない気苦労を抱えたアーロンはため息を吐き、夜は更けていくのだった。




