五話
翌日、旅の支度を整えた2人は再び鍛冶屋の前にいた。
「ん~楽しみだなぁ」
顔を緩ませながらエンリータは興味を隠さず、全身で楽しそうに言う。
「腕はドワーフだけあって確かだ。良い物が出来ているはずだ」
そう返しドアを潜る。
中に入ると既にドンガが待っており、その近くには一具の弓が立てかけてあった。
「おう、来たか。ほらよ依頼の品だ」
そう言ってドンガはエンリータに弓を渡す。弓は全体的にすっきりとした見た目をしていて鉄製の割には軽めの印象を受ける。中央の矢を番える部分は矢の安定性を高めるための彫があり、その上下に掴むための穴とグリップが付いている。まだ弦は張られてはおらず片方にぶら下がっている状態だった。
「取りあえず自分で一回調整して来な」
ドンガはそう言うとエンリータに矢も渡して奥の試し打ちが出来る場所を指さす。それに頷いたエンリータは一式を持って奥に消えていった。
「おい、これが金だ確認してくれ」
そう言ってアーロンはドンガに金の詰まった袋を渡す。
「おう、ちょっと待ってろ」
そう言うとドンガはカウンターに座り、金勘定を始めた。
「よし、確かに貰った。で、お前たちは今後どこ行くんだ」
戻ってくるまでの世間話だろうかドンガが話を振って来る。
「ここを出たらアウローラ王国だ」
「そうか。そういやぁ前にアウローラから来た奴がケルタム族の男に襲われたらしい」
「ケルタム族にか?珍しいな。ケルタムに似た野盗じゃないのか?」
ケルタム族はミクロス族などと同じで特定の集落や国を持たない種族だ。特徴として男女の区別なく全員が戦士であり、闘いの中に生きることを至上としている。背丈も他の種族と比べても高く、体も筋骨隆々としていて体のどこかに必ず特徴的な刺青が彫られている。良く知らない者達からは荒っぽいように思われがちな種族ではあるが彼らの闘いは誇り有る物で無暗に闘うことはない。己を日々鍛え上げ、正面から正々堂々と強者を破る。故に野良で喧嘩や野盗紛いの事をするものはほぼいない。ましてや別の大都市には闘技場があり、そこで闘っていればまず食いっ逸れないうえ、駄目でもその肉体を活かした仕事はいくらでもある。勿論冒険者も選択のうちだろう。故に意味もなく襲われると言うのは考えづらい。
「いや、上半身に何も着ず、左半身に刺青、筋骨隆々の身体に高い背、そして右肩に角の肩パットをしていたらしいからほぼ間違いないだろう」
なるほど聞けばその格好は間違いなくケルタム族である。
「ちなみになぜ襲われたんだ」
そうアーロンが疑問をなげる。
「それが、突然声を掛けられて有無を言わせないまま闘いを仕掛けられたらしい。だが特に物も奪われなかったうえに襲われた奴が攻撃されて気絶寸前になると興味を無くしたみたいにどっかに消えたらしい」
ドンガが肩をすくめながら言う。
「良く分からんな・・・まぁ気を付けておこう」
そうこう話していると奥から試射が終わったのかエンリータが帰ってくる。
「ドンガさ~ん!弓、かなり調子いいよ!」
どうやらかなり気に入ったらしい、満面の笑みでエンリータは所感をドンガに伝える。
「そうか」
ドンガはエンリータの感想に素気の無い返事をしながら彼女の喋る内容から改めて弓を見直している。
そうして最終調整を終えてドンガに改めて礼を言った後、2人はドワーフ国の出口を目指す。そのまま外に出るとちょうど陽は頂点にあり、その熱が顔を照らす。この2日間ずっと山の中にいたためか少しばかり強い日差しに目を細めながら空を仰ぎ見る。
「ん~山の中って言うのも新鮮だったけどやっぱりワタシは外の方が気持ち良くて好きだなぁ」
身体を伸ばしながらエンリータがそんな事を言う。
「ドワーフは暗い方が好みだからな。さて、行くぞ」
適当に言葉を返しながらアーロンはアウローラ王国の方へ足を向ける。
「ここからアウローラ王国まで30日かぁ。遠いなぁ」
アーロンの横を歩きながら少し上の方を見つつエンリータがぼやく。
エテルニタス帝国とアウローラ王国の間には大小4つの山脈が連なっている。それを迂回していくのだから当然時間はかかってしまう。そしてこの山脈があるからこそ今までこの2国は大きな戦と言うものは起きなかった。攻め込む理由というものがあまり無かったことが一番の理由だがそれ以上にこの山脈のせいで攻めた方が圧倒的に不利な事も理由だろう。今回、アーロン達が通る道のりにしてもこれだけの距離の補給線を作るのは並みの努力では出来ないだろう。更にエーベルトがその戦に参戦してくれるわけでは無いのもあるかも知れないが。そんな道を2人は急かされる理由もない為、のんびりと歩いて行くのだった。
ドワーフ王国から旅立って15日は経過しただろうか。道中の街で補給を受けたり、山に入って獣を狩って食事にしたり、魔物と戦いながら2人は延々とアウローラ王国に向かって歩いていた。既に格好はかなり汚れており、傍目には浮浪者と勘違いされてもおかしくなかったが長距離の旅をする冒険者であればそんなことを気にする者などいない。実際、道中の村も農耕や牧畜が基本の為に汚れるのが普通の暮らしをしており、アーロン達の格好が煙たがられることはなかった。
「ふう・・・そろそろ半分くらいは来たのかなぁ・・・」
始まりと比べて多少精気が無くなった目でエンリータが呟く。
「あぁ、思ったよりは順調だからな、半分は過ぎた」
既に何度も通ったアーロンは慣れた表情で言葉を返す。アーロンからすればイリシィオ小国への旅の感触からすればエンリータがもう少し手古摺ると思っていたがこの短期間で成長したのか前回よりは遥かに消耗が少ない状態でアーロンに着いてきていた。
この長距離移動が面倒で特定の国に所属する冒険者と言うのも実際多い。旅の間は毎日の様に同じ食事をしなければならず、村で補給を受けようにも不作や他の冒険者たちが既に余剰分を買い取っていれば補給は受けられず、山で採れるか分からない獣、いつ来るか分からない魔物たちと辟易してしまう要素は多い。それに比べれば国のギルド所属ならほぼ安定して仕事があり、遠くても往復10日で帰ってこられるのは魅力的に見えるだろう。
「ふう~ちょっと休憩しない?」
疲れた息を吐きながらエンリータがそう提案してくる。
今、2人は整えられているわけでは無いが通行がある為に開けた街道にいた。両側は小高い木々に囲まれており森の真ん中を切り開いたかのような風景だった。道は平坦で障害になるものはない為、休憩するには丁度いいとも言える。陽もまだ頂点からあまり傾いていないのもあって昼食も兼ねるのも良い時間だ。
「そうだな、ついでに食事にするか」
そう言うと2人は道の端により腰を下ろす。
「それにしても鉄製の弓って初めて使ったけどかなり力強く飛ぶんだね!引くのはまだ慣れない所があるけど結構良い感じ!」
食事の準備をしながらエンリータは嬉しそうに弓の感触を話す。
「そうか、それならドンガも喜ぶだろう。矢はまだ余っているか?」
ここまで練習を兼ねてそれなりに撃ってきた。当然回収や補充もしているが矢が切れるのは弓使いには致命的だ。
「うん、まだ余裕があるから平気だと思う。最悪作れば良いしね」
そう言いながら矢筒を見ながらエンリータは言う。それから他愛もない話をしながら昼食を終えて、身体を休めている時だった。これから2人が向かうアウローラ方面から1人の男が走ってくるのが見えた。高い身長に遠くからでも分かるほどに筋骨隆々。右肩には何か獣の骨が天を衝く様にして飾られている。そして上に服を着ていないせいで見える左半身の刺青。ふとアーロンは出発の日にドンガに言われた事を思い出す。
「噂の襲い掛かってくるケルタム族か」
ぼやく様に口にする。
「え、どうしたのアーロン?」
地面に寝そべって鼻歌を歌っていたエンリータが顔だけをアーロンに向け聞いてくる。
「いや、この通りで意味もなく襲ってくるケルタム族がいると聞いてな。もしかしたらあいつかも知れん」
顎で大分はっきりと姿形が見えてきたケルタム族の男を指す。
「え、それって不味いんじゃ・・・」
身を起こしエンリータもそちらを見やる。
アーロンの目からすれば走ってくるケルタム族の男からは悪意の様なものは感じられない。しかし明らかにこちらを、いや正確に言えばアーロンの方を目掛けて走って来ているように見える。
「ね、ねぇ。明らかにこっちに来てない?」
引き攣った様な顔をエンリータは浮かべる。
「そのようだな。面倒だが仕方ないか」
そう言ってアーロンは立ち上がり体を軽く叩くと念の為、武器に手を掛ける。
そうしてアーロン達から十数歩離れた場所でケルタム族の男は立ち止まる。男はケルタムらしい髪型、頭の左右をそり落として中央部分を逆立てた髪型をしており鶏冠の様に見える。年はまだ20を超えたかと言った年頃で鷲の様に鋭い目からは力強い光を感じさせ全体的に骨格がしっかりとして筋肉質な顔つきをしている。
「おい、お前は冒険者か」
思ったよりも低い声でそう尋ねて来る。
「そうだが、何か用か?」
警戒を解きはしないが圧力的にならない様に返事を返す。
「そうか、ならば俺の為に闘ってもらうぞ」
そう言うや否や腰にぶら下げていたナックルを身に着け、構えを取る。
「オイオイ、そりゃあまりにも突然すぎるんじゃないか?」
どこか呆れを含んだようにアーロンがそう言葉を掛けるがケルタムの男は構えを下ろすどころか既に言葉も介さない。どうやら意地でも闘いたいらしい。
「はぁ・・・」
ため息を吐きながら背中のグレートソードを構える。
「エンリータ、下がってろ」
目の前にいるのはやっていることは破落戸と変わらないが戦闘能力はそれなりにありそうだ。流石に一対一ではエンリータには荷が重く見える。加えて万が一が有ってはこの先に支障が出る。アーロンの言葉に頷きエンリータは素直に後ろに下がる。そうしてアーロンとケルタム族の男は十数歩離れた距離を挟んで相対した。
アーロンは静かに呼吸をしながら相手の出方を見る。
(相手はどう考えてもかなりのインファイター、おまけにケルタムなら魔術は無い)
ケルタム族は先天的に魔術を行使できない。原因は分からないが支援魔術などを受けることは出来ても自分たちで発動が出来ないのだ。
(ひとまず相手が跳びこむのを待つか)
そうしていると相手が先に焦れたのか、息を短く吐くと正面から跳ぶように接近してくる。
「ハァ!」
ケルタム族特有の高い身体能力を駆使して10歩の距離を僅か3歩で埋め、アーロンの前まで踏み入り、腰に構えていた右こぶしをアーロンの胴体に目掛けて打ち込む。並みの戦士ならこの速度で打ち込まれれば反撃など出来ずやられてしまうだろうと言う一撃。しかし、アーロンは落ち着いてグレートソードの腹でその一撃を受ける。
鉄同士がぶつかり周囲に音が響く。当たった衝撃でほんの少し足が後ろに流れるが相手の一撃を完全に受け止め切る。予想外だったのかケルタムの男は少し目を見開くが直ぐに切り替えて後ろに跳ぶ。それを見たアーロンはグレートソードを軽く横薙ぎに振り、軽い追撃を仕掛ける。
(重たいが受けられないほどではない)
魔術が使えないというハンデがあるにもかかわらず突風のような踏み込みに岩位ならば砕いてしまいそうな拳。まだケルタムの戦士としては半人前だろうが一流になる資格をもった男だという事が今の一撃で分かる。
現在2人は再び全力で1歩半と言った所で睨みあう。一筋縄ではいかない事が分かったからか、はたまた狙いがあるのかケルタムの男は両手を顔の前まであげ、軽くステップを踏み様子を窺っている。
(今度はこちらから踏み込むか)
そしてアーロンは動き出す。真正面に構えたグレートソードを握り直し、足を踏み込むと同時に前へと突き出す。剣先は風を切りながら真っすぐと男の腹に向かっていく。男は腕を組み、受け流そうとするが速く、重い突きにナックルの甲側が火花を散らしながら削れる。それに合わせるようにして男はこちらに踏み込んで来ようとするがそれを敏感に感じ取ったアーロンはすぐさま剣を引き、再び男を目掛けて突き刺す。これには分が悪いと思った男は踏み込むのを止めて再び下がる。
本来アーロンの持っているようなグレートソードは対人には向いていない。リーチではスピアやハルバードに負け、重い一撃もハンマーのようなものと比べれば軽くなりがちだ。取り回しも本体の重さ故悪く、持つ人の技量を選ぶ。それでも今、アーロンが優位に立てるのは純粋な実力差やナックル相手というリーチ差もあるが積み重ねられた経験の力だった。
それからもアーロンは距離が空けば突きを主体に細かく攻め立て、相手が無理やり踏み込めば自慢の膂力で引き戻した大剣を薙ぎ、時には体術で持って相手の行動を丁寧に潰す。そうして開始から幾何も経たない内に相手の男は息を切らし、全身の細部に付けられた傷から血を流し膝をつく。何度も攻撃を受けたナックルの右手側は完全に壊れ、左手も壊れる寸前だった。
「さて、まだやるか」
大剣を地面に突き刺しアーロンは男を見下ろす。
「ハァハァ・・・俺の負けだ」
男は息も整えず顔を地面に向け、うなだれる様にして敗北を宣言する。それを聞き、アーロンはグレートソードを背に担ぎ直して集中を解く。そしてなぜこのようにして闘いを嗾けるのかを聞き出そうとした時だった。ケルタムの男は震える足を叩く様にして立ち上がり、アーロンを指さす。
「今回は俺の負けだ。俺の名はヴィクトゥス!お前の名は何だ」
そう言われ、やや面食らうが名を名乗る。
「アーロンだ。さて」
「我が宿敵、アーロンよ!次はこうはいかぬ!俺はいずれ英雄ルクシオンを越えるもの!いずれ貴様も超えよう、さらばだ!」
そう言うや否やアーロン達が来た方に向かって駆けだしていってしまう。人の話を一切聞かないそのあまりにも見事な去り際に思わず唖然として見送ってしまう。
「な、なんか凄い人だったね・・・」
離れていたエンリータが近寄り声をかけて来る。
「あぁ、・・・仕方ない、暫し休憩を取ったら先を急ごう」
アーロンはそう言うと道の端に座り直し、突然始まった騒動の呆気ない終わりに釈然としない気持ちを抱えて休息に入るのだった。




