二話
陽が昇り始め、薄明かりが大地を照らし始めるころ、アーロンはゆっくりと目を覚ます。寝ていた草原はまだ朝露に濡れており、土混じりの湿った空気が鼻をくすぐる。欠伸を1つ漏らす。しかし思考はすでに冴えており、アーロンは起き上がると身体を軽く動かす。野宿はもう数え切れないほどしてきたがそれでも土の上に寝れば多少なりともぎこちなさを覚える。今日中には帝国につき、宿屋で上手い飯と柔らかい布団で眠りたいものだと思わずにはいられなかった。荷物をあさり、ワインとショートブレット、ドライフルーツなどを取り出し食事を始める。もう旅自体も終盤の為かショートブレットはボロボロでパサつきが強く、まるでただ粉を固めただけの様に感じられるがアーロンは気にすることなくワインで流し込む。唯一ドライフルーツだけがしっかりと甘みを口に伝えてくれ、気持ちが安らぐのを感じる。そうしていると寝床からエンリータが呻きながら起きて来るのが見えた。彼女は、少し伸びをした後、アーロンが見ているのに気づいて手を振り「おはよう」と元気そうな声で声をかけてくる。
顔にはまだ少しだけ疲労が残っているものの今日の移動には支障はなさそうだ。そのままアーロンの前までくると座り込み「改めて昨日はありがとう!本当に助かったよ!」と年頃の少女らしい花が咲いたような顔で言ってくる。
「かまわん、襲われている子供を見捨てるほど腐ってはない」
静かにアーロンは言うとエンリータに自分が食べていた食事と同じものを渡す。
「いやいや、ホントに昨日助けてもらっただけじゃなく食事も寝る場所も用意してもらって申し訳ないなって・・・そうだ、今日はこれから帝国に行くんでしょ?そしたらさ、ギルドに貯金があるから返すよ」
しょんぼりしたりワタワタしたりと顔をコロコロと変えながらエンリータはアーロンにそう伝える。
「この程度ならたいしたことじゃないから返さなくていい、所詮予備だ。それにお前はミクロス族だから分かりにくいがまだ子供だろ?だから気にしなくていい」
アーロンが繰り返すようにそう言っても「でも・・・悪いし」と中々納得はしそうになかったが「俺も昔そうやって先達に助けてもらった事が何度もある、だから気にしなくていい」と続けると「わかった」と渋々受け入れたようだった。
(ミクロスにしては義理堅い・・・いや、頑固なだけか生来の気質か)
風の様ともいえるミクロス族にしてはやたら固い性格をしているなとこの時点ではアーロンはそう思う。
そんな事を考えながら、まだぎこちなさが残る会話を交わしつつ簡単な食事が終わると2人は荷物をまとめ歩き出す。空は青く、雲一つない。もう少し歩けば太陽が真上に来るよりも先に大きな街道に出られるだろう、アーロンがそんな目測を立てている時だった。少し遠くに2つの動く影を見つける。アーロンが止まるとエンリータも真横まで来て止まり、同じ方向を見る。
動いていたのはアーロンの腰くらいまでの背丈でちょうどエンリータと同じくらいの背丈だろうか、腰から下は毛で覆われており、蹄の様な足で踊るように動いている。上半身は人間の子供の様であり、服の様なものは身に着けておらず、肩には紐で角笛が背中に吊るされている。顔は丸く、目はぎょろりとしており、口からはギザギザの歯が見えている。
「エブリスか、少し待っていろ」
アーロンはつぶやくと荷物を下ろし、グレートソードを構え、駆け出す。
「え、ちょっと!」
エンリータの少し驚いたような声が後ろから聴こえたが気にすることなくエブリスに真っすぐと駆けていくとエブリス達も地を駆けるアーロンの足音にすぐに気が付き、背中に掛けていた角笛を手に取り、反撃の構えを取る。しかし、そんな動きも気にすることなくアーロンは両手で持ったグレートソードを肩に乗せるように持ったまま近づく。後、数歩で届く距離まで来たところでエブリスの角笛から調子の外れた音がアーロンを目掛けて鳴らされる。
その瞬間、頭が揺らされたような感覚がアーロンを襲うがそれでもアーロンの足は止まらず、易々とエブリスを射程圏内に収めた。角笛の効果が薄かったことに目をさらに大きくしたエブリスにグレートソードが斜めに振り下ろされる。
凄まじい膂力で振られた剣は一切の抵抗を許さず、哀れな獲物を2つに断ち切った。切られた上半身が宙を舞う。そしてそれに目もくれず、振った剣の勢いのまま身体を回転させ、頭の上にまで持ち上げ、残りの一匹に狙いを定め、踏み込み、振り落とす。2匹目も防御も回避も出来ず、その体を縦に割られる。仮に何か出来たとしても結果は変わらない、そう確信を持って言えるほど洗練され、力強い動きだった。念のため周囲をもう一度見渡し、危険が無いのを確認する。殺されたエブリス達は、黒い煙のようなものを宙に昇らせ、唯一彼らが持っていた角笛だけが所在なさげに転がっていた。
「おーい」
エンリータが置いて行った荷物を片手に、いや若干引きずりながらこちらに走って来た。
「アーロンってすごく強いんだね!ワタシ思わず見とれちゃったよ!そういえば、角笛まともに受けていたように見えたけど大丈夫なの?」
エンリータが心配する様にエブリスの角笛には人にとって状態異常を引き起こす効果があり、基本的には魔力を込められた音が脳震盪を引き起こさせ、時には鼓膜を破壊させる。その後、戦えなくなった相手を叩くか蹄で踏みつけるというのが彼らの基本戦術である。
「あぁ、機会がなかったから言ってなかったが俺はランク7だ。だからエブリス程度の攻撃なら問題ない」
エンリータが持ってきてくれた荷物を背負いながらアーロンは何でもない様に言う。
「え、ランク7ってかなり高ランクだったよね?そんなに強かったんだ・・・」
驚愕を顔に浮かべながらエンリータはアーロンの顔をまじまじと見る。
「もう15年は冒険者稼業をしているからな、そのくらいにはなる。さぁ行くぞ」
「あ、うん・・・」
そうして予想通りの時間位に大きな街道に出る。道は馬車がすれ違える程には広く、何度も通ったのだろう轍があり、それなりの頻度で使われているのが分かる。遠くには帝国の城壁が見え、その奥には帝国の城の上部が見えていた。特に整備されているわけではないが、草むらよりも遥かに歩きやすく、目的地が見えているのもあってか足早に街道を進む。途中で商人や他の旅人にすれ違う事も増え、安心できるわけではないが森に比べれば2人の雰囲気は柔らかくなっていた。余裕が出てきたのかエンリータも旅や歌、祭、そして何よりもお喋りが好きなミクロス族らしく度々、アーロンに話しかけ、歌を口ずさみながら実に楽しそうに歩いている。
食事や小休止を挟みながら陽が傾き始める頃、2人はついに帝国の入り口までたどり着いた。帝国は高く堅牢な城壁が帝都をぐるりと囲んでおり、その外周を水の張られた堀が敷かれ、四方にある大門から大橋をかけて渡れるようにしてある。門の下には帝国兵が詰めており、入る者はそこで簡易ではあるが審査を受けねばならない。しかし特にお金を支払う必要もなく、アーロンの様な冒険者はギルドカードを見せるだけで良い。商人であれば荷物の確認や商会の証の提出は要求されるがそう時間のかかるものではなく帝国の懐の広さを感じさせる。もっとも犯罪歴があるものや姿形を変えた者などは門番の近くにある魔道具で直ぐに分かってしまうというのもあるだろうが。
「そういえば、お前はなにか証明書の類はあるか?」
顔を向けて尋ねる
「もちろん!ワタシも冒険者だしね」
彼女は懐からだしたギルドカードを見せてきた。
(ミクロス族なら冒険者で無いはずもないか)大抵の国へと簡単に入れるうえ金も稼げる。戦う力が多少あれば冒険者という選択肢として優秀だ。
「ならいい、さっさと入って宿を探すぞ。もう今日の宿を取るにはギリギリだからな」
そう言って審査をしている帝国兵の下へ向かう。幸いにも時間をとられることなくすんなりと列は進み、審査もカードを見せ、魔道具で簡単な検査をするだけで終わり、門をくぐる。
門の先は出店が大通りに沿って立ち並び、夕方だと言うのにかなりの活気を見せる。一般的な国ではこの時間帯にこれほど出店が立ち並ぶことなどあり得ない。しかし帝国の中心地たるこのエテルニタスでは帝国の英雄の存在と大陸の中央に位置する事から暗くなるまでこの賑わいが途絶えることは無い。近くにはアーロン達もいた広大な森もあり、神による恩恵で枯れることのない森から得られる潤沢な薪を使い、夜でも暫くは松明が大通りには設置されるとあればこの喧騒と繁栄も当然と言えるだろう。そろそろ夕食の時間なのもあってか、食べ物の屋台からはいい匂いが漂う。通りの真ん中は馬車が通ることもある為、空いてはいるもののそこ以外は人が溢れていた。
「さっすが帝都だね、いつ来てもすごい人だかり」
「大陸の中央にあるからな、逸れたりするなよ」
「さすがにそんなに子供じゃないよ!」
エンリータは頬を若干膨らませ抗議するがミクロス族は身長と顔が大人になっても人間の子供の様であり、どこから見ても背伸びする子供の様であった。
「取りあえず宿を取る、ついて来い」
そう言うとアーロンは人だかりをするすると抜けていく。エンリータもその背を慌てて追いかける。アーロンはその雰囲気と長身なことから人混みでも目立っており、見失う事は無かったが背の低い彼女は少し苦労しながら着いて行く。
そうして最も騒がしい出店の通りを抜けると帝都に住む人々の住居が立ち並ぶ場所に出る。先程のような出店は消え、人通りも減り、歩くのには困らなくなった。とはいっても出店から店舗に変わっただけであり、落ち着いて買い物をするにはこちらの方が適しているだろう。
そして2人は1つの店の入り口に立つ。宿屋を示す旗が入り口にあり、中からは楽しそうな声がする。アーロンは手慣れた様子で扉を開いた。中は開けており、数か所に設置された松明台が部屋を照らす。机とテーブルが不規則に並び、いくつかのテーブルではおそらく同業者と思われる人たちが食事や会話を楽しんでいるようだった。右奥側にはカウンターがあり、その奥は厨房だろう、松明の匂いに混じっていい匂いが空腹を刺激する。
アーロンはズカズカと奥に入っていくとそこにもカウンターが設置されており、1人の初老の男が暇そうに座っている。
「おい、今日の宿を取りたい。部屋は空いているか?」
そう尋ねると宿屋の男は面倒臭そうにこちらを見やる。
「なんだ、お前か。運がいいぜ、まだ空いている」
「じゃぁ1部屋頼む」
そう言うと数日分の金額を払い、鍵を受け取る。
「そっちのお嬢ちゃんは初めて見るな。まぁうちの決まりとかはこの男に聞いてくれ」
そう言うと宿屋の男はこちらへの興味を失った様に机に肘をたててぼんやりし始めてしまった。エンリータが困惑気味にアーロンを見るがアーロンは特段気にするような素振りもなくついて来いと促す。
入口の近くにあった階段を上る、そうするといくつもの扉があり、扉の上にはそれぞれ記号がついている。アーロンは鍵と同じ記号の扉を開けて中に入る。部屋は寝る場所が2つあるだけで殺風景ではあるものの片付いており、不快さは感じられなかった。アーロンは、片方の寝床まで行くと荷物を下ろし、腰を下ろす。
「俺は、この後ギルドに荷物を届けに行くがお前はどうする?ここで待っているか」
エンリータも同じように腰を下ろすのを横目に問いかけた。
「あ、ワタシも一緒にいくよ、お金とかあるしね」
「そうか、なら陽が落ち切る前に行くぞ」
そうして2人で宿屋を出てギルドに向かう。ギルドは帝都の中央広場にあり、近づくにつれ中の騒ぎが外にまで聞こえてくる。ギルドには酒場が併設されているうえに扉が消灯までは常に開放されているため丸聴こえになっているのだ。入口の上にはギルドの紋章が誇らしげに付けられており、ギルドの建物自体がひと際大きいのも相まって良く目立った。
中に入ると左側の酒場では冒険者たちが所狭しに置かれた机を囲み、各々が仲間との食事や会話に花をさかせ、酒場の従業員たちはせわしなく動き回っていた。そんな彼らをしり目にアーロンは右側のカウンターに近づく。こちらは反対に冒険者が少なく、ギルド員たちが事務仕事や掲示板の整理などに追われているようだった。そのうちの1つに近づき声をかける。
「すまない、依頼の納品と確認をしてほしい」
そう言いながら品物とギルドカード、そして割印された依頼書を渡す。
「お疲れさんっと、ちょっと待っていてくれ」
軽薄な雰囲気のギルド職員はそう言うとギルドカードを魔道具に置き、そこに書かれた情報と依頼の品物等を確認する。「
よし、確かに受け取った。達成金はこれだ、確認してくれ」
渡された袋の中身を丁寧に数え、必要な分を取り出すと残りを職員に返す。
「残りは預かっといてくれ」
必要なら兎も角金を持ちすぎる意味はない。
そうして諸々の手続きを終えた後、ギルドカードを返してもらう。あとはエンリータの用事が済んだら帰ろうかと思ったとき、作業をしていた男に再び声をかけられる。
「あぁ、少し待ってくれ。あんたに指名依頼が来ている。と言っても急ぎでは無いらしいから明日また来てくれるならそれでもいいがどうする?」
ふむ、と顎に手をやりながらアーロンは思案する。そう言えば道中の野盗の事についても聞きたい事があった。しかし旅の疲れもあり、空腹も強まっていたことも相まって明日に回すことにした。その事を男に告げ、今度こそエンリータにカウンターを譲る。後ろから眺めているのも感じが悪く、彼女に入り口の外で待つことを伝え外に出る。
陽はもうだいぶ落ちており、街の住人達も足早に家に帰る姿が見える。店によってはもう閉めている場所も増えてきた。しかし、さすが大陸最大の帝国だけあって帝都には昼と違った夜特有のにぎやかさが耳に聴こえてくる。そうしてぼんやりと眺めていると、小走りにエンリータが出て来る。
「おまたせ!終わったけどこれからどうする?宿に戻る、でいいのかな?」
「あぁ、腹も減った。さっさと帰るぞ」
そうして2人は宿に向かって歩き出す。宿に着くと来た時よりも食堂に人が増えており、にぎやかさが増していた。
部屋に戻り、設置されたランプに火をつける。独特の獣臭と共に部屋を仄かに照らす。取りあえず旅の汚れを落とそうと思い、アーロンは着ていたチェストアーマーや膝宛などを脱ぎながら「俺は先に水だけ浴びて来るがお前はどうする」とエンリータに聞く。それを聴くとエンリータは少し考えるふりをしながら「ワタシもそうするよ」と準備を始める。
1階に下り、カウンターで水代を払う。ここの宿は、先に部屋代だけを払い、施設を使う時にその都度金を払うシステムだ。だから安く使えもするし好みで色々付け足せるのでアーロンは重宝していた。
水を浴びる場所は宿屋の裏手の小さな庭にある井戸から自分で汲んでそこで身体を洗う。一応、衝立もあるが後ろからはほぼ丸見えになっている。しかし、そんなことを気にする冒険者はまずいない。アーロンも庭に立てかけてある桶に水を汲み、タオルで身体を拭いていく。空気はそこまで冷たくないが井戸水はそれなりに冷えており、思わず身震いをしてしまうが黙々と身体を拭き、汚れを落とす。ついでに旅装の水洗いも済ませる。終われば桶の汚れた水をその辺に捨て、着替えて部屋に戻り、紐をかけて洗濯物を干しておく。
暫くしてからエンリータも戻って来て同じように洗濯物を干してから2人は食事に向かう。
食堂は今なお喧騒を保っていて2人は適当な椅子に座り、従業員に声をかける。
「あれ、アーロンさんお久し振りね。元気そうで何より。そっちのミクロスのお嬢ちゃんは初めましてかな?」
席に来たのは活発そうな女性で、短く切られた赤毛に愛嬌のある顔立ちで鼻にはそばかすがある女だった。
「お前も相変わらずの様だな、取りあえず2人分の飯が欲しい。どうせいつものシチューだろ」
手慣れた様子でアーロンは机に肘建て頬をつきながら面倒くさそうに答える。
「まぁね、でも夜に自分で作らず温かいのが食べられるんだから文句言わないの。飲み物は?」
「俺はエール」
「あ、ワタシも」
話しながら食事代を渡す。
「ん、確かに。じゃぁちょっと待っていてね、すぐに持ってくるから」
女はカウンター奥に声をかけに行った。アーロンは肘をついたまま目を伏せのんびりとしており、エンリータがきょろきょろと周りを見渡しているうちに、料理が運ばれてくる。シチューは湯気が立っており、香りのよい香味野菜がふんだんに使われ、食欲を刺激する。また塩漬けにされた川魚に複数種類の豆類が入っており、食べごたえもあるだろうと感じられる。一緒に付いてきたパンも旅の途中で食べていた黒パンと違い、白ではなく茶色のパンだったが黒に比べればだいぶましな硬さで癖なく食べられる。
「まずは無事にここまで来られたことに乾杯するか」そう言うとエールの入った木のジョッキを軽く持ち上げる。
「「乾杯」」
少しこぼれる位の力でジョッキを合わせる。そうして1口含み、早速とばかりにシチューに舌鼓をうつ。けして上等とまでは言えぬが疲れた体にはこの塩気が強いスープが良く合い、また野菜の力強い香りが口いっぱいに広がる。良く煮込まれた具材たちは柔らかく、あまり噛まずに食べられるのもありがたかった。シチューの後味が口に残っている間にエールを喉に流し込む。エール独特の苦みは舌に心地よく、ハーブの香りが鼻を抜けていく。そうして再びシチューを食べ、パンをほおばりエールを呑む。一仕事の終わりにはこれ以上のない贅沢の様に感じられ、無心に食事をする。エンリータも小柄な外見に似合わず、がっつく様に食べている辺り、さすが冒険者ともいえる。そうして食べ終わり、2人ともエールをお代わりしたところで少しだけ気分の良くなったアーロンは思い出したかのように尋ねる。
「そう言えばお前は明日からどうする?ここまで成り行きで一緒に来てしまったがお前にも都合があるだろう」
それを聞くとエンリータはさっきまでの上機嫌そうな顔を一転して陰らせた。
「ワタシ、今までずっと親代わりの人、カッシさんって言うんだけどその人と旅をしていたの。でもね、アーロンと会う少し前に昔の仕事の知り合いの人に殺されちゃったの、襲ってきた人たちと相打ちになる形でね。ワタシは本当の親も分からないし、カッシさんも死んじゃってホントに1人になっちゃったんだなぁって思ってフラフラしていたらあの野盗たちが悪だくみをしているとこに会っちゃってね、邪魔は出来たのだけどやられちゃってね。で、あとはアーロンも知っている通り」
そういうと下を向いてしまった。親がいない、それ自体は珍しいことでは無かった。いくら国が守ろうと、冒険者がいようと魔物の被害も野盗もいなくなることは無い。実際、アーロンの故郷も10歳の時に魔物の被害で消えてしまった。それから帝国のスラムで生にしがみつく様に、カビの生えたパン1つを奪い合い、雨水をすすり、地べたを這いつくばって生きてきた。昨日まで喋っていた奴が次の日には死んでいることもあったし、煙の様に消えてしまったこともある。冒険者になってからも何度も同業者の死を見てきた、その中にはスラムの子供でも一切隔たりなく1人の人間に育ててくれた恩師の死も入っている。しかし死に慣れたとはいえ、エンリータの過去を憐れまないほど冷めてもいなかった。
「そうか・・・」
エールを口に含みながら憐憫交じりにつぶやくと、エンリータは顔を勢いよく上げる。
「でもね、カッシさんいつも言っていたの!「笑顔で生きなさい。お前の笑顔はみんなを幸せに出来る」って。だからワタシ、悲しくないよ!」
大輪ではないが力強く咲く花の様な笑顔で彼女は言った。それは、確かに人を幸せにさせるような笑顔だと柄にもなくアーロンも思うのだった。