二話
帝都が目覚めると共に2人も目を開き、鍛冶屋に預けている武具を除いて支度と食事を終える。ギルドに向かう途中で武具を回収し、既に同業者で賑わいを見せ始めているギルドに入ると流石は帝都と言うべきだろう、多くの冒険者がクエストボードの前や受付に群がっていた。
「うわぁ、すごい人」
エンリータが思わず声を漏らす。それもそうだろう。やや人族が多いが他にもミクロス族、ドワーフ族、そしてガナル族と多様な種族がおり、そのほとんどが男だ。そもそも冒険者の性質上女性など殆ど存在しない。それゆえギルド内はむさ苦しいともいえる状態だった。
「気にするだけ無駄だ。行くぞ」
そう言うとアーロンは人波を避けながらカウンターに向かう。
「あ、待ってよ!」
迷子にはならないがこの状況で逸れたくはないエンリータは慌ててその背を追う。
暫く列に並びようやくアーロン達の順番が来る。
「はい、帝都ギルドにようこそ。今日は何用ですか?」
一番冒険者が集まる時間だからか比較的に愛想がいい受付の男が声をかけて来る。
「あぁ、これからドワーフ王国を経由してアウローラ王国に向かうんだがなにか配達品はあるか?」
2人分のカードを出しながら手短に要件を告げる。
「そうですね・・・2人での依頼だと、こちらなんかいかかでしょう」
そう言って出されたのは良くある骨董品の配達依頼だった。
「配達先はドワーフ王国ギルド、日数は20日以内。報酬はアーロンさんには少ないかも知れませんが・・・」
「いや、構わない。それを受けよう」
「ありがとうございます。それでは暫しお待ちを」
そう言うと席を立ち、受付の奥に職員は向かう。そして戻ってきた手には一つの木箱があった。
「こちらですね。分かっているとは思いますが扱いには注意してください」
「あぁ、分かっている」
そう言うとカードと依頼表、そして木箱を受け取り、後ろで待つ人の邪魔にならない様に脇に直ぐ退く。
「よし、行くぞ」
そういって2人は帝都の入り口に向かって行くのだった。
帝都を出て2人はやや西気味に南下していく。街道はイリシィオ小国方面と比べて馬車などの通りも多い為か幅が広く取られており、車輪の轍も強く残っている。実際帝都を出てからも数度逆方向から護衛に囲まれた商人たちの集団にすれ違う。
「こっちの道はやっぱり出入りが凄いねぇ」
今回の道は比較的なだらかなためかエンリータも気楽に歩いており、これなら体力も十分に持つだろう。
「あぁ、ドワーフ達との繋がりを強くしたい帝国がきちんと整備しているからな。それでも魔物も野盗も出る。緩めすぎるなよ」
「うん、分かってるよ~」
本当に分かっているのか曖昧な返事だが大丈夫だろうと判断し2人はそのままドワーフ王国に向けて街道をひたすらに進んでいった。
流石、帝国が力を入れている街道なだけあって道中は天気が一度崩れた事以外は何一つとして問題なく2人はドワーフ王国の入り口に着く。
「ふぅ~楽な旅だったねぇ。ねぇねぇあれがドワーフ王国の入り口?」
エンリータが指を指す。
「あぁ、そうだ」
2人の視線の先には大きな山があった。そして山の麓にぽっかりと開いた大きな穴がまるで化け物の口を思わせるように無機質にくり抜かれている。門番だろうドワーフが入り口に立っているものの特に調べることもせず、国に入る商人や冒険者だろう一団を素通りさせている為か帝都と比べて混雑は少ない。
「ねぇ、早く行こうよ!」
そういってエンリータは入り口に向かって小走りに寄っていく。
「はぁ・・・」
その姿に一つため息を吐きながらもアーロンも背荷物を担ぎ直し追う。
2人も特に調べられる事もなく中に入っていく。
「ねぇ、あれって門番の必要あるの?」
全くやる気を感じられない門番の姿にエンリータは疑問をアーロンにぶつける。
「あの門番たちは基本的に軍人に対してのみ取り調べをするためにいるんだ」
ドワーフ王国はどの国であっても中立を保つことを宣言している。また、戦争を持ち込まれることを酷く嫌う性質をドワーフは持っている。もちろん冒険者として活躍する者は多く、力自慢でもある為に喧嘩をすることはあるがそれでももう200歳を超えるドワーフの王が戦争に国として関わる事を徹底的に遠ざけてきたこともあり、その意識が種族に浸透している。それに加えてそもそもが職人気質な種族であり、酒と鍛冶が出来れば他を些事と投げ捨てる一面もあるからだろう。また、種族のルーツとして土精を原初とする為、穴倉などの暗い所を好む性質がある。そんなアーロンの解説をフンフンと相槌を打ちながらエンリータが聞いていると洞窟の様な場所から景色が一気に開けるところまで2人は来た。
「わぁ~!これがドワーフ王国なんだ!凄いなぁ!!」
思わずといった感じで感嘆の声をあげつつその場でエンリータは飛び跳ねる。
「まぁ、かなり特殊な街だからな。俺も最初は彼らの技術に驚いたものだ」
2人の前にはかなり異形な街並みが広がっていた。山の中味をそっくりくり抜いたのだろう洞窟の先は上下に楕円状に空間が広がっている。その中央に何本もの柱のようなものが街を支えており、その上に彼らの街が乗っている。その場所までは吊り橋が掛けられおり、また、そこからいくつか階段や吊り橋が発展する様に掛けられて町が分布しており、まるで巨大な蜘蛛の巣のようだ。空は見えないために全体的に薄暗いが光り輝く鉱石が松明の代わりとして所々に設置されて煌々と空間を照らす。
「この吊り橋ちょっと怖いね・・・」
橋の上を歩きながらエンリータが下を見てぼやく。吊り橋そのものはかなり頑丈に作られており、揺れもほぼない。鉱石の明かりもあって足元も問題ないが橋の下は真っ暗で何も見えず、またかなりの高度がある為に生物としての根源的な恐怖を煽る。
「ふぅー怖かった」
渡り終えて額を拭う真似をしながらエンリータは息を吐く。
「安心しろ、話によれば橋が落ちたことは一度もない」
「そうなんだ・・・因みに人は?」
恐々と聞いてくるエンリータ。
「さぁな。もっとも落ちても気付けん」
そう言うとアーロンは街並みに向かって歩き出す。若干後ろからエンリータが嫌そうな声を出したが気にすることなく、まずは宿屋に向かっていく。
ドワーフ王国の家もまた独特であり、基本的には大きな石をくり抜いた様な家が一般的でそこに住む者の独自のセンスによって形を整えている為、傍目には子供が粘土で街を作ったらこんな形になるのではないかと思わせるほど独創的だ。人種は他の国よりも当然だがドワーフが多い。その為に他種族からすれば頭が混乱しそうになる光景が広がる。それは外にいるドワーフが少ないとかそういった理由では無い。彼らドワーフ、特に男性は皆かなり見た目が似通っているのだ。樽の様なずんぐりとした体形、波打った赤茶色の髪に人では考えられないほどに多くモジャモジャとした同じ色の髭、黒く日焼けしたような肌に鍛冶に最適なのだろう服を皆一様に着こんでいる為に見分けがつかないのだ。これが女性であれば髪飾り等の装飾品で多少は見分けがつくのだが男性は彼らの大雑把さがよく出ている。また、彼らの酒好きな性格からか空間全体にアルコールの匂いが漂っている。尚且つ、そこに鍛冶の鉄と土のような臭いが混じりあってお世辞にも居心地がいいとは言えない空気が充満している。既に何度も来ているアーロンからすれば慣れたものであるがエンリータは初めてであることもあってか少し鼻をしかめながら「なんか凄い世界だねぇ・・・ワタシにはちょっとキツイや」と愚痴を溢す。
ミクロス族は基本的には開放的な生き方と場所を好む性質と風精が原初である為かこのような場所では気疲れもするのだろう。
「2日は最低でも滞在する。慣れろとは言わないが気にしない様に努力しろ」
そうつっけんどんに言うと中央の最も栄えた街並みを抜けて再び吊り橋を渡って行く。その先には此処では珍しく木造で出来た大きな2階立ての一軒家が立っていた。それ以外には建物は無く、聊か淋しくも思えるがその家が建っている場所は土地が少ないせいか逆に収まりがいい。
「ここが宿屋?」
「あぁそうだ。それと安心しろ。ここは他の国の人間しか使わないからかドワーフの癖が無い」
ドワーフ王国は左程大きくなく、ドワーフ位しか住まないがそれでも他国の人間が来るため、その手の人間様に作られた宿屋が今2人の目の前の建物だった。
「良かった・・・エルフじゃないけど多分ドワーフ様式だったら駄目だったかも・・・」
そんな事をエンリータは呟く。
「取りあえず宿屋で用事を済ませたらギルドだ。行くぞ」
そう言ってアーロンは宿屋の扉を開けた。
宿の内装は一般的な様式で特に目を引くようなものはない。入口の先には広い空間があり、食堂兼酒場といった雰囲気だ。中央からやや外れたところには大きな水桶が設置されていて近くに衝立があることからあそこが宿の風呂なのだろう。まだ昼時なこともあってか閑散としておりアーロン達のほかに客の姿はない。奥のカウンターにも人の姿はないが更に奥からはドワーフらしい豪快な笑い声が聴こえてくることから不在ということはないようだ。カウンターまで近寄って奥の人に呼びかける。
「おい、誰か来てくれ」
そう呼びかけると会話が途切れ、上機嫌そうな声が返ってくる。
「おう、お客人か。すまんな」
そう言いながら出てきたのは頬を若干赤らめ、酒の匂いをさせたドワーフの男だった。
「いや、構わん。それより2泊分の宿が取りたい」
「あいよ、あんたはこの宿使った事は?」
「何度もある」そういって金を渡す。
「おぉ、そうか。ふむ、これが鍵だ」
そう言って金を数えてから渡された鍵を持って部屋に向かう。
「おー、部屋もあんまり他の都市とは変わんないんだねぇ」
入った部屋を見渡しながらエンリータがホッとしたように溢す。
「ここは外からの客用だからな」
そう言いながら一旦腰をベッドに下す。
「そういえばワタシの短弓って今日見に行くの?」
「あぁ、といっても相談が主だな。鉱石探しは明日だ」
「そうなんだ。そう言えばこの国の中で集められるって言ってたけどどこにあるの?」
首を傾げながらエンリータは聞いてくる
「ドワーフ王国はギルドの地下に採掘場がある。来るときにも見ただろう、街の下の柱の中にある」
「え、そうなんだ。・・・危なくないの?魔物もいるって聞いたけど」
「そこら辺はドワーフ達の仕事だ。それに加えて俺たちの様な冒険者も入るからな問題はない」
エンリータはそれを聞いて不思議そうな顔をしているが確かに街を支えている柱が採掘場で魔物も住んでいると言うのは地上の人間には理解しにくい部分もあるだろう。
支度を済ませて宿を出てギルドに向かう。ドワーフ王国は街中に階段が多数設置されており、一見迷路の様にも見える。一本の支柱の上に平らな丸い板を置いたような基盤になっている為、増築するには上に行くか宿屋の様に別の支柱に橋を架けるしかないが故の構造だった。物珍しいのかキョロキョロとするエンリータを引き連れギルドの前に立つ。
「ここがドワーフ王国のギルドかぁ。なんか小さい?」
口元に指を当てながらエンリータが首を傾げる。ギルドは精々が家2件分程しかなく入り口も普通の家屋のように見える。辛うじて入り口に彫られたギルドの紋章がなければ分からないだろう。
「この街は酒場が多数あるからその分小さく出来ている。それにこの街に住むドワーフ達もこの中の採掘場に行くだけでギルド自体に用はないからな」
そう言いながらアーロンは扉を開けた。
中に入ると外の薄暗さが嘘のように明るい空間だった。左手には衝立に囲まれた急造されたような談話スペースがあり、その反対に申し訳程度に作られた受付がある。しかし列にはなってはおらず何人かいるドワーフ達も暇そうだ。その受付に向かってアーロン達は向かう。
「おい、配達だ。確認してくれ」
そういって依頼の品とカードを渡し、いつも通りの手続きをこなす。
「聞きたいんだが明日採掘場に行きたい。封鎖されている場所は有るか」
終わり際にそう問いかけると受付のドワーフが蓄えられた髭をいじりながら答える。
「あぁ、今は南が封鎖中だ。東と北は行けるぞ」
「そうか、ありがとう」
そう言って金とカードを受け取り足早にギルドを出る。
「ねぇねぇ、あれって何のこと?」
先程の話が気になったのかエンリータが聞いてくる。
「あぁ、この下の採掘場は定期的に封鎖される」
「そうなの?」
「単純に鉱石が成長するのを待っている。森の木なんかと同じだ」
「あぁ、なるほどね」
納得がいったのか満足そうな笑みを浮かべるエンリータ。その足で2人は鍛冶師が集う通りに向かう。通りはそこらから鉄を打つ音とそれに混じってドワーフ達の怒号が聴こえる。
「うへぇ凄い音・・・耳が痛くなりそう」
耳を押さえるようにして愚痴を溢す。
「暫しの間だ、我慢しろ」
そう言いながらどんどん奥に向かって行く。
そしてある一軒の鍛冶屋の前で止まり、中に入る。扉を開けた瞬間、凄い熱が顔を打ち付け、汗が噴き出るような感覚に襲われる。鉄を打つ音は増しており、長く居れば倒れるか気が狂ってしまいそうな空間でアーロンは大声で店主を呼ぶ。
「おーい!誰か来てくれないか!」
そうすると音は止まないが一人の老ドワーフがこちらに向かってくる。
「なんじゃ、お前か」
仮にも店をやっているにも関わらず酷く面倒そうな声色と顔で語りかけてきたのはアーロンにとってかつて世話になった男だった。




