一話
時間が取れなくて最後までは書けていませんが年末も忙しいので書いたところまで投稿しようと思います。
酒場が併設された宿屋の一角、そこに一組の男女が座って酒を呑んでいた。男の方は短く黒い硬質な髪を後ろに撫でつけており、顔はまさに熟練の戦士といった風貌で、その大柄な体格と相まって厳然とした雰囲気を漂わせているが日に焼けた顔にアルコールの影響だろうか、やや頬が赤らんでいる。しかし、その表情はやや面倒くさそうに歪められており、不機嫌そうだ。原因は彼の正面にいる少女のせいであることは明白だろう。少女は男とは対照的に背は低く、波打った赤茶色の髪をそのまま下しており、また緑を基調とした旅芸人の様な格好をしていた。この大陸に住まうものならばその民族衣装で分かる様にミクロス族だ。彼女も健康的に日焼けした顔をアルコールで赤らめながら酒の入った木のジョッキを左手で掲げ、大きな声で何やら駄々を捏ねているようにも見える。幸いにもここは酒場、他の客も酒に酔いながら大声で騒いでいる為、少女の声を気にする客はいない。その光景は実に大陸最大都市であるエテルニタス帝国の夜に良く馴染んでいた。
「おい、流石に呑みすぎだ」
アーロンは自身の持つジョッキを空にしながら気怠いまなざしでエンリータに忠告する。
「アハハハハハ!まぁ、いいじゃん!せっかく無事に終わったんだしさ!」
現在、アーロン達は依頼の品である『崩壊の王冠』をヘンドリーナに渡し終えて無事に帰って来ることが出来た祝いに酒場で呑んでいる最中であった。2人とも旅の疲れもあった為、詳しい話や先の事についての相談などは明日に回してもらい、久方ぶりの暖かい飯にエールで乾杯したのだ。まだスープを飲んでいる所までは良かったのだが酒を3度お代わりし始めた辺りでエンリータが上機嫌になり、笑い上戸になってしまった。恐らく疲れでアルコールの回りも良かったのだろう。その顔は真っ赤でその様子から少女の顔にドワーフの親父の顔の面影まで見えるかのようだ。
(まぁ、この調子なら時機に潰れるか・・・)
アーロンの忠告など耳に入らず、むしろ何度も同じような話と些細な事で笑い続ける姿はいっそ滑稽であった。
(にしてもこいつもずいぶんと遠慮がなくなった。最初の態度が嘘の様だ)
長い付き合いではないが一緒に旅をした事により遠慮も消えたのか、はたまた打ち解けたのか、やはりミクロスらしく楽観的な部分が表面に出てきたものだと彼女の話を聞き流しながら思う。
「ねぇ、アーロン聞いてる?」
聞き逃しているのがばれたのか身を乗り出しこちらを睨み付けて来る。
「あぁ、お前のでかい声ならずっと聞こえている」 面倒そうな顔を隠さず雑に返すがエンリータはそれでも満足そうに「ん~ならよし!」と言うと再びジョッキに口を付け始めた。アーロンは溜息を1つつくと店員にもう一杯のエールと水を頼む。エンリータはついに顔を机に付けながら幸せそうにしている。頼んだものが来る頃にはついには寝始めてしまい、実に自由な奴だとため息を吐く。最初から最後まで2人は対照的な姿のまま夜は更けていった。
翌朝、アーロンは宿の部屋で目を覚ます。外からは帝都の喧騒が聴こえており、朝日が窓から部屋に差し込んでいた。部屋は昨日の酒の匂いがまだ残っており、寝起きの鼻をツンと刺激してくる。まだ気怠い体を起こして周囲を見渡せば暑かったのか布団を剥ぎ、みっともない姿勢で眠るエンリータの姿があり、朝から気まで重くなる。一旦、彼女を放置して宿に金を払い、水を貰って顔を洗う。
「ふう・・・」
残った酒と寝ぼけた頭が冷たい水によって冴えわたっていく。今日もやることは多い。まず再びヘンドリーナに会う為に教会に行かねばならない。序に今回の旅で失った薬品の購入に傷ついた武具の手入れも必要だろう。また、予定ではアウローラ王国まで行くために、その準備も欠かせない。
頭を振って水気を切り、部屋に戻る。もうすでに他の客は動き出している者が多いからか閑散としており、時折宿屋の従業員が空いた部屋の掃除などですれ違う位であった。アーロンは自室を開けてまだ寝るエンリータを見やり、頭を軽く小突きながら声をかける。
「おい、さっさと起きろ。置いて行くぞ」
そうすると「うぬぬ・・・」と小さな呻き声を出しながらエンリータが起きだす。
「うぅ・・・頭痛い」
額に手をやり、渋い顔を浮かべる。
「呑みすぎるからだ阿呆が。取りあえず出かける準備をしろ」
先に外に行っているぞと付け加えてアーロンは宿の外に向かう。今日は宿を連日予約している為、腰にファルシオンを佩くだけで、いたって簡素な格好のままだ。
暫く外で暇をつぶしているとアーロンと同じようにダガーだけを身に着けたエンリータが気怠い雰囲気を背負ったまま宿から出て来る。
「あぁ、朝日が目に沁みるなぁ・・・あ、おはようアーロン」
目を擦り、欠伸をしながら酒に焼けた声でエンリータは挨拶をしてくる。
「これに懲りたら暫くは控えるんだな。さて、まずは腹ごしらえだ。何か希望はあるか?」
「ん~温かい汁物」
「分かった、行くぞ」
そう言うやいなやアーロンはエンリータの歩様に合わせてゆっくりと露天が並ぶ道へと歩いて行った。
遅めの朝食を済ませてから2人は予定通り、まずはヘンドリーナが待つ教会に向かう。着いた教会は変わらず周囲の物悲しい雰囲気の中に忽然としており、どこか忘れ去られた印象を持たせる。
「そう言えば今日はヘンドリーナさんと何を話す予定だっけ?」
目が覚めたエンリータが確認する様に聞いてくる。
「今日は新しい神器の情報がないか確認する。ついでに王冠の確保の際、顔を見られていることを理由に一時的にアウローラ王国に行くことの報告だな」
少し上を見ながらアーロンも思い出すように言葉を紡ぐ。
「そっかぁ。・・・前みたいに威嚇されないよね?」
どこか恐々とした表情のエンリータ。昨日、神器を渡しに行く際はエンリータに宿を取らせる為に別行動をしていた。故に彼女にとっては会うのは久しぶりであり、初対面時にいきなり気を当てられた記憶が若干トラウマになっているのだろう。
「問題ないだろう。あれはこちらの実力が見たかっただけだろうからな」
そう言うとアーロンは早々と教会の扉を開けた。
教会の中は相変わらず静かで四方から外の光が柔らかく差し込んでいる。そして教会の奥、少し高くなった所にヘンドリーナはこちらを眺めて立っていた。
「すまない、遅くなったか」
「いや、想定よりも早いさ」
最初の様に驚かすようなこともなく、聊か気楽な雰囲気をもってヘンドリーナは返事を返してくる。それを見てアーロンの後ろにいたエンリータはひっそりと息を吐いた。
「さて、早速で悪いが依頼の詳細でも聞かせてもらえるか、アーロン殿?一応、ルーカからも聞いてはいるが汝からも聞いておかねばな」
そう言われてアーロンは道中で遭った化け物とその完成形でもあった化け物の姿形や能力、そこから推測される王冠の能力について話す。当然、イリシィオ小国の王にルーカ共々顔を見られてしまっていることとアウローラ王国に身を隠す予定であることも事細かくヘンドリーナに報告をしていく。エンリータも城には潜入していないが化け物とは戦ったことからアーロンの報告に加えて彼女なりの所感を交えて話す。ヘンドリーナは2人が話す内容に表情は変えないまま時折相槌を打ちながら情報を頭で精査する様に聞いていた。
「なるほどな・・・ふむ、大体は分かった。やはり、汝に依頼したのは正解だったようだ」
聞きおえてひとしきり納得したのか頷きながらアーロン達を言葉は少ないが称賛する。
「期待に応えられたのならなによりだ」
そんなことを微塵も思っていなさそうな表情で憮然とアーロンは返すがそんな事は気にならない様にヘンドリーナは言葉を続ける。
「ひとまず、昨日汝から預かった『崩壊の王冠』はこちらで確りと管理しておこう。それと申し訳ないが新しい神器の情報はまだない。こちらも秘密裏に探しているが事が事だけに人手が足りなくてな。ましてや他の国では大々的には行動出来ん。あぁ、イリシィオから動きがある場合はこちらが受け持ってやろう。ついでに汝らがアウローラに行くことも止めん」
「そうか、ならいい。なに、もとより冒険者。足で探してみせよう」
「そう言って貰えるとありがたい」
そして今回の依頼内容については終わり、今後の継続依頼と報酬の話に移る。
「そういえば今回の報酬とアウローラ、それと万が一何かあった際の連絡方法について聞きたいがいいか?」
これまでは帝都から出ても戻ってくる為に必要はなかったが今後、アウローラ王国行くのであれば今の時期からみて帝都に戻ってくるならばかなりの期間が空いてしまう。また、ここからアウローラ王国に行くとすればドワーフ王国を経由して両国の間の山々を大きく迂回するルート、過酷だが最短の山越えルート、そして船で大陸の中ほどまで割って入っている海を渡り、リーベタース連邦から目指す3つのルートがある。とはいえ最後のルートは海の中央に龍島があり、他にも海の魔物があまりにも危険なため除外される。残る二つも道中はともかく帝都と短い期間で往復は難しく、アウローラに移動した後は雪が降り始める可能性がある。ゆえに出来ればアウローラ王国での連絡先と神器の受け渡しが出来るようにアーロンはしたかった。
「あぁ、そのことなら心配しなくてもいい。こちらからギルドの職員にこの件の、というよりは汝たち専属の者を配置しておく」
アーロンの言葉に事もなげにヘンドリーナは返す。
「そんなことが出来るのか・・・?」
聊か懐疑的な顔を浮かべてしまう。
「そこは私たちだからな」
その言葉に思わず納得してしまう。確かにランク8のヘンドリーナと英雄エーベルトが噛んでいるとすればその位は出来ても疑問は浮かばなかった。
「それと報酬だったな。それはギルドで受け取るがいい。そちらの方が汝らの成果として良いだろうからな」
「分かった。因みにそのアウローラでの仲介人とはどうやって接触すればいい?」
「ふむ、受付でメルクリオという男がいるか聞け」
これも事もなげに言い放つヘンドリーナ。恐らくルーカからの報告で既に用意だけはしていたのだろう。
「メルクリオだな。因みにアンタから他に何か言っておくことは有るか?」
聞きたい事も終わり、ヘンドリーナに最後の確認を取ろうと質問を投げかける。
「ふむ、汝はアウローラの近くにあるミヌスの森は知っているな?」
「あぁ、内部に使徒が住んでいた城跡がある森だろ?」
「いかにも、その城跡で最近不可思議な事が起こると情報があった。それが神器由来かどうかは分からぬが場所が場所だ。可能ならば見に行ってほしい」
「・・・まぁ、いいだろう。神器であれば行かない訳にも行かないからな」
少し渋い顔をしてしまうがそう返す。
「うむ、では頼むぞ」
その言葉を最後にヘンドリーナとの会合は終わった。
「ふぅ~なんか息が詰まるねぇ」
教会の外に出てエンリータが息を吐きながらそう溢す。
「お前は俺の後ろにいただけだろう」
やや呆れを含んだ声色でアーロンは返す。
「いやぁ~こういう真面目な話って苦手で・・・」
頭の後ろを掻きながら彼女は笑う。
「まぁいい、それよりもだ。今日はこの後、ギルドで報酬を貰ったら鍛冶屋に武器の調整、ついでに旅立ちの用意も終わらせるぞ」
それなりに長い時間ヘンドリーナと話してはいたが日はまだ上にあり、夕方には程遠い。イリシィオ小国の今後については帝国が何とかしてくれるとは言うものの出来るだけ早く移動は済ませたい。化け物との戦闘で負った傷も既に癒えており、帝都に長居する理由はあまりない。
「は~い!」
返事だけは良くアーロンの先をエンリータは駆けていく。ため息を1つ吐き、アーロンはその小さな背に続いた。
帝都の中央に戻り、ギルドの門をたたく。中は閑散としており、精々数人の暇そうな同業者と忙しそうなギルド職員が対照的に映る。2人は受付に向かい依頼の報酬を貰いに声をかけた。
「おい、すまないが依頼完了の報告がしたい」
そう言いながら2人のギルドカードとヘンドリーナに渡された依頼完了証を渡す。
「お疲れ様です。暫しお待ちを」
そう言うとカードを魔道具に押し当て、出てきた情報と依頼表を見比べる。
「はい、お持たせしました。こちらが報酬になります」
そう言うとギルド職員はやたら膨らんだ袋をアーロンに渡す。
「多いな・・・」
確かに危険な依頼ではあるがそれにしても多く感じられる。
「いやぁ、流石最上級冒険者さんですね」
職員は特に疑問に思わないのかニコニコと笑顔を浮かべたままだ。
「おい、取りあえず半分でいいな」
これだけ詰まった袋は見た事が無いのか驚いているエンリータに声をかけると「え、い、いいよ。ワタシ何もしてないし」と出会った頃の様な遠慮を出してくる。
「いや、これは俺たちに出された報酬だ。ならお前は半分受け取る権利がある。もし、思う事があるならば今後の働きで示せばいい」
そういって説得する。
「ん~いいのかなぁ・・・?」
思い悩んでいるエンリータを後目に報酬を半分に分けて渡す。そしてお互いに必要な分だけ懐に入れると残りはギルドに預けて足早に外に出る。
その足で一旦、宿屋に戻り武具を回収して鍛冶屋に預ける。本来ならば壊れてしまったエンリータの弓を買い直すのも考えたがアウローラに行く途中にドワーフ王国に寄ればより良い物が買える。初期の状態はあまり差がないがドワーフ国は武器を強化するための素材を集めることができる炭坑がある。そこでひとまとめにしてしまった方が楽だろうとエンリータと相談して決めた。予算としても今回の依頼報酬が破格なこともあり、半分であっても初期段階の強化ならしたところで十分に余らせることが出来るだろう。
その足のままにいつものごとく帝都の露天を巡る。帝都からドワーフ国までは大よそ7日程でたどり着く。また、かの国はどの国家に対しても中立の立場を取っており、帝都の軍にとっても武器などの取引相手として利用するため街道も綺麗に整備されている。当然商人の出入りも多く比較的安全な旅と言えるだろう。
「ねぇねぇ、今回は何日分もっていったらいいかなぁ?」
露天を見て回りながらエンリータが聞いてくる。
「そうだな、イリシィオ小国方面よりも村もが多く、近くに狩場もある。3日もあれば十分だ」
「ん、了解!」
「ついでだ前に教えた商人や良質な品物を目利きしてこい。終わったら市場の終わりで集合だ」
「はーい!」
そう言うとエンリータは足早に雑踏の中に消えていく。
旅の買い物を手早く済ませ、集合場所で合流すると買った荷物を抱えながら2人は宿に戻り、早々に明日の為に荷造りを終わらせて早めに夕飯をとる。まだ陽が傾き始めた時間だからか食堂はまばらで明日からの予定を話すには丁度いい頃合いだった。
「明日はどうするの?」
流石に昨日の件を反省しているのか果物が漬けられた水を飲みながらエンリータが聞いてくる。
「そうだな、今回はそこまで急いではいない。だからまず朝、鍛冶屋で武具を回収したらギルドに行き、ドワーフ王国に届け物の依頼がないか聞いてから出発する。金も入るうえお前の実績をこういった機会に積み重ねたいからな」
アーロンはワインを呑みながら言葉を返す。
「そっかぁ・・・ドワーフ国に着いてからは?」
「そこで2泊したのちアウローラに向けて出る。ついでにお前の短弓と強化素材集めもだな」
「そう言えばワタシ、ドワーフ王国って入った事ないんだけどどういう国なの?」
「そうだな・・・基本的には職人の集まった国だ。山を丸ごと一つくり抜いた中に町がある」
「へぇ~!!変な町!」
驚いた顔をしてエンリータは目を丸くする。
「まぁ、あの国は見た方が早い」
「そっかぁ、ん~楽しみだなぁ!」
そうして会話していると食事も終わり2人は部屋に戻る。
「さて、明日も早い。さっさと寝るぞ」
「うん、おやすみ~」
その言葉を最後に外からまだ聴こえる喧騒を子守唄に2人は早々に寝始めるのだった。




