十七話
エンリータは2人が城に潜入している間、隠し通路付近の木の上でジッとしていた。最初こそ緊張もあったのだが時間が経つにつれ、それも解けて暇をしていた。そもそもミクロス族は好奇心旺盛のため、こういった作業は本来向いていない。
(はぁ・・・暇だなぁ。誰も来ないし、すっごく静かだしで寝ちゃいそう・・・)
そんな事を思いながら退屈を噛みしめ、遂には空が白み始める頃、意識がやや飛んでいたエンリータの頭に草木を掻き分ける音が入ってくる。眠気からぼんやりとしていたため、はっきりとしない頭のまま音の方へと目を向ける。
(ん~何だろう・・・)
一応、身を隠している為にばれることは無いだろうと高を括ったままいると大きな人影が跳びだしてくる。
「ハァハァ・・・」
現れたのはアーロンを背負ったルーカだった。2人とも傷だらけでアーロンは意識すらない様に見える。
「え、だ、大丈夫!?」
その姿に意識が急速に覚醒し、大声が出てしまう。
木から勢いよく飛び降り、駆け寄るとルーカは血こそ出ているものの、そこまで大きな怪我はないようだが背負われているアーロンの状態は素人目にも酷い。体中が傷つき、顔は土気色、口からも血が漏れている。
「ハァハァ・・・エンリータさん静かに。説明は後でしますから、まずは逃げます」
「う、うん・・・でも大丈夫なの?」
「いえ、このままでは危ない。とにかく通路へ!」
そう言われてエンリータは慌てながらも隠し通路を開ける。それを見たルーカが一つ息を入れてから立ち上がり、先に通路に潜る。
出会ってから短い間とはいえ見た事のないアーロンの姿にエンリータは混乱していた。彼女にとって、アーロンは自分を助けてくれた恩人であり、面倒にも関わらずエンリータの同行を許可してくれ、常に引っ張ってくれる頼りになる先達であった。故にランクも高く、強いアーロンが力なく気絶している姿は衝撃的だった。エンリータはなんとか揺れる自身の心を押さえながらルーカの後に続いた。
隠し通路を2人は無言で速足に進む。ルーカが先導し、エンリータがやや不安定ながらも魔術で明かりを確保する。
(大丈夫だよね・・・?)
エンリータの胸中はまだ不安に揺れているが、とても話を切りだせる雰囲気と状況ではない事だけは彼女にもわかっている。
来る時にアーロンが遭遇した魔物をすべて刈り取ったからか運の良い事に魔物と遭遇することなく、2人は無事に出口の梯子までたどり着く。ルーカは勿論、エンリータも息を荒げ、汗が体中から流れる。
「申し訳ありませんが出たら僕が魔術で姿隠しを使います。範囲が狭いので離れない様についてきてください」
ルーカが息を整えながら言う。
「う、うん。丘に戻るんだよね?」
「はい、そこでアーロンさんの治療をします。申し訳ありませんが休憩を挟むことは出来ないので、頑張って着いてきてください」
その言葉にエンリータは頷き返す。流石にアーロンを背負いながら扉を開けることは出来ない為、先にエンリータが登り、慎重に入り口を開ける。空は朝日が昇り始め、暖かい日の光が暗い通路に差し込む。
頭を半分出して周囲を見渡すが人影は無く、ルーカに合図を送りながら外に出る。そのまま周囲を警戒しているとルーカが出てきて蓋を閉じた。
「さぁ、行きましょう『水精よ、願うは鏡、砂上の夢』」
そうすると2人の周囲が歪み、空間と馴染むと、歪みは消えて元に戻る。ルーカが無言でエンリータに向けて頷くのを合図に2人は丘に向かってひたすらに走っていくのだった。
陽が完全に登り、人が本格的に活動し始める時間になってようやく2人はもともと居た丘の上に辿りつく。
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
アーロンを地面に下ろしながらルーカが呟く。
「ハァハァ、良かった・・・で、アーロンは大丈夫なの?」
「安心してください、僕が魔術である程度回復させます。エンリータさんは薬を探してください。アーロンさんなら持っているでしょう」
額の汗も拭わずに落ち着きを払った声でルーカは話しながら治療の準備を始める。
魔術での治療は正直言って劇的に人を回復させる程の効力はない。基本は外傷を塞ぐことで出血を押さえ、本人の治癒能力を高めさせることで回復の時間を短縮させるのが精いっぱいだ。もちろんこの手の魔術を加護で強化して長年研鑽をつんだ人物であれば効果もまた違ってくるのだろうがルーカにはそれほどの力はなく、それであっても結局のところ怪我をしている本人の体力が足りなければいくら魔術を行使しようとも治る事はない。それゆえに現状、治るかはアーロンの運次第と言うのが本音であった。
ルーカが魔術で治療をしている間、エンリータはアーロンの荷物を漁り、薬を探す。歩きでの旅の性質上、左程荷物は多くなく、直ぐに目当ての袋に詰められた薬瓶たちを見つけ出し、急いでルーカの前に持ってくる。
「ど、どれがいいんだろう・・・?」
袋を開けてエンリータは焦りと困惑を含んだ顔でルーカに問う。
「あぁ、その青色で小さい実が入っている瓶です。それを少しずつ口に入れてあげてください」
そう言われエンリータは横になっているアーロンの口に少しずつ薬液を入れる。気絶している人間に飲ませるのは難しく、また、無理に入れては逆効果になってしまうため苦戦しながらも少しずつ飲ませていく。 何とかアーロンの口に飲ませることに成功し、ルーカの魔術による治療も落ち着いた所で2人は息をつく。
「ふう、申し訳ありませんがこれが僕に出来る限界です。後はアーロンさん次第ですが恐らく大丈夫でしょう。エンリータさんもありがとうございます」
疲れきった笑みを顔に浮かばせながらルーカが息を吐く。
「ううん、ワタシは待っていただけだから・・・」
2人が大変な目に遭っていた時、自身は木の上でうたた寝しかけていた罪悪感が胸にズンと重くのしかかる。
「いえ、待つと言うのも立派な役目ですよ。さて、食事でもしながら何があったかお話ししましょうか?」
そんなエンリータの暗い表情に気付いたか否かは定かでないが少し軽い口調でルーカは話を続ける。
「あ、うん聞きたいかな」
曖昧な感情のままに返事を返す。
そして2人は食事の準備を始め、ルーカが城に潜入後の話を始めた。それに相槌を打ちながら様々な表情を浮かべながらエンリータは2人の冒険譚に聞き入った。
その後、流石に疲れを隠せないルーカが申し訳なさそうに一言入れてから仮眠を取り、夕方に差し掛かろうかという所で起きてきたルーカと交代でエンリータも休憩を取って再び夜になろうかという頃、アーロンのくぐもった声が聴こえるのだった。
「ウッ・・・ここは?」
全身に鈍い痛みと重さを感じながらアーロンは目を覚ます。
「あ!アーロン起きたんだ!良かった~!身体、大丈夫・・・?」
ここ最近ですっかり聞きなれた快活な少女の声が聴こえ、こちらに駆けよってくる音がする。
「エンリータか・・・ってことは外に出られたのか」
未だにぼんやりとする頭を動かしながら状況の把握に努める。
「おはようございますアーロンさん。えぇ、無事に城の外まで来られました」
ルーカは微笑を浮かべたままエンリータに続いて寄ってくる。
「アーロンすっごい傷だらけで死んじゃうのかと思ったよ~」
声色は明るいが不安だったのか今にも泣きそうな声でエンリータはアーロンの顔を見て来る。
「・・・少し無理したからな。ルーカが連れ出してくれたんだろ?すまないな」
「いえいえ、僕だけならあそこで死んでいます。何より潜入もばれていたようですし、この位はしなければ役立たずですからね・・・」
本当に申し訳なさそうな顔に苦笑いを浮かべながらルーカが言葉を返す。
「そうか、にしても身体が重いな・・・どれくらい寝ていた?」
「まぁ、丸1日と言った所でしょうか」
「そうか・・・思ったよりは早いな」
多少ふらつきながらアーロンは立ち上がる。
「大丈夫なの?」
心配そうな顔と声でエンリータがこちらを見上げて聞いてくる。
「あぁ、大分回復したみたいだしな。問題はない」
そう言うとまだ心配そうなエンリータの頭を力の入らない手で1つ撫でる。
「俺が倒れた後の事が聞きたい」
ルーカにそう言うと彼は少し苦笑しながら
「構いませんがまず、着替えはした方が良いかもしれませんね」
アーロンはそう言われて自身の身体を見ると戦闘で汚れ、所々血が染みつき、お世辞にも綺麗とは言えない格好だった。
身ぎれいにし、食事を取りながら意識が無くなった後の事をルーカから聞く。倒した敵から崩壊の王冠を奪取出来たことは素直に喜ぶことが出来るだろう。しかし、今回の潜入によってイリシィオ小国の国王には顔を見られてしまっている。この丘から遠目に見える小国はまだ騒がしさもなく、兵が周囲をうろつく様な事態にはなっていないようだがこのような神器を使ってまで事を成そうとするあの狂気に染まった瞳の王は間違いなくアーロン達を探そうとするだろう。その事を踏まえてアーロン達は今後の行動を決めなくてはならない。
「取りあえずは帝都に帰ってからだな。ヘンドリーナに報告しなければならん。その後は場合によってはアウローラ王国まで逃げるか」
アウローラ王国は帝国から両国を別つように立っている山を越えるか山を迂回してドワーフの国を経由することでたどり着ける。アウローラ王国はエンリータと出会う前にギルドで依頼を受けた場所であり、歴史は帝国よりも古い国だ。
恐らく小国の王は今頃、育てた自慢の魔物が倒されて崩壊の王冠も奪われてしまったことで大慌てしていることだろう。であれば一旦、帝都まで戻れば仮に小国の王が発狂して兵を仕向けたとしても帝国の軍事力ならばイリシィオ小国程度問題なく、万が一があってもエーベルトが帝国にいる以上、大丈夫だろう。懸念があるとすれば細作が帝都付近に紛れる可能性があることとそれによって面倒な事になる可能性は十分に考えられる。加えるならばアーロンもエンリータも依頼こそ受けてはいるが帝国に所属しているわけでは無い為、庇護も受けづらい。
「そうですね・・・暫く雲隠れするのもいいかもしれません。ただ今回の内容は僕の失態も大きいので大丈夫だとは思うのですが・・・」
ルーカも考え込むような顔をしたまま、それに賛同する。
「それにしても神器1つでこれか・・・命がいくらあっても足りんな」
思わず渋い顔をして愚痴を零す。今回の魔物はまだアーロンが対応できる範囲だったとはいえ、もっと時間が経って敵がより強化されていれば対応出来なかったかも知れず、本当に誰でも使う事が出来る神器の面倒さに頭が痛くなる。
「えぇ、流石にこれほどとは思いませんでした・・・誰が使っても短期間でこれほどの力が手に出来るとなると厄介ですね・・・おまけにまだこれが大陸中にあるかと思えば頭が痛くなります・・・」
ルーカも疲れた顔を浮かべた。
「なんにせよ、取りあえず目的の王冠は奪取出来た。ちなみにそれは俺が届けるのか?」
「えぇ、僕が届けてもいいのですが依頼的にはその方が良いかと」
「仕方ないか・・・」
面倒くさそうな顔をしながらアーロンが息を吐く。
今、ルーカによって渡された王冠は鈍色でとても価値の有る物には見えず、これを身に着けていたあの魔物が発していたような独特な波動も今は感じることが出来ない。
「何度見てもこいつが神器だなんて信じられん。それこそ土産物屋にでも売っているガラクタだ」
「僕も詳しくは教えてもらっていませんが恐らく、何らかの手順があるのでしょうね。まぁ、知らなくて良い事なのでしょう」
「違いない。どっちにしろまともではないだろうさ」
吐き捨てるように言ったあと、王冠を頭陀袋に放り込むようにして詰める。
「さて、アーロンさんも起きましたし、申し訳ないのですが僕は一刻も早く帝都に戻らねばならないので先に行きますね」
立ち上がり、ルーカはそう言い放つ。
「え、もう暗くなるよ?」
エンリータは驚き、目を開く。
「えぇ、しかし僕は軍人ですからね、遅いと上官に怒られるのですよ。今回の報告もしなければなりませんからね」
両手をおどけた様に持ち上げ、心の底から嫌そうな顔をルーカは浮かべる。
「ほぇ~大変なんだねぇ・・・」
感心しているのか、呆けているのか判断がつかない声と顔をエンリータは浮かべる。そんな彼女を見ながらルーカは苦笑を浮かべ背を向けた。
「それでは、またお会いしましょう」
その言葉を最後にルーカは闇に溶け込むように消えて行ってしまった。辺りは少しの静寂に包まれる。
「俺たちも明日からまた帝都に帰還だ。早く寝るぞ」
魔術と薬による手当を受け、気絶から覚めたとはいえ魔術の後遺症もあって流石に体調の戻っていないアーロンは眠気がジワリと迫って来て欠伸をする。
「そうだね!あ、見張りはワタシが最初にするよ!」
エンリータはまだ元気があるのかそんな事を言ってくる。彼女なりの気遣いもあるのだろうか、野営のこまごました作業を率先してやってくれており、アーロンも今はそんな彼女の言葉を信用して土の上に横になり、目を閉じる。普段ならば奇襲に備えて周囲の警戒をしながら眠るため、深く眠ることは無いアーロンだったが、今日は身体の疲れに身を任せて再び眠りにつくのだった。
夜が明ける前にはエンリータと交代して見張りをする。小国とは多少なりとも離れているがあれから2日経っていることもあり、兵士が秘密裏に探しに来ないとは限らない。
周囲へ気を張りながらエンリータが眠っている間、まだ痛む身体を多少引きずりながらも動かし、大きな怪我や不調が無いか確かめる。ルーカの腕前が良かったのか、幸いにも骨や筋に異常は感じられず、自身の魔術による全身の筋肉への損傷が主な痛みの要因の様だった。
(これなら何とか歩けるか・・・これほどのリスクと怪我を負うのはランク7に上がった時以来だな)
ふと昔を思い出し、懐かしい思い出が頭をよぎる。ランク7、偉業をなさねば至れない高み。もともとこのランクを目指して生きてきたわけでは無いがそれでも努力の甲斐あってたどり着いた。このランクに至るまでは常に挑戦する側であり、当然沢山の危険と向き合った。しかし、そこまで来れば大概の事は危険でなくなり、アーロン自身もここまで追い込まれることは最近では記憶になく、いつしか停滞感の中を彷徨っていたのは事実であった。
(危険が減るのは良い事だ。しかし停滞するうちに腕が錆び着いたかも知れんな・・・今後も神器に関われば危険は向こうからもやってくるだろう。エンリータの底上げもせねばならん、その上でどうやって自身を鍛えるかが今後の課題だな)
そう内心で独り言つ。しかしアーロンの心はやはり未知との遭遇、新たな冒険に胸が疼く。結局アーロンもまた一人の愚かな冒険者であるのだろう。まだ暗い空のもと、木を背に座り込み、胸の熱を抑え込みながら朝が来るのを待った。
朝焼けが大地を染め上げる頃、エンリータを起こして旅の準備をする。支度が終わり、人の痕跡を消した後、2人は帝都に向かって歩き始める。
「ここからまたずっと歩きだねぇ・・・」
まだ帰り道が始まったばかりだと言うのにエンリータが愚痴を零す。
「我慢しろ、帰りこそ何があるかわからん。なによりこの国では俺たちはお尋ね者だ」
「うへぇ、わかってますよーだ」
少しすねた様に唇を尖らし前を行く。
「フッ・・・」
その姿がなんだかおかしく思え、アーロンは笑みを口にする。
「あ、今笑ったでしょう!」
顔を怒らせて少女は指を指す。
「笑われたくなけりゃ、もう少し大人しくするんだな」
事もなげに言い放ち、エンリータの横を速足に通り過ぎる。
「うにゃー!」
背に少女が怒りながら着いて来る気配がする。風が大地を吹き抜け、2人の背を押す。そうして2人は帝都に帰っていくのだった。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
後で改めてあとがきにも詳しく書くのですが「アーロン」の2章はまだプロットしかなく書けていないため一ヶ月後位になると思います。ある程度書け次第、投稿していこうと思うので良かったらまた読んでいただければ嬉しく思います。
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