十六話
「チッ、面倒な奴だ」
思わず愚痴を溢す。
「すみません。ここまでとは・・・完全に想定外でした・・・」
ルーカも額に汗を溢しながらこちらを見ることなく敵を睨み続ける。
「いや、ここまでとは俺も思わなかった。まだ動けるな?」
敵はまだ動かず、ただアーロン達を光のない目で見つめ続ける。
「勿論ですよ。明かりもこのままなら持ちます」
「分かった。ならやることは変わらん。ついでに恐らくだがあいつの頭の上にあるのが神器なんだろう?ならあそこを狙う。俺が前衛、お前が王冠だ。やれるな?」
「えぇ」
そうルーカが返事をした時だった。
『髣?イセ繧医??。倥≧縺ッ蝨ー迯??闢九?∽コ。閠??蝌?″』
静止していた敵から明らかに笑い声以外の声が混じると同時に敵の身体から悍ましい魔力の高まりが発せられた。
「魔術まで使えるのか!?」
思わず叫ぶ。魔術は基本的には人間種が精霊に魔力を渡し、具現化させるものである。魔物には魔術は使えない、それが常識でもあった。もちろん魔力を使うことで似たようなことはできるし体の構造上、火を口から発生させ攻撃に使用したり、羽で竜巻を起こすことはある。しかし、魔術は人間種が編み出したものであるがゆえにありえないのである。
唱えられた魔術は敵の身体から黒い煙を噴き出す様にして周囲に広がる。漆黒の煙は広がり、徐々に人型の黒い影が無尽蔵に生み出されていく。次第に煙が固まり、姿をなすとそこにあったのは絶望と恐怖に染まった顔をした赤黒い人々だった。全身から血を流す様にして光のない目でこちらを恨めしそうに見ている。老若男女、差別なくアンデッドのようにして群れを成す。
「なんだ・・・あれは」
見たこともない魔術に思わず唖然としてしまう。
「ギャハハハハハハハハ!!」
魔術を唱え終わった敵は再び上下に揺れながら実に愉快そうに笑う。
「チッ!やるしかないか!頼むぞ」
そう言うとアーロンは生み出された死者の群れとその背後にいる元凶に向かって駆けだす。
『風精よ、願うは旋風、断ち切る風』
魔術を唱え、風の刃を飛ばす。亡者の群れは風の刃に容易く切られていくが敵の唱えた魔術は効果が切れていないのか刃に切られた傍から回復していってしまう。亡者が痛みなど感じることもなく、ゆったりとした歩みで確実にアーロンに迫ってくる。アーロンがそうして雑魚を相手している時、ルーカも大きく回り込み、敵に近づこうとするが亡者の群れがその周囲を囲っている為、苦戦している。
(まずい、このままでは・・・)
敵は何を考えているのか2人が足掻くさまを中心で愉快そうに見ている。
「ルーカ!一旦引くぞ!」
そう声をかけ、もう一度、風の刃で敵の前衛を切り倒すと全力で後ろに走る。幸いにも敵に追われることは無く2人は再び敵と対極の位置で合流する。しかしその間も亡者は増え続け、こちらに少しずつ歩み続けている。
「ハァハァ・・・おい、少し時間を稼げるか?」
「・・・理由をお聞きしても?」
アーロンのすぐ近くに駆けよっていたルーカが敵から顔を逸らさず怪訝そうに聞いてくる。
「正直博打に近いがこの現状を変える手立てがある。少し準備に時間がかかるが俺にはもうこれしか思いつかん。のるか?」
「・・・良いでしょう、情けないですが僕に出来ることは少ないですしね。お任せください」
そう言うとルーカはアーロンの前に立つ。それを見たアーロンは目を閉じ、大剣を床に突き立てたまま右手の親指に身体に滲んでいる血を付ける。耳には敵があげ続ける笑い声と亡者の呻き声が聴こえる。暫くするとルーカが剣でなんとか亡者を食い止めようと切り付ける音が聴こえてくるが焦ることなく作業を続ける。そして血の付いた親指を眉間に指差すようにして押しつけ、詠唱を始める。
『闇精よ、願うは獣の王、悟性を対価に血塗られた牙と爪、』
まだ唱え切っていないと言うのに徐々に体の内側から沸騰してしまいそうなほどの熱が湧き上がる。体の至る所から筋肉がギチギチと音を立てて隆起する感覚と思わず叫びそうな痛みが全身を襲う。アーロンは全身から脂汗を流しながら、詠唱の続きを口にする。
『矮小なる身に撃滅の力を与えん、』
アーロンの様子を見た敵本体も動き出したのか床が砕ける音と苦しそうなルーカの声、そして敵の腕がルーカを吹き飛ばした音。続くようにして魔術でできた亡者を自ら蹴散らしながらこちらに近づいてくる敵の足音が聴こえる。
アーロンの身体からは湯気が立ち上り、全身が赤く、足元からは凄まじい黒い風が身体に纏わりつく様にして渦巻いている。
『我こそは破滅を歩む者なり、我が名はベルセルク!』
唱え終わった瞬間、身体に纏わりついていた黒い風が吹き乱れ、こちらに向かっていた敵すべての足すらも止める。
風がやみ、中心に立っていたアーロンは目を開ける。
その眼は白く塗りつぶされ明らかな異常性を見せる。顔や腕などの露出している部分は赤黒く、動脈が浮き上がり、隆起した筋肉が彼の身体を一回り大きくさせた様に見せ、食いしばられた歯の間からこぼれた息は白く、体温が高い事を示していた。
「グ、グォォォォォォォォ!!」
咆哮、人では無く、まるで獣の様な声をあげたアーロンが大剣を片手に走り出す。一歩踏むごとに地が揺れ、空間が軋むような感覚。そこから生まれた推進力は凄まじく流星の様にも見えた。そしてまず、無数にいた亡者が力強く振られただけのグレートソードによって紙のように断ち切られ、塵の様に吹き飛んでいく。恐れを知らない亡者の群れはそれでもアーロンに近寄り反撃しようとするが何一つ効果なく皆同様に地に付していき、魔術による再生も間に合わず、その数をどんどん減らしていく。足を止めていた敵はその変化に暫し呆然とするかのように立ち尽くしていたが自身が押し込まれている事に怒りか恐怖か判断はつかないが自身が出した亡者を弾き飛ばしながら腕を振り回してアーロンに仕掛ける。しかし、その一撃はアーロンが振り上げたグレートソードの一撃に容易くはじき返される。鉄同士が力の限りぶつかったかのような轟音を響かせながら弾かれた敵の体勢が崩れた。
その隙を理性無き状態であっても見逃すことなくアーロンは返す手で本能のままにグレートソードを振り下ろす。
完全に予想外の形から体制を崩された敵は対応できず、咄嗟に左腕を身体の前に持ってこさせることしかできなかった。今までの戦いからは想像できないほどアーロン達が優勢な形で敵の左腕を切りながらその勢いのまま体ごと後方に飛ばす。その衝撃からか敵の魔術は解け、周囲を徘徊していた亡者たちの姿がグズグズと溶けて消えていく。しかし、そんなことも既に目に入らないのか、アーロンは吹き飛ばした敵に向かって大地を揺らしながら一気に接近していく。そしてあっという間に正面までたどり着いたアーロンは両手で大剣を掴み直すとただ上から下へと振り下ろした。
それは今までの技量や経験と言ったものは無く、力任せに振られただけであった。しかしその威力たるや力自慢のドワーフや魔物でも比べものにもならない。吹き飛ばされた敵が迫ってくるアーロンに対して怯えた様に無事な右腕と半分千切れたままの左腕を前で交叉して身を守るが大剣が敵の腕と接触した際、凄まじい轟音が響き、直後に爆発したかのような力の奔流が両者の間に発生した。
「グギャァァァァァ!!!」
間違いなく今までで一番の敵の悲鳴が響き渡る。少し遅れて前で組まれていた両腕が宙を舞い地に落ちる。また大剣は敵の腕だけでなく胴体にまで達しており、3分の1程が両断され、その周囲にも細かい傷が無数に出来ていた。
流石に危機を感じたのか狂った笑い声もあげずに敵は更に飛び跳ねながら後退する。肉体は直ぐに治る気配を見せてはいるが腕の再生にはまだ時間がかかっており、目途が立っていない。
当然その行動を見逃すわけもなく、アーロンは手負いの獲物を追い、詰め寄っていく。敵も残った腕の上部を振り、必死に足を動かしながらなんとか攻撃を避けようとするが、今のアーロンの速度に全くついていけずに傷が増え、自慢の再生すらおぼつかない様子だった。
反対にアーロンの攻撃は苛烈さが増していき、大剣にも関らず小枝でも振っているかの様な速度で攻撃を繰り返す。
そして、遂には敵が壁際に押し込まれ、先程とは真逆の展開になった。
「フッー!フッー!」
アーロンの口は歯を剥き出し、食いしばられ、興奮した獣の威嚇のような声が漏れている。体を覆う魔力はより凄惨に吹き荒れて小規模の嵐を思わせる。しかし、よく見れば全身から汗が噴き出しており、怒り狂った表情の中に痛みに耐えるかのような感情が混じっていた。実際、魔術を使ってから敵の攻撃など掠りもしていないにもかかわらず肌が裂け、目や耳からも僅かながら血が流れていた。
この戦いで使われた魔術はアーロンのとっておきであることは間違いない。過去にもこの魔術を使う事でランク7に認定される偉業、ベスティアレックスという魔物を倒す際にも使われた。だがこの魔術はとてつもなく使い勝手が悪く、アーロンとしてはあまり使いたくない奥の手であった。
この魔術を発動する際にまず思考、理性などを代償にしなければならず、その対価に魔術で全身に魔力を回すことで体を無理やりに強化し、その上で生物としての安全装置リミッターを外す。当然、体の耐久なども多少なりとも強化されるが微々たるもので、魔力のほとんどを攻撃性能に回されている。そのせいで攻撃するだけで有り余る力に振り回された身体、筋肉や骨が自傷してしまう諸刃の剣であった。おまけに無理やりに強化していることもあり、短時間しか持たず、理性が殆ど飛んでいる為、連携の様なものは取れない。当然、効果が切れれば魔力、体力とも尽きてしまい、よくても気絶してしまうため使い勝手が非常に悪い物だった。
「グギャァァァァァァ!!」
敵は自身が持つ再生能力がアーロンの猛攻に追いつかなくなっていく。付け加えて攻撃と防御の要の腕が切り落とされ既に無い為、攻撃も防御も難しく、全身から黒い煙を噴出させながらボロボロにされてしまった。しかし壁際に押し込まれ、避けることも難しくなった敵は先程までの怯えを消して憤怒の感情を持って叫ぶ。
彼にとって、ここに下りてくる物はすべてが自身より圧倒的な弱者で遊び道具の様なものだった。気の赴くまま嬲り、絶望の声を楽しんで、相手が力尽きて遊び終われば残りは食べるだけであり、今のアーロン達のように抵抗されるようなことは一度もなかった。確かに今回は今までここに落とされ、時に運ばれてきた獲物たちとは違った。しかし自身に抵抗こそすれども自身の命を脅かすには程遠く、歯ごたえがあり、長く遊べる変わったおもちゃ位の認識だった。なのに今は、それが自身の命を脅かし、不遜にもこちらを見下している。まだ自我が大して芽生えておらず、生物としては未熟な存在だったが自身の命の危機に生まれたこの激しい怒りが彼を掻き立てる。彼にとってこの現状は到底許せないことだった。この空間は自身が最も強く、王といっても差し支えない存在。故にこの土壇場で彼は怒り、最後の力を振り絞ってアーロンに吠えたのだ。
両者の動きが完全に止まり、にらみ合う。瞬きか、あるいは永劫にも似た時間の後、最初に動いたのは化け物の方だった。まだ辛うじて生きている両の足で床を蹴り、自身に残った最後の武器である口をアーロンがすっぽり入りそうなほど開き、跳びかかる。
「ウォォォォォォォ!!」
それを見たアーロンも応えるように一歩踏み込み、両手で大剣を握りしめると振り上げ、上から斜めに振り切ろうとする。
激突、瞬間凄まじい暴風と爆発が2人の間で発生して包み込む。目も開けられぬほどの嵐の後、カツンという軽い音が床を叩き、視界が晴れる。そこに立っていたのは大剣を振り切った姿のまま静止したアーロンであり、当の化け物は身体が完全に両断され、床に転がっていた。
「なんという力だ・・・」
ルーカは唖然としたまま呟く。動き出した敵に決死の抵抗も虚しく吹き飛ばされ、アーロンの凄まじい叫び声を聞いた後、何とか邪魔にならない様に端に這って移動して戦いを見ていたルーカだが傍目にはどちらが化け物か見分けがつかなかった。
そして今、凄まじい一撃のもとついに決着が着き、呆然としてしまう。
(これがランク7、人が努力で行き着くことが出来る最高峰の冒険者か)
自身の仕えているエーベルトやヘンドリーナなどは確かにアーロンよりもランクが高く、強い。しかしそこまで行くにはもはや努力ではどうしようもない隔たりがある。故にギルドではランク7が人の至れる最高峰として位置付けられている。
(僕ももっと努力しなければなりませんね・・・)
そう考えた時だった。ゴフッ!という咳込んだ音が耳に届く。音の先を見てみればアーロンが血を吐き、膝からゆっくりと倒れていく姿が見えた。
慌てて痛む身体をおして駆けよれば先程の力が片鱗すら残さず消え、血の気を失い、顔色の悪いアーロンが倒れている。
(不味い、急いで治療しなければ!!)
そう思うがここはまだ敵の本拠地であり、流石に今すぐ治療は出来ない。力なく横たわるアーロンを肩に担ぎ、震える足に力を込める。その時、倒され、その身を溶かしながら崩れていく敵の頭付近に何かが転がり落ちて鈍い輝きを放っていた。
(あれは・・・)
早く脱出しなければならないと逸る気持ちを抑え、アーロンを担ぎながら見に行くとそれは壊れかけた様にも見える鈍色の王冠だった。
ルーカはそれを手に取り、懐に入れると今度こそ顔を引き締め、出口に向かって走るのだった。




