十五話
暗い隠し通路の中を壁に手をやりながら慎重に歩く。あまり使われていないのか通路はやや埃っぽいがアーロンは気にすることなく進んでいくと正面に壁の様なものを感じ、足を止める。慎重に壁を触るとちょうど腰のあたりに手を掛けられる取手の様なものが手に当たる。
(この先が寝室か)
予定ではルーカが先に部屋に入る為、ここで待機となる。軽く息を吐き、腰に佩いているファルシオンの持ち手に手をかける。
(最初は分からなかったが寝室に近づくたびに何か腐ったような悪臭が強くなった。おまけに空気も心なしか淀んだ重さを感じる)
ルーカの言っていた気配、そこから推測するにこの空気と臭いの原因は神器なのだろう。アーロンはまだ目にしたわけでもないのに間違いなく悪性のものだとはっきりと感じた。
(あまり長く居たくはないな・・・)
そんな空気の中、ただ息を潜め、壁の向こうに意識を向け続ける。
(音はまだ聞こえない。と言うよりも人の気配自体が感じられない)
夜も遅い為、寝ている可能性も考えられるがそれにしてもあまりにも人らしい気配が感じられない。アーロンの加護は戦神のものであるために斥候は得意分野ではないが、音が聴こえるくらいの薄さの壁で人がいるのなら何となく感じ取れる。それが無いのはあまりに不自然だった。
(これも神器の影響なのか・・・?だとすれば大分厄介だな。いや、神器というのならば神の加護にまで影響を及ぼしてもおかしくはないか)
頭のなかで気を紛らわすように思考をまわしていると突然、バンッという何かが開いたような音が聴こえた。瞬間、全身に力を漲らせて扉を開き、中に跳びこむ。
扉の向こうは先程見た部屋とよく似た造りで、違いがあるとすれば2部屋に分かれていたのが一室になっており、白と赤を基調とした部屋になっていた。アーロンは部屋の奥から入った様ですぐ手前には先程より大きな天蓋付きのベッドが置いてあり、視界の右、部屋の中央には大きな円卓と椅子が置かれている。それを挟むように仕事をする用の机と入り口があり、仕事机の後ろには大きなガラスの窓が設置されていた。
ルーカは予定通り正面の衛兵を気絶させたのだろう既に閉められた扉のすぐ近くに2人の男が倒れている。どうやら防音の魔術も既に唱え切った様で今は作業机の方を見ている。
(あれが国王か)
作業机には太った50手前位に見える男が座っていた。短く刈られた茶色の髪、脂ぎった顔に年相応の皺が刻まれた草臥れた顔をしている。一見して金が掛かっていると分かる赤いローブを纏っており、何も知らなければ魔術師かと思う様な出で立ちであった。
国王は突然の侵入者相手に光のないガラス玉の様な目でこちらを見ており、それがあまりにも不気味さを醸し出していた。
「何用かね?礼儀知らずの田舎者」
酷くしわがれた声で王はこちらに問いかけてきた。当然の質問の様にも感じられたが状況からすればあまりにも落ち着きすぎであり、逆に違和感が残る。
「ずいぶんと余裕なのですね」
ルーカもそう感じたのか武器を手にしながら目を鋭くして男を睨みつけながら言葉を返す。
「ふん、お前たちが入ってきたことなど分かっていた事だ。本来なら兵を送るが少しばかり興味が湧いてな、ここに招いたまでだ」
ため息を吐き、疲れた様に言葉を口にする。
「フン、そいつはありがたいね」
アーロンが吐き捨てるように言うが男は特に気にする素振りもなく椅子にどっしりと座ったままだった。
「お前たちの狙いはどうせあの王冠だろう」
あの王冠と言うのは間違いなく崩壊の王冠の事だろう。
「話が早くて助かります。お渡し願えますか?あれは私欲で使われて良い物ではない」
ルーカが厳しい声音で問いかける。
「ふん、そう言われて渡す奴がどこに居るものか。あれは我が野望の為に必要なものだ」
呆れた様な態度で王は返事をする。
「まぁ、そうですよね。では力づくで奪わせていただきます」
そう言うとルーカは話を絶ちきり、軍刀を顔の位置まで持ち上げ、相手の方に切っ先を向けて突撃する構えを取る。アーロンもそれに習い、ファルシオンをだらりと下げながら走る構えをした時だった。
「クックック・・・アハハハハハ!」
突然、王が狂った様に笑い出した。
「なにが可笑しい」
思わず低くなった声でアーロンがそう問いかけると
「言ったであろう、お前達を招いたと。王冠が欲しいのだったな、ならば見せてやる」
歪な笑みを浮かべながら王は左手を振りかざし、作業机の側面を叩いた。その瞬間、バカンという音と共にアーロンは浮遊感に襲われ、視界は下に流れていく。
(落とし穴!)
どういう仕組みなのかは分からないがアーロン達が立っていた床だけが抜け、ルーカ共々落ちていく。閉じていく床と共にしわがれた声が聴こえてくる。
「精々あがいてくれよ、直ぐに死なれては実験にもならんからな」
その言葉と高笑いの後にアーロンとルーカは闇の中に落ちていった。
落ちていく浮遊感と闇の中、歯噛みしながら咄嗟に魔術を唱える。
『風精よ、願うは天翼、孤高の大鷲』
落ちていく身体を風が包み、速度が遅くなっていく。
そして家が縦に10は優に収まるだろう高さを落下した後、足が地面に着き、魔術の行使を止める。
「ルーカ!」
「はい、僕も無事です。今、明かりを点けます」
どうやらルーカも無事に着地した様だ。
(今の声の響き方からかなり広い、おまけに足元に何かが散らばっている)
状況は限りなく悪く、最後の言葉から何かが此処にいる可能性が高い。ファルシオンをしまい、背中のグレートソードに手を掛ける。
その時、空中に向かって光球が飛び、周囲を照らした。その明るさに一瞬目を細めるが直ぐに慣れ、部屋の正面を見る。目の端、直ぐ近くにはルーカもおり、本人が言った通り怪我は無さそうだった。2人が落ちた場所は広いドーム状の部屋で、天井にはアーロン達が落ちてきた縦穴があり、今は封鎖されている。しかし、アーロンもルーカも周囲をじっくりと見渡すような余裕までは無かった。なぜならば2人の正面、壁際に明らかな異物がこちらを見ていたからである。
それは一見人間の様にも見えた。しかしあまりにも楕円な頭頂部をしており、首の様なものは見当たらず、胴体に直絶頭を付けた様な見た目をしていた。異常に長く細い手が地面に向かって真っすぐと伸びている。目は丸く、真っ黒で光が見られず虚空を思わせ、刃物で削いだかのような鼻に開ききった歯の無い口が見える。胴体は膨れているようにも見えるのに、あばら骨の様なものが浮き出ており気味の悪さがにじみ出ている。それに加えて異常に大きく、そこらの家と比べても遜色ない。体には顔の様なものがいくつも浮き上がり、絶望したようにも、恨んでもいるようにも見える表情を浮かべている。頭には王冠の様なものが被せられており、それはまるで自らが王だと主張するかのようだ。あの時、遭遇した正体不明の敵。それが進化したような見た目で佇み、こちらを見ていたからである。
「あの時の・・・」
唖然としながら言葉を口にする。国境付近で目撃した謎の魔物、その進化系ともいえる姿が2人の前で不気味に佇んでいた。
「あれがアーロンさんたちの遭遇した魔物ですか・・・」
「恐らくな。ただあれほど不気味では無かった」
そう言いながらグレートソードを前に構え、持ち手を強く握る。
まだ、魔物は動かず、あの時と同じようにこちらをジッと観察している。
「一旦、俺が前衛を持つ。お前は明かりの確保を最優先にしろ」
そう言いながら数歩、前に出る。
「分かりました」
言葉は少ないがルーカが後ろに回りながらいつでも動き出せるように構え、敵の様子を窺おうとしたその瞬間だった。あの時と同じように敵は上下に激しく動き始めると狂人の様な笑い声をあげる。それに合わせて体の至る所にある顔からもゲタゲタケラケラと笑い声をあげ始め、この世の終わりを思わせるような合唱が始まる。
思わず顔を歪め、生理的な嫌悪が湧き上がるのを感じるがグッと腹に押し込め、敵の初動に注視すると声を上げたまま、敵が右腕を大きく振り絞るのが見えた。
長年の勘とでもいうべきか、それともあえて見ない様にしていた現状から想起されたかは定かではないがアーロンの脳裏に一つの予感がせり上がり、ほぼ反射的に声を張りながら剣を前に翳しながら横に走る。
「走れぇぇぇ!」
振り上げられた腕は床に散らばっていた何かを弾き飛ばしてきた。飛ばされてきた細かい物体はアーロン達が先程までいた場所を突風が吹いた後の様に掻き乱す。
それは白く、何か固いものが強い衝撃で砕けた様な見た目をしていた。最初にこの場所に降り立った時は廃墟の様に建材が砕けた後なのかと思いもした。しかし魔術の明かりに照らされた後、分かってはいたのだ。
それは骨だった。恐らく最近、消えた人間は今のアーロン達の様にここに連れてこられた後に敵に殺され、食われてしまったのだろう。その残骸で床が埋もれていたのだ。あの鼻につく匂いも淀んだ空気もすべてはこれが原因だったのだ。
「チッ、とんだ野郎だ」
走りながら愚痴を零す。それからも敵は腕を振りながらアーロン達に向かって骨を弾き続けている。
「埒が明かないな。一旦、別れて攻撃が来ない方があいつに攻撃するぞ」
「了解です」
そして飛んできた骨を左右に分かれて避ける。
(俺の方に来たか)
どうやら敵はアーロンの方に注意を向けたようで再び、骨を弾き続ける。その動作を見てルーカが敵の側面に回り込みながら全力で足を回し、急接近してく姿が見える。
敵はアーロンに対して攻撃したばかりで反応が遅れ、近づいてくるルーカに対して今しがた使った方の逆の手で反撃をしようとしていたがルーカの方が僅かに速く敵の懐に飛び込んだ。そのまま敵の横をすり抜けるようにして足を切りつける。
「ハァァァ!」
ガシン!と何か鉄にぶつけた様な音が響く。
「グギャァァァァ」
足に浮き出ていた顔が叫び声をあげる。しかし、血の様なものは出ず、僅かに切られたところの口から黒い煙が噴き出る。また予想よりも傷がかなり浅い。
(なんだ?まさかあの見た目と動きで外皮が固いのか?)
それを見やりながらアーロンも肩に剣を担ぎながら追撃を仕掛けるために接近する。足の顔は苦悶の声を上げ続け、口からは黒い煙のようなもの出し続けているが上部の顔は痛みすらないのか気にすることなく、走り抜けていこうとするルーカに向かって手を伸ばす。
しかし、ルーカは難なく駆け抜け、その攻撃は空振りに終わる。そこへアーロンが肩に担いだグレートソードを敵の背に向けて力いっぱい振り下ろす。周囲の骨が飛び散るほどの勢いで踏み込まれ、振り下ろされた一撃は敵の背中にルーカが付けたものよりもはっきりとした亀裂を作る。しかし背中にある顔達は先程と同様に凄まじい悲鳴をあげるがやはり両断することは出来ず、また敵も僅かにふらつく程度に終わってしまった。
(なんつー硬さだ!こっちの手が痺れる!)
予想よりも遥かに低い戦果に歯噛みする。
その瞬間、敵はあまりにも長い両手を伸ばしてその場で回転し、アーロンを虫の様に弾き飛ばそうとする。流石に回避は難しく、何とか剣を盾にするがゴン!という凄まじい音と殴打の衝撃にアーロンの巨体が浮き、弾き飛ばされる。
巨体から出されたあまりにも重い一撃に目を開く。何とかバランスを崩すことなく着地し、床に足を滑らしながら停止するが今の一撃で再び距離が離れてしまった。
(今のでも致命傷にならずか。おまけに硬く、力も強い。厄介だな。)
敵は回転が終わった後、再びルーカとアーロンを左右に見ながら気味の悪い笑い声を上げ続ける。どこか突破口を探そうと敵の全体を見ていると今、傷ついた箇所で吹きだし続けていた黒い煙が徐々に弱まっていくとともに、肉が蠢きながら修復しているのが見えた。
(おいおい、回復までするのか。最悪だな)
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。ルーカも端正な表情をしかめながらその様子を見ていた。
(とにかく何か突破口を見つけないと不味いな)
そう考えながら剣を肩に担ぎ直す。それから敵は自身に大きな傷を負わせたアーロンに狙いを定めたのかルーカを完全に無視する形で突撃してくる。どうやら大きくなったが速度は変わらず素早く、重さも相まって凄まじい迫力で腕を振り回し、腕の圏内から離れれば床に散らばる骨を弾き飛ばしてくる。やっていることはあまりに単調で簡単なはずだがそれ故に隙がない。
流石のアーロンも後手を踏まされ続け、回避に専念せざるを得なくなる。合間に攻撃を仕掛けようと踏み込む素振りをするがその度に回転され、がむしゃらに振るわれる腕をかいくぐる事が出来ず、まともに近づくことが出来ない。
ルーカも背後から援護するため剣を振るうがやはりダメージにはならず、敵は完全に無視を決め込んでいた。攻撃用の魔術でも使えれば話は変わるかもしれないが明かりの魔術を行使している為にルーカは他の魔術を使う事が出来ず、アーロンには唱える隙がない。
「おい!なにかいい案でもないか!?このままだと間違いなく削られる!」
「あったらやっていますよ!」
ルーカも疲れと先の見えない終わりにややイラつきがあるのか口調が乱れる。敵は変わらない調子で地を駆け、宙を舞い、アーロンを追い詰める。
アーロンの身体は未だに大きな怪我こそないが敵が腕を振り回して攻撃する際に周囲の骨の破片が飛び散る為、かすり傷が目立つようになってきた。
そして何とか立ち回っていたが遂に壁際まで追いやられてしまう。
「チッ、このクソッタレが!」
悪態をつきながら壁を背に大剣を前に構え、覚悟を決める。敵は相も変わらず不気味な声と風貌でアーロンに迫っており、今まさにアーロンを殺そうと右腕を振り絞り、横薙ぎに払おうとする。
その動きを見て、アーロンは敵を目掛けて全力で駆け出し、大剣を敵の拳が通る位置に翳す。
拳は寸分たがわずアーロンの頭を目掛けて放たれ、間にあった大剣に当たる。衝突した瞬間、鉄同士が擦れ合う様な音が響き、敵の拳はアーロンの大剣を滑る様にして後方に流れていく。
「ウォォォォォォォ!」
裂帛の声を放ちながら走る。受け流しているというのに手には敵の拳の威力が如実に感じられ、今にも叩きつぶされてしまいそうだった。
何とか敵の攻撃を受け流し、股下を潜り抜けて距離を取り、荒い息と破裂してしまいそうな心臓を何とか抑え込もうとする。敵は何を考えたのか動きを止め、再びこちらを光の無い瞳で観察している。戦いは未だ敵が完全に優勢なまま仕切り直しの形になった。




