十三話
間の話なので少し短いです
朝、2人は再び村長と交渉して食料と水を補充したのち、早々に村を出て旅を続ける。幸いな事に今までの悪運が消えたようで天候に恵まれ、気持ちのいい空の下を歩く。小国も帝国と同じで周囲が丘陵帯である為、なだらかな丘が続き、緑の波の様になっている。一応通行は有る為、蛇が這ったような道跡があるがそれほど使用は多くないようだ。イリシィオの城下町が鎖国する前はもう少しまともな道の体を取っていたが今はその影もない。また身を隠せるような場所もなく、かろうじて所々に木が生えている場所は有るが天気が悪ければ最悪としか言えない道だ。当然敵に見つかりやすく出来れば早く通り過ぎたい気持ちが湧き上がるが体の疲れも抜け、晴れている今であれば心地よさが勝る。エンリータもまともな睡眠が取れたことで鼻歌交じりに隣を歩いている。
暫く歩を進めながら付近で最も高い丘の上に立てば、遠くに豆粒の様な大きさの小国の城の天辺と周囲を囲む城壁の上部が見えるようになってきた。
「ねぇねぇ!あれがイリシィオ小国の城なの?」
「そうだな、ようやく見える位置まで来た」
エンリータは感嘆の声を漏らしながら目の上に手で庇を作りながら楽しそうにしている。
「とはいえ、まだ3日はかかる。早く行くぞ」
そう言いながら荷物を背負いなおし、再び目的地に向けて歩く。その背を追うようにエンリータも小走りに後ろに着いてきて鼻歌をならす。穏やかな空気はまるで嵐の前の様にも幸運の兆しの様にも感じられた。
その後、いっそ恐ろしいほど旅は穏やかに続き、帝国から旅立って12日目。目と鼻の先にイリシィオ小国を見下ろせる高い丘の上に2人は到達していた。丘は木々がそれなりに生えていて身を隠すにはちょうど良く、今はその影に腰を落として休息を取りながら待ち人からの接触を待っていた。
「はぁ、着いたのは良いがこの先はどうするのやら」
そう愚痴を零しながらアーロンはワインを口にする。
「確か部下の人が来てくれるんだよね?」
「あぁ、集合場所も恐らくここのはずだ。ただ内容が内容なだけに夜に接触してくる可能性もある。とにかくどう行動するかは分からん。何時でも動き出せるように今の内に身体を休めておけ」
そう言うとアーロンは木を背に目を瞑り、仮眠を取り始める。エンリータも暫く周囲をちょろちょろしている気配がしたが飽きたのか大胆にも荷物を枕に寝始めたようだ。心地よい風が頬をくすぐり、草と土の匂いが混じった温かい風が通り抜ける。アーロンの意識も徐々に微睡、夢の世界へと旅立つのだった。
頬を撫でる風に冷たさが混じり、陽の光が朱に染まる頃、アーロンは変わった気温に少し身じろぎしながら目を開ける。
(結局、部下とやらは来なかったが・・・)
そう思いながら身を起こし、夕飯の支度を始める。とはいえ鎖国している小国の目と鼻の先なだけに火は使えない。暗くなれば明かりが目立ち、それで万が一巡回兵を向けられては堪らない。
いつもの様に固いパンとワイン、漬けられた野菜と干し肉を取り出しつつエンリータに声をかけ起こす。
そして2人して決戦前と呼ぶにはいささか侘しい食事を取っている時の事だった。食事をする音と風が吹きぬける音に混じって僅かに土を踏む音がアーロンの耳に聴こえた。反射で腰に佩いていたファルシオンに手をかけ、闇に飲まれつつある木々の向こうに目を向ける。エンリータは最初不思議そうな顔をしていたがアーロンの動きを見て、何かあったのかと察し、同じようにダガーを抜く。
そのまま警戒を続けていると、足音は確実に2人の方に明確な意思を持って近づいてくる。
(恐らく、例の部下だとは思うが・・・)「誰だ」
暗闇に向かって声をかける。
「あぁ、すみません。警戒させてしまいましたね」
その声は爽やかな好青年を思わせる声で、しかし不思議と記憶に残りにくい印象を持たせる。
そうして表れたのは細身の青年だった。体格はアーロンよりは低く、細いが棒切れでは無く、引き締まった野生の動物を思わせる。顔は中性的で長い茶髪の髪を後ろで一くくりにしている。目じりがやや垂れ下がっており、親しみやすさを感じさせ、スッと通った鼻と薄い唇に全体的に細い輪郭。服は一般的な旅人と言った風だが顔のせいで、いっそお忍びの貴族の坊ちゃんと言われても違和感がない。腰に佩かれた二振りのサーベルは特に目立つようなものは無く、どこにでもある様な見た目だった。
「初めまして、僕はエテルニタス帝国軍諜報小隊所属のルーカ・デルラと言います。そちらはアーロンさんにエンリータさんでよろしかったでしょうか?」
ルーカ・デルラと名乗った男は見た目通りに何とも柔らかげな口調で話しかけてきた。
「あぁ、その通りだ」
返事をしながら一応の警戒だけは残しつつ、武器を下して話を聞く姿勢を見せる。
「それは良かった。では申し訳ないのですが直ぐに今回の任務の話をしても良いですか?正直あまり時間がなさそうなもので」
ルーカは微笑を浮かべたまま手でアーロン達に座るように促す。そうして全員が腰を一旦落ち着けた所でルーカは内容を喋り始める。
「今回、行う任務ですが僕が見つけた隠し通路を通って、イリシィオ小国の城内部まで一直線に侵入します。道は城の庭園に通じているのでそこから内部に潜入。その後も隠し通路を進みながら目的地である寝室まで一気に入り込みます。内部の通路も既に把握してありますので案内はお任せください。それと一応通路の地図もお渡ししますね」
そう言いながらルーカは簡単にまとめられた地図をアーロンに渡す。
「おい、潜入なのはいい、だが俺含め城の内部を隠れて進むってのは苦手、というよりほぼ経験がないぞ」
流石に冒険者として様々な経験を積んできたアーロンだが廃墟なら兎も角、使われている城に潜入はした事は当然ない。その上、小国と言っても王の寝室付近の警備が緩いとは思えない。また魔術を使って身を隠したとしても魔道具や同じように魔術で看破されてしまう危険性が高い。そもそもそういった類の魔術は戦士であるアーロンからすれば必要性がほぼない為に不得意であり、エンリータに至っては今後は分からないが今のところは未熟としか言いようがない。
「そこはご安心を、僕はこれでも潜入のスペシャリストですからその手の魔術は自信があります。それに今、お渡しした地図も僕が実際に通って描いた地図ですしね」
そういって少し誇らしげな笑みを浮かべる。
「なら、そもそもお前だけでも神器の奪還は可能じゃないのか?」
「そう、問題はそこなのですよ」
疑問を投げればすこし食い気味にルーカが口を挟む。
「内部に潜入して、色々と見て回ったのですが確かにあるはずの神器は見つからずでして。一番怪しい王の身の回りを探っても出てこず、その上王の様子も可笑しい」
「様子が可笑しい?」
「はい、どうにも虚ろな表情で、感情が抜けきってしまっている。まず間違いなく神器の副作用だとは思うのですがそれだと逆に大人しすぎるうえ、日々の仕事自体は出来ている」
ルーカは眉間にやや皺を寄せながら話を続ける。
「下級の兵士や下働きなどは不思議がってはいましたが普段がわりと愚者で暴君でしたからね、むしろホッとした様な感じです。反対に側近に当たる者達は明らかに淡泊、というか人らしさが同様に抜けている」
「なら王含め、側近連中まとめて神器の影響を受けているという事か」
「はい、間違いなく。とはいえそのお蔭で内部まで簡単に潜り込めた訳ですけどね」
神妙な顔をしたままルーカは軽くため息をつく。
「それで、寝室が怪しいってのには理由が有るのか?」
「はい、既に聞いているとは思いますが神器には特殊な魔力の波動があります。それが寝室からが一番強く感じられる点、加えて時折、様子のおかしい兵士が・・・そうですね、ちょうどエンリータさん位なら隠せそうな袋を担いで入って行く所を目撃したのです」
アーロンの脳に良くない予感がよぎる。
「それはもしかして最近帝都付近でも起こる行方不明の子供なんかが関係しているのか?」
「恐らくは。私がこの付近の調査に入ってからイリシィオ小国の子供が消える数がかなり増えているのも合わせて間違いないでしょう」
「だとすれば神器の影響だけならまだしも、邪教の集団も絡んでいるかもしれないな」
思わず気が重くなる。今こそ大分なりを潜めたが大陸には破壊神を崇め、その手伝いをする人間も確かに存在する。理由はそれぞれだが生贄や、暴動、封印されていた魔物などを解き放つなど厄介な連中である。少なくとも正気では無く、言葉が通じない。各国も見つけ次第、討伐に乗り上げるが肝心の頭は捕まらず、洗脳されていたり精神が壊れてしまっている末端しか出てこない。そんな彼らが絡んでいるかと思えば気が重くなるのも仕方がない事だった。
「その可能性も無くはないですが恐らく今回は神器だけかと思いますよ。暗い雰囲気こそ小国内に漂ってはいますが彼らの痕跡も表には無いですし、何より小国には特に封印されているような魔物もいません。何より我らの英雄エーベルト・エテルニタス様もすぐに来られる位置ですからね。国の位置も四方から攻められ易いのも相まって今回は違うかと」
「だと良いんだがな」
頭の後ろを掻きながらアーロンは渋い顔で答える。
「何はともあれ、問題がなければ早速今夜にでも忍び込みたいのですがよろしいでしょうか?」
ルーカは改めて顔を引き締め、アーロン達に問う。
「まぁ事情が事情だからな、俺は構わん。作戦はお前に任せていいんだな?」
「えぇ、我が誇りにかけて。エンリータさんもよろしいですか?」
「うん、大丈夫だよ!でもワタシ、正直戦力になれるかは分からないけど・・・」
「お任せください、そこの所も考慮してありますとも」
そう言いルーカは自信ありげな微笑を浮かべる。
「了解!それじゃあ、お願いします!」
そう言いながら両手を上げ、エンリータも笑顔で返すのだった。




