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アーロン  作者: ラー
一章

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十二話

「んん・・・」

夜、虫の声もしない時間帯、エンリータは苦し気な声を漏らしながら目を覚ました。

「ここは・・・ってワタシ!あれから、どうなって・・・?」

身体を起こし周囲を見渡しながら呟く。部屋の中には薄い月明りだけが差し込んでおり、気を失う前の光景とは打って変わって静かな時間が流れていた。頭はまだはっきりとしておらず、状況が頭に入ってこない。

「確か・・・あの化け物に殴られて・・・駄目、その先の記憶がない」

腕を組み、頭をひねるがどうやらあそこで気絶したらしく記憶が途絶えている。

「そう言えば・・・怪我は?」

自分の身体を診回してみるが殴られたところを中心に痛みこそあるものの、各所に治療の跡があるだけで大きな怪我はない。骨の類も折れていないようで熱さも響くような鈍い痛みもない。

「アーロンがやってくれたのかな?というよりここどこだろう?」

どうやら部屋は自分しかおらず、特に音も聞こえてはこない。

「はぁ」

ため息をつき、自分が寝ていた布団に倒れ込む。

(どうしよう・・・?)

多少は頭も目覚め、眠気が薄れていく。そうして暫く布団で耽っているとコツコツという音と木が軋むような音がエンリータの耳に届いた。今、自分の状況を把握できていない事と明らかに無防備で居ることも相まって僅かに身を強張らせ、息をひそめる。

(誰?)

そう思いながら扉がある方を睨み付ける。扉の先、恐らく廊下を歩いているだろう音は徐々にエンリータのいる方に近づいている。そうしてちょうど扉の前で音が止まり、ゆっくりと開けられた。


アーロンは静かな夜の廊下を水差しを持って歩いていた。

(治療は済ませたが起きられるかは分からんな。ましてやこのまま旅に着いて来られるどうかも・・・)

冒険者は荒事も多いゆえに新人も玄人も魔物にやられたことで肉体的に、あるいは精神的にやられて出来なくなることも少なくはない。今回、エンリータ自身もかなりの恐怖を身に受けたのは間違いない。

(起きたらその辺のことも話し合うか)

そう考えながら彼女の眠る部屋の前に立つ。そこでふと、中で彼女が起きている気配を感じた。

一応ゆっくりと扉を開けるとシーツで身体を隠すように抱えてこちらを睨み付けるエンリータが布団の上にいた。どこか小動物が威嚇しているようにも見え、少しほほえましく思う。扉を開けたのがアーロンだと分かったからか、エンリータはあからさまなため息を吐き、力を抜く。

「気が付いたか。治療はしたが問題はあるか?」

布団に近づきながらそう尋ねる。

「ううん、多少痛いとこは有るけど大丈夫だよ。やっぱりアーロンがやってくれたんだね、ありがとう!」

笑いながらエンリータはアーロンに礼を言うがそもそもあのような安直な攻撃をしなければエンリータが傷つくことは無かったと思うと後悔が湧いて出る。

「いや、礼はいらん。そもそも俺の失態のせいで起こった事だ」

そう言うと水差しからコップに水を注ぎ、手渡してやる。

「ううん、こんな仕事だもん、誰だってこうなる事はあるよ。それに最初に固まっちゃって動けなかったのはワタシだしね」

コップを受け取りながらエンリータは陰のない笑みを浮かべる。

「それでもなのさ」

短く返しながらアーロンも近くの椅子に座る。

「さて、気になっているだろうから現状を話そう」

そう言うとアーロンはエンリータが殴り飛ばされた後の事を話す。

「そっか、今は目的地の村なんだね」

2人がいる場所は国境付近の村で幸いにも空き家を貸してもらっている状況だった。

「でだ、一応聞くがお前はこれからどうする?この依頼にまだ着いてくるか?」

そう真剣な表情でアーロンはエンリータに尋ねる。

「村に着く前に遭った魔物の事もある。もしかしたらあのようなのがイリシィオの国境内をまだうろついている可能性もあるうえ、侵入先の危険性もこれだと相当なものだろう。おまけにお前の短弓は折れてしまった」

そう言うと彼女は少し考え込むような顔をして、目を閉じる。

「あぁ、もちろん戻るなら護衛はするし短弓の分の金も出そう」

アーロンはそう付け加える。

「ん~、ん!」

暫く唸るように考え込んでいたエンリータだったがようやく腹積もりが決まったのか顔を上げる。

「ねぇ、アーロン的には多分ワタシに帰って欲しいんだと思うんだけど、でもワタシはまだついていきたいなって」

そうどこか申し訳なさそうにエンリータは言った。アーロンは思わず目を少し開く。

「旅の最初にも行ったが危険だぞ。俺も守り切れるかは分からん」

「うん、それは分かっているし、力が足りてないのも、迷惑になるだろうなってことも」

そこで一旦区切り、両開きの窓からエンリータは外を見やる。

「でも、言ったでしょ、こんなワクワクする事見逃せないってね!」

笑顔で振り向き彼女はアーロンにそう言った。アーロン自身はここで帰ってもらって1人で行くのがお互いにとっていいだろうと思っていただけに少し驚いたが、確かにそう言っていたことを思い出し、深いため息をつきながらなぜか誇らしげに胸を張るミクロスの少女を見やる。

(仕方ないか・・・)

「分かった、ひとまずはお前の意志を尊重してやる。だから今日はもう寝ると言い」

そう言いながら立ち上がり扉に向かう。背後から呑気に「おやすみ~」という言葉聴きながら廊下に出て再び小さくため息を吐くのだった。


翌朝、日が昇り始めた頃、アーロンは目を覚ます。外からは村人たちの働く音が僅かに耳に聴こえる。体を起こし、水を飲んでから居間に向かう。

朝の身支度を終え、朝食を並べてからエンリータが眠っている部屋に向かう。どうやらまだ眠っているようだがこの先を考えるのならば早めに起こし、目的地へ行かなくてはならない。

「おい、起きられるか?」

扉の前に立ち、ノックしながら訪ねる。

「ん~」

ややくぐもった声が扉の向こうから聴こえてくる。

「飯の用意が出来た。起きられるなら早く来い」

そう言うと「わかった~・・・」とか細い声で返答があり、アーロンは居間に戻る。

先に食事を取りながら待っているとドタドタと言う音が聴こえ「おはよう!」とエンリータが声をかけてきた。

「あぁ、用意は出来ているから食べるといい」

そう言うと彼女も椅子に座り、食事を始める。

「そう言えば今日はどうするの?」

「そうだな、お前に問題が無ければすぐにでも出ておきたい。まだ道半ばの上、ここからは昨日の事も含めて何があるか分からんからな。ちなみに昨晩も聞いたが本当に着いて来るんだな?」

「うん!まだ痛い所は有るけどこのぐらいなら大丈夫だよ!」

パッと見は元気一杯、いや少し動きがぎこちないかといった感じでエンリータは答える。

「分かった、ならもう聞かん。だが何かあれば言え。それと目的地に着くまでは俺が魔物に当たる。弓も壊れてしまったからな」

「わかったよ!」

返事を聞いたアーロンは席を立つ。

「どこか行くの?」

「あぁこの家を貸してくれた人に礼をしなければいけないからな。お前は食べ終わったら準備を済ませておけ」

そう言うとアーロンは外に出て行った。


村長や昨夜遅い時間にも関らずエンリータの治療に手を貸してくれた人らに一通り挨拶を終え、家に戻ってくるとドア先でエンリータが待っていた。

「あ、アーロン終わったの?」

「あぁ、お前も準備出来たな?」

「うん!いつでも行けるよ!」

そう言うとエンリータは両手をあげて自信ありげな顔を浮かべる。

「分かった、なら行くぞ」

荷物を背負い2人は再びイリシィオ小国に向かって歩を進めた。


最初のうちはアーロンも周囲を強めに警戒していたが特におかしな雰囲気や箇所は見られず、過去に通った時と変わりばえのない道のりだった。帝国領と比べればやや道の荒れが気になるが帝国が異常なだけで平均的な道だと言えるだろう。むしろ山越えも無く、暫くは平原が続くだけなので楽な部類と言える。魔物も今の所遭遇しておらず、穏やかな風がただ吹き抜けていくだけだった。

(昨日の魔物の死体は結局残ったままだった)

エンリータの治療などが終わった後、再度確認しに行けば死体は残ったままで消える様子は無かった。念のため再度火で燃やし、土に埋めたが未だにあれが何だったのかアーロンには検討がつかない。

(もしかしたら例の神器とやらが関係しているのかもしれん)

そう頭の中で考えながら歩く。

村をでてから1日目は何事もなく終わり、2日目は多少魔物に遭遇したが既知のものしか出ず、特に足を止められることは無かった。3日目は朝から天気が悪く、思わず渋い顔をしながら旅をしていたが昼頃に風が強まったのを皮切りに雨が降りだし、慌てて木の下に潜り込む。

「雨、やまないねぇ」

エンリータがポツリと呟く。

「こればかりは仕方ない、むしろ木の下に座れるだけましだ」

そう言いながらやや不機嫌な顔をしながら空を睨む。

帝国から出て7日目。エンリータの傷は良くなってきてはいるがイリシィオに近づくたびに道は更にボロボロになり、結局全体の速度は落ちてきている。

「この調子なら後4日か5日はかかるな」

ため息を吐きながら外套を掻き抱く。外套と木々が雨を防いでくれていても寒さまではどうにもならない。エンリータも時折手に息を当てながら寒そうにしている。

「取りあえず体力を失わない様にしておけ、風邪を引いたら最悪死ぬぞ」

そう言い、目を閉じて雨が上がるのを待つ。

幸いにも夜には雨が上がり、最悪の展開は避けられたものの木々が濡れている為、火も使えず厳しい夜を2人は迎えた。

8日目、寒気により碌な睡眠を取れなかったが2人に進む以外の選択は取れず、無言で歩を進める。途中にした狩りや村で分けてもらえた食材や水もやや尽きかけており、早めに次の村に着く必要がある。アーロンはまだ体力気力共に慣れもあって余裕があるがエンリータはそうもいかない。こまめに休憩を取りながら、もはや街道とは言えない平原を延々と行く。途中、流石にこのままではエンリータが力尽きると判断したアーロンは荷物をすべて持つ。いつもなら元気な笑顔と雰囲気のエンリータも下を見る時間が長くなり、暗い雰囲気が漂う。

(これは今後、馬の購入も視野に入れないと不味いかもしれん)

そう思いつつ歩みだけは止めない。夕刻も近くなった頃、ようやくイリシィオ小国の辺境の村が見え始める。エンリータを励ましながら村の近くまで来ると流石に外で作業をしている者は無く、夕飯の時間も過ぎている為か静かな空気が流れていた。

「何とか村にはたどり着けたな。取りあえず村長か誰かの軒下でも借りられればいいのだが」

「はぁはぁ・・・そうだね。あぁ~疲れたぁ」

久しぶりに人の領域に戻ってきたため思わず安堵する。村が安全という訳ではないが平原で野宿するよりは魔物や野盗に襲われにくく、補給も出来て運が良ければ屋根ももらえるため旅の途中の村と言うのは楽園の様にも感じられる。

「さて、もうひと頑張りだ。一応前にも俺は寄ったことがあるから村長の家は分かる。着いて来い」

そう言いながら村の奥に足を向ける。幸いにも村長は起きていただけでなく、アーロンの事も覚えていてくれたようでスムーズに納屋を貸してもらえることとなった。翌日には金銭と食料を交換してくれる約束も取り付ける事ができ、不運続きの旅にも少しだけ幸運が舞い込んできたものだとアーロンも少し気を緩ませ、納屋に向かう。

納屋は藁が高く積んであり、他には何もなかったが藁のお蔭で固い地面では無く、壁も屋根もある為、今のアーロン達にとっては最高級の宿と変わらなかった。エンリータは流石に疲れ果てた様子で藁に倒れ込み、すぐさま寝息を立て始めてしまった。

(仕方あるまい、さて、飯の用意でもするか)

アーロンは納屋を出て、一旦村を出て薪を集める。前日の雨で未だに湿った枝が多いが多少温まるだけなら十分な量を集めてから納屋まで戻り、表で火を焚く。

久しぶりにしっかり休める事と補給の目途が立った事で腐りそうな食材と井戸の水でスープを作る。煮え終わり頃に寝こけているエンリータを起こし、食事を取る。

「ふうー寝ちゃってごめんね、でも生きかえった気分!」

「そりゃよかったな。取りあえず今日はもうすることは無いから食い終わったらすぐに寝るぞ」

「もちろん!もう何もしたくないしね・・・」

それにはアーロンも心の底から同意するような気持ちでスープを流し込む。塩で豆や乾燥肉を茹でただけだが疲れ切った体には十分に美味しく、沁みわたる。

既に空は暗く、村は寝静まっている為、虫の声とたき火の音しか聞こえない。村の部外者が夜に騒ぐわけにもいかないため、早々に食事と片付けを終わらせて納屋に入る。

一度装備の類は外し、布で身体を軽く清めてからアーロンは藁の山に埋もれるように横になる。同じように身ぎれいにしていたエンリータもすぐさま横になっており、早々に夢の世界へと旅立っていた。

(若手を連れるってのも大変なものだ。俺の時もそうだったのだろうな)

ふと、自身がまだクソガキとしか呼べなかった時代に面倒を見てくれていた人を思い出す。もう既にこの世にはいないがなんとはなしに感謝の念が浮かび、感傷に浸る。アーロンはそのまま静かに眠りについた。

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