五話
「ふぅ、これが予言の内容か」
暫く周囲の様子を窺っていたが脅威は完全に去ったものだとして武器をしまったアーロンは息を吐く。先程までと違い静寂が空間を支配しており、先程起こった現実の重さを訴えて来るようだった。
「あ、そうだ!」
アーロンの後ろにいたエンリータは夢が覚めたかのように声をあげると未だに呆然としているマリアベルたちの方へと駆けていく。アーロンはそれを横目にダークエルフの男が置いていった弓矢を拾いに行く。
「久しぶりだな、感動の再会、というには状況が悪いが」
「あ、アーロンさん・・・お久し振りです」
ぺこり、そう言う擬音が付きそうな挙動でマリアベルが頭を下げ、その横ではアリウスがぎこちなく追従する。後ろにいる大人の男女はこちらを観察する様に見ている。しかし、そこに悪感情のような物は無さそうだ。
「さて、落ち着いたなら話がしたい、いいか?」
アーロンがそう聞けばマリアベルたちは心得たとばかりに神妙な顔、いや、少しばかり不安な感情が混じった顔で頷く。
それからアーロンはマリアベルたちを引き連れて廃炭坑の外に戻っていく。幸いこの短期間に2度も人が通った事で魔物たちの姿はほぼなく、帰り道は非常に楽な形だった。エンリータは久しぶりに会った事が嬉しいのかマリアベルに並び、楽しそうに会話をしている。いつもならば油断をするなと声を掛けたかもしれないが今はマリアベルの精神状態的にも話しているほうが気も楽だろうという事で見逃している。勿論、他のパーティメンバーが周囲の警戒をしてくれている事が分かっている、というのもあった。
左程時間を掛けることなく外に出ることが出来たアーロン達を斜陽が迎える。炭坑内が涼しかっただけにその熱は眉を顰めたくなるほどだ。
「先に飯の準備といこう。一応聞くが用意はあるか?」
振り返ったアーロンがマリアベルに向けて聞けば彼女は後ろにいた男の方へと顔を向ける。顔を向けられた男は問題ないとでも言いたげに頷き、それを見た彼女は伝言ゲームのようにアーロンへと問題ないと頷く。
「なら、俺たちの野営場に来てくれ、そこで食事がてら話そう」
ぐつぐつ、焚火の爆ぜる音に紛れて鍋が煮える音がする。鍋と火の管理をしているのはマリアベルの仲間でヒューマンのケヴィンだ。彼はポーター兼雑務、と言った感じの役割を果たしているらしい。大柄な体で、一見厳めしい顔つきした武骨な男だが野営の手際や料理の腕は見事で非常に丁寧で素早い職人気質な男だ。
彼が務めるポーターは、規模の大きい集団になると必須と言っても良い程重要な役割で名前通りに荷物を運搬するのが主な仕事だ。アーロンのようなスタイルの冒険者だと縁がないが安定性を重視する、もしくはダンジョンに籠るのがメイン、と言った冒険者集団であれば間違いなく1人はいる程でポーターを最初から目指すような人物は少ないが需要は高い存在だ。なにせ1人いるだけで戦闘要員が常に身軽に動けるようになり、魔物の素材や採取した物を多く持って帰ること事が出来るのは大きなメリットだ。また、今回のアーロン達のように外に荷物を置いておくことが無い為、盗まれたりすることも無い。他にもポーターの冒険者ランクは信用とどれだけ手広く出来るかで決まり、高位であれば実質参謀や外交は勿論シェフ、薬師と旅で必要そうな能力を1人で切り盛り出来てしまう。いわば何でも屋、みたいなものだと言えるだろう。中には簡単な戦闘、時間稼ぎ位なら優にこなす者も居るぐらいだ。
「それで私たちは依頼を受けてここに来たんです」
ケヴィンが料理をしている間に全員の自己紹介を済ませ、アーロンは早速マリアベルたちにここまでの経緯を聞く。
どうやら彼女たちはこの廃炭坑まわりで怪しい人影と廃炭坑に行ったきり戻ってこない同業者の捜索で来たらしく、あのダークエルフを追って、という訳でもなければエーベルトと一緒に、という訳でもなかったらしい。つまるところ詳しい事は何も分からない、という事だった。
「それにしてもあんな奴がいるなんて思わなかったわ、英雄様もどうなったのか分からなくなってしまったしね」
マリアベルの横に居る女性、カティアが波打った白髪を右手でいじりながら疲れた様に愚痴を溢す。彼女は細い剣を腰に佩いており、格好もかなり軽装備の剣士、と言った雰囲気だ。瞳は赤く、静かにしていれば魔性とでも評されそうだが今は疲れが先行しているのか草臥れた仕事人のような雰囲気だ。
「アーロンさん、英雄様はどうなってしまったのでしょうか・・・」
カティアの言葉に先程の状況を思い出したのか表情を暗くしたマリアベルが呟く。
「さぁな、だがあのダークエルフの反応と、あの攻撃の雰囲気から別の次元に飛ばされた、と見るのがあってそうだな」
エーベルトを包んでいったあの攻撃は多少異質ではあったが闇の者が使う移動手段とよく似ていた。それゆえ、恐らく普通に転移したのではエーベルトに抵抗されてしまうのをマリアベルを囮に使い、神器の力を上乗せすることで別次元に飛ばした、というのがアーロンの予想だった。
「マリアベル、お前が悪いわけでは無い。守る選択をしたのはエーベルト自身だ。気に病むことはない」
「そうよ、マリア、私も何も出来なかったしね」
そう言ってカティアがマリアベルの頭を撫でる。その姿は姉妹の様で彼女たちの仲の良さを感じさせる。
「それにあのエーベルトが想像通り別次元に飛ばされたとして、それでどうかなるとも思えん。そのうち帰って来るだろう」
アーロンはため息交じりに呟く。確かにエーベルトが消えてしまったときはかなり焦ったが今になってよく考えればその程度でかの英雄が死ぬはずがないという確信めいたものがあった。何よりそんな程度で死ぬなら神を倒すことなど出来るはずがない。
「そうだね~、エーベルトさんがそれで死んじゃうのはワタシにも想像つかないな~」
アーロンの言葉にエンリータが合わせるように苦笑いを浮かべながら肯定する。
「そう、でしょうか・・・また、私が原因で」
「マリア、思いつめることはない。君が背負う事ではないよ」
「アリウス・・・」
偵察から戻って来たアリウスがマリアベルの肩に手をやる。彼の声には優しさと心配するような感情が混じりあっており、それが分かるのかマリアベルも口をつぐみ、深呼吸をする。
「ま、今は飯でも食って早く寝ろ。そうすれば気も晴れる」
そう言うとアーロンは全員分の食事を用意してくれたケヴィンに礼を言いながら器を受け取るのだった。
翌日、早々に起きた一行は帰り支度を始める。依頼を受けていたマリアベルたちだが依頼自体は終えているようでならばアウローラまで一緒に戻ろうという話になった。先頭はアーロンとアリウス、中段にはエンリータとマリアベル、最後方がカティアとケヴィンという配置だ。
「「・・・・」」
背後からはエンリータとマリアベルの楽しそうな会話が聞こえ、時折話を振られたカティアの声が混じると言った感じでまさに姦しいと言った雰囲気だ。反対にアーロンとアリウスが喋ったのはカリステオンのギルドが最後でおまけにお互いの素性を良く知らない。それにアリウス自身最初の出会いの場面、教団らしき者達に追われていた時の事を踏まえると何か隠しているのは間違いなく、両者の関係は良好とは言い難いだろう。おまけに両者ともに用事が無ければ会話をあまりしない性質のせいか歩き出してからずっと無言のままだ。ケヴィンも口数は多くはないが時折後ろの会話に混じって声がするため、アリウスとエンリータでパーティを入れ替えたかのようだった。尤も先頭を行く2人は特段その事を気にすることはなく、黙々と偵察をしながら歩いていた。
「今日はここで野営にする」
日が暮れる前にこちらに来るときにも使った場所で荷を下ろす。ある意味、即席のパーティで大所帯になったこともあって進みに何か影響でもでるかと思ったがマリアベルたちはなんの問題も無くアーロンの標準速度について来た。マリアベルも特に息を乱したりはせず、道中で魔物と遭遇もしたが軽くこなしていた。どうやら別れてからそれなりに修羅場をくぐってきたようだ。
(そういえばあの時の魔物はどうしているのだろうか)
マリアベルの村を襲った悲劇の元凶ソウルコレクター、彼魔物の情報は長く耳にしていない。どこかで暴れたりすれば突然人が一気に消えるのだから何か耳にしても良さそうなものだがアーロンの耳には時に入ってきていない。勿論、村などいくらでもあるし、今は戦時中、情報がなかなか出てこないことも十分にありうる。とはいえ、あれからそれなりに月日が経っていることもあってアーロンは好奇心が刺激された。旅の間はケヴィンが用意をしてくれることもあって時間に余裕もある、アーロンは腰を下ろして休憩しているマリアベルに近寄る。
「少しいいか?」
「あ、はい、何でしょうか?」
アーロンが話しかけると少しだけ慌てるような挙動と共に立ち上がる。
「あぁ、そう言えばソウルコレクターはどうしたかと思ってな。こっちはあれからなんの情報も得られてはいないが・・・」
アリウスは知っているだろうが他の2人まで話しているかは分からない為に小声で聞けばマリアベルは一瞬目を見開き、直ぐにいつもの表情、いや少しだけ硬い表情になる。
「・・・実は私もあれから探してみたのですが、これと言った情報はまだなく。探している状態です。ギルドにもお願いしてるんですけど今は戦乱の影響で向こうも忙しそうで・・・もちろん、何かあれば伝えてはくれるみたいですけど」
そう言って少しだけ俯いてしまう。それなり時間は経ったが彼女の心はまだ晴れないらしい。
「でも、アーロンさんたちと別れてから沢山冒険をして私も少しだけ自信が付いてきました。大切な仲間も出来て・・・改めてあの時、私をカリステオンまで連れて行ってくれてありがとうございました」
そう言って彼女は深々と頭を下げる。
「いや、大したことじゃない。何より今のお前があるのはお前が自分で立ったからだ」
「それでも、お礼がしたかったんです。なので受け取って下さい」
頭が下がったままそう言われてはアーロンとしても受け取らない訳にもいかない。というより年下の子供に頭を下げられっぱなし、というのはあまりにも絵面が酷い事もあって苦虫を噛み潰したような顔をしながら彼女の礼を受け取って頭を上げさせる。
「はぁ、見ない間に強くなったもんだ・・・」
「ハハハ、そうで無いと生きていけませんし、夢は叶いそうに無いですからね」
カラカラと心地の良い音でマリアベルは笑う。それにつられたのか暇そうにしていたエンリータが近付いてくる。
「どうしたの?何か面白い事でもあった?」
「いや、只の雑談だ」
そう言えばまだ面白そうに笑いをかみ殺しているマリアベルの方をエンリータは不思議そうな顔で眺めた。
「そうだ、アーロンさん、1つお願いがあるんです」
ケヴィンがこしらえた夕飯を食べ終えたマリアベルが真剣な面持ちで話しかけてくる。
「もしよければ明日、出立の前に一度私と戦っていただけないでしょうか?」
そう問いかける彼女の瞳はいつもの優し気なまなざしでは無く、強い意志が宿っており、深紅の髪が彼女の内心を表すかのように風に靡いた。
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