一話
「・・・大丈夫そう、行けるよ~」
先行していたエンリータの声が風に乗ってアーロンの耳に流れて来る。現在、アーロン達はアウローラ王国を目前にしながらも隠密行動を余儀なくされていた。イナニス島を発ってから既に20以上の日数が経過しており、数日の内にはアウローラ王国の門を潜れるだろうと位置に立っている。それにも関わらず足が鈍足なのはアウローラ兵による警戒が強いからだった。
アウローラ王国がエテルニタス帝国と戦争をしているのは周知の事実でアーロン達も門を潜るまで素通り出来るとまでは流石に思ってはいない。それ故に一番警戒が薄そうな道、帝国からすればリーベタース連邦から更に迂回しなければ通れず、イナニスからは最短の道を選んで進んできた。このルートの選択は正しく、国境付近や現在地付近に来るまではほぼ平時と変わらなかった。精々野盗が増えたことぐらいだろう。
変わったのはここ最近で、一気に警戒網に厚みが増し、力が入っている。一度普通に通れないか試してみたものの、かなり面倒な雰囲気で特にアーロン達が無所属の冒険者と知ると明らかに拒む様な物言いになっていった。
(ただ、どちらかと言えば外より内を警戒していた)
アーロン達が来た方向とは逆の方向、いわば自国側へ警戒が向いていたようにアーロンには見えた。
(普通に考えれば逃亡兵対策だが、それにしては物々しい)
戦争で一番困るのは逃亡兵だ。逃げる人を見ればそれに他の兵士も釣られ、士気はどんどん落ちてしまう。おまけに彼らが逃げた先は野盗一直線、治安や様々な生産業にも関わってくる。
(おまけにどこか怯えも見える)
戦争に対する怯えでは無い。戦時中でも今は小康状態である以上多少は恐怖から解放されていてもいいはずなのにその空気が一切ない。これはアウローラ王国内部で何かあったと見ても良いだろう。
「先が思いやられる・・・」
思わずと言った感じで独り言が漏れ出してしまう。なにせ下手すればせっかくアウローラに入れても補給はおろか宿に泊まれるかも怪しいと分かってしまうだけにアーロンから見た先行きは暗かった。唯一幸いなのは天龍に貰った加護のお蔭でエンリータと離れていても会話が出来るようになり、隠密行動が格段にしやすくなったことぐらいだろう。
それから2人は昼間に息を潜め、夕方から行動を開始するという形を取りながらなんとかアウローラ王国内部へと踏み入れる。幸い門自体はたまたまいた商人と交渉して護衛という体を取ることで正規の形で潜る事が出来た。これで何かあっても即座に追い出されることはなく、難癖もつけられにくい。
「ハァ、なんか疲れちゃったよ」
街中、少しばかり荒れているだろうか、牧歌的な雰囲気が流れていたアウローラらしくないせわしない空気が流れる道でエンリータはため息を吐く。旅の汚れも相まってどこからか逃げて来た子供のようにも見えたが周りの人たちは忙しそうに、面倒を避けるようにチラリと視線を向けては目を逸らしてカツカツと足音を立ててすれ違って行く。尤もその原因の一助を成しているのはエンリータの近くに立っているアーロンの存在も含まれているだろう。強面で恵体の大剣を背負った薄汚れた男が立っているのだ、平時なら気にもされないが時期がどう考えても悪いだろう。
「想定よりも時間が掛かったな・・・早めに宿で休むぞ」
普段の旅ならしなくていい苦労をしたためにアーロンも少なからず疲れていた。船の上で何もしなくても良い時間が有ったとはいってもまともな休みはずっと取れていない。強行しても良いかも知れないがいい仕事は休みが無ければならないのも現実だった。
2人はどこか陰鬱な雰囲気を持つ人波とどこか焦燥と恐怖の入り混じった兵士の視線を潜りながら受け入れてくれそうな宿を探す。多くの宿は王国所属で家を持たない冒険者や此処に留まらざるを得ない人々が既に多くを占めてしまっており、新参のアーロン達を素直に入れてくれそうな場所はそう多くはない。それでも何とか歩き回ってみれば値段が高くつきはするものの泊めてくれる宿を見つけ出した。
「ハハ、普段なら泊まろうとも思わないけど疲れた体には良いのかもね!」
部屋に案内されたエンリータの声は少しばかり弾んでいる。それもそのはず、普段の3倍は値が張る宿なのだ、野宿を続けて来た身と心からすれば凄まじい豪邸にしか見えない。汚れた格好で部屋に踏み入れたことが少しばかり申し訳なく思うほどだ。少なくともいつもの様にこのままベッドに腰を掛けることはしない方が良いだろう。
「・・・水でも浴びてからだな」
アーロンのどこか気まずげな提案にエンリータも同じことを思うのか苦笑いをしながら頷き返すのだった。
久方振りに全身を身ぎれいにして暖かく、美味な食事が出来たアーロン達は頬を緩めながら部屋でリラックスしていた。戦時中ではあったがアウローラの水は絶えることが無い為に風呂に問題なく入ることが出来たうえ、値段が高いだけあって食事も貧しい感じはしなかった。もしかしたら追い込まれはしたものの追い返せたことで商人の類が絶えておらず、帝国も田畑を焼き払うような事はしなかったことで食事も切り詰めるような事はせずに済んだのかもしれないとアーロンは食事をしながら思った。
(それでも空気まではどうしようもないか)
アウローラに流れる敗戦ムードは払拭しがたい。追い返せたことも幸運が味方しただけ、という印象が強く、もう一度本格的に帝国が攻めて来ようものなら今度は耐えられない、という事が皆わかっているのだろう。何よりそう思わせるだけの戦力差、もしくは国力の差が帝国と王国には横たわっている。他の中小国が軒並み破れていったこともそれを助長している。
(まぁ、俺に出来ることはないか)
所詮は1冒険者、神器は集められても戦争も政治も関与は出来ない。アーロンは頭を軽く振って思考をかき消す。
「エンリータ、明日からの予定を決めておきたいんだがいいか?」
「ん~?いいよ~」
ベッドで仰向けになって全身を弛緩させていた彼女は少しばかり眠そうな顔と挙動で起き上がってくる。
「まず此処に来るまでで余計な時間を使った。悪いが明日はもう準備期間に充てて明後日には廃炭坑の方へ調査に行く。問題ないな?」
「うん、それは大丈夫。でも廃炭坑ってどこにあるの?」
「ここからそうだな・・・ミヌスの廃城は覚えているか?そっち方面だが少しばかり北の方向にある山にある場所だ」
廃城は以前、謎の黒い霧が出ていた場所だ。思えば異空間に飛ばされ激戦を繰り広げた場所でもある。
「へぇ、そうなんだ。廃炭坑、ってことはもう使われてないってことだよね」
「あぁ、炭坑としては使われてない。だがあそこにはそこにしかない素材がある、それを冒険者が取りに行く、ってのはあるな」
「ふーん、じゃぁ道は大丈夫そうだね」
炭坑は通常、文字通り石炭や亜炭を掘り出すのが基本だがその途中で全く目的と違うものを掘り出すこともある。時には土精の力が蓄えられた結晶群や妙な魔力を蓄えた石など種類は様々だ。それらは石炭のような物と比べれば使い道は薄く、炭坑夫からすれば無用だが研究者や技術職の人間が使うことがある為に依頼された冒険者がそれを取る為に廃炭坑に向かう。ちなみにここが廃炭坑扱いになったのは出土量もあるがこういったものはある程度規模が大きくなったり、深くなると不思議と魔物が湧き出てしまう。そして採算が取れない所から閉鎖するのだ。アーロン達が向かう所もそれなりに大規模で魔物が増えたことで炭坑としては閉鎖したが先程のような様々な素材が取れるために冒険者用に残されている。
「あぁ、そこらは問題ない。問題はいつ、炭坑のどこで問題が起きるか、だ」
エルムの予言では詳しい日時のようなものは無かった。であれば可能性は低いが既に終わった可能性もあれば結構待つ可能性もある。いずれにしろ彼女は混沌の始まりの舞台にアーロンが立っている未来を見ただけでそれが絶対に起きるわけでは無い。実際、別の道を選べばそこにアーロンがいない状態で世界は回る。
「あ、そっか、そうだよね。じゃぁ数日分は用意しないと」
「そうだな、廃炭坑で周囲に生活空間が無い事を鑑みれば往復4日と数日の滞在分を用意する必要がある。後は運だ」
この時期にそれだけの物を用意する、というのは既に至難な気もするがそんなことは百も承知で来たのだ、文句は言えない。
「ふんふん、ま、なる様になるよ、きっと!今までと同じようにね。じゃ、ワタシもう眠いから寝ていい?」
そう言うと彼女は大きく欠伸をする。確かに夜も良い時間。長旅の後の休暇期間も無い以上、休みは今の内にしっかりと取るべきだ。
「あぁ、詳しい話と必要な物は明日、また話そう」
そう言うとアーロンも頭を切り替えて眠る準備をするのだった。
良ければ評価、ブクマ等していただければ幸いです。




