二十二話
「いやー色々あって疲れちゃった」
宿のベッドの上で身を投げ出したエンリータが疲れ切った声を出す。
「そうだな、期間はそれほどでもないがいざ宿に帰ってくると疲れが出てくるもんだ」
そんなエンリータに同意する様にアーロンが言葉を続ける。2人は結局神殿から山の麓に飛ばされた。意識が戻る頃には身体に纏わりついていた風は止んでおり、違和感のような物は無くなっていた。その場で確認しようかとも思ったが目の前にはイナニスの街が在り、どのような力か分からない物を振うにはあまりにも適さない場所だったために2人は気にはなるものの断念して宿へと真っ直ぐに向かった。そのまま2人は取りあえず今日の所は休暇とし、身を清め、まともな飯と酒を胃に入れ今に至る。明日は指針を決め、陽が高いうちに船団に声を掛けに行かなければならない。エルムの予言の感じでは左程時間を掛けられなさそうなだけに早く行動を始める必要があるだろう。
「・・・」
アーロンが暫く考えに耽っている間にエンリータは限界が来たのかいつの間にか寝息を立てていた。その顔は酒精で赤い。暑かったのか掛け布団も掛けていない。
「俺も寝るか」
未来の事をアーロンが1人で決める訳でもない。今は相方の様にのんびりしようと頭の中を振り払い、エンリータに布団を掛けてやるとアーロンは蝋燭を一息に消して静かに夢の中へと落ちていった。
翌日、2人は朝食を取ってから部屋の中で進路を話し合う。
「さて、俺たちの次だな、お前はどこが良いとかあるか?」
アーロンの腹の中では行きたいところは既に決まっている。であれば後は相方の意見を聞いて判断したいと思った。
「うーん、そうだなぁ・・・戦乱の行方に混沌の始まり、災禍の備えだったよね?ワタシ的には混沌か災禍かなぁ・・・」
「そうか、一応理由も聞いておこう」
アーロンがそう促せばエンリータは1つ頷いてから話始める。
「うん、戦乱の行方は正直知っても止められそうにないでしょ?行方、であって備えとか対策じゃないなら情報が早く知れるだけな気がするんだよね。で、今の大陸情報から考えれば帝国が攻め入る、ってだけだと思うんだ。なら後回しでもいいのかなって。連邦は中小国の集まりみたいなものだけど外敵に対しては団結出来るだろうしそんな一瞬で落ちるとは思えない」
「そうだな、イリシィオ小国付近とは流石に歴史も違うからな1夜で落ちるとは俺にも考えにくい」
勿論、類を見ない電撃作戦でイリシィオ小国付近を制圧した帝国だ、今回も同じような手もあるかもしれないが海を渡らなければならず、そちらへの防備が笊とはとても思えない。
「でしょ、なら後はどっちかかなぁって。混沌の始まりはこっちも止められはしないかもしれないけど原因が分かってるのは今後の為になるかなって。備えも後手にはなるって言ってたけど例えばヘンドリーナさんに備えて、ってお願いするだけでも違うと思うしね。何よりこっちは何かしらの被害が減らせそう、ってのも魅力かなぁ」
(おおよそ、同じ考えか・・・だとすれば後は好み、いや、船団に頼めるか?)
なにも自分の足だけで行う必要はない。であれば船団員にヘンドリーナへの言伝を頼み、自分たちは混沌の始まりへと向かう。これが最善にアーロンは思えた。
「なら船団にはアウローラ方面の港に止めてもらって彼らにはヘンドリーナへの伝言を頼むとしよう。俺たちは陸路でアウローラの廃炭坑に行く、これでどうだ?」
「うん、ワタシもそれでいいと思う。勿論、戦況は気になるけどワタシ達にはどうしようもなさそうだからね」
もし、アーロン達がニィスを追うのではなく、戦乱に身を投じる判断をしていたならばリーベタース連邦の方に顔を突っ込んでいただろうが今はほぼ関与しづらい、というのも理由としてあった。
「あぁ、それと神器についても頼んでおくか・・・」
此方は言葉では無く報告書のような形で手紙にしなければならない。後はそれがヘンドリーナ以外に開かれない事を信じるほかない。
「あ、そうだね。因みにアウローラ行った後は陸路で帰るの?確か今そっちも戦場になってた気がするけど・・・」
今は帝国が引く形で小康状態になっているがアウローラと帝国間も緊張状態だ。運が悪ければ再戦に巻き込まれるかもしれない。
「そこは行ってみて、だな。アウローラも中に入れるか分からんからな・・・」
自由な立場ではあるが自由であるからこその不自由さもある。特に自由は保障がない事の証明でもあり、まず最初に切り捨てられる立場だ。
「ま、でも何もしない訳にもいかないしね。じゃ、まずは船長さんに話に行こうよ」
そう言ってベッドから飛び降りたエンリータの背に続く形でアーロンも部屋を出て行く。
それからアーロンは事前に聞いていた場所で船長たちを発見して今後の予定を伝える。彼らはそれに対して何一つ疑問を持つことなく、二つ返事で了承してくれる。
「それじゃ、俺たちは準備をしよう。そうだな、2日だな、それだけあれば十分だ」
アーロン達がここに来てから既に6日目、たっぷりと英気を養ったのか船乗りたちの調子は良さそうだ。今回はアウローラとリーベタース連邦の境目の辺りに停泊する為、アーロン達は荒海には出ないがいい仕事をしてくれるだろう。
「あぁ、頼む。それと別れる時に詳細を話すがヘンドリーナへの言伝を頼みたい」
「お安い御用だ、任せな」
そう言って不敵に笑う船長と握手を交わしてアーロン達は宿へと戻っていった。
2日後、アーロン達は街が騒々しくなる前に漁師たちの船に紛れてイナニスを発つ。実際にどれほど時間の猶予があるかは分からない以上、出来る限り早く行動を始めたかった。
「いやー思いがけず良い力だね!」
甲板でエンリータは流れる景色を見ながら笑う。現在、アーロン達の乗る船は明らかに異常な速度で航行していた。理由は単純、目標に向かって不自然なほどに強い追い風が吹いているからに他ならない。パンパンに膨らんだ帆を見て船長も思わず笑ってしまうほどだ。
「そうだな、それに良い鍛錬にもなる」
アーロンも上を眺めながらどこか満足げに答える。これほどまでに調子の良い風が吹いている理由は単純に天龍に貰った加護が作用しているからだった。出港までの準備期間にアーロン達は貰った加護の力を当然ながら試していた。その結果、風の魔術の威力が軒並み強化され、安定性なども格段に向上した。それこそ今まで言葉が通じない相手にジェスチャーで会話していたのが共通の言葉で話せるようになった位の差があった。また、今のように簡単な風の操作であれば詠唱のような物も必要なく、精霊にお願いするような形で出来てしまう。それを見たアーロンはまるで魔法の様だと思うほどだ。その上、鍛錬次第ではあるがもっとうまく扱えると言う確信があった。それはエンリータも同様で彼女の場合は弓矢の威力向上に大きく貢献している。風が味方であれば嵐の中でも正確に矢が放てることだろう。それにもしかしたら今後、小型の嵐を打ち出せるようになるかもしれないと風の纏わりつく矢を見てアーロンは思った。
「うーん、向かう先は混沌の始まり、でも幸先は良いね!これならいい旅に成りそう」
そう言って笑う彼女にアーロンも少しだけ気を緩めて「そうだな」と返事をする。
そうして2人は風に乗るまま新たな冒険へと向かう。この風が大陸の暗い未来を吹き飛ばせると信じて。
良ければ評価、ブクマ等していただければ幸いです。




