二十一話
アーロン一行は結局当初の位置を動くことなく2日間を過ごした。そして3日目の朝、遂に突然始まったこの騒ぎの終わりがやって来た。
「うーん、今日でお別れかぁ・・・また会えるかな」
荷物を纏めながらエンリータがポツリと溢す。彼女はこの2日間で4巫女とそれなりに仲良くなったようで実に楽しそうにしていた。逆にアーロンは男女比が一気に傾いてしまったせいで若干居心地が悪かったがアーロンからすれば全員年下の小娘、気後れまではせず、むしろ自身より優れているだろう魔力関係の話を交わした。これでアーロンが何か成長したわけでもないが今後、何かあった時に役立つかもしれない。特にそれぞれの巫女は対応する属性の精霊と仲が良い、それはアーロンでは分からない視点が得られるという事だ。アーロンは表面上いつも通りであったが内心貪欲に知識を確保していた。
「ラナとエルムなら会う機会はあるだろうが他の2人は何とも言えんな。ま、縁次第だな」
今まで無数の別れを繰り返してきたアーロンは今更別れに思う所はない。というより大抵の無所属冒険者はそんなもんである。一生に一度もあれば数年経って突然思いがけない再会をすることもある。
「アーロンよ、用意は出来たか?」
エルムが声を掛けて来る。巫女自体はもとより手ぶら、纏める物が無いゆえに身軽だ。
「あぁ、待たせたな」
立ち上がり、振り返れば1つ頷いたエルムが口を開く。
「よし、では皆を送ろう。大陸の上であればどこでも構わぬ。我が目を逃れる場所など無い」
そう言う彼女はこの2日間見て来たエルムよりも少しだけ神殿で会った時と雰囲気が似ている。その姿はこの集まりが幻であったと思わせる。
「じゃ、最初にボクが送ってもらおうかな」
最初に口を開いたのは土の巫女エルデだった。彼女は他の巫女と比べるとどこか少年っぽく、溌剌とした喋り方をする娘だった。でも彼女の褐色の肌と幼さの残る顔には不思議と良く似合っていた。
「フム、土は奥でよいか?」
分かっている、そう言いたげにエルムが返す。どうやらエルムは所在が不明のはずの者でも問題ないらしい。
「おぉ、良く知ってるね。うん、お願い。あ、エンリータにアーロン、本当にありがとう。もし何か困った事、そうだなぁ・・・大地の事で困ったらここに来てボクの名前を呼んで。君たちの声なら届くと思うから」
そう言ってエルデはニカッと笑う。とはいえ、大地で困りごと、というのも曖昧過ぎて良く分からない。
「まぁまぁ、要はボクにしか出来なさそうな事があればって事さ。それじゃお願い!」
その言葉を最後にエルデは返事を待つことなく転移の光に包まれ消えた。
「では私はフォスト・アギオースの神殿まで送っていただいてよろしいでしょうか」
次に声をあげたのは海の巫女ラナだった。
「ウム、しかし、今汝の国は荒れておる。構わぬか?」
そう言えば確かに彼女は戦利品扱いで攫われた身、下手に表に出てしまえばひと悶着ある可能性がある。
「えぇ、構いません。帝国の物になったわけではありませんし、ニィスがいなければ巫女である私にそうそう触れようとはしないはずです。それに何かあれば今度は海王龍様にお願いしようと思います。アーロン様、エンリータさん。もしフォスト・アギオースに来ることが有ればどうぞ神殿をお尋ねください。微力ですかエルデ同様私も何かお手伝いさせていただこうかと思います」
此方へ振り向き、丁寧に頭を下げるその姿は美しい青色のうねった長髪と相まってここが海であるかのように見えてしまう。
「あぁ、そうさせてもらおう」
「またね、ラナさん!」
そうしてラナも光に消えていく。
「フム、焔の、汝はカロールで良いか?」
ここまで無言で立っていた焔の巫女フラムにエルムが問いかける。
「・・・えぇ、お願い」
元より、どこか天然気味な印象を受けるフラムはここに来てもやはりどこか俗世を離れた空気を纏う。先の2人が人寄りなら今残る2人は外寄り、といった具合だ。
「フラムもまたね」
エンリータが見上げながら声を掛ければ小さくではあるがコクリと彼女は頷く。
「アーロン・・・もし、可能ならエイダン様が持っていた神器を持って一度来てほしい」
そしてフラムはこちらを向いたかと思えば予想していなかった言葉を放つ。
「・・・破壊神の神器、潤沢の首輪か?何故だ?」
アーロンは訝しんだ顔をしてしまう。正直、今の情勢で気軽に神器を持ち歩く様な事はしたくない。それにカロールに向かうのも手間、というのもある。
「・・・あれは長年カロールに保管されていたもので私達焔の巫女が守る結界に使われてる。結界は普段なら私たちがいれば守れるけど今は綻びがある。出来れば近いうちに修復したい」
そう語る彼女の顔は感情が酷く薄く、判断しにくいが嘘を言っているようには思えない。
「なるほどの・・・アーロン、我からも頼む、出来れば行ってやって欲しい。焔の、神器は返せるのであろう?」
そうエルムが聞けばまた小さく頷く。
「俺には分からんがその結界は他の手段でどうにかならないのか?」
それでも少しばかり気後れはしてしまう。何より、どう考えても厄ネタ、もし、神器をアーロンが持っている時にニィスやエーベルトなどに狙われては守りきれる自信はない。
「他の巫女は龍の力や古代の道具で守ってる。でも焔はそれを神器に頼って来た。だから神器が無いと出来ない。・・・少なくとも私では神器に頼らない方法は分からない」
フラムは俯いてしまう。エルムも難しい顔をしている辺り結界が何を守っているかは分からないが簡単な話ではない事が分かる。
「・・・わかった。一度相談してみよう。決まり次第カロールに直接赴く。それでいいか」
安易な答えは出せない。何より神器自体アーロンの物でもない。
「うん、でも出来れば早くお願い」
そう言うとフラムはエルムに合図を送り、それを受けたエルムは彼女を転移させた。
「よし、後は我らだけであるな。汝らはイナニスの神殿で良いのか?」
「あぁ、借りて来た船団もあるからな。それより結界って何なんだ?」
アーロンが聞けばエルムは綺麗な顔を歪めてしまう。
「・・・済まぬが、それは汝であっても簡単には教えられぬ。だが代々我ら巫女が存在する理由、とだけ言っておこう」
「そうか」
絶対に教えることは出来ないと言う空気を感じたアーロンは早々に話を切り上げる。
「まぁ、汝ならいずれ、早ければ焔の所で知るやもしれんがな」
「それは予言か?」
「いや、我の勘だ。さて、我らも帰るとしよう」
そうエルムが言うと同時にアーロン達は転移の光に包まれるのだった。
さほど時間を掛けずに意識が戻ってくる。酔いもほぼなく、頭の中も直ぐにハッキリとしてきた。
「戻って来たか」
目を開ける、それと同時に既に慣れた龍の気配が肌をうつ。
(よくぞエルムを連れ戻した)
天龍の声が頭に響く。視線を改めて向ければいつもの場所に天龍は佇んでおり、その前にエルムがこちらを見るように寄り添っていた。こちらの近くにはエンリータが立っている。彼女もようやく慣れ切り、自然体だ。
「アーロンにエンリータよ、我からも改めて礼をする。もしあのままなら我ら4巫女は都市を動かすためのタンクとして死ぬか、聖龍に滅ぼされていた」
超然とした雰囲気を保ったままエルムが頭を下げる。そこには2日間の間に見せた、些細ではあるものの有った人らしさは感じられないがそれでも少しだけ親しみを感じる。
「・・・礼は受け取る。で、報酬ではないが良ければ大陸の情勢を聞いてもいいか?」
ここに来た当初の目的は怪しい動きをしていたニィスの行動を止めると言うものだった。それが成されたのならばアーロン達は次の為に動かなければならない。その足掛かりにエルムの予言が欲しいとアーロンは思った。・・・正直な事を言えばエルムに、更に言えば龍に今回の報酬を強請るのは気が引けると言うのもある。そんなことでエルムは気を悪くはしないだろうが龍は図りきれない。
「フム、その程度なら良かろう。暫し待て・・・・」
そう言うとエルムは目を閉じ、瞑想のようなものを始めた。
「・・・なるほど、アーロンよ。汝の前には3つの道がある。いずれも現段階において終着点は変わらぬ。さりとて、汝程の存在ならば何かが変わるやもしれん。戦乱の行方が知りたくばリーベタース連邦へ向かえ。混乱の始まりを知りたくばアウローラの廃炭坑へ。後手には成るが災禍への対策がしたくば汝の依頼者の下へ帰るが良い」
「・・・随分と物騒な予言だ」
何れもさっさと知りたいと思ってしまうほどの予言、しかしわざわざ分けたという事は全てを一気に、或いは安全圏で全てを知ることは出来ない、という事だ。アーロンは思い悩む。
「僅かな猶予はあれども決断は早い方が良い。我が言えるのはここまでである」
エルムはこちらの悩みなど知らぬと言わんばかりに言葉を切ってしまう。とはいえそこには何やら掟めいた雰囲気を感じるだけにアーロンも突っ込むことは難しいと判断した。
「まぁ、宿に戻ってからだな」
ポツリと呟く。時間はあまりない。しかし、今すぐにと言う訳でもないならばギリギリまで考えた方が良い。そう考えたアーロンは一度思考を切った。
(人の子らよ、汝らに加護を)
天龍の思念が頭に響き、その内容に一瞬頭をひねろうとした瞬間。体に風が纏わりつくような感触がしてアーロンが見下ろせば緑色の魔力の風がアーロンを中心に竜巻のように渦巻いている。どうやらエンリータも同じようで彼女も目を見開いている。
(行くがよい。風は汝らとともにあり)
アーロン達が驚いているとやることは終わったとばかりに転移の光が再び視界を埋め尽くした。
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