十九話
パチパチパチ、闇の中でたき火の爆ぜる音だけが響く。アーロン達はあれから木々の中に何とか野営地を作り上げて巫女たちを横にした後に何とか水を与え、汗や埃などで汚れた体を簡単に整えて体調を崩さないようにする。そうすれば多少は落ち着いてきたのか呼吸も静かになり、4人は静かに寝息を立てている。これならば明日には起きて来るだろうし早ければ夜番中に起きて来ることもあるだろう。
「はぁ・・・何とかなったね」
いつもは元気なエンリータもすべての作業が終わる頃には疲れ切ってしまっており、欠伸を噛み殺し、膝を抱えながらたき火を囲む。
「あぁ、だが明日になれば多少は楽にもなるだろう」
それこそエルムの体力と魔力が戻れば転移位はしてくれるだろう。そうで無くとも魔力とその扱いに優れているはずの巫女たちだ、体力はともかく何かしらの役目は果たせるはずだ。
「だと良いね・・・まぁ、早く何とかならないと物資が足りないしね」
そう言って向けられた視線の先にある鞄はその中の量に比例するかのように心なしか煤けて見える。なにせ当時の予定では1泊で一度帰る予定だったのだ。余裕を見ても2,3日分しかない。それも2人で、だ。6人では1日も保たせるので精一杯だ。現に明日、全員が目を覚ましても食事と水は絶対に足りない。
「まぁ、そこは期待しつつ探すしかない。せめて雨でも降ればな」
砂漠が近いゆえに水場は聞いたことがない。おまけに過酷な環境程獣は少ない。人通りもしかり、或る意味最悪の目だ。空も星々が輝いており、雲一つなく、月明りは眩しい。
「ふぁあ」
アーロンが空を眺めているとエンリータが遂に我慢できなくなったのか大きな欠伸をする。
「先に寝ろ。途中で交代だ」
「うん、そうするね。お休み」
既に何回もしてきたやり取りだ。今更言い合うことはない。アーロンの言に素直にエンリータは頷くと食事の片づけを済ませてのろのろと寝場所へと向かった。
寝床に消えていったエンリータの背を目で追い、横になるのを見てから再びたき火へと目を移す。寝床と言っても目に入る場所で天幕代わりに持っていた布を総動員してテント代わりにして、たき火の熱が入る様に一か所だけ開けただけの代物だ。そこに今は5人、ほぼギリギリとしか言いようのないスペースに雑魚している状態だ。それにエンリータでギリギリならばアーロンは少なくとも2人出てこないと寝ることも出来そうにない。最悪、アーロンは身体に外套を巻いて野晒で眠る事になるだろう。
(結局あそこは何だったんだ)
1人になったことで一気に考える時間が生まれる。そうなれば考えるのはアーロン達が飛ばされ、巫女が監禁されていた施設のことだ。帝国でも見たことのない未知の技術群に文字、長い時間人の手が入っていないにもかかわらず稼働する農園、そして人工の魔物もどきたち、特に番人に至っては弱点以外、すべての攻撃をはじき返した。その何れもアーロンにとっては驚きの連続であった。
(何故、あれほどの力を持った国が滅びた?そうだとしても何故技術が伝わっていない?)
其々の国の秘匿までは知らないがそれでも明確に飛びぬけた技術を持っていたことは疑いようのない事実だ、それが今、一切伝わっていないことがアーロンには不可思議だった。
(それに砂漠とも関係があるのか?あのダンジョンと化した骸もその一環か?)
正確なことは分からないがエルムによって此処に転移させられたのであれば、あの施設は砂漠の中に有ったと見ていいはずだ。であればここが砂漠な事と巨大な遺骸と何か関係があっても不思議ではないだろう。実際、ここの歴史など殆どの人が知らない。おまけに砂漠も広がる訳でもないのだ。それこそ地図で見れば突然砂漠がそこに出来た、とでも言いたげなほどだ。
(わからんな・・・だがエルムはあそこの盤を理解していた。間違いなく何か知っているだろう。後は・・・大地が知っているかもしれん)
目を巫女たちが寝ている方に動かし、そこで寝ている茶色の巫女服に身を包んだ少女に視線を向けた。
大地の巫女、焔と同じで普段どこに居るか一般人には一切分からない巫女だ。だが大地を司る巫女なのだからもしかしたらこの砂漠についても知っているかもしれない、という単なる仮説だ。子供のような論だが案外世の中シンプルに出来ていることをアーロンは知っていた。
それから暫く火を眺めながらボウッとしていると寝床から微かな呻き声と誰かが起きる気配がする。直ぐに視線を向かわせればどうやら焔の巫女がゆっくりとした動作で身じろぎをしていた。
(焔か・・・出来ればエルムから起きて来るのが望ましかったが)
全くもって初見の相手、おまけに攫われて意識が無くなった後の状態で恐らく見知らぬ場所と人、少なくとも友好的な関係になるには時間が掛かりそうだと予想できる。それ故に知り合いで尚且つ最も力と知識が在りそうなエルムが最初に起きてくれることがアーロンにとっては望ましかった。
「・・・ん、ここは?」
のそのそ、そう言う擬音でも付きそうなほどにのんびりと起き上がった焔の巫女は闇の中でも艶のある緋色の髪を揺らしながらこれまた赤い瞳を半目のままに手の甲で擦る。そして暫くは焦点が合わないとでも言いたげに目を瞬かせていたが暫くするとハッキリとし始め、焚火に視線が行ったかと思えばすぐに近くにいたアーロンとも視線が合う。
「・・・起きたか?」
数秒、目を合わせていたが特にアクションが無かったためにアーロンから声を掛ける。そうすれば意外にも素直にその小さな顔を頷かせる。
「あなたは誰?」
街の喧騒の中ではかき消されてしまいそうなほどに細く、か弱い声がアーロンの耳に届く。まだ疲れが残っているのだろう声も掠れているように思えた。
「俺はアーロン、そっちで寝てるのはエンリータだ。一応お前達巫女を連れ戻す仕事を受けた・・・強制だった上にエルムがメインではあったが兎に角、お前たちをあの場所から連れ戻した人間だ」
そう言えば一度寝ているエンリータの視線を向け、自身の周りで眠る巫女たちにも視線を振った後にこちらに視線を戻して理解したとでも言いたげにまた頷く。
「体調に問題はあるか?」
そう聞けば焔の巫女は自身の身体を見渡し始め、確認が終わると同時に首を横に軽く振る。
「少し気怠いけど大丈夫みたい」
言葉に嘘は無さそうだ。しかし、どれ程拘束されていたのか分からないだけに確実な事は言えない。
「兎に角問題なければ一度水でも飲め。多くはやれないが。あぁ、簡単な食事も無くはない」
そうアーロンが言えば再び小さく頷いた巫女はゆっくりと立ち上がり、焚火へとフラフラ近づいてくる。
「暖かい・・・」
火にあたると美しい緋色の髪が燃えているのではないかと思うほどに煌めく。実際に魔力がというよりは精霊系の力の集まりを感じる。
「水だ、飯はどうする」
皮袋を渡してやりながら聞けば空腹感は無いらしく、水だけ受け取る。
「それと悪いがあまり説明してやれることはない。そうだな、エルム、天の巫女が起きるまで待っててくれ。あの良く分からない所からここまで俺たちを転移させた影響で寝込んでいる」
「分かった。それとありがとう、ございます」
有り難い事に素直に聞き入れてくれる。もっともここまで会話した感触としてはそこまで周囲に興味が無さそう、というより感情が希薄なのか平坦なイメージをアーロンは彼女に持つ。
それから2人で静かに、しかし不思議と嫌な沈黙では無く、穏やかな気持ちでたき火を囲んでいると日の出前には有りがたい事にエルムが目を覚ます。
「ム、ここは・・・」
酷く気だるげ、それこそ高熱から復帰直後のような動作でもって起き上がったエルムは暫く周囲を見てはいたものの直ぐにアーロンと焔の巫女を見つけると目を瞬かせ少しの空白の後、合点がいったという顔つきになる。そして直ぐに立ち上がるとアーロンが何か声を掛ける前に焚火の方へと自分の足で近づいてくる。
「フム、何とか無事、と言った所か。感謝するぞ、アーロン。それにこうして顔を合わせるのは初めてになるな、焔の」
そう言いながらエルムもたき火の前に腰かける。
「お互いさま、だろう。俺は俺の仕事をしただけだ。あぁでも龍にはこちらの都合を考え、説明してから飛ばせ、と言っておいてくれ」
「龍に人の理など意味はなさぬよ」
アーロンの苦言は容易く受け流されてしまう。尤も期待はしていない為、思う所はない。
「・・・天の巫女、お蔭で助かりました。感謝します」
焔の巫女がそう言いながら先程アーロンが渡した皮袋をエルムに差し出す。
「なに、我ら巫女、簡単にかけるわけにはいかぬ故な。それに我も最後の最後でしか役に立ってはおらぬ。まぁ、感謝は受け取ろう」
そう言い終えてエルムが水を飲む。
「体調に問題はないのか?」
「フム、魔力が極限まで切れた故の怠さはある。おまけに魔力もあまり回復したとは言い難い。もう暫くは休まねば皆を返してやるのは難しそうだ」
「そうか・・・」
予想の範囲内、最高ではないが問題が有ると言うほどでもない、当たり前の返答が返ってくる。
「なに、2日もあれば問題なかろう。それまでは済まぬが世話になろう」
「まぁ、構わん。俺も目的は果たした。なら、多少は時間がある」
島に残してきた船乗りたちも数日は休むのだ、むしろちょうどいいぐらいではあるだろう。
(なら、兎に角水と食料の確保に動く必要があるか)
此処から最短の村も5日は掛かる。おまけに今は体力の足りない巫女が4人いるとなれば必死に周囲から探す必要があるだろう。
「なに、そこまで心配することはない。我らは巫女、水も食料も探して見せよう。汝は指示に従ってくれればよい」
「出来るのか?」
訝し気にアーロンは返してしまう。とても巫女たちが野宿の知恵と経験がある様には思えなかった。
「フフ、我らは属性を司っておる。故に海の巫女が起きてくれば水脈ぐらい引っ張れるであろうよ。我であれば風で遠くの生物も見通せる。大地も似た様なことは出来よう。焔であれば今のように火の守りは赤子の手をひねるより簡単であろう」
そう言われ、焔の方に顔を向ければ声には出さないが静かにうなずく。確かに言われてみればたき火はいつもより安定している、と言うより特に弄っても無いのに異常なほどに安定している。
「なるほどな、じゃぁ数日頼むぞ。後は説明もな」
完全に信じたわけでは無いが確かにエルムの言葉には不思議な説得力があり、焚火も安定し続けているのは事実だ。
「ウム、では全員が起きたら改めて説明しよう。ほれ、汝も寝るがいい」
そう言われ、確かにそろそろエンリータと交代をしても良い時間だ。
「そうする。何かあればエンリータに言え。それなりに出来るはずだ。魔物に襲われたら直ぐに起こして構わん」
そう言うとアーロンはエンリータを起しに寝床に行くのだった。
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