十八話
「フゥ・・・ギリギリだったな」
爆炎が収まり、充満する黒煙をグレートソードの風圧で晴らしたアーロンが息を吐く。体の周囲には赤黒い魔力で造られた円形の殻が纏わりついており、アーロン自身に怪我はない。爆発の威力はなかなかに高かったようでアーロンが立っていたところから別れるようにして爆発の痕跡が床に広がっており、壁まで続いている。それだけでなくアーロン自身がしっかり踏み込んで戦った影響も合わせて足元は酷いありさまだが幸いにも抜けるような事態にまでは成らなかった。
「おーい、アーロン!」
黒煙が晴れたことでアーロンの姿と粉々になった番人の残骸を見て終わったと判断したエンリータがこちらに駆けてくる。
「問題ない、お前も無事か?」
近くにまで来たエンリータにそう返してやれば軽く跳び跳ねながら無事を伝えて来る。
「うん、まぁ前線に居た訳じゃないからね。それよりどうするの?もう本当に時間が無いかも」
エンリータが言う通りにアーロン達は番人を倒しはしたものの当然揺れは収まっていない。
「取りあえず、巫女、エルムと連絡が取れればいいんだが」
彼女は最後の通信から推測するにここに着いて何かしら知っているはずだ。彼女と再び会話できれば活路も見えるだろう。アーロンがそう思った瞬間、狙いすましたかのように再び念話が聞こえ始める。
(アーロンよ、よくぞ成し遂げた・・・)
明らかにクリアな印象を受ける。どうやら上手く接続されているらしい。
「あぁ、でだ、俺たちはどうすればいい?」
(ウム、まずは背後の、番人が弄っていた盤の前に立つがよい)
そう言われアーロンは後ろを振り向く。盤は此処まで見てきた中では最も大きく、鍵盤のような物は付いていない。代わりに何やら透明な板が一枚付いており、それらに様々な文字や絵が描かれている。
近寄って見てみるが先程の戦闘で多少傷がついてしまったのか罅が入っている所がある。また、外側は熱に溶かされてしまった跡が残っている。また、画面の端の方には赤色で点滅を繰り返す文字がでかでかと記されているようだ。
「立ったぞ、どうすればいい」
横で物珍しそうに眺めるエンリータを後目にエルムの指示を待つ。
(ウム、では今からいう通りに汝の前にある盤に触れよ。まずは右の・・・)
アーロンは言われるがまま盤の透明な板に触れていく。そうすると触ったところから板状の内容が動いていく。あまりにも初見過ぎる操作と物過ぎていくらかつっかえてしまうが何とかエルムの指示に従う。
そうしていくらか押していくと2択らしき画面が浮き出し、それの右側を押した直後、部屋の上部で何やら熱い煙が噴き出したかのような音が響く。慌てて上を見てみれば部屋に取り付けられた4つの繭らしきもの、エルムの言通りならば彼女たち巫女が捕らわれている物が勢いよく白い煙を吹きだしながら徐々に開き始めている。
「エンリータ、お前は左だ。落ちてくるかもしれん!」
どういう状況なのかは分からない。しかし、今まで捕まっていたと言うのならば意識が無い可能性もある。もしそうならばあの高さから落ちたらひとたまりもないだろう。
アーロン達が慌てて散開しようとしたその瞬間、脳裏にエルムの声が響く。
(案ずるな)
ただ一言ではあるが彼女には何やら策があるらしい。とはいっても何もしない訳にもいかない。ダッシュではないが小走り程度に繭の下、右側の2つの中間程に向かう。因みにエンリータは念我が届いていないのか、かなり焦ったような足取りで向かい、またどうすれば非力な自分の身体で受け止めるかを考えながら慌てていた。
そんな状況の中、完全に開かれた繭から4人の女性が落下する。アーロン側は緑と青、エンリータ側は赤と茶だ。そして直ぐにエルムから魔力が迸り、自由落下する彼女たちの身体は綿毛のようにフワフワと揺られながらゆっくりと落ちて来る。その速度はこれなら意識が無くても怪我のしようもないと思える位のものだ。
そして待っていればなんの問題も無く巫女たちは床に着地する。いや、エルムを除いた3人はかなり満身創痍と言ったように見える。実際、この揺れに耐えられなかったのか、それともすでに足に力が入らないのか着地と同時に床へ倒れ込んでしまう。
「ふむ、何とか間に合った、と言った所だな。アーロンよ、説明は後でしよう。まずは他の巫女を全員集めてもらえるか」
倒れたままでは良くないだろうとアーロンはエルムの横で倒れている青の巫女服を来た女性を起そうと近づいた際に髪をかき上げながらエルムが言う。一瞬、疑問が頭をよぎりはするものの彼女の言に不審な部分は無く、現状を鑑みれば妥当な物言いだ。それに無言で頷き返して予定通りに壁に寄りかからせる形で青の巫女を座らせるとエンリータの方へと走る。
そうして集められた巫女たちはいずれも酷く憔悴しており、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。平時ではその美貌と雰囲気で人々を魅了しているだろうと推測できるが今はその影も無い。
「フム、ではアーロンよ、他の3人を一時的に担げるか?」
アーロンが巫女を集めている間に何やら盤をいじっていたエルムが戻ってくる。それと同時にけたたましいサイレンが響きだす。
「何だ!?」
明らかな異常を感じさせる音にアーロンはエルムの言葉に返事をする前に周囲へ警戒を飛ばしてしまう。
「問題ない、これは我が成したこと。それよりも早く担ぐのだ。さもなければ全員大地に変えることになるぞ」
気になることは多い、しかしアーロンはその全てを呑み込み、迅速に寝ている巫女たちを背と腕で抱えた。
「良し、後はエンリータ、汝もアーロンを掴んでおくがいい」
そう言うとエルムは両手を胸の間で合わせ、何やら呪文を唱え始める。それと同時にありえない程の魔力の奔流がうねりだし、それを見て慌ててアーロンを掴んだエンリータと巫女を担いだアーロンは光に包まれていった。
ズサリ、何か柔らかい地面の感触が足からする。どうやらエルムがしたのは転移の魔術だったらしくその痕跡が身体に残っている。肌に感じるのは先程までの丁度いい温度では無く、焼き付くような熱波と日差しだ。そして戻った視界にはどこまでも続く砂の大地と見覚えのあるボロボロ看板、つまるところヴァーニタス砂漠の入り口にアーロンは立っていた。
「どの位跳んだかは分からんが流石と言うべきだな」
エルムはそれなりの距離を自身とアーロン達5人纏めて転移させたらしい。アーロンでは加護を使ったとしても技術が足りずに可笑しな所に跳ぶか寿命が大変な事になってしまっていただろう。
「う・・・あぁ・・・」
アーロンが1人で物思い耽っていると呻き声のような物が後方から聞こえる。慌てて振り返ればここにアーロン達を運んでくれたエルムが額に大量の汗をにじませながら倒れ込んでいる。
「エルム、無事か」
近くにはエンリータもおり、そちらは特に問題は無さそうだがエルムの様子は尋常ではない。
「わわ、どうしようアーロン!?」
同じように気が付いたエンリータが慌てたような声を出す。
「焦るな・・・恐らく魔力が欠乏しているだけだろう。休めば目が覚めるはずだ。それよりここは休むには適さない。移動するぞ」
ここは砂漠の入り口、当然日差しは強く、足元の砂の熱も酷い。草木も近くに無い為に休むことも難しい。他の巫女も似たような症状である為に恐らくあそこで魔力を吸われていたのだろう。それで尚且つここまで転移させたのだからその消費は考えるまでもない。
「そうだね、どうする?ワタシが担いだ方が良い、かな?」
エンリータが小首を傾げ、苦笑いを浮かべながらこちらを見た。途中までは勢いが良かったのに尻すぼみになったのは自身の背が低すぎて巫女の中で一番小柄なエルムであっても最悪引きずる事に成りそうだと思ったのかもしれない。でも4人担いでくれとは言いにくいと言った所だろう。
「いや、俺が全員担ごう。紐で結べば何とかなるはずだ。だからお前は索敵と露払いをしてくれ。急げ、日が暮れるぞ」
そう言うとアーロンは一旦全員を地面に下して自分の外套で軽く日陰を作って中に巫女たちを寝かしてやる。
「了解!あ、剣はワタシが布巻いとくよ」
そう返したエンリータにアーロンは素直にグレートソードを渡す。流石に背に人を乗せるのに剥き出しの刃物は具合が悪すぎる。
それから2人は急ピッチで準備を進めていく。なにせ空を見る限り昼はゆうに過ぎている。おまけに砂漠に来る予定も無かったために装備面の用意がない。おまけに食事も水もこの人数分はない。ここまで転移させてくれたエルムでも目覚めてすぐに全員を転移させるほどまで回復は出来ないだろう。そうなればどう考えても急がなければ時間が足りない。せっかく生きて脱出できたのに砂漠に殺されるのだけは御免こうむりたかった。
「フゥ、フゥ、フゥ!」
砂漠から遠ざかる様にしてアーロン達は疾走する。エンリータがまずある程度の距離を空けながら前を走り、それに続くようにして4人を担いだアーロンが続く。何も知らない人が見たらなかなかに意味が分からない光景なうえ、憲兵でも居れば間違いなく追いかけて声を掛けること間違いなしだろう。今のアーロンはどこまで行っても人攫いだった。エンリータはそれから逃げる幼気な少女と言った所だろうか。幸い、周囲には一切人影が無い。
(何とか木の下には入れそうだな)
アーロンだけならともかく屋根なし、砂の上に巫女たちは寝かせられない。そもそもかなり揺れているはずなのに目を一向に覚まさない辺り、かなり魔力が無くなっていたようだ。
「アーロン!どこらへんにする?」
遠くから少しだけペースを落として近づいて来たエンリータが声を掛けて来る。アーロン達の前には森と林の中間位の木々が生い茂った街道が見えてくる。
「入り口で構わん!」
そう返してやればエンリータは心得たとばかりに手を振り、また速度を上げてキャンプ予定地へと向かって行く。その背を見て、魔術も随分と上達したとこんな状況ながら感心する。嘗てはエンリータもアーロンに背負われていたと言うのに今や斥候をしながら走れるのだから少しばかり微笑ましくなってしまった。そしてその背に最後の踏ん張りと言わんばかりにアーロンも力を入れなおして速度を上げた。
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