十四話
中盤戦はアーロンが攻める形で始まった。先とは対照的に敵がアーロンへの警戒心を高めたのか直立したままジッとその無機質な目で見て来るだけになってしまった。そうなれば時間に制限のあるアーロンが攻め込むのは当たり前の帰結だ。
(片足になってもこれだけ動けるか)
極めて敵と近い位置にあえて踏み込んだアーロンは敵の残りの機動力を担っている片足を重点的に狙う。しかしこれが捥がれてしまうのは不味いと敵も分かっているだけに中々重い一撃を入れさせてくれはしない。また、痛覚のような物が無いせいか竹のように両断された足を完全に武器として振りまわしてくるのは生物では考えられない戦い方と言えるだろう。また、今度はかなり長い髪がまるで生き物であるかのようにアーロンを襲う。髪の1本1本がきちんと武器として作られているようで敵の意志に沿ってその形を自在に変える。
「フッ!」
今も髪が絡み合い、極太の槍へと姿を変えるとアーロンに目掛けて突き出される。これが意外にも厄介で正面は勿論、元々が異常に長い為に様々な位置から突然飛んで来るのだ。予備動作はある為に避けられないことはないが速度も早く、何より重い。それこそ簡単に床を陥没させるだけの威力を持っている。それでいて中途半端な攻撃では断ち切る事が出来ない。もしかしたら敵の身体の中で一番硬いのは髪かも知れないと思うほどだ。
ビュン、髪が減ったことで空いた背中を目掛けてエンリータの矢が飛ぶ。致命には程遠い攻撃だがそれでも多少の傷を作ってアーロンの攻撃の取っ掛かりにしたり、注意を引くことは出来る。が今回は直ぐに戻って来た髪が鞭のように唸って矢を弾いてしまう。その際に毛先で高音が響き、空気が破裂したような音が響く。やはりかなりの速度が出せるらしく、巻き込まれた矢は粉々になってしまった。もし、直接当たればそれなりの痛みを我慢しなければならないだろう。
(チッ、なかなか粘る。踏み込むか?)
アーロンとしては今の戦況でも問題はない。しかし残り時間が少しずつ頭の隅をよぎる。この迷宮だけでかなり時間を使っているのも事実、そしてこの先もどれだけ掛かるか分からないだけに気になるのは仕方がないだろう。それと今までは外で戦う事が多く、力を大胆に出しても問題ない場所が多かった。しかし、今は全力を出してしまえばこの施設が壊れる可能性がある。なにせアーロンの全力はゾンビでも龍を殺せる程に強いのだ、そんな状態で踏み込み、グレートソードを振ろうものならば高々敵の攻撃で壊れてしまう床ではアーロンの攻撃に耐えられない可能性がある。敵が弱いわけでは無い。実際苦労しているし、能力も一級品と言っていいだろう。しかしアーロンはいわば特級、力がしっかり出せればここで押し込まれる事はないと言っても良い。いわば強者故の苦痛とでもいうべきか、兎に角加減をしなければならないアーロンと敵の全力が微妙に拮抗しているせいで討伐に時間が掛かってしまっている。
「・・・仕方ないか」
振り下ろされた足をグレートソードでしっかりと受けとめて払いのける。敵はそのまま踊る様に回りカウンターのぎみに髪の鞭が飛んで来る。このまま普段通りなら飛び退くがそれでは一向に勝機が生まれることはなかった。それこそ生物では無いせいか普通ならある誤差や乱数が敵になく、常にギリギリ隙が無いように守られてしまう。それゆえ、アーロンは自身の防御力と回復力を頼りに覚悟を持ってグレートソードを掲げながら1歩前に踏み出した。
敵もアーロンが踏み出したのが見えているだろうが既に行動を始めてしまったがゆえに止まる事が出来ない。苦し紛れではあるだろうが足に力が入ったように見える。が、先に踏み込んだのはアーロンである以上先に攻撃が到達するのはアーロンだ。
「ハァ!!」
剥き出しの胴体、長い髪が上部をうっすらと鎧のように巻きついてはいるが関係ない。アーロンはそれごと断ち切らんと体と武器に魔力を強めに回す。床や施設が変な壊れかたをしないかは若干の賭けだ。しかし、アーロンの脳裏に恐怖はない。
(そもそもそんな上品なのは俺の戦い方じゃない)
懸念を振り払うように振り下ろされたグレートソードは当然ここ一番の威力を持って魔力を振り乱しながら最初に髪と接触する。髪は当然撓み、波を作るがまだ切れない。しかし、アーロンの攻撃を止めるにも至らない。そのまま無人の野を行くがごとくグレートソードは進んでいき、髪を間に胴体へと差し掛かる。その頃には髪の先端がアーロンの背を目掛けて迫っており、今にも打ち付けられそうだ。
グレートソードがぶつかった胴体はまず、切れ込みが入ったかと思えば刃に纏われた魔力がそこから火をつけた火薬のように爆発を始める。そしてアーロンの筋力であればこの爆発を推進力に変えられる。そのまま押し込められていくグレートソードは順調に敵を切り裂きながら魔力でどんどん敵を内側から砕いて行く。敵も何とか抵抗しようとするのは感じられるが全てが遅い。
「フン!」
そして更に力を込めたアーロンによって一気に敵の胴体は髪ごと切り落とされ、その上半身を宙に回せる。アーロンの背には髪がぶつかった気配はするが根元が切り落とされてしまった事によって急激に力を失った髪の鞭はダメージに成りえない。
ビュンビュンビュン、宙を舞う胴体に対してエンリータの矢が追撃をする。敵は既に迎撃することは出来ないのか右目からしっかりと矢が突き刺さる。
(いや、違う!)「屈め!」
直感、そうとしか言いようのない悪寒が全身を撫でる。すでにここからの逆転など無さそうにも見えたが魔力で強化された5感たちが警鐘を鳴らす。
遠くにいるエンリータにアーロンは指示を飛ばすとアーロンは再び力を込めて後ろに大きく飛び退く。そしてそれに呼応するように敵の胴体が膨れ上がり、轟音を立てて爆発するのだった。
「ふう・・・往生際が悪いと言うべきか、用意が良いと言うべきか悩むな。おーい、生きてるか!」
爆発による煙幕の向こう側、エンリータに対して声を掛ける。距離自体はかなりあった為に無事だとは思うものの爆風で飛んできた物体にぶつかった、なんてことも考えうる。
「大丈夫!」
返事は直ぐに返って来た。声の感じからしても問題は無さそうだ。そしてアーロンは直ぐにグレートソードを振って煙幕を晴らす。すると先程まで敵が立っていた位置を中心に大きな穴が空いていた。
「・・・やっぱりリスキーだったな」
足元に気をつけながら穴の底を除く。穴の中は深い上に暗く、明かりもついていない為か全貌を掴むことは出来そうにもない。
「わぁ・・・落ちなくて良かったね」
反対側で同じように穴の底を覗き込んだエンリータのつぶやきが聞こえる。
「まぁいい。時間を盗られた、急ぐぞ。体力は問題ないか?」
穴から離れて合流した後、横に立つエンリータに聞けばまだ余裕のありそうな顔と返事が返ってくる。アーロンの目から見ても無理をしている感じはしない為、軽く頷き遂に大回廊へと足を掛ける。
コツコツコツ、2人分の足音が品の良い高い音を立てる。どういう仕組みなのかは分からないが多少変な歩き方をしてもこの回廊は上品な音が鳴る様に出来ているらしい。それでいて耳障りでない程度の音量に収まるのだからなおさら不思議だ。
「これどこまであるんだろうね?」
歩きながら上を見たエンリータが呟く。大回廊は基本的には坂になっていて所々平らな部分がある。そして恐らく柱だろうでっぱりに巻きつくようにして作られており、時折別の場所に行くため分かれ道と簡易な看板が掛けられている。看板の文字は掠れも酷いが既存の文字とは大きく違うのか読むことはとてもできそうにない。そんな中、取りあえずアーロン達は最も太い主要な道、つまるところ一度も曲がったりすることなく道なりに進んでいる。
「・・・それなりに登ったがまだ頂上が見えないからな」
釣られるようにアーロンも見上げてみるが道の先と蜘蛛の巣のようになった道の裏しか見えない。一定以上、上になってしまえば底と同じように暗闇で見えない。もしかしたら迷路と同じような仕掛けがあるのかもしれない。
ボンヤリと2人して上を見ながら歩いてしまう。それも先程の戦いからここまで一切戦いが無い事とその気配が感じられないことが2人の気を少しだけ緩めてしまっていた。
「ねぇ・・・うーん、先が見えないとどうしたらいいか分かりにくいね」
そうエンリータがぼやき、アーロンが口を開こうとした瞬間だった。突然と言っても良いぐらいになんの前兆も無く地面が揺れる。先の敵が現れた時ほどではないが今度は特定の場所だけでは無く、全体が揺れていると感じられる。
「ど、どうしたのかな!?」
瞬時に体勢を低くしたエンリータが驚いたような声を出すが当然アーロンにも原因が分かるわけがない。
「兎に角気を付けろ。転げ落ちたら事だぞ」
そう言うとアーロンも上から落下物が無いかだけ確認しながら振動が止むのを待つ。
「止まった・・・?」
恐る恐るという雰囲気でエンリータが顔を上げる。アーロンも同じように周囲を見回してみるが周りに変化がある訳ではない。そう思った瞬間に再び、今度は振動では無く空間全体が真っ赤な明かりに照らされる。
「こ、今度はなに!?」
赤い光は回転する様に空間を点滅しながら光っており、それに合わせてどこか人を焦らせるような、緊急であることを訴えかけるような警報が鳴る。アーロンもエンリータ程焦ることないが下手な事を言っても混乱を生んでしまうために彼女の疑問に答えることはしなかった。
そして止まない警報音に負けないぐらいの音量で聞いたこともない言語でアナウンスが続くように響く。どういった内容かは分からないが少なくともアーロン達にとって都合が良い物では無いだろうという事だけが分かる。それと同時に薄暗かった空間全体が見通せるぐらいに明るくなった。
「ど、どうする、アーロン?」
警報と赤い光が止んだ直後にエンリータがこちらに顔を向けて来る。
「分からんが良くない事が起こったらしい。走れるな?」
そうアーロンが問いかければ一気に顔を引き締めたエンリータが頷いてくる。それを見たアーロンも頷き返すと2人はほんの少しだけ装備を確認した後、一気に走り始めた。
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