十話
夜襲があってから月が沈み、ようやく朝日が世界を照らし始める。草木は朝露に濡れ、土の匂いと混じりあって、森独特の匂いがアーロンの鼻を刺激する。目をうっすらと開け、周囲を確認すれば真夜中の襲撃に対して放たれたアーロンの攻撃が直撃した場所は無残、と言うよりかは切り開いたとでも言うべき光景が広がっていた。切られた木々が一帯に転がっており、近くには死んだループスの残した爪がいくつか転がっているのが見える。しかし神の加護を受けている森であるからか切株にはすでに新しい芽が出ており、木々の生命力の強さと神の力を感じさせる。
アーロンは欠伸を1つ噛み殺しながら頭陀袋からワインが入った革袋を取り出し、口に含む。
(今日からは帰りか。少しだけ強行軍にはなるがエンリータの疲れ自体はもう抜けているだろう)
そんな事を考えながら携帯食料を口に含み、ワインで解しながら胃に流し込んでいく。エンリータはまだ寝ている為、暫し朝焼けを見ながらひとり黄昏る。
そうしているとエンリータが目を擦りながら起きてくる。
「おはよう・・・なんか凄い光景だね・・・」
昨夜の襲撃の跡を見ながら言葉をこぼす。
「数日もすれば元通りになる。取りあえず腹に何か入れろ、少し急がないと依頼の期限に間に合わない」
そう返すとエンリータも頷き、食事と出発の準備を始める。
出発の準備と野営の後始末を終え、2人は帝都への帰路に着く。来た時と同じように森を抜け、半日過ぎほどで街道まで出る。幸いにも魔物に遭遇するような事は無く、後は歩きやすくて比較的安全が保たれた道を行くだけで帝都まで着く。陽もまだ余裕があり、暫しの休憩の後、更に街道を進む。森を抜けて景色が開けたことで索敵も楽になり、エンリータも少し気が休まったのか鼻歌交じりにアーロンの横を歩く。それから夕方に差し掛かるまで歩き、少し街道を外れた所で2人は野宿の準備をする。流石に開けた街道付近で火を使う訳にも行かず、火を使わず食べられるものと飲み物だけで食事を済まして早めに寝床の準備も済ませる。
陽が沈み、月が雲に隠れていても優しい明かりを降らせ、星が瞬き始める頃だった。さて、そろそろ寝ようかという時、突然今まで聴こえていた虫などの音が一斉に消された。同時に何かとてつもなく強大な力が暗闇から2人に向かってくるのが分かった。あまりの異常にアーロンも額に脂汗を滲ませながらグレートソードを構え、エンリータを庇える位置に立ちふさがり、ジッと暗闇の先を見つめる。エンリータも背後で震えながらダガーを構えてはいるが場合によっては直ぐに逃げてもらわなければならないかもしれない。
(そもそも、この気配は一体何だ!?気配だけでこれほど危険を感じさせるなど完全に埒外だぞ!ヘンドリーナよりも重苦しい・・・!)
頭に様々な選択が浮かぶがそのどれもが上手くいくように思えない。そうして幾何の時間が経っただろうか。実際は僅かな時間だったはずだが緊張によって引き伸ばされた時間はその何倍にも感じさせた。草をかき分け、土を踏む音、そして鎧を着ているのか金属がガチャガチャと擦れる音が耳に届く。
(この音からすれば相手は人間、もしくは人型の魔物。最悪は例の使徒という可能性もあるか)
必死に思考をまわしていると暗闇にぼんやりと人影が見え、その影が止まる。
その人影は大柄なアーロンよりも頭半分ほど大きく、フルアーマーでも身に纏っているのか重厚なシルエットを浮かばせる。だがそんな事が気にならないほど大きな気が発されてあまりにも威圧的に見えた。ヘルムはしていないのか髪が風に棚引いている。そして何よりも暗闇の中でも金色の、猛獣の様な瞳がアーロン達を捉えて離さない。まるでこちらの行動のすべてを見透かされ、何をしても無駄なのではないかとすら思わせられる。知らずしらず息が荒くなり、息苦しさを感じさせるほどの重圧と獰猛な視線で思わず足が後ろに半歩下がる。剣を握る手にも力が入り、歯を食いしばりながら必死に立つ。背後ではもうすでに戦意を喪失して、震えているエンリータの気配が感じられる。アーロンは引き攣りそうな喉から絞り出すように声をかける。
「何者だ!何の用があって俺たちに接触してきた!」
威嚇する獣な声でそう問うと影から「お前がアーロンか」と低く、重厚感がある男の声がかえって来た。
「そうだが、俺の質問に答えろ。お前は誰だ!」
思わず苛立ちと焦りが声に混じる。そうすると影の男は少し頷くような気配の後、名乗り始める。
「俺の名はエーベルト・エテルニタス。ヘンドリーナの依頼を受けたお前に伝える事がある」
その瞬間、雲がかかっていた月が男を照らす。腰よりも長く波打った金髪に金色の瞳。彫が深く、厳めしくも整った顔にエルフの血を感じさせる少し尖った耳。明らかに人外の技量を持ったものが心血を注いで作ったと思わせる重厚な鎧を纏った帝国の英雄がアーロン達の前に立っていた。
「帝国の英雄エーベルト・エテルニタスだと・・・なぜそんな男が」
思わずといった感じでアーロンの口から言葉がこぼれる。背後のエンリータも先程までの怯え等無かったかの様に目を見開き驚愕を顔に浮かべ、言葉を失っていた。
「依頼を受けたお前に伝えることがあると言った筈だ。まずは落ち着くがいい」
エーベルトは事もなげにそう言い放つ。しかしアーロン達は落ち着けるはずもない。エーベルトは生きる伝説だ。破壊神を人の身で討ち、大陸の平和と未来を勝ち取った。他にも数々の伝説があり、彼の偉業や、歌を聴いたことのない人はこの大陸には存在しない。ハーフエルフであり、150年以上この大陸を守ってきた。そんな英雄が目の前に立っているのだ、落ち着けるはずもない。
思わず「あ、あぁ」と変な返事をしてしまい情けなくなるが武器を下し、話を聞く姿勢を作る。エンリータはいまだ衝撃から帰って来ておらず、呆然としているがそれを気にする余裕がアーロンには無かった。それを見ながらエーベルトは腕を組み、仁王立ちのまま話を始める。
「お前が受けた依頼のうちの1つ、崩壊の王冠を出来るだけ早く手に入れに行って貰う。現在あの国は門を閉じているが俺の部下が隠し通路を見つけた。そこからその部下と潜入し、神器を回収してくれ」
まるで子供にお使いを頼むようにエーベルトはアーロンに言ってのける。あまりにも気軽に言われたせいなのか、立て続けに衝撃を与えられているせいか、はたまた未だに彼の威圧がぶつけられているからか頭に上手く入ってこない。そもそも大事な話ではあるが英雄が直接伝えに来るようなことにも思えない。
「は、はぁ・・・」と生返事をする。
「うむ、では頼むぞ。お前の外見は既に伝えてある。後はイリィシオ小国の門が見える丘であちらから声をかけて来る手筈だ」
そう言い放つと背を翻し、魔術を唱えたかと思えば光に身を包み、一瞬で消えて行ってしまった。暫く呆然としていると次第に虫たちの声が戻り、まるで先程の事は幻だったかのように感じられる。目をつぶり、頭を軽く振る。
(ひとまず寝るか)
それは現実逃避だったのかも知れない。エンリータにも早く眠るように伝え、外套を被り、横になる。意外にも眠気は直ぐに訪れ、意識は闇に消えていった。
朝、ゴソゴソと言う音で目が覚める。まだ朝焼けの残る空が目に映り、思わず目を細くする。体を起こすとエンリータが先に起きており、自分の荷物を漁っているようだった。
「早いな」そう声をかけると「あ、おはよう・・・」と幾分力のない声で返事が返ってくる。こちらに向けられた顔はどう見ても寝不足と言った表情をしており、目がやや腫れぼったい。
「酷い顔をしているぞ」そう言うと「たはは・・・ちょっと良く眠れなくて」と頭を恥ずかしそうに掻きながら苦笑いを浮かべる。無理もないかと心中でつぶやくとアーロンも朝の準備を始める。
「で、今日も歩き通しになるが大丈夫か」
食事を取りながらそう尋ねると「うん、それは大丈夫。それより昨夜のって本物のエーベルト・エテルニタス様・・・なんだよね?」と少し躊躇いながらも聞いてくる。
「間違いなくそうだろうな。かつてパレードで遠くから見たことがあるが外見は一致している。何よりもあの雰囲気は偽物では出せないだろう」
「そうだよね・・・あれからびっくりし過ぎちゃってなかなか寝付けなかったよ・・・そう言えばイリシィオに行けって言っていたよね。どうするの?」
「どうするも何もあるまい。あの英雄に言われて行かないという選択は取れん。依頼でもあるしな。それに驚きこそあったがこれであの依頼が本物であると証明された」
そういいながらワインを口に流し込む。一晩経った後の頭で冷静に考える。とは言っても要件は単純である。帝国でエンリータの依頼を完了させたらイリシィオ小国に行き、待っていると言う英雄の部下に接触されるのを待てばいい。英雄が伝令役という所に違和感しかないがそれだけ重要な事なのだと考えれば100歩ほど譲れば強引にでも納得できる。それだけ内密なとも取れるが。なにはともあれ一度引き受けた依頼を蹴る訳にも行かず、荷物を手早くまとめ、逸る足で帝国へ歩を進める。
そうして塔から3日目の昼前に2人は帝国に帰ってきた。帝国はいつもの様に活気を見せており、豊かさを感じさせる。雑踏の中をスルスルと抜け、ギルドの前まで来る。
「取りあえずエンリータ、お前は依頼の完了報告をして来い」
そう促し、エンリータを受付に向かわせた。暫くギルド内の流れを見ていると終わったエンリータが小走りに寄ってくる。
「終わったよ、アーロン。で、これからどうする?」
「そうだな、一旦宿を取った後、お前は装備を整えてこい。恐らくイリシィオに行ったら暫く補給もままならんだろうからお前が装備を決めている間、俺は生薬などを買っておく。あぁ、もし金が足らなければ言え。何とかしてやる」
そう言うとエンリータはいつもの様に遠慮し始めたが今は実質アーロンが保護者で冒険者の師匠の様なものであると再び説き伏せて無理やり納得させる。子供の様に扱われるのは納得出来なさそうだったが金が足りなくて装備が揃わず死ぬよりはマシという所で妥協したらしい。
「ありがとう」とすこしいじけた様に口を尖らせ言うとアーロンの数歩前を行き、前回使用した宿に向かう。宿で手続きを済ませ、部屋に荷物を置いて身軽になると2人とも早々に宿を出てお互いの目的地に向かう。アーロンは帝国の中央にある広場と入り口付近の出店の中間地点にある薬屋を目指す。
そうして着いた薬屋は入り口に薬瓶の看板が掛けられた一軒の建屋だった。まだ中に入っていないにも関わらず鼻にツンとした薬の匂いが漂ってくる。アーロンが扉を開け中に入るとその匂いがより強くなる。内装は壁に所狭しと掛けられた台に薬瓶がずらりと並べられており、正面の奥には横に長いガラス張りのカウンターが置かれ、その中にも薬品や良く分からない道具までが飾られている。アーロンの他にも数人の客がおり、壁の商品を眺めている者やカウンターで薬師に相談している姿が見受けられる。アーロンは真っすぐとカウンターに向かい、空いている薬師に声をかける。
「すまないがいくつか頼みたいものがあるのだがいいか?」
「ん、いらっしゃい。何をお求めで?」
40代にかかろうかという男がそう尋ねかえす。
「包帯を3つ、傷用の軟膏を小瓶で1つ、後はアネド根の解毒薬を2瓶欲しい。後は有ればプレヌムの実が漬けられた魔力剤が3つほど欲しい」
「ん、品質はどうする?」
「そうだな、出来れば全部2級品以上で頼む」
「了解、少し待ってな」
そう言うと男はカウンターの後ろにある戸棚を漁り始め、暫くすると薬瓶や包帯を抱えた店員が戻ってくる。
「よし、確認してくれ。これで全部のはずだ」
アーロンはカウンターに並べられた商品を1つ1つ確認する。
「問題はなさそうだな」
そう言うと懐から出した革袋から硬貨を出し、金を支払う。商品たちを丁寧に布で包み、いつもの頭陀袋に入れながら周りの薬瓶たちを眺める。この薬屋は帝都でも有数の薬屋で質にはずれが無い。また時々新しい薬品が出たりするため余裕がある時は眺めに来るようにしていた。
(今日の所はそんなに珍しいものは無いか・・・)
一応新薬や改良されたものもあるようだがそこまで目に留まるものはなく静かに息を吐き、そのまま店員に礼を伝え外に出る。
(さて、一応鍛冶屋の方にも向かうか)
そう思いギルド横の鍛冶屋に足を向ける。鍛冶屋はいつも通りの暑苦しく暗い雰囲気で奥から鉄を打つ音が聴こえる。
(さて、まだ居るはずだが)
目を周囲に向けると防具が置かれている辺りにエンリータの姿を見つけて近寄り声をかける。
「良さげなのは有りそうか?」
そう声をかけるとよほど集中していたのか、少しばかり身を震わせたエンリータがこちらを見上げて来る。
「あ、アーロンかぁ・・・う~ん短弓は良さげなのが有ったから良いんだけど防具は良く分からなくて。あ、そうだアーロンはどんなのが良いと思う?」
「そうだな、お前の体格なら重くてもレザーのチェストガードとクロースが良いだろう。流石に鉄では動けないだろう?」
「そうだよねぇ・・・でもチェストも結構種類があるから頭がこんがらがってきちゃった」
「なら、取りあえず胸部が守れていればいい。あまり広範囲だとレザーでも重量が出るうえ行動力が下がる。クロースはお前の好みで構わないが派手なものだと変に注意を引く。出来れば地味なものにしておけ。その上で属性耐性を付けてもらえ。そうだな・・・耐性は指輪と合わせて火が良いだろう」
「そっかぁ、じゃぁちょっと待っててね」
そう言うとエンリータはレザーチェストと灰色のクロースを持ってカウンターに向かって行った。
待つ間、何とはなしに壁に掛けられた武器や防具を見ながら時間を潰していると装備を付けたエンリータが戻ってくる。
「えへへ、どうかな?」
そう言いながら手を広げてくるりと一周した。今まで来ていた緑色の旅芸人の様な民族衣装の上にレザーチェストを付け、背中にはまだ真新しい灰色のクロースが付けられている。腰には矢筒があり、背中にはやや無骨な短弓が背負われていた。
「駆け出しの冒険者・・・だな。まぁ冒険者なんてそんなもんだ」
アーロンは聊か雑とも取れるように返した。
「もう、そこは似合ってる、とかで良いのに」
若干頬を膨らませながらエンリータは不満げな反応をする。
「ふん、冒険者なんて見た目は二の次三の次だ。さて、買い物が済んだのなら宿に戻るぞ。明日も早くに帝都を出て小国に向かわなければならん」
そう言うと背を翻し外に向かう。
「あ、そだね。でも少しくらい豪勢な食事にしても良いよね?依頼達成ってことで」
「あぁ、それくらいなら構わん。朝に起きられるのであればな」
そう話しながら宿に2人は向かって行った。




