第三話・あまーい砂糖から見るこわーい歴史の授業
「コレは何かしら?」
《南の魔女》と呼ばれる辺境伯が出したのははちみつと、俺のノートだ。
きっと俺の荷物を預かって、中身をチェックしたらコレが出て来たのだろう。
「えっと…はちみつと、作り方…ですかね?」
「…本当に言ってるの?じゃあこのはちみつは…」
「俺が作りました。いや、正確には蜂たちに作らせたものを集めたものです」
はちみつーーそれはこの国にとって貴金属と同等の価値を持つ嗜好品。
まず国内では砂糖は作られておらず、海を何週間も渡った先にある同盟国の南東の国でのみ作られていらものを交易により手に入れるしか無い。最近では航路が定まり、頻繁に交易する事で比較的手に入りやすくなるが、それでも瓶一つで末端価格3万Gは下らない高級品だ。
そしてはちみつは一応国内で手に入れることはできるが、それは不定期で安定性に欠け、毒を持つ蜂達から蜂の巣を盗むと言う死人が出る様な難易度だ。
しかもそうして得た蜂の巣も得られるハチミツは極わずか、水で薄めて売られることが多く“原液”とも呼べるネトッとした粘性のあるはちみつは途方も無い価値がある。その上、ただの甘味というだけでなく、薬の材料にも使われ、その需要は高い。
砂糖の倍近い値段が付くのがはちみつというものだ。
「ノートを見たわ。正直な話を言えば理解の外、もし、貴方が彼女の息子ではちみつが入った瓶を持っていなければ、嘘だと断言する…それくらいの事よ。」
「そうですよね。でも本当です。文字に起こせない細かいコツや応用性を求められる対処、他にも色んな条件が色々必要だけど…それでも俺は成功した。」
「貴方のことは調べたわ、マッカート家を追い出された理由も調べはついた。色々繋がったわ。それで?コレをどうするつもり?」
彼女は俺を見た。
次の瞬間、俺の背筋が伸びた。まるで蛇に睨まれた様な…いや、大口を開けたドラゴンの前にいる様な威圧感が俺を襲った。
「はちみつをつくります。それを売ってお金を稼いで…」
「稼いだお金をどうするの?」
「どうするって…」
「ハァ」と彼女は肩を落とした。
「いい?はちみつを量産できる、しかも安定的に、そうよね?」
「はい、そうですが」
「砂糖の生産で巨万の富を持つことになった昔の南東の国は、ある日唐突に周りの諸外国から軍事力で袋叩きにされた。当時まだ農業しか出来なかったあの国はすり潰されて、植民地になったの。まるでケーキを切り分ける様に領土に線を引かれて砂糖を作るためだけに南東国民達は疫病や過労でバタバタ死んでいった。」
「っ!」
「国民が国の運営に必要な数すら満たせない数になってもなお諸外国から砂糖を寄越せと圧力をかけられ、崩壊していたの。」
「そこで崩壊した南東の国は空白地帯になって、植民地にしてた国が戦争を始めて、南東の国はあっという間に血の海。一時期草木一本生えない焦土になった。そして、そんな土地に興味を失った諸外国は今度は戦争の責任をなすりつけあった。“世界平和の為”なんて言う薄っぺらい内容の国際会議が何度も行われて、「自分達は悪くない、元々砂糖を使ったあの国が悪い」なんて言い出す始末よ?しかも存在しない国に賠償請求までさせようとした。
分かる?貴方はそれだけのモノを作ろうとしてるの。しかも砂糖はタダの甘味だったけど、はちみつは違う。薬にも使われるし、甘味としても砂糖と同等よ?貴方は戦争の火種を持ってるの。それはお金になるでしょう。誰かの笑顔を作るモノでもあるでしょう。でも、人が死ぬには十分な力を持ってるの。
まずはそれを理解しなさい。」
眩暈がする。頭が働かない。信じたくない。
どうすれば良い?分からない。
「…俺は…、そんなつもりじゃない」
「そうでしょう、分かっています。
でも今知らなければならない。この知識をどうするか?それを考える為にはまず、暗い歴史を見なくてはならないわ。ハッキリ言いましょう。
今なら間に合うわ。初めは無知で純粋な好奇心だったでしょう。貴方の才能と幸運が新しい知識を齎した。
でもそれをどうするか…それを決めなさい。」
「それでも俺ははちみつを作る。いやはちみつじゃなきゃダメかも。」
「なぜ?」
「俺がはちみつを作るって決めた場所は、スラムの落ちぶれた人達が沢山いた。どんな事情か知らないけど、みんな死ぬのを待ってるみたいにただそこにいるだけだった。」
「その人たちに施しをしたいの?」
「違う、その人達は…きっと諦めてるんだ。
もうここから這い上がれない、何も出来ない、明日死んでも良い、仕方ない。下手すると生きたいとすら思ってない。そんな人達にその日生きるだけの食べ物を渡したって意味は無い。いや、意味はあるかもしれないけど、根本的な解決にならない。」
「へぇ…じゃあどうするの?」
「一緒に働く。働ける場所を作る。
はちみつ作りはまだ危険が多い。必要なものも多いし、力仕事も多い。でもやる価値はある。沢山お金を稼げる。それで貯めたお金で、沢山人を雇って、はちみつ以外にもなんでも良いから作って、仕事して、お金を稼いで、、、
それから…
みんなが胸を張って生きれる場所を作る。
まだ何が出来るのか分からない。でもみんなが明日に希望を持って生きていける場所を作りたい。」
「…理想ばっかりね。答えになってるかすら怪しい。現実的では無い。でも悪くない。
合格よ。満点、いえそれ以上。
いいわ、力を貸してあげる。はちみつ作りの為のお金と人材、土地、他にもあるなら言いなさい?やってあげる。」
「え?」
「はちみつ作りは戦争を呼ぶわ。でも私…ダーナ辺境伯の傘下に入れば出来ないことはない。はちみつの利益も貰うけど、アコギな事はしない。正当な報酬を出す事を約束するわ」
彼女は優しく笑っていた。そして右手を俺に差し出した。
「南東の国の民の生き残りは周辺諸国に散らばって復讐をしたの。復讐の為に自爆同然の殺戮を齎し…そうした人達が結集して今の南東の国を作ったの。私たちの国は運良く同盟を結んで復讐に力を貸して、砂糖を得ることができる様になった。まぁ今となっては戦争は終わって100年以上経ったから表向き友好国になってるらしいけど、本音はどうか分からない。
復讐が国を作った。私はそう思ったし、教科書も他の国々もみんなそう思ってる。
でも、きっと貴方みたいな人が南東の国を復活させて、豊かにしたのよね。」
俺は彼女の手を取った。
そして、俺はまだ知らない。
魔女と呼ばれる彼女に言葉巧みに操られていた事を。