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 無数に輝く星々。宇宙の様な空間にエイトは漂っていた。周囲には大小さまざまな扉が浮かんでいる。

 ――またか。

 エイトに見る気が無くても、時折この空間に迷い込んでしまう。予知をするのは研究所の中だけと決められているため、エイトは扉を探さないようにぼんやりと景色を眺めた。

 と、その中に一つ。エイトの見知った扉がある事に気づいた。

 ――なんでここに。

 意識をそちらに向けた途端に、身体が引っ張られる感覚がして、すぐさまその扉の前に引き寄せられた。

 その扉は実験で何度も見た、あの事件が起きる扉だった。それに気づいた時、すぐにあの凄惨な光景がフラッシュバックして、エイトは恐怖に慄いた。しかも、以前とは違って殺されてしまうのがリウの家族だと知っている。そう考えるだけで、吐き気が止まらなかった。

 ――もう見たくない! 消えてよ!

 エイトはぎゅっと目を瞑りながら手足をめちゃくちゃに振り回して、扉が消えてしまうのを願った。だが願いは空しく、やがて扉の向こうから壮絶な悲鳴が響いてきた。

 ――聞きたくない! もう、やめてよ。

 エイトは耳を塞いで蹲った。悲鳴はいつまでも響き続ける。

 ――もうこんな力なんていらない。誰か助けてよ。

 嗚咽を漏らしながらエイトは泣いた。涙が溢れてきて止まらなかった。


「実験をやめたい?」

「……はい」

 週明けの月曜日。いつもの通りエイトはティスアと共に研究所へ向かった。

 午前中に予定していた実験が終わった後、エイトはビルに実験への参加を辞退したいことを伝えた。エイトの言葉に驚いた様子でビルは聞き返す。

「この前言ってた、怖い予知をもう見たくない、って話かな?」

「……」

「それとも、やっぱり博士が怖い?」

「……両方です」

 エイトはそう言って俯いた。それを見たビルはうーんと唸りながら困り顔で頭をかく。

「参ったなぁ。エイト君が一番成績が良かったから、今抜けられるのは困っちゃうよ」

 苦笑いをしながらビルはそう言った。

「事件の予知が怖いのは分かるよ。博士が怖いのも。でももう少しだけ頑張れないかな? せめてこの研究が終わるまで、エイト君のデータを取らせてもらいたいんだけど」

「あの」

 エイトは少し顔をあげて、ためらいながらビルを見た。

「……この力を消す事は、できませんか?」

「うん? 力を消す?」

 怪訝な面持ちで聞き返すビルに、エイトはまた顔を俯かせた。

「この研究が終わるまで頑張るので、終わったらこの力、消してください」

 エイトは自暴自棄気味でそう言った。できるわけがないという気持ちだったが、ビルはしばし考え込む様な素振りを見せた後、意外な言葉を口にした。

「なるほどね。分かった」

「……できるんですか?」

 驚いてエイトは顔を上げ、ビルをまじまじと見つめる。その顔はいつもの冗談めかした様なものではなく、いたって真面目な表情だった。

「出来なくはないね」

「本当ですか? でもどうやって」

「うん。いつも実験で使ってる、このカプセルでできるよ」

 そう言ってビルは、カプセル容器を叩いて見せた。

「そんな機能があったんですね……」

 被験者のバイタルを測定するための容器、とエイトは聞かされていた。半信半疑ではあるものの、国立の研究所であれば或いはそういう機械もあるのかもしれない。エイトは一人で納得した。

「記憶も消せるよ。予知で見た、トラウマになるような怖い記憶も。エイト君の場合はこっちの方が大事かな?」

「あ……はい。そうです」

「まあ僕の一存だけではできないから、ワタナベ博士にも相談しなきゃね」

「……」

 ワタナベ博士には何と言われるだろうか、とエイトは不安になった。ひょっとしたらビルの言葉すらも一蹴してエイトを怒鳴りつけてくるかもしれない。

「分かってる、エイト君からだと博士も怒りそうだし、実験を辞めたいってのは私から博士に伝えておくよ」

 エイトの様子を察して、ビルがそう言った。

「あ、ありがとうございます……!」

 この恐ろしい能力や嫌な記憶さえ消し去ってしまえるなど、エイトは夢にも思わなかった。それだけに、開け放たれた研究室の扉からリウが入ってきた事には露ほども気付かなかった。

「実験を辞めたい……?」

「ああ、リウ君。今日は早いね」

「いえ、ビルさんにお礼を言いたくて。それより、こいつ実験から抜けるんですか?」

 リウがずかずかと近づいてきて、ビルに言った。その顔はとても怒っている様に見える。エイトは咄嗟に顔を背けた。

「あー、うん。そうなる、かな」

「そんなこと言うの、こいつだけですよ。ティスアは馬鹿だけど、この力を人の役に立てたいって言ってるし、そう思うのが普通ですよ。なのに……」

 ビルがエイトを睨みつけながらそう言った。

「こいつにとっては、俺の家族が殺されようがどうしようが関係ないってことですよね。俺より力もあって、もしかしたら犯人を特定できるかもしれないって言うのに、自分のことだけしか考えてない」

 滔々と怒りをぶつけてくるリウに、エイトは聞いていて腹が立ってきた。

「……僕だって、好きでこんな力、使えるようになったわけじゃない」

「なんだと?」

「ま、まあまあリウ君、落ち着いて」

 ビルが抑える様な手振りでリウを宥めるが、怒りが収まらないのか握った拳がわなわなと震えている。

「……力が強くても、使いこなせないなら意味ないって、リウが言ってたじゃない。僕がこんな力を持ってても、どうせ意味ないよ。無駄なんだ」

「エイト君」

 不貞腐れた様な口調で喋っていたエイトだったが、また俯き加減になって、声は尻すぼんでいく。

「僕じゃなくて、リウやティスアの力が強ければ良かったのにね」

 ぼそりと呟いたエイト。それを聞いたリウは、まるで虫けらでも見るかの様な、心底見下した目でエイトを睨みつけた。

「……なんでこんな奴の方が能力が高いんだよ。クソッ」

「……僕、今日はもう帰ります」

「あっ、エイト君!」

 ビルがエイトの背中に声をかけるが、エイトは力なく項垂れながら研究室を後にした。

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